対戦・elnath
二角獣は起き上がり、自分と同じくらいのその赤い獣に向かって光線を撃つ。レインはそれを旋回して避けると、二角獣に向かって炎を吐いた。
「お前…なんなんだその姿…」
「知らねえよ。アンジェリーナが死ぬ時、俺に力をくれたんだ。それが何か、うまいこと発動したんだよ」
「アンジェリーナが……」
(譲渡の力…)
ベーラはレインの背中に掴まりながら、二角獣を見据える。
レインは二角獣に向かって叫んだ。
「メルダーのボスはお前か?! ったく、人間ですらねえとはな!」
【我が名はelnath。赤い魔族よ、お前は何故人を守る?】
「はあ?! お前こそ何でシャドウを仲間にして人間を襲うんだ!!」
elnath…メルダーの女が言ってたボスの名前だな…。
(魔族……だと?!)
ベーラはその二角獣の言葉に反応し、そいつを睨みつける。
【これは我らを滅ぼした人間たちへの復讐だ!】
二角獣elnathは、そう声を荒げると、レインに向かってその2本の角を突き出し、襲いかかってきた。
「んの野郎!!」
レインもまたelnathに立ち向かい、その牙で迎撃する。
ベーラもまた、土の柱でelnathに攻撃し、レインを援護する。
レインが炎を吐くと、elnathはそれを飛んで避けた。
避けた先にはベーラの創った、炎の威力を増加させる円柱のリフレクター。炎はリフレクターに吸い込まれ、より強力な力となってelnathの背後から襲いかかる。
【この程度の力で…我に歯向かうなどっ!!】
elnathは自分を覆う透明なバリアを作り出す。炎は弾かれ、途絶えてしまった。
(あれを防げるのか?!)
ベーラは顔を引きつらせた。
【我は許さぬ! 憎き人間共!】
elnathとレインは攻防を続ける。
「何の話かわかんねえよ!!」
【人間はシャドウとなり滅びるのだ! 我らの奴隷となって生きるのみ】
「くそがぁぁっ!!!」
レインはelnathの角に噛み付くが、尋常な硬さで彼の牙でも噛み砕けない。elnathはレインを振り払い、光線をぶつける。
ベーラはとっさにバリアをはるが、力が弱まってきたのか守りきれない。
「ぐわっ!!」
「レイン!!」
光線はバリアを貫いてレインに直撃する。
レインはふっ飛ばされて、そのまま背後にあった城にぶち当たった。
城壁が崩れて大きな音を立てる。
「大丈夫か?! レイン!」
「痛ってえなもう!」
(さてと…いよいよ勝てねえフラグ立ってきやがったな……どうすりゃいいんだ? アンジェリーナよぉ…)
【俺の力は、悪魔の力。解放すれバ強大な力となるガ、お前ノ身体を蝕厶】
(んだ…そうかよ…そんなの構わねえよ!)
レインは声の通りに力を解放する。
なぜそれが出来るのかは、レインにもわからない。
レインの吐く炎は先ほどよりも黒さが増した。
その炎を食らったelnathは、少しばかりダメージが入ったようにも見える。
(これは……辛え……。けど……行ける…)
レインが苦しそうな様子に、ベーラも気づく。
「おい…お前、その力は……」
「いいんだ……何としてもあいつを倒すんだ。そうだろ?」
「レイン……」
赤い獣と二角獣は、まるで世界の終わりのような壮絶な争いを空中で繰り広げる。
真昼なのにも関わらず、空は黒い雲が覆われ、淀んでいた。
【邪魔するやつは皆殺しだ!】
「お前が死ねええ!!!!」
レインは更に力を解放する。
炎は赤さを失い、呪われたようにど黒く燃えた。
「レイン! やめろ! これ以上は…お前が……」
ベーラは声をかけるが、レインはそれを止めない。
「なあベーラ……俺が結婚してなかったら、お前に惚れてたかも」
「……?!」
こいつの本音を聞いたのは、俺が嫌がるベーラに無理やり酒を飲ませた日だった。
普段絶対に酒を飲もうとしなかったわけを一瞬で理解する。彼女は酒にめっぼう弱く、人が変わったようにひたすら泣きわめいたのだ。
「辛かったねぇ…レイン! 愛する伴侶を失って…助けてあげた街の平民にも蔑まれて、よく人間を恨まなかったね…。あんたは本当に良いやつだ! 本当に…ぐすっ…優しくて…頼もしくて……ひっく…素敵な奴だね…!!」
はあぁぁぁあ?!?!
あの時はどんまいと一言しか言わなかったくせに、そんな風に思ってたのか?! いや、ギャップが激しすぎるだろ姉さん…!
