明かされる歴史
ゼクサスとエクロザは、遥か西の国、ロクターニェにたどり着いた。
その国は実はもう遥か昔に崩壊しており、今残っているのは古代遺跡のみだ。
表向きは観光地としてあてがわれているが、最西の遺跡に足を運ぶ者はなかなかいなかった。そして誰も存在すら知らないその遺跡の地下には、カルベラという男がひっそりと住んでいる。
そこに着いた頃にはもう、エクロザの薬の効果も完全に切れて、モヤを作り出すことも出来るようになっていた。
ゼクサスたちは遺跡の中に入っていった。
観光客は誰もおらず、受付の年老いた男は居眠りをしている。
2人はそのまま進んでいき、隠し扉から地下に降りていった。
やがてある部屋の前まで来ると、扉を3回ノックする。
「どうぞ、お入りよ」
中から男の声が聞こえて、ゼクサスは扉を開ける。
中にはドアのように大きな鏡があって、その前には男が鏡に向かうように座っていた。
ぶかぶかの服を着て、乱れた黒色の髪をしている。
男は鏡越しにゼクサスとエクロザを見た。
「おや、見知らぬ身体だが」
「お久しぶりですカルベラ様」
エクロザはその男に深々と礼をした。
すると、男はすぅっと光り輝いたかと思うと、その姿を変えた。真っ黒な体に、頭からは2本の角が生えている。
その風貌は絵本に出てくる悪魔みたいだ。
彼に顔はない。赤い目が2つ、その頭についているだけだ。
カルベラと呼ばれたその男はこちらを振り向くと言った。
「ヌゥ・アルバートの身体が欲しいと言っていなかったかい」
「ああ。やめたんだ。あれはもう要らない」
「何だい。お前が欲しいというからあげたのに。要らないんなら俺がもらうよ。元々あの子は俺のなんだから」
「好きにしていいよ」
カルベラはふぅとため息をついた。
「そういやバイコーンはもう死んだのかい」
「elnathのことか」
「名前なんて知らないが」
カルベラはひょうきんとした様子で、ゼクサスと話している。
「人間はまだそんな力があるんだね」
「私も驚いているよ。奴らがelnathを倒す力を持ってるなんてね」
「今度はもっと強い魔族をコピーした方がいいか」
「そうだね。でもそれより先に、武器を集めようかと思ってね」
「場所はわかっているのかい」
エクロザは頷いた。
「精霊界です。あなたも一緒にきていただけませんか、カルベラ様」
「あそこは魔族を嫌うだろう。俺なんかが行ったら殺されちまうよ」
「いいえ。あなたはもう立派な人間ではありませんか。どうか、お力を」
そう言ってエクロザは頭を下げた。
「頼むよカルベラ」
ゼクサスも言った。
「まあ、君に言われちゃ仕方ない。その代わり、あの子を俺のものにする。いいな」
「わかってるよ」
カルベラは再び人間の姿になると、ゼクサスとエクロザと共にモヤをくぐった。
オリジナルのエクロザは、セントラガイト城に帰還すると、ベーラのところにやってきた。
「ゼクサスはいたのか」
「はい…。最西にある遺跡、ロクターニェにいます」
「…どうしてそんなところに」
「あそこには、カルベラが住んでいるんです」
「カルベラ……?」
(確かベルが、ゼクサスの口から、そんな名前を聞いたと言っていたか…)
エクロザは神妙な面持ちでベーラを見ると、言った。
「私の知る全てをお話します。皆さんを集めていただけますか?」
ベーラは頷いた。
そして皆は、3階大広間に集まる。
ベーラの隣にはエクロザが腰掛けた。
エクロザは皆の顔を見回す。
ヌゥもまた、彼女をじっと見ていた。
エクロザと目があって、彼女は静かに頷いた。
誰1人口を開かない。
エクロザが話し出すのを、ただ待っていた。
「私はおよそ、1000年前に生まれました」
「っ!!!」
エクロザは続けた。
「更に私が生まれる1000年前、つまり2000年前この世界は、人間と動物たちの他に、魔族と呼ばれる者たちが住んでいました」
「《新世界大戦》で読んだ通り………」
メリは口を開いた。
エクロザはその本を彼らが見つけたことも、すでにベーラから聞いていた。
「私も本を読ませていただきました。ですが、あの本は私の知る歴史とは少し違っていました」
「……」
メリは自分の記憶の話を思い出す。
「聞かせてもらっていいか、エクロザ」
ベーラは言った。
エクロザも頷いて、話を始めた。
