南国風ドリンクをどうぞ
「おい、ちゃんと場所わかったのか?」
「任せろ」
ベーラは呪術で、船を作り出した。それは見上げるほど大きく、20人くらいは余裕で乗せられそうだ。真っ白いフォルムで甲板も広く、豪華客船といった感じだ。
「す、す、すごい…」
「ベーラさんは天才呪術師なんだからぁ!」
何故かメリはドヤ顔であった。
「こんなすごいの出す必要あんのか?」
「何故不服なんだ。2日間も航海するんだ。少しでも快適な方がいいだろう」
「いやそうだけど」
ヴィルスゲーテで食料を調達した後、皆ははしごを上って船に乗り込んだ。
「うわー! すっごー!」
広い甲板ではパーティーだって出来そうだ。人数分のデッキチェアとパラソルも完備されている。
「クルーズ旅行でも始まんのかよ」
「うむ。なかなかに良い眺めだな」
ソヴァンもまた、甲板から海を眺めている。
(すごい……船なんて初めて乗った)
すると、船が陸地から離れていく。
「おい。勝手に出航してんぞ」
「自動運転装置を研究員の奴らに貸してもらって取り付けた」
「何だよそれ」
「バルギータ国が開発したらしいぞ。科学は知らぬ間に日々進歩しているな」
「……」
方向を予め設定しておけば、船は自動で進んでくれる。研究員たちに聞いた通りの方角をセットする。人魚の住処とおぼわしき海底城が近くなると、海の色が薄い水色に変わるので行けばわかると言われた。
もちろん手動で舵をきって方向を変えることはできる。予想しない障害物などがある場合は、自分たちで避けなければならない。
「まあどんなに早く着いても明日だ。今日のところは航海を楽しもう」
「お気楽な姉さんだな〜」
「いいだろうたまには」
ベーラは食料庫から炭酸ジュースを出すと、呪術で縦長のグラスを作り出してそれに注ぎ、ハイビスカスの花を乗せて、南国風ドリンクを即席で作った。
「なんだそりゃ!」
レインももう、姉さんのクルーズ気分に笑うしかない。
「ベーラさん何それ! いいなあ!」
「皆の分も作ってやろう」
「だったら俺は酒が飲みてーな〜…」
「駄目に決まってるだろう。いつクラーケンが襲ってくるかもわからん」
「なんだよケチくせえ」
ベーラは次々に南国風ドリンクを作り出す。どのグラスも形が違い、乗っている花の色もバラバラで、皆がそれを持てば、まさにリゾート感満載だ。
「うわあ〜! 可愛いっ!!」
メリはテンションを上げながらピンク色のそのドリンクを持った。
「ソヴァンに渡しとけ」
ベーラはもう1つ青いドリンクをメリに持たせる。
ソヴァンは甲板からずっと海を眺めている。
「んもう〜しょうがないわね!」
メリは仕方なくそれをソヴァンのところまで持っていった。
「はいどうぞ! 変態君!」
「メリさん!」
ソヴァンはハっとして振り向くと、メリからドリンクを受け取った。
「変態君は勘弁してくださいよ」
「じゃあストーカー君! または変質者!」
「そこまで言われることしたかなあ…」
ソヴァンは笑いながら、ドリンクを飲む。
「うん! これおいしいですね」
「ねー! 中身ただの缶ジュースなんだけど、見た目がこうだと美味しさ倍増するわね!」
「メリさんのも一口くださいよ」
「ほら! それ! そういうとこ! その手には乗らないわよ」
「駄目か…」
メリも甲板から海を眺めた。
「ずっと進んでいけば、知らない大陸があるのかしら…」
「そうかもしれませんね…」
海は穏やかで、差し込む太陽が波を輝かせた。
潮風が心地よく、爽やかな匂いがする。
「海って綺麗ですね」
「そうね」
メリが後ろを振り返ると、先ほどまでいた海岸はもう見えなくなっていた。
「メリさんは、レアのシャドウだと聞きました」
「…そうよ。私の中にはとんでもない狂気的な核が眠っているわ。気を抜けば身体を乗っ取られかねないの」
「僕は詳しいことは何も知りません…。皆さんがこれまでどんな辛い戦いを乗り越えてきたのかも、大切な仲間とどれだけ悲しい別れをしてきたのかも」
「そうね…。私もこの中じゃ、一番最後に部隊に入った身だから…。きっと他の皆は、私なんかよりももっともっと辛いはずよ。もう3人も死んだのよ…ううん、アンジェリーナをいれれば4人ね…」
ああ、思い出すだけで、涙が出そうになる。
私さえこんなに悲しいのに、他の皆が一体どれだけ悲しくて辛いかなんて、想像もできないわ。
「メリさんのことは、僕が守りますから」
メリはソヴァンを軽く睨んだ。
「あんたに守られるほど、私は弱くないわ!」
「でも僕は騎士ですから。好きな人のことくらい、守らせてください」
「ふん…。勝手にして!」
メリは彼から離れると、デッキチェアに座ってくつろいでいるベーラとレインのところへ戻った。
ソヴァンはドリンクを飲みながら、去っていく彼女を微笑みながら見ていた。