べた褒めされて悪い気はしないが、驚きの方が強くて焦る。
「私があんたの相棒だよ…! 辛い時はいつだって頼っていいんだよ! 姉さんに!」
「お…おう…。ありがとな」
「とりあえずこれを食べなさい! 生肉の塊! 好きだろう? ライオンだから!」
「いや、この姿じゃちょっと…焼いてもらえるか…ね…」
ベーラは話も聞かず、泣きながら生肉を俺の口に突っ込む。
俺はその後腹を壊した。
この女は無愛想だけど、根は良い奴なんだ。
人を寄せ付けない振る舞いをしているけど、本当は誰よりも思いやりがあって、気が遣えて、優しい奴なんだ。
俺はずっとお前と一緒にいて、誰よりもお前を理解してるつもりだよ。
だからお前が考えてることなんてな、俺が1番よくわかってんだよ。
お前がずっと好きな奴のことだって知ってる。
お前が誰よりも倒したい敵のことだって、命にかえても守りたいものが何かだって、手に取るようにわかるんだよ。
お前が倒せないっていうなら、俺がやるしかねえってさ。
だってお前は俺の相棒だから。
(これ以上やったら…死ぬか…?!)
レインは二角獣に襲いかかる。二角獣も全力でこちらに向かってくる。
「守ってやるよ…俺が…。お前が大好きな、この国をさ…」
レインは更に力を解放していく。
レインの身体が黒く染まっていく。
「やっ…やめろ…! やめろぉっ!!!!!!」
ベーラは叫ぶと、レインのたてがみを引きちぎった。
「痛っ! 痛い痛い痛い!!! おい! ふざけんな! やめろ! クソババア!!!」
「死ぬことは許さないっ!!! 絶対にっ!!!!」
「この後に及んで何言ってんだよ!!」
二角獣が放つ光線を、レインは間一髪で避ける。
「あっぶない!!! おい! いい加減にしろよ!!」
「お前こそ! 死ぬなんて許さない!」
「はぁあ?!?! 俺がやんなきゃ誰がこのモンスターを倒すってんだ」
「それでも、お前が死ぬ必要なんてない!」
「あのなあ! このままじゃ共倒れになるだろ!!」
レインが背中に乗るベーラを横目で睨むと、彼女は怒った末に泣いていた。
「レイン、お前がいないと…私達部隊は駄目になる!」
「それはお前だろ! お前が生きててくれりゃいい! リーダーはお前なんだから!」
「違う! 皆の心を支えているのはお前なんだレイン! いつだって皆…お前がいたから、お前が皆を助けてくれたから…ここまで来れたんだ!」
「お、俺は別に何も…」
ベーラは声を荒げ続ける。
「部隊の柱はお前なんだよレイン…。アンジェリーナだって、それがわかっていたから命懸けでお前を助けたんだ! 私はそう思ってる! 皆だって…!」
「……」
レインは驚いたようにベーラの言葉に耳を傾ける。
「諦めるなよレイン…2人で倒そうよ……私達ならそれが出来るだろ…?」
「ベーラ…」
ベーラはレインの背中をきゅっと掴んだ。
「力を私に譲渡しろ…レイン!」
「……」
「痛みは2人で分ければいい! 私も一緒に戦うから!」
「ベーラ…」
レインは空高く飛んで、ベーラと心を通わせる。
やり方なんて知らねえ。
俺はドラゴンでも、妖精でもないし。
だけど、ベーラの鼓動が聞こえる。
ベーラの心が見える。
飲み込まれない! 悪魔の力だとしても…!
2人なら……!!
ベーラは力がみなぎるのを感じる。
(あの時と同じ…)
ベーラはキサティに力を譲渡された時のことを思い出す。
(いや…それ以上だ…!!)
妖精とは違う…。悪魔の力か…。
確かに辛いっ……だけど……耐えてみせる!!
2人は力を限界まで溜めていく。
赤い獣と灰色の髪の女は、輝くような真紅のベールに包まれていく。
(あとはタイミング…)
(この一撃で終わらせる…!!)
elnathもレインたちが強大な力を溜め、攻撃を伺っていることを察する。
【人間に味方するなら魔族だろうと皆殺しだ!】
レインたちに攻撃をさせまいと、elnathも果敢に攻め込んでくる。
(打ち出せないっ!)
(焦るな! 絶対スキができる! 見極めろ!!)
心の通った2人の間に、言葉はいらない。
(こいつは俺たちが…)
(私たちが……)
(絶対倒す!!!)
【あなたたちの思い、無駄には致しません】
その時、天から1本の黒い槍が、物凄い勢いでelnathめがけて飛んできた。
槍はelnathに突き刺さり、大きなスキが生まれる。
(ここだぁぁぁあああっっ!!!)