「魔族には、たくさんの種族がいました。私も全てを把握しているかと言われると、自信がありません。ほとんどの魔族はこの世から絶滅してしまいましたが、生き残っている者たちもいます。それがあなた達の知る、妖精やドラゴンたちです」
ヌゥはリオネピアで会ったキサティたちのことを思い出す。
「ドラゴンはもう絶滅していると言われているが」
「いや、イースというドラゴンの獣人が生きておる」
「この前のシャドウの奇襲からも助けてくれたと聞きました」
エクロザは続けた。
「人間と魔族の関係は、種族によって異なりました。妖精のように言葉が話せ、人間と仲良くしようとする者もいましたし、ドラゴンのように自分と人間は別世界の生き物だと、人間とは別の場所で群れをなし暮らす種族もいました。言葉の話せない魔族もたくさんいましたが、魔族以外の動物たちと同じように、それぞれの適した生活場所で暮らしていました」
2000年前、そんな遥か昔に、存在していたという多くの未知の生き物たち。一体それがどんな世界だったのか想像もつかないけれど、きっと今自分たちがいる世界とはまるで違う場所なんだろう。
「人間は人間、魔族は魔族、そのことはその世界で、暗黙の了解でした。人間は今と同じように、子供を産んで子孫を残しましたが、魔族は違いました。魔族は今の言葉で言うなら、単為生殖動物。つまり、自分1人だけで、子孫を残すことができたのです」
アグは腕を組みながら話を聞く。ドラゴンには性別がないと聞いたことがあったな…。単為生殖は虫なんかの普通の動物にも意外と多いが、そいつらは全てメスだと言われている。妖精は確かに女ばかりだった…。恋をするのが少ないといってたのは、女同士だからだったのか? いや、そもそも女に見えただけで、あいつらに性別なんてなかったのか…。
「ところがある日、その常識を覆すことが起きました。その歴史史上初のことでした」
「…?!」
「人間と魔族の間に、子供ができたのです」
「っ!!」
「いや、そもそもどうやって子供を作ったの?!」
人間と魔族は別の生き物。人間と犬の間に子供を産ませるようなもの。物理的には不可能だ…。
「まずはどうして子供を作りたかったのか。これが人間と魔族の間に戦争が起きる原因となったのです」
「…??」
「魔族は人間よりも、遥かに長寿であることを知っていますか?」
エクロザは皆に問いかけた。
うーん…。どっかで読んだ本には、確かにドラゴンの寿命は800歳くらいと書いてあった気がする。妖精については見聞は残っていないのか、読んだことはないな。まあエクロザさんが言うなら、そういうことなんだろうが。
「種族によってももちろん異なるのですが、短くても500年近くあると言われています」
「500年…」
「長えな…」
「はい。人間にとっては不老不死とまではいかなくても、それだけの寿命を手にしたいと切望する者は多かったのです」
「!」
「人間はその寿命を伸ばすための1つの手段として、魔族の血を手に入れることを考えたのです」
「……」
人間と魔族に子供ができれば、その寿命も魔族に近しくなるのでは、と考えたわけだな…。
アグはちらっとヌゥの様子を見た。
彼女の頭の上はハテナだらけだ。
(…駄目だなあいつはもう。パンクしてやがる)
「話はそれますが、今の世界でも同じようなことを考えた人間がいましたね」
「え?」
エクロザはレインの方を見た。
「獣人……」
レインはつぶやく。
エクロザは頷いた。
「そもそも獣人は、人間を長く生きさせるために、その臓器や血液、他にもその身体の全てを、人間のドナーとして使うために作ろうとされたのです」
「そんな……」
レインは唇を噛み締めた。
「もちろんそんな研究、倫理的に許されるわけがありませんでした。動物虐待とも言えますしね。ですからその研究員たちは皆捕まったとききました」
エクロザはベーラを見る。ベーラは頷いた。
「長く生き続けたいというのは、いつの時代の人間も考えることなのですね」
「……」
エクロザは神妙な面持ちでそう語る。
「つまり人間は、最終的に自分たちを魔族にしたいと考えたのです」
「っ!!」
「とはいっても、そう簡単になれるはずはありません」
「んもう! ちょっと待って! 難しいよ! 魔族ってなんなのさ! 俺でもわかるように言ってよ」
