暗殺部隊《メルダー》
ダン!
ソヴァンの撃った銃弾は、ヌゥの真横をまっすぐ飛んでいく。
ヌゥもその弾が自分に当たらない軌道を通っていることはわかっていたので、動かなかった。
ひまわり畑の奥から、カンっと銃弾を弾く音が聞こえる。
「っ……」
ソヴァンはその音に顔をしかめながらも、その方向に銃弾を撃ちつける。
ダン ダン ダン
カンっと銃弾がはじかれる音がすると共に、逃げていく足音が聞こえる。
「誰だっ!!」
ヌゥがそいつを追おうとするが、ソヴァンはヌゥの身体を掴んでそれを止めた。
「ちょっ、離してソヴァン!」
「あ、危ないよ……ノエル…あいつらは…こ、巧妙な罠を張って……」
「あいつら?!」
すると、皆がヌゥたちの所に集まってきた。
「どうした?!」
ソヴァンがヌゥを掴んでいるのを見たアグは、急いでヌゥに駆け寄ると、彼女の肩を掴んで自分に抱き寄せた。
「お前、何してんだよ!」
「す、すみ…すみませんっ……」
アグはソヴァンを睨みつける。
「は、離してアグ! ソヴァンは俺を助けてくれただけだよ」
「はぁ?! だって銃声が」
「す…すみません…」
ソヴァンは怯えて両手を顔の前にやる。
「どうなっとるのじゃ?」
「ソヴァン…どういうことですか?」
セシリアはソヴァンを問い詰めた。
「せ、セシリア様……」
「説明なさい。ソヴァン」
ソヴァンは観念して、話し始めた。
「あ、暗殺部隊…《メルダー》に…ノ、ノエルが…狙われているんです……」
「あ、暗殺部隊ぃ?!?!」
六人は一旦馬車に戻ると、アスカ高原を進みながら話を聞いた。
「どうしてノエルが…?」
セシリアは不安そうにソヴァンに尋ねる。
「わ、わかりません…」
「何でお前がそんな情報を?」
「……こ、個人的に…メルダーを…お、追っているんです…」
ソヴァンはどもりながらも、話を続けた。
ソヴァンの両親は、ソヴァンが6歳になると、彼を養子に出した。騎士だった彼の父親は、その才能もなく、更にどもりグセのあるこの出来損ないの自分を見限ったのだという。彼の引き取り手だったセイバスという男は、裏世界の人間で、この世にまだ出回っていない拳銃を所持しており、自身も射撃の名手であった。彼はソヴァンの射撃の才能に気づき、彼を育て上げた。
ところがある日、暗殺部隊メルダーに狙われたセイバスは、その命を奪われた。ソヴァンがセイバスに引き取られて間もなく実の両親は死んでしまっており、行くところのなかったソヴァンは、生きていくために騎士団の試験を受け、銃騎士として見事に採用された。
騎士として働きながら、ソヴァンはセイバスの仇である暗殺部隊メルダーを一人で追っていた。しかしなかなか奴らの動向が掴めなかった。
やがて実績をあげていくうちに、ソヴァンはセシリアの護衛に見事抜擢された。
そしてついにソヴァンは、メルダーがノエルを狙っているという情報を掴んだのだという。
「何なんじゃ…暗殺部隊メルダーとは…」
「まあ単純に殺し屋集団ですよ。裏組織の1つで、多額の金をもらって依頼主の殺したい奴を殺すのが仕事です」
「そんな悪い連中がおるとは…」
「まあ、野放しにしておくわけにはいかないね」
ヌゥは言った。
「俺を狙ってるなんて好都合。返り討ちにしてとっ捕まえてやるよ。これも本来俺たち特別国家精鋭部隊の仕事だからね!」
「おお、そうじゃな! ここいらで手柄をたてておくとしよう」
「や、奴らは…只者では…あ、ありませんよ…」
怯えるソヴァンにヌゥは笑いかける。
「さっきはありがとう!」
「……」
「俺がソヴァンの仇、とってあげるからね」
「ノエル……」
