来襲
「ゼクサス様、刺客とは一体…」
「暗殺部隊メルダー」
ゼクサスはそう呟いたあと、ふっと笑った。
「を、買収したとでも言おうか」
「ば、買収…? メルダーは、人間の暗殺集団ですよね?」
「いや、奴らはもう人間じゃない」
「…!」
エクロザは自分の知らされていなかった彼らの存在に驚く。
「シャドウなのですか?!」
「うん…。暗殺集団でもない。ただ私の言うことを聞くだけの殺人部隊だよ。今のメルダーのボスは私の友人でね。そしてメルダーの幹部の3人はレアだ。皆、私の大変信頼している仲間たちだよ」
「……!」
「彼らならね、デスサイズだけと言わず、奴ら全員を駆逐しようと、すると思うよ」
「ぜ、全員ですか…?!」
ゼクサスは笑った。
「頑張り屋さんだからね。彼は」
「……そんなレアの存在、私は存じ上げませんでした…」
少しうつむいたエクロザの頭を、ゼクサスは撫でた。
「すまない。君を信頼してないわけじゃない。ここまで私のレアたちがやられるとは思わなかったんだ…」
「…ふがいありません」
「ううん。君も死んだレアたちもよくやった。私たちは少し休もう。しばらくは、彼らに任せよう」
「…はい」
ゼクサスとエクロザは、ロクターニェに向かって歩き続けた。
ヌゥは岩道を走る馬車を追いかける。馬車の周りにはメルダーの一味が3人。
(っ!!!)
ヌゥは岩道中に張り巡らされた糸に気づいて足を止める。
(足場がない…!)
すると、後方から爆弾が飛んできて、一帯の糸を抹消させた。
ヌゥが振り返ると、アグの投げた手榴弾を、ソヴァンが撃って勢いをつけて飛ばしたのがわかった。
(ったく…勝手に先行くんじゃねえよ!)
アグは悪態をついていた。
ソヴァンと共に身を潜め、様子を伺う。
(ありがとうっ!)
ヌゥは岩道を駆け抜けて、馬車を囲む3人を目にも止まらぬ速さで倒した。
3人からは、紫色の血が流れている。
(えっ?!)
ヌゥが一瞬驚いていると、馬車の中からたくさんの黒い泡が弾けだした。
「うわっ!」
ヌゥは稲妻を放って自分に近づく泡を壊そうと試みるが、泡は雷に当たってするんと動くだけだった。
(当てられない?!)
泡は馬車の窓を壊して、数えきれないほど出てくる。
シャボン玉のようにふわふわと浮かび、低速ではあるが、その数が尋常でない。また、これに触れてはいけないということを身体が察する。
(紫色の血…メルダーは…シャドウ?!)
ヌゥは泡から距離を取る。
「はい、当たり」
「?!」
誰かの声が聞こえて、ヌゥは後ろを振り向いた。
そこにはメルダーの衣服を纏った青年が大きな黒い泡の上に乗って浮かんでいた。波打つ黒髪は濡れたようにねっとりとしていて、肩のあたりまで伸びている。彼の目以外は黒い衣服で覆われていて、肌がほとんど見えない。
まるで血の気のないような真っ青な冷たい目をして、ヌゥを見下ろす。
(この泡…禁術…?! レアなのか?!)
「返してもらうよ、デスサイズ。そして君を殺すように依頼されてるんだ、ヌゥ・アルバート」
(俺の名前を知っている…! それじゃあソヴァンは最初から…)
青年はニヤッと笑うと、その両手から大量の泡を吐き出した。泡と泡は互いが触れ合うとくっついて大きくなっていく。
ヌゥは泡を避けながら超加速で青年の背後を取ると、稲妻を纏ったその手で攻撃する。
しかし、青年の服に電気は吸収されてしまった。
(絶縁体の防具?!)
「君が電気を扱うことは知ってるよ。残念だけど、対策済みさ」
「くそっ!」
ヌゥは唯一空いているその顔面に蹴りを入れようと足を伸ばした。
「はい、それも読み通り」
青年はその両目から泡を出す。泡はヌゥの靴に触れると、その瞬間に弾け飛んだ。
「っ!!!」
泡が弾けだしたところから、真っ黒い液が飛び散った。
水しぶきのように舞うその液体を、すべて避けることは叶わず、ヌゥの足首と腕にその液がかかった。
(やられたっ!!)
ヌゥは1回転して青年から距離を取る。
「……!!!!」
ヌゥは激痛を感じる。
(な、なんだこれ…と、溶けてるっ?!)