レインとベーラは、渾身の一撃をelnathに食らわせる。
真っ赤な光がelnathを貫き、空は一瞬その光で何も見えなくなった。
elnathは耳をつんざくような悲鳴と共に砕け散り、消えてしまった。
レインはそのまま地面に着陸し、人型になると、その場に倒れた。
「レイン!!」
ベーラはレインに駆け寄った。
「はぁ…はぁ…もう無理…まじで無理……」
「レイン……」
(ぐぅ……私もこのダメージは……くそ…。でもレイン、痛みはほとんどお前が被ったな……)
レインの身体の一部は黒く蝕まれている。
「……」
ベーラが心配そうに彼を覗き込むと、2人の元に金色の長い髪の美しい女性が現れる。
「お、お前はっ!!」
ベーラは、かつてヌゥをアジトに連れ去った女と同じ顔のそいつを警戒する。
しかし女は優しく微笑んで、彼女に話しかける。
「彼の身体はフェネクスの力を使いすぎて傷を負っています。しかし大事には至りません。安静にしていれば元に戻るでしょう」
「……お前は…」
「私はエクロザ・スピル。あなたたちの味方です」
ベーラはエクロザの持つ黒い槍を見る。
(こいつはヌゥが言っていた…エクロザのオリジナル…)
レインもまた彼女を見て口を開く。
「はぁ…お前が…エクロザって女か……はぁ…今までどこにいやがったんだ…ったく…」
「申し訳ありません。私のコピーに異空間に閉じ込められていました。あなたたちの起こした巨大なエネルギーが、空間に歪みを生んでくれたのです」
「何言ってるかわかんねえけど…はあ…まあ、助かったよ…」
レインは息切れしながらエクロザに礼を言った。
「他の皆さんのところにも行ってきます」
「そうだ…俺はメリを置いて……」
「大丈夫ですよ。ここが最後でしたから」
エクロザが言うと、ベーラも焦った様子で尋ねる。
「他の皆は無事なのか?!」
エクロザは微笑みながら頷いた。
「はい、あなたたちの無事も皆さんに報告します。また皆さんと話して、これからのことを決めましょう」
「…お願いするよ」
エクロザは優しく笑って、モヤを出すとその中に消えてしまった。
レインは何とか身体を起き上がらせた。
「おい。大丈夫か…?!」
「痛たた…平気だよ…何とか……」
レインは、心配そうに自分を覗き込むベーラを見て、顔を赤らめた。
『……俺が結婚してなかったら、お前に惚れてたかも』
(何言ってんだ俺は…っ!)
「あっ…あれは…違うからな! 告白じゃねえぞ!! 俺はフローリアが好きなんだ! 死ぬまで! 一生!」
「わかってるよ」
ベーラはふっと笑って、言った。
「私も、ずっと好きな人がいるから。まあもうこの世にはいないが」
「やっぱりジーマのことが好きなんじゃねえかよ…」
「…バレないように、していたんだけどな」
レインもまた、軽く笑った。
「お前のことは俺が一番よくわかってんだよ」
「ふふ…そうかもな」
ベーラは彼が見たことのないような、優しい笑みを浮かべると、立ち上がった。
「まあでも私も、似たような気持ちだよ、レイン」
そう言われて、レインは歯を噛みしめたまま、顔を赤くした。
そのままゆっくりと立ち上がった。
「ま、今世のパートナーではなかったってことだな、お互い」
「そうだな…。まあでも…」
ベーラは左手を握って拳を作ると、レインに向けた。
「私の相棒はお前しかいないよ」
レインも笑って、右手を握って軽く上にあげる。
「俺だって」
そして2人は、コツンと互いの拳をかち合わせた。
その後俺は、城のベッドでしばらく安静にしていた。
ベーラも少し休んで、力が戻ると、城の修復にあたっていた。
城内にいた者の中にはケガ人も多数出たが、奇跡的にも死人は出なかった。
医療会の奴らはまた忙しく働いている。
エクロザはメリとハルクを一旦帰還させた。
ハルクは医療会に連れて行かれ治療された。
マルティナは別れを悲しんでいたが、グザリィータの家に送り届けた。
少しばかりの旅に付き合ってくれたお礼にと、アクアラングをいくつかくれた。ラミュウザにまた会いに行ったときのために自分の名前の紹介状も書いてくれた。
最初はただのクソ女だと思ったけど、割と良い奴だったな…。
ヌゥたちのところにも行ったエクロザは、セシリア姫たちを馬車ごとシルヴィアに送り届けた。肋を骨折していたアシードは先に帰還して治療を受けた。シルヴィア国にて、セシリア姫が王族との謁見滞在中の何日かは、ヌゥたちも護衛としてその場に残った。
それまで俺たちは、休養を取りながら城で待機した。
エクロザもそれが終わるのを見計らい、ヌゥたちの元へと再び向かった。
セシリア姫とアルベウス王子の結婚の話はうまくまとまり、王子も連れて、その日の夕方、セシリア一行はモヤをくぐって、セントラガイト城に帰還した。