メリはベーラの隣のデッキチェアに腰掛けた。
レインはメリに聞く。
「ソヴァンと何話したんだよ」
「別に何も話してませんよ!」
「メリのことが気に入ってるみたいだが」
「告白されたんですよこの前! しかも皆との食事中! ヌゥもアグもベルもいたのに! 秒でふってやりましたよ!」
「うっわ〜可哀想〜」
「どこがですか! 全然ひょうひょうとしてましたよ! 頭やばいんですよあの子!」
「どれ、俺も話ししてこよっかな〜新入り君と」
レインは立ち上がると、ソヴァンの元へ歩いていった。
「よ! 新入り君」
「あっ! あ、えっと…レ、レイン…さん…」
「お! よく覚えてんね〜ヌゥとは大違いだな」
「…レ、レインさんは確か、じゅ、獣人だって…」
「そうだぜ! 俺は元々ライオンだからな〜!」
(こ、怖い…けど、思ったより気さくな…人……)
「んで、何よ。お前はメリに一目惚れしちゃったわけ」
「そ、そう…なんです…。す、すみません…僕みたいな…奴が…」
「別にいいじゃねえかよ。メリは今アグに振られて病んでるからな〜! 新しい恋をするのが、一番いいことだと思うわけよ」
「ほ、本当ですか?!」
「そりゃそうよ! 女はやっぱり愛されてなんぼだろ!」
「っ!」
ソヴァンは目を見開いた。
『女は愛されてこそ幸せになれる生き物だ! もしお前に好きな奴が出来たら、その女の全てを愛してやれよ!』
「ん? どうした?」
「いや、僕の育ての親と…同じこと言ってるから」
「そうなのか? まあ、頑張れや。応援すっぜ!」
「ありがとうございます…」
「あれ、もうどもってねえじゃん」
「あ……本当だ…」
「何だよ。普通に喋れんならそっちのがいいって! んで、メリのどこがそんな好きになっちゃったのよ」
「顔が可愛くて、体型が最高なんで」
「お前…完全に外見オンリーかよ」
「大事ですよ外見は。なかなか変えられませんし」
「そうだけど…」
そのあとソヴァンはもうレインにどもることもなくなって、砕けて会話をしていた。レインが誰とでも話をするのがうまいっていうのもある。
一方ベーラとメリも、デッキチェアに座って話をしていた。
「メリはまだ、アグのことが好きなのか?」
「ベーラさん…。うーん…私ももう、わからないです。だってアグが私に振り向かないのはもうわかってしまったので」
アグは本気なんだもん。あの子に。
本気すぎてもう…、諦めるしかなくなっちゃう。
「そうか」
「…ベーラさんごめんなさい。ベーラさんなんてもう…」
ベーラはふっと笑った。
「メリ、お前にだけ教えてやろう。私、ジーマに好きだと言ったんだ」
「え?! い、いつの間に?!」
「ソニアのミュージアムの最後、私とジーマが別の場所に飛ばされたろう。あの時さ」
「何があったのか、頑なに教えなかった理由はそれだったんですね…」
ベーラは笑っていた。
「悲しいよ。あいつが死んで」
「ベーラさん…」
「でも…シエナも一緒だから…」
「……」
「天国で、会えたかな…?」
ベーラの目が潤んでいるのに、メリは気づいた。
「駄目だ…悲しんでる暇なんて、ないんだ」
「ベーラさん…」
「皆を励まさなきゃいけないのに…私が」
ベーラは赤紫色の艶やかな花の浮いたグラスを見つめる。
「どうやったらいいか、わからないんだけどさ。私はそういうのは、あんまり向いていないから」
「……」
「アシードやレインに気を遣わせるばっかりで、ほんと駄目な頭だよ」
「そ、そんなことありません! ベーラさんは…ベーラさんは私のこと、何度も助けてくれましたもん!」
「……そうだったか?」
「アグと喧嘩してへこんでた時だっていちごアイス奢ってもらったし、アグに振られた後もベーラさんが来てくれて…変な同盟結んでくれて…」
「変とかいうなよ」
「すみません。でも私、ベーラさんがリーダーだから、諦めないでついていこうって、どんな敵がきても絶対に倒そうって、それで…」
ベーラはふっと笑って、メリにお礼を言った。
「ありがとう、メリ」
メリは首を軽く横に振った。
(お礼を言わなきゃいけないのは、私だもの…)
「まあ、何とかなるよ。頼もしい相棒もいることだし」
「レインさん?」
ベーラは頷いた。
「あいつがいたから、私も耐えられた気がするんだよ」
「あんなにいい人、なかなかいませんもんね。この部隊の心の柱ですよ、あの人は」
ベーラは甲板でソヴァンと話すレインを見ていた。
(ほらな。皆そう思ってるって…言ったろ)
「まあせっかくだから、私はこの船旅を楽しむよ」
「そうですね! 私も目一杯楽しんじゃいます!」
メリとベーラはドリンクを片手に、デッキチェアにもたれながら船に揺られて、穏やかな空気を吸って広がる海をただ見ていた。




