新しい友達(※)
「か、かっこいい〜!!!」
ヌゥは目を輝かせてソヴァンを見上げた。
それに気づいたソヴァンは顔を赤くしながら、よそよそと馬車に乗り込んだ。
「なんじゃ今のは!」
「うふふ。ソヴァンは早撃ちの天才なんですよ」
「そ、そんな…僕なんて……」
ソヴァンは元の席に座ると、また人差し指をつんつんと突き合わせる。
アグもベルも、開いた口が塞がらなかった。
(こいつ……どもったふりしやがって……)
(やっぱり王族の護衛になる実力者。只者じゃありません!)
「ソヴァンはジーマの次に選ばれた護衛なんですかのう?」
「いえ、彼が護衛になったのは最近のことです。ジーマの次に護衛になったバルクエは、不幸にも急病でなくなってしまったのです」
「そうじゃったのか…」
「す、すみません…僕…みたいな…頼りない…護衛…で…」
「何言ってるのさ! めちゃめちゃかっこいいよ! 凄いね!」
「あっ、え、えっと……」
ヌゥは興奮した様子でソヴァンに話しかけた。ソヴァンは恥ずかしさのあまり顔を背けた。
「全然…ですよ…ぼ、僕なんて…」
アグも腕を組んで彼を見ていた。
(こんなにすごい腕があるのに自信がないんだな…)
ソヴァンがちらっと顔を上げると、アグと目があった。
睨まれているような気がして、ソヴァンはビクつきながら、また顔を下げた。
そのまましばらく進んで、双子山を抜けた。
「アスカ高原を超えるには丸一日かかりますから、手前の村に今日のところは泊まりましょう」
「はーい!」
「かしこまりました姫様! わしが宿の手配を致しますぞ」
「ありがとうアシード」
山をこえてすぐのところに、その村はあった。
皆は村の入り口に馬車を止めると、順に外に出た。
「うーん! 馬車にずっと乗ってるのってやっぱり疲れるな〜!」
ヌゥは大きく伸びをした。
最後に降りたセシリアにベルは声をかける。
「セシリア様、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ! 遠征に行くときはいつも馬車ですから」
「でしたら良かったです!」
「うふふ。ありがとう女剣士さん」
セシリアはベルを見て微笑んだ。
(め、女神様…っ!)
ベルはあまりに美しいセシリアを見て、顔を赤くした。
馬車の乗り手は、馬車と馬を馬小屋に預けに行き、そのまま馬小屋備え付けの宿に泊まるらしい。
しばらくするとアシードは宿を見つけて、皆のところに戻ってくると、案内した。
「私は少し部屋で休みます。ソヴァンが付いていますから、あなたたちも自由にしてくださいな」
「あれ? 姫様晩ごはん食べないの?」
「あとでお腹が空いたらいただきます。皆さんお先にどうぞ」
「そう? じゃあ何か食べに行こ〜!」
アシードはヌゥの無礼に終始頭を下げた。
セシリアは全く怒っておらず、笑っているだけだった。
ヌゥたち部隊の四人は宿の近くの小さな定食屋に入った。
「でもさ、本当凄かったね、あのソヴァンって子」
ヌゥはカリカリにあがったヒレカツを食べながら言った。
「ええ。びっくりしました!」
「王族の護衛は並大抵の騎士にはなれんからのう」
「騎士なのに拳銃使ってたね」
「銃騎士と呼ばれる輩じゃ。拳銃が作られたのは最近のことじゃからのう。わしが現役だった頃にはいなかったのう」
「火薬も最初に発明したのは確かシルヴィアでしたよね。今じゃ水中を潜れる薬の開発に成功したみたいですよ。アクアラングとか言ったかな」
「えー! 何それすごっ! 泳げなくても潜れるのかな?」
「え? お前泳げねえの…?」
「泳げないよ?」
「へえ…意外ですね。ヌゥさんも苦手なことがあるんですね」
「あるある! 料理も全然駄目っ!」
「ヌゥよ、お前さん、実は不器用じゃな」
「そうなんだよね〜!」
ヌゥはけらけらと笑っている。それを見たアグはくすっと笑った。
「あ! アグも俺をバカにして!」
