ライオンとお姫様
俺はある日、ライオンへの戻り方のコツを掴んだ。本当に偶然で、急にライオンになった時には心底焦ったが、念じるとすぐに人間の姿に戻ることが出来た。たまたま誰もいない場所だったから、本当に助かった。そして俺は、自在にライオンに戻れるようになった。
しかし、この街でライオンになるのは混乱を招く。そのことを自分以外に知る者はもちろんいない。
城の外壁をこえて、フローリアに会いに行くことも出来たかもしれない。だけど俺はライオンに戻れると気づいた時から、ある計画を立てていた。
フローリアが20歳の誕生日を迎え、城下町の皆に挨拶をする日が迫っていた。その日初めて、フローリアは表へ出るのだ。
やるならこの日しかない。俺はこの日をずっと待っていた。
ついにその日、フローリアは城のバルコニーから顔を出した。美しいお姫様の登場と、その祝福の日に、貴族たちは城下に集まり大賑わいであった。フローリアは貴族たちに向かって、にこやかに手を振っていた。
「皆様、本日は私のためにお集まりいただいて、誠に喜ばしいかぎりです…」
フローリアの挨拶が始まった。
城下の貴族の群れの1番後ろで、俺は腕を組みながら、彼女の話を聞いていた。
(フローリア…俺は……)
話が終わったところで、俺はライオンに姿を変えた。赤いたてがみのライオンは、そのまま城に向かって突進していく。
ライオンになったレインを目にした貴族たちは、悲鳴をあげて逃げ回った。城下は一瞬にして大混乱となった。
(俺は平民たちを……助けたい……!)
兵士たちは、怯えながらも城を守ろうと剣を振るったが、レインはそれを軽々と避けた。城壁を飛び越えて、壁を蹴り上げ、あっという間にフローリアのところまでたどり着いた。
フローリアは甲高い悲鳴をあげていたが、俺は構わずフローリアの身体を咥えると、そのまま城を飛び降り、逃走した。
「ひ、姫様ああ!!!」
「は、早くあの獣を殺すのじゃ!!」
王族も貴族たちも混乱する中、王の命令で兵士たちはライオンを追いかける。しかし、あっという間にライオンは姿を消してしまった。
「絶対に姫を助け出せ!! 姫を助けた者の望みは何でも叶える! 急ぐのじゃ!!」
兵士たちは総動員でライオンの捜索に向かった。
レインは平民の街を駆け抜け、そのまま検問所も強行突破する。検問の兵士たちも、突然のライオンの突進に手を出せるはずもない。レインは国を抜けた先のマリーナの森に身を潜めると、フローリアを降ろした。
「きゃっ!!」
フローリアは涙を浮かべ、酷く怯えた顔でこちらを見つめる。腰が抜けてしまって、逃げることも出来ない。
「怖がらせて悪かった」
「……!!」
フローリアはその声を聞くと、目を見開いた。
そしてレインは、人間に姿を変えた。フローリアは驚きのあまり目を見張る。
「れ、レイン……なの……?」
「久しぶりだな、フローリア」
フローリアは立ち上がると、レインに駆け寄り抱きついた。
「会いたかった…ずっと…ずっと会いたかった…」
「俺もだよ…」
レインもフローリアを抱きしめ返した。
(ずっと、会いたかったよ……ずっと……)
フローリアは涙を流した。そしてレインの目にも、一筋の涙がこぼれ落ちた。
(ああ、またこの匂い…)
初めて会った時と同じ、花のような匂いがした。
「あなたは一体…」
「俺の本当の姿は、ライオンなんだ。記憶がないっていうのは嘘だ。ライオンの俺は子供の頃、どこかの研究所に捕まって、人の身体に変わることが出来る薬を飲まされた」
「そう…だったの…」
フローリアは思い出す。初めてレインと会った時、彼は四足歩行で歩いていた。確かに動物みたいだった。だけど本当に動物だとは、思いもしない。
「どうして教えてくれなかったの」
「嫌われると思って」
「そんなわけないじゃない…」
レインは彼女の涙を自分の手で拭った。
「手荒な真似して悪かったな」
「私、食べられて死ぬんだって思ったわ」
フローリアは笑ってみせた。俺も同じように、口元を緩めた。
「どうして誘拐したの…?」
「お前に見てほしいものがある。その格好じゃバレるから、このローブで隠してくれ」
レインは持っていたボロ布のローブを取り出すと、フローリアに渡した。フローリアは言われた通りにローブで頭と服を隠し、俯いて顔が見えないようにした。
レインはフローリアに、平民たちの街を見せた。何も知らなかったフローリアは、レインと同様にショックを受けていた。
そのままレインは彼女を連れて、少年の家に帰った。
「レインさん、おかえりなさい。あれ、その人は?」
レインは未だに彼の家に居候を続けていた。子供も成長し、少し大きくなっている。
「こいつと大事な話をする。入ってくんじゃねえぞ」
「はぁ……わかりました…」
レインはそれだけ言って、フローリアを自分の寝室にいれた。
「レイン、ここに住んでるの?」
「そうだ」
「平民たちがこんなところでこんな暮らしをしているなんて、私…知らなくて……」
フローリアは涙を流した。王族である自分のせいだと、酷く責任を感じているようだ。
「話がある。フローリア」
「何?」
「俺と、結婚してくれないか」
フローリアはハっと顔を上げた。
「私と…?」
「……駄目か?」
レインはゴクリと息を呑んだ。
するとフローリアは、泣きながらレインに抱きついた。
レインにとっては賭けだった。彼女の気持ちが変わっていないか。ライオンである自分を受け入れるか。全部、賭けだった。
「結婚する! レインはレインだもの」
レインはヘナヘナと力が抜けるのを感じた。
「レイン、私、この国を変えたい。レインと一緒なら、出来る気がするの」
「俺も、そう思ったんだ。フローリアと結婚して王族になったら、国を変えて平民たちを助けられるんじゃないかって。もちろん、そのためだけに結婚しようってんじゃないぜ。その…」
レインは小さい頃、フローリアの好きだと言ったおとぎ話の絵本が頭をよぎる。最後に王子様が、お姫様に言う台詞を思い出しては、同じ言葉を彼女に贈る。
「愛しています。あなたのことを。この世界中の、誰よりも」
レインは言ったあとに、急に恥ずかしくなって顔をそむけた。
「レイン、それ…」
「俺は王子じゃねえけど……これからなるから……。王子になるから……」
すると、フローリアはレインの頬に両手を当てると、彼にキスをした。レインは驚いて、顔を赤らめた。
「私も愛しています。あなたが人間でも、ライオンでも、構いません」
その時俺は、人間の姿になれて良かったと、初めてそう思えた。
だって俺、人間に恋をしたから。
「父上を説得しなくてはいけませんね」
「そのことだけど」
レインは準備してあった動物の生肉を取り出した。
「ライオンを倒して姫を救ったってことで、王様に懇願すっから」
「まあ驚いた。用意がよろしいわね」
その後、フローリアを連れて城に戻った俺は、姫の命の恩人と称され、盛大に感謝された。騙しているのは悪い気もしたが、フローリアの説得もあり、何とか俺は正式に姫との結婚にありついた。
その日から、俺は王族になった。レイン・ガルサイアと、名前をもらった。




