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ノア

「人間は、シャドウを作ることに成功しました。そして世界に生まれた1人目のシャドウは、魔族に子供を作らせるのです」

「随分協力的な魔族がいたもんね…」

「その魔族って一体…」


エクロザは答えた。


「天使族です」

「て、天使……?!」


天使と言えば、白い羽が背中についてて頭の金の輪っかが浮いてる神の使いと呼ばれる奴らだろうか。もちろん、空想上の生き物、だけど…。


「皆さんがイメージしている姿で大体合っていますよ」


とエクロザも言う。


「天使は心優しい種族で、本来空の国で暮らしていましたが、人間界に下りてくる天使も中にはいました。また天使は、異常なまでの治癒能力を生まれつき持っており、その寿命も魔族の中でも長い方でした」

「一体どのくらい…なんですか?」

「1000年を超えると言われています」

「そ、そんなに…」

「長寿を目論む人間にとって、天使はどの種族よりも都合のいい存在でした。シャドウを作った人間たちの中にも、協力的な天使の仲間がいました。その天使の名前は、シェムハザです」

「っ!」


アグはもちろん、その他にも何名かがその名前に反応する。


「え? なになに、知ってるの?」

「聞いたことないのか?」

「シェムハザって誰よ! 教えなさいよ!」

「名前だよ、昔話とかにでてくる…堕天使の」

「堕…天使…?!」


エクロザは頷いた。


「シェムハザは大変美しい天使でした。彼女は人間の頭の良さに感銘を受けてもいました。その世界で1番知恵があるとされていたのは、やはり人間でしたから」

「……」

「シェムハザはついに、人間との子供を身籠りました。そのお腹の中で大切に子供を育てていました。シェムハザに身籠らせたシャドウの男も、もちろん最初は実験のつもりでしかありませんでしたが、シェムハザとずっと一緒にいて、愛を持って接するようになったようです。そしてシェムハザもまた、彼を愛していました」


(人間と魔族が愛し合うことができたんだ…)


「ところが、そのことを知った魔族の生みの親、魔王ゼクロームは、酷く激怒しました」

「魔王!」

「いきなり出てきやがったな」

「ゼクロームって…」


皆口々に話し出すが、エクロザは続ける。


「シェムハザは、魔王の直系血族だったのです」

「え?!」

「魔王は魔族を生み出す力を持っていましたが、その一方で魔王も単為生殖動物でした。中でもシェムハザは、魔王の実の子供に値していました」


神が人間を生み、魔王が魔族を生んだと、《新世界大戦》ではそう書かれていた。そのこともまた、事実らしい。しかし、魔王は神とは非なる存在……。


「魔王は魔族たちを洗脳しました。人間は魔族を実験体にしている。魔族の力を得て、やがては魔族を滅ぼすつもりだと。そして魔族たちを使って、人間を襲わせるのです。また、自らの意思で人間に協力したとされるシェムハザは、天使から堕ろされ、魔王の力により、堕天使とされました」


神話では、神が天界から追放したとされるのが堕天使だと言われている。実際は神ではなく、魔王だったということか…。


「しかし、人間たちも黙ってやられるわけにはいきませんでした。その実験のことを知らない人間たちからすれば、突然魔族たちから攻撃を受けたことになります。人間を残虐しようとする魔族たちを、放っておくことはできません。希少な力を持つ呪術師や忍術師、精術師、飛術師…、様々な能力を持つ彼らを筆頭に、人間は魔族と戦うことを決意しました」

「あの本の通り、戦争になったんだ…」

「人間と魔族の戦争……むごそうだな…」

「とはいえ、全ての魔族が洗脳されたわけではありません。人間と仲の良かった妖精や、無関心なドラゴンなど、戦争に不参加な魔族もいました。もちろん戦争の飛び火を受けた者もいますが、そこから離れて別の場所に逃げ、生きながらえた種族もいくつかいます」