「いや、バカにはしてねえよ…」
(可愛いなとは…思ったけど…)
ベルもまた二人を見て微笑んだ。
「そうだアシードさん。あとで少し訓練してもらえませんか?」
「おお! もちろんじゃ!」
「ベルちゃんストイック〜!」
「ベル、お前本当に前衛隊になるつもりか?」
「なれるかはわかりませんけど…私も皆さんの力になりたくって」
「ベルは俺たちのケガを治してくれるだけで、充分力になってるけどなあ…」
「まあそう言うなアグよ。ベルは剣技の才能があるからのう。今からでも騎士を目指せるぞ」
「え? ベルが?」
「そうだよー! ベルちゃんはすごいんだから! エリートなんだから!」
「そ、そんなことはありませんが…」
「へぇ〜…」
その頃、ゼクサスとエクロザは、セントラガイトから遥か西の遺跡、ロクターニェを目指していた。
「ゼクサス様、ヌゥ・アルバートからデスサイズを取り返さなくていいのですか?」
「ああ。そちらには刺客を向かわせてある。自分に任せろと言ってくれてね。お願いしたよ」
「刺客…ですか?」
ゼクサスは隣に歩くエクロザと目を合わすと、ゆっくり頷いたあと、先へと進んだ。
一方宿では、セシリアが椅子に腰掛け、ソヴァンはドアの前に立っていた。
「あなたも座りなさいなソヴァン」
「いえ、ぼ、僕は…護衛…ですから…」
ソヴァンはドアの前に立ったまま、うつむきがてらセシリアをちらちら見ている。
「え、えっと…あの子…」
「あの子?」
「ノ、ノエル…ノエルって子……」
「ええ。どうしたの?」
「いや…な、何だか…似ているなって…」
「似ているって? 誰に?」
「えっと…その…な、何でも…ありません…」
「?」
ソヴァンは結局その後何も言わなかった。
セシリアがシャワーを浴びている間、ソヴァンはベストの裏に銃弾を補充していた。
「たっだいま〜!」
すると、ヌゥたちが宿に帰ってきた。
ヌゥはセシリアたちの部屋に勝手に入る。
「うわー! これ全部銃の弾? すっごい数だね!」
「お、お、おかえり、なさい…」
「あれ? そう言えば姫様は?」
「い、今、シャワー中です…」
「こらノエル! わしらの部屋はこっちじゃ!」
アシードが廊下からヌゥを呼ぶ。
「わーかってるって。すぐ行くから!」
それじゃあと手をあげてヌゥが立ち去ろうとすると、ソヴァンはヌゥの腕を掴んだ。
「ま、待って…ノエル……」
「え?」
ヌゥは驚いて振り返ると、ソヴァンと目が合う。
ぱっちりと開いた彼の黄土色の瞳には、自分の姿がうつっている。
「……」
「ど、どうしたの? ソヴァン」
(赤い瞳…やっぱり……違うのか……?)
「ソヴァン?」
「あっ、す、すみません……」
ソヴァンは焦って手を離した。
「大丈夫?」
「す、すみません。すみません…」
ソヴァンはぺこぺこと礼をしてヌゥに謝った。
「また明日もよろしくね。ソヴァン。おやすみ」
「お、おやすみ…なさい……」
ヌゥは彼らの部屋を出た。
(…何だったんだ? 変なの…!)
ソヴァンは部屋を去るヌゥの背中を見ながら、その場に立ち尽くした。
「どうしたの? ソヴァン」
セシリアがシャワーを終えて戻ってくる。
「せ、セシリア様…あの…ノ、ノエルは…本当に…お、女の子…な、なんですか…?」
「え? 馬車でそう言っていませんでしたか?」
「そ、そう…なんですけど…え、えっと…す、すみません…」
「?」
「……」
やがてセシリアが眠りについた後も、ソヴァンは眠らなかった。
部屋の窓の鍵をしっかりと確認した後、部屋からでると鍵を締め、静かにヌゥたちの部屋に向かった。右手には拳銃を構えている。
ソヴァンは部屋のドアに身体を寄せ、左耳を傾ける。
物音一つ聞こえない。皆もう眠っているのだろうか。
「……」
ゆっくりとソヴァンはドアのノブをまわそうと左手をかけた。
その時、ガチャっとドアが開く音がした。
「っ!!」
ソヴァンはドアから離れた。
「あれ