液体をあびた足首と腕の部位は、まるで切り取られたように溶けてなくなっていた。
「ふふ、痛いよね。もっと痛がる?」
青年はふっと笑って黒い泡を生み出し続けた。
「お前たちはレアのシャドウなのか…?!」
「ふふ、そうさ。あの方に命じられた。お前を殺してデスサイズを取り返すように」
ヌゥは背中に背負った大鎌をちらりと気にする。
「ついでに遠くにいるお前の仲間も全員、皆殺しにしようと思ってね」
「…っ!! 俺の仲間も…?」
「今、向かってるよ。僕たちの仲間がね」
その頃人気のない荒野を進んでいたレインたちだったが、突然馬の乗り手と馬の叫び声が聞こえたかと思うと、レインたちの馬車が急停止した。
「なんだ?!」
「きゃっ!」
馬車はその勢い余って転がり倒れた。
「マルティっ!!」
「ひゃっ!!!」
ハルクはとっさにマルティナを抱えて彼女をかばった。
「おい! 大丈夫か?!」
レインは叫んだ。
「大丈夫です…」
「な、何なのよいきなり」
メリも受け身をとって体制を立て直し、真上に来ている窓の外を見る。
すると、黒装束の女がこちらに向かってレイピアを突き刺してきた。
カンっと音が響く。
メリの出した巨大な盾に女の突きは弾かれ、彼女は距離をとった。
「なんのつもりよ!」
メリは馬車に盾を立てかけたまま、外に出た。
「お前らはここに隠れてろ」
「レイン!」
ハルクとマルティナを馬車の中に残して、レインも外に出る。
明らかに自分たちを殺そうとしている女を前に、レインは獣化し、メリも戦闘体制をとった。
「誰なのあなた!!」
「お前たち、殺す」
女は呟くようにそう言って、レイピアを持ちこちらに襲いかかる。
女の朱色のポニーテールが大きく揺れた。
メリは同じくレイピアを作り出すと、それを弾いた。
女の背後からレインが牙を向いて襲いかかる。
女がメリのレイピアを弾いて回転すると、どこからともなく現れた花びらが女を守るように舞って、二人を弾き返した。
「こいつ、シャドウよ!」
「何だと?!」
女はレイピアを振り切って、メリを睨みつけた。
「うおおお!!!」
「アシードさんっ!!」
アシードはカトリーナを振り回し、コテージを襲撃してきた体格のいい黒装束の紺色の髪の男を攻撃する。
「ベルはセシリア様と中にいるのじゃ!」
「わ、わかりました!」
ベルはセシリアと馬車の乗り手をかばうように、部屋の隅で待機する。
「リウムさん…!」
「セシリア様! 私達が絶対に守ります!」
男はアシードと同じような大剣を扱い、アシードに負けない力でそれを振り回す。
カンっカンっと剣がかち合う音が響いた。
「なかなかの力じゃな!」
「貴様もな」
「お前は一体何者じゃ!」
「メルダー3強、コードネームwezen」
「メルダーじゃと…?!」
「貴様ら全て、皆殺し」
二人は攻防を続けた。
「こいつっ!!!」
セントラガイト城の上空から、巨大なニ角獣が城に向かって光線を吐き出して攻撃を仕掛けてきた。
城の一部は既に破壊され、城内は大混乱に陥っていた。
ベーラは城の外に出ると、城を守るように透明なバリアを貼って光線を受ける。
「ちぃ……」
ベーラはその力に顔を引きつらせながらも耐えた。
騎士たちはその巨大なモンスターになす術なく、ベーラの命令で城に立てこもった。
真っ黒な胴体のその馬の姿の獣は、輝く金色の長く伸びた二本の角を生やしていて、真っ赤な瞳でこちらを睨み、光線を打ちつける。
(絶望的だな…! 部隊の皆が出払っている時にこの襲撃…! 狙っていたのか?!)
【レアを殺ったのはお前だな?】
ニ角獣は脳裏に響くような低く濁った声でベーラに話しかける。
「だったら何だ…!」
【お前を殺す。仲間も全て、皆殺し】
「…っ!!」
ニ角獣はバリアに向かって光線を放ち続けた。
ヌゥは溶けた足首と腕の痛みに耐えながら、青年の出す泡を避け続ける。
「お前らは一体…!」
「僕はメルダーの幹部。3強の1人、コードネームはgemma」
「……」
「悪いけどここで死んでもらうね」
ヌゥは稲妻を全身に纏ってその泡を弾く体制をとった。
(物理攻撃は効くはずだ…ただ接近戦は、泡でガードされたらこちらが先にやられる)
gemmaは泡をそこら中に撒き散らし、ヌゥに向かっていった。
ヌゥはそのスピードに目を見張る。
(速いっ!)
gemmaは両手から泡を出し、ヌゥに当てようと試みる。
(くそっ!)
ヌゥは超加速でそれを避ける。
(絶縁体に電気が吸収される…! これを解いたら散らされた泡のせいで自由に動けなくなる…! 電力が切れる前に殺らないと!)
ヌゥはgemmaに向かっていった。