…何となく今の世界と繋がってくる部分があるな。

とはいえ、根本的に俺たちは魔族という言葉すら知らなかった。

そんな歴史だってもちろん…。


「その戦争は何百年も続いていました。しかし人間は、その能力と知恵を駆使し、ついに自分たちに敵対する魔族を全て滅ぼしました」

「人間が…勝つなんて…」

「人間には団結力がありました。魔族は種族ごとにしか群れをなしませんでしたし、他の魔族と共闘しようという考えはありませんでした。呪術師たちは罠を張って強い魔族を服従し、自分たちの味方のようにすることもできましたからね」

「なるほど…」

「最後には、魔王までもが戦争に参戦しました。見かねた神は、人間に魔王を倒す力を持った4つの武器を託しました。神は生み出すだけの存在。戦争に参加することはできなかったのです。そしてまるで地獄のような戦争の末、人間は魔王までも倒しました」

「まじかよ」

「魔王ってめちゃめちゃ強そうなのに、負けちゃったんですか…」

「魔王もまた、神の創造物だったのです」

「え? 神と魔王は対になる存在ではないのですか?」

「実際は違います。魔王自身や魔族はそのように思っていたみたいですが…。神の力には魔王も敵いません。その時魔王を倒したのがこの黒槍ログニスです」


エクロザはその背につけた黒い槍を皆の前に出した。

皆ゴクリと息を飲む。


魔王と魔族が滅びた。メリの話した物語と大筋は一緒だな。若干異なる部分もあるがほぼ類似している。


「ところが、人間たちは魔族を滅ぼしたあと、シャドウという存在に気づくのです」

「何も知らなかった人間たちが、戦争の火種に気づいたんですね」

「そして間もなく、人間同士の戦争までもが始まったのです」


魔族を倒してハッピーエンドになった《新世界大戦》とは違う。

事実はメリの言っていた通りだったのか…。


「力の源となる4つの武器を巡る争いや、シャドウ支持派と反対派による勃発、人間同士の戦争は、魔族とのそれよりも酷いものでした」

「……」

「神は人間に力を与えたことを後悔しました。この戦争を終わらせるために神は、記憶を消す能力を持ち、神の意思をついで世界の平和を守り続けるための、特別な存在を生み出しました」

「それってまさか…」


エクロザは頷いた。


「それが私、エクロザ・スピルです」


皆は目を丸くして彼女を見た。


「私はその力を使って、全ての人間の記憶を消し去ることにしました」

「!!!」

「消したのは戦争にまつわる全ての記憶です。魔王や魔族の存在も、シャドウのことも、4つの武器のことも全て、忘れさせたのです。世界のリセットを望んだ神の意思も組んで、私は人間たちから、そのつきすぎた知識や文明の記憶の大部分も消し去りました。人間たちはまた1から平和な生活を始めました。人間たちの中に残っていたそれまでの歴史はただの宗教神話の1つとして伝えられたものもありますが、事実だと認められることはありませんでした」


この時にはもうヌゥやその他数名は頭がパンクしいたが、とりあえず話を全部聞きたいのでアグはもう黙っていた。


「記憶の除去が終わった頃にはもう、1000年近くの歳月が経っていました。皆さんが知っている歴史は、その時から始まるのです」

「……」


紀元前1000年、いやそれ以上前から、人間と魔族の生きていた時代があった。でも1000年前にそれがリセットされたのか…。


「私は4つの武器も、人間に見つからないところに隠しました。神の力を持つその武器を壊すことは、できませんでした。中でも1番力を持つこの黒槍ログニスは、私自身が隠し持つことに決めました」