アグは顎に手を当てて頭をひねる。
(ノエルを狙ってるだと……ノエルの名前を知る者は偽名提出された書類を見た王族だけのはず…この世には存在していないノエルをどうして知っている…? それとも…)
頭を悩ませる様子のアグを、ベルもまた気にしていた。
やがて夜になって馬車はアスカ高原を抜け、小国ルゴットに入った。
その日はこの国に泊まることになった。
部屋が大部屋1つしか空きがなく、姫様には申し訳ないが、そこに六人で泊まることになった。
夜ご飯を済ませたあと、ヌゥはアグに呼び出され、宿の少し先の公園まできた。
「どうしたの?」
「あのソヴァンて奴…気をつけろ」
「え? どうして?」
アグはいつもよりも顔を強張らせている。
「暗殺部隊が『ノエル』を追っているって、おかしいだろ? ノエルは偽名だぞ」
「ああ、そうだけど…。でも確かにソヴァンといる時に、別の奴に狙われたし。ソヴァンもそいつを本気で殺そうと、銃を撃ったよ」
「そうかもしれないけど……実は裏で繋がってたりとか…」
ヌゥもまた、顔をしかめる。
「俺の友達のことを、悪く言わないで」
アグは驚いたように彼女を見る。
「と、友達…?」
「そうだよ。友達になったんだもん」
「お前、あいつのこと何も知らねえだろ? そんな簡単に信用して…」
「俺は君のことだって全然知らないよ」
「……」
アグは愕然として彼女を見る。
「お前…それ本気で」
「本気も何も、覚えてないって言ってるじゃん。まあ皆が君を信用してるから、俺もそうしてるだけだよ。そもそも君は犯罪者なんでしょ? 俺も同じだし、人のことは言えないけど、君こそ本当に信用できるの? ソヴァンは悪い奴じゃない。俺たちの味方だよ」
「……もういいよ」
アグは怒った様子で、先に宿に戻った。
「……」
んだよ…それ……。
あり得ねえだろ……。
いくら俺のこと覚えてないからって…
アグがイライラしながら廊下を歩いていると、ソヴァンが奥からやって来た。
「え? の、ノエルは…?」
「知らねえよ、あんな奴!」
「だ、駄目だよ…1人にしたらっ…」
ソヴァンは廊下を走って宿の外へ向かった。
「おいっ!」
アグが呼び止めるのも聞かず、ソヴァンはヌゥの元へ急ぐ。
辺りはもう暗くなっていて、外には誰もいない。
ヌゥは1人、ブランコに座って、たそがれていた。
(はぁ……言い過ぎちゃった…アグに謝らないと…)
すると、背後から細い針の様なものが飛んできた。ヌゥは頭を横にやってそれをサッと避けた。
ヌゥは靴の電源を入れながら、後ろを振り向く。
「メルダーか?!」
すると、またヌゥの背後から針が飛んできた。今度は数が多い。
ヌゥは軽い身のこなしでそれを避ける。避けきれない針は稲妻で落とした。
「出てこい!」
敵は姿をあらわさない。
(どこだ…どこにいる……)
針は複数から飛んでくる。
それがヌゥに当たることはなかったが、ヌゥも四方から繰り出されるその攻撃に集中は切らせない。
(全方位から来る…敵は複数か…?!)
辺りは暗く、敵の姿はまるで見えない。
(こっちから行くか…)
ヌゥが公園から出ようとすると、ソヴァンの声が聞こえた。
「ノエル! 糸がっ!!」
「えっ?!」
ヌゥが足元に目を凝らすと、ピンと糸が光るのが見えた。
それに気づいて避けようとしたところに針が襲いかかる。
ダン ダン ダン
ソヴァンが木の上からその針を撃ち落とす。
(あれを撃ち落とせるの?! この暗がりで? すっご…)
「針には毒が塗られてる! かすっても駄目だ!」
「わかった!」
針はぴゅんぴゅんと飛び交い、ヌゥを襲う。
(くそ…キリがないな…!)