(やっぱりパンクしたか…)
アグはため息をつくと、言った。
「とりあえず、魔族っていうとわかりにくいから、犬だと考えろよ。人間が犬になりたいと思ってもなれないだろ?」
「なれるわけないじゃん!」
「だろ? だけどどうしても、人間は犬になりたいんだと。そしてついに犬との子供を作ることができたらしい。さあ、どうやって?」
「えー? ど…どうやってだろう…」
「わかんないよな」
「わかんない」
「じゃあそれをこれからエクロザさんが教えてくれるから、一緒に聞いてみようか」
「うん!」
メリにレイン、そしてアシードまでも、うんうんと頷いていた。
(おい。お前らもヌゥと同レベルかよ)
「魔族が単為生殖動物だとしても、人間は違います。魔族に性別はありませんが、単為生殖するのはメスだと言われているので、仮にメスだったとしましょう。そのメスの中に、人間の染色体を無理やり混ぜ込んで、魔族に子供を産ませたのです。もちろん最初からうまくは行きませんでした。人間の染色体は魔族の身体になかなか受け入れられず、その体内にて排除されてしまったのです」
「アグ、通訳して!」
「いや、言語は同じだろ…」
「いいから!」
(面倒くせえな……)
ヌゥに言われ、仕方なく話をわかりやすくしてみる。
「メスの犬とオスの人間を交尾させるんだよ」
「えっ! 気持ち悪っ!」
「知らねえよ…。だけど犬は人間との子供なんて作れませんよ〜って話だよ…多分」
「なるほど〜!」
(まあ実際ちょっと違うんだろうけど…。犬は単為生殖じゃねえしなそもそも。まあヌゥも納得したから、もうそういうことでいいか)
「わかりにくい説明しかできずに申し訳ございません…」
エクロザは頭を下げた。
「いや! エクロザさん謝らないで! こいつがアホなだけだから!」
アグは全力でフォローした。エクロザは顔を上げると、話を続ける。
「そこで人間は、人間のままでは駄目だと考えたのです。魔族と適合できる染色体を持たなければと。そして何年にも渡って人体に実験を施しました。その研究の末に生まれた魔族と子供を作れる新種の人間、それが皆さんの知る、シャドウです」
「っ!」
「えっ?!」
「はぁぁ?!」
皆は目を丸くしてエクロザを見た。
「シャドウとは何かご存知ですか?」
「呪人の核と適合した人間…でしょうか」
「そうです。シャドウは人間であって人間ではない。人間とシャドウの違いは、魔族と生殖できるか否かです」
「……」
皆ぽかんと口を開けて、彼女の話を聞く。
「アグぅ……」
ヌゥは助けを求めるようにこちらを見ながら、俺の服の裾を握りしめた。
「いやだから…シャドウは犬と…子供を作れる…ってことだろ」
「…じゃあ俺はシャドウだから、俺の身体が男だったとして、犬と交尾したら子供作れんの?」
「何か口にするとすげえ怖いし気持ち悪いな。まあ、犬はそもそも動物だし、あくまで例だから…。そしたらあれだ、妖精にしよう。妖精と子供が作れるってことで」
「ふうん…」
(何だよ。犬よりはいいだろう)
「つまり、2000年前から呪術師は存在していたということだな」
ベーラはエクロザに尋ねた。
「そうです。呪術師以外にも、色々な術を使える人間たちが存在していました。かつてのあなたたちの仲間に、忍術を使える者がいたでしょう」
「ヒズミ……」
「はい。呪術師、忍術師、その他にも複数存在していたと聞いています。もちろん彼らは人間の中ではかなり希少な存在でした」
「呪術師の歴史がそんなに古くからあるとは…正直驚いた」
ベーラも顎に手を当てて、深く考えている様子だ。
「というか、2000年前から人間が生きてたってのも、知らなかったよな。魔族がいたなんて話も、聞いたことねえもん」
「あの本だってただの童話だったしね…」
「習った歴史じゃ、人間が生まれたのは1000年前だと言われていましたよね」
確かに、西暦で見るとそうだ。紀元前に人間が生きていたと考えても、さすがにもう1000年前からいたってのはないだろう…。
そんな話、聞いたこともないんだから。
正直エクロザさんの話が2000年前の世界の話だなんて、信じられないんだよな…。
「まあとりあえず話を全部聞こうか」
皆は頷いて、エクロザに注目する。