…そんなにやばい武器なのか。ぱっと見じゃあ普通の黒い槍にしか見えねえのに…。


「あの…」


ベルがそっと尋ねる。


「シェムハザさんとそのお腹の中の子供は、どうなったのですか…」


皆はエクロザに注目する。


「まずシェムハザと実験をしたシャドウの男、彼は戦争の最中に死にました。しかしシェムハザは、必死で逃げて生き延び、ついにその子供を出産しました」

「っ!!」


人間と魔族の子供か…。本当に産まれるなんて…。


「シェムハザは子供を出産し、誰の目にも触れぬように隠れながら育てていました。その子供の名前はノアといいました」

「ノア……」

「女の子…ですか?」

「ノアは、驚くことに、どちらの性別にもなることができました。また、人間と堕天使のハーフといえるノアは、とても優しい子に育っていましたが、魔王の血を色濃く受け継ぐシェムハザの中には、魔王の物とおぼしき大きな闇が宿っていました。堕天使におとされたことで、いっそうその闇は力を増していました。そしてその闇は、ノアの中に引き継がれていたのです」

「闇…?」


アグは何となく、これからエクロザが話すことを察していた。


「母であるシェムハザは、ついに殺されてしまいました。同じくノアも殺されそうになりましたが、ノアの中の闇が大きく膨れ上がり、ノアを襲おうとした者達を皆殺しにしたのです」

「……」

「ノアも自分ではその力を制御することはできませんでした。母親を殺された怒りが大きく膨れ上がって、その憎悪にのまれました。憎悪は魔王の血を力に具現化し、ノアの身体の中にあった核を乗っ取ると、ノアとは別の存在として生まれたのです」


他の皆も、その存在が一体誰か、もう察しがついていた。


「ノアを支配した憎悪の塊は、その力を使い、天災のごとく大陸に亀裂を入れ、元々1つだった大きな大陸をバラバラにしたのです」

「……」


ヌゥも神妙な面持ちで彼女の話を聞いている。


「もうおわかりかと存じますが、その憎悪の塊こそが、私たちの敵、ゼクサスです」

「そんなに前から…」

「ゼクサスっ……」


ヌゥは歯を噛み締めた。


「ゼクサスはその強大な意志でノアの身体をのっとりました。ですが、ノアという名前はシェムハザとシャドウの愛が込められた名前、ゼクサスにとって「愛」とは、何よりも醜い存在なのです。そこで彼は自分で自分に名前をつけたようです。魔王ゼクロームの名前にちなんで」

「……」

「ノアの寿命も、長くても1000年持つか持たないかでした。ゼクサスは核に身を委ね、新しい身体を求めました。核が適合できる身体を探し続け、何度も身体を取り替えて今日まで生きてきたのだと思います」


ミラもまた、ゼクサスに取り憑かれていた。彼女もゼクサスの犠牲者の1人だった。


「私もまた、ゼクサスの存在に気づくまでに、かなりの年月を費やしてしまいました。ゼクサスは私の存在に先に気づいて、その所在がバレないように生きていたのです。私が気づいたのは、ゼクサスにデスサイズを奪われてからでした」