「ソヴァン! そこから動かないでね!」
「え?!」
ヌゥは右手に雷を溜める。
「くらえええ!!!」
その雷をレーザーのように全方位に向けて撃つ。
その公園は雷が落ちたような衝撃と共に、目が眩むほど激しく光った。
(見つけた!)
ダン ダン ダン ダン
ソヴァンはメルダーの一味を一掃した。
額を撃ち抜かれたメルダーの四人は息を引き取り、その場に倒れた。
「ノエルっ!」
ソヴァンは木から飛び降りると、ヌゥの元に駆け寄った。
「だ、大丈夫…?」
「うん! 平気!」
「ノ、ノエルは…強いんだね…」
ヌゥはにっこりと笑った。
「ソヴァンが倒してくれたんだ!」
「うん…でもこいつらは…メルダーの下っ端だ…。次は、め、メルダーの幹部が…襲って…くるかもしれない」
「げっ! まだいんのかよ〜。もうほんと嫌だな〜遠足気分が台無しだよ!」
ソヴァンはヌゥの手をとって両手で握りしめた。
「えっ…」
「ぼ、僕が…守るから…ノ、ノエルのことは…絶対……」
「あ、ありがとう…」
ソヴァンはハっとしてその手を離した。
「あっ、ご、ごめん…」
「ううん。ソヴァンは優しいね」
「いや…そんな…ことは……」
ヌゥはにっこりと笑った。
「こいつらどうする?」
「あ、ぼ、僕が…処理するよ…運ぶの、て、手伝ってくれる?」
「うん! もちろん!」
ヌゥたちは国の外に死体を運んだ。皆統一された黒装束の衣服を纏っていた。ソヴァンはその死体を見事に処理した。
「燃やすんだ…」
「うん…それが…早いから……」
死体は跡形もなくなって、二人は宿に戻った。
「ただいま…」
セシリア、アシード、ベルは既に眠っていた。
アグは何か実験的なことをしていて、声に反応して振り返って二人を見る。
「おかえり」
明らかに不機嫌そうなアグを見て、ヌゥも気まずくなる。
「あの…アラン…さっきは…」
「お、襲われたんですよ…ノエルが…」
「え…?」
ソヴァンに言われて、アグはハっとして彼を見る。
「きょ、今日襲った奴らは、倒しました…けど、また…襲ってきます…今度はもっと…強い奴が…」
「……」
「だから…ひ、一人に…しないで…ください。ノエルを…。ぼ、僕も明日からは…の、ノエルから…目を離さない…よ、ように…しますから…」
「っ!」
アグは手を止めると、苛立った様子で彼に言う。
「お前はセシリア様の護衛だろ! お前はいい! こいつのことは俺らが見てる! お前はもうこいつに近づくな!」
「ちょっと! 何でそんなこと!」
ヌゥも見かねて声を荒げる。
ソヴァンは怯えながらも負けじという。
「ノ、ノエルは、僕が…守るから……」
アグはバンっと机を叩いて立ち上がると、ソヴァンの胸ぐらに掴みかかる。
「ちょ、ちょっとアラン!」
「お前何なんだよ! 会ったばっかりで、何でこいつに構うんだよ! その話し方も耳障りなんだよ!」
「す、すみ…すみません…すみません……!」
「ねえ! やめてって!」
ヌゥはアグからソヴァンを引き剥がす。
「と…友達だから……た、た、助けたい……だけなのに…」
ソヴァンは泣きそうになりながら、両手を顔の前にやってしゃがみ込む。
ちっと舌打ちして、アグは部屋を出た。
「ご、ごめんねソヴァン…俺がアランにさっき酷いこと言ったから…それでまだ怒ってるだけなんだ…」
「ち、違うよ…か、彼はね…ぼ、僕に…嫉妬…してる…だけだよ……」
「え…?」
「い、行ってあげて…アランさんの…とこ…」
「う、うん。ごめんね…」
ヌゥはソヴァンを部屋に残して、アグを追った。