エクロザは自分の不甲斐なさを恥じるようにうつむいた。


「それは800年ほど前のことです。全ての人間の記憶を消したと思っていた私は、デスサイズの存在を知る者がいることに驚きました」

「…でも、隠し場所はエクロザさんしか知らないのに、どうしてデスサイズの場所がわかったんですか? まさかずーっと探し回っていたとか?」

「初めはそうだったかもしれません。私に殺されることを何よりも恐れ、または私を殺そうとひっそりと狙っているのです」

「そういえばシェラが、4つの武器を集めると強大な力を得られると言っていたけど?」

「…すべての武器が1つになった時、神と同じ力を得られると言い伝えられています」

「そうなんだ…」

「とにかく、ゼクサスが残りの武器を狙っていることは明らかだね。デスサイズも取り返そうと、メルダーを襲わせてきたし」


ベーラは皆の様子を伺う。

エクロザはまだまだ話がありそうだったが、これ以上はさすがに自分でもパンクしそうだ。


「悪いがエクロザ、とりあえずここまでにしよう」

「わかりました。皆さんも大変混乱していることでしょう。一度頭を整理されてください」

「よし、昼休憩だ」

「やったぁー!」


ヌゥは立ち上がってバンザイした。

他の皆も一度心を落ち着かせる。


「頭使って腹減っちまったぜ〜!」

「13時になったらまたここに集合して話の続きを聞く」

「ええー! またぁぁ?!?!」

「おい…エクロザさんの前で何言ってんだ」

「またいつ奇襲に合うかわかりません。情報はなるべく早く共有しておかなくては」

「ベルの言う通りだ。エクロザ、また午後から頼む」

「わかりました」


エクロザはそう言うと、モヤの中へ入って消えてしまった。


「うん? どこ行ったんだ?」

「あんまり同じところに長くいると、コピーに所在がバレてしまうそうだ。基本的に異空間に常駐し、その身を隠しているそうだ」

「ふうん…大変だなそりゃ」


皆は長話に加えて大変頭を使ったので、各々大きく伸びをしたり立ち上がって身体を動かした。


「甘いもの〜甘いものを求むよぉ〜」


ヌゥは泣きながらベルにしがみついた。


「またバイキングでも行きますか?」

「行こう! ベーラ! また奢ってよ〜」

「無理だ。私は王族たちとの会食に参加しろと言われている」

「げげー! 自腹は無理だよ〜」

「忙しいなお前も」

「大丈夫だ。それじゃあまた後で」


ベーラは足早に行ってしまった。


「何か嬉しそうじゃね?」

「王族の会食は豪華なランチだからではないでしょうか」

「うわっ! 絶対それだ! くそババア…権力乱用してうまいもん食いまくるつもりか…」

「それは言い過ぎでは…」


メリも肩が凝ったのか、立ち上がってそれを回していると、急に後ろからソヴァンに両肩を掴まれる。


「ひゃああ!!!」

「もんであげますよ!」

「触るなあぁ!! 変態っ!! ちょっと、何とかしてこいつ! 頭やばいぃいい!!」

「大丈夫です。セシリア様にもよくやってあげてましたから! よく褒められたんですよ!」


ソヴァンはにこにこ笑いながら彼女の肩をほぐす。


「何やってんだお前ら」

「レインさん! 助けてぇ!!」

「仲良くなれてよかったな、新入り」

「あ、ありがとうございます!」

「仲良くなってない! なってないってぇ!!」

「おいアシード、ハルク、さっさと食堂行こうぜ」


レインたちはさっさとメリの前を通り過ぎていく。


「ちょ、ちょっとぉ〜……」


メリはヌゥと目があった。ヌゥはその様子を見てぶっと吹き出した。


「何笑っとんじゃあ!! お前の友達だろ! 何とかせえよぉぉ!!」

「まあいいじゃん! 外でやってもらったらお金かかるよぉ〜!」

「いや、普通に払うわぁあ!」

「メリさん…かなり凝ってます…ね!」


ソヴァンはメリのツボをぐっと押しこむ。


「ひぐっ!!!」

(うっわー! 効いた! 今のまじ効いたわぁ!!)


メリはそのまま椅子に腰掛けると、腕を組み、ソヴァンに命令する。


「もうちょい、上!」

「はい!」

「もうちょっと、右!」

「はい!」

「いきすぎっ!!」

「すみません!!」


ヌゥは2人の様子を呆然と見ていた。

アグとベルもやってくると、メリたちを見て驚く。


「…何やってんの?」

「マッサージだよ、マッサージ!」

「……だろうけど」

「メリさんもまんざらじゃないってことなんですかね!」

「ちょっとベル! んなわけないでしょう! ひゃっ」

「ここいいですよね! セシリア様もここ押されるの好きでしたよ!」


アグは白けた目で2人を見ている。


(ソヴァンのやつ、まじで変態に見えんだけど…)


「あれ!」


ヌゥは驚いたような声を出したので、ソヴァンは彼女を見た。


「どうしたの? ヌゥ」

「ソヴァン、メリにも、どもってないよ!」

「えっ」


ソヴァンは驚いて、目の前の桃色の髪の彼女を見つめた。

メリは軽く振り返ると、彼を横目で睨む。


「ちょっと! 手止まってるわよ!」

「え! すみません!」


その後少しだけマッサージは続いて、メリの肩はかなりほぐれた。
















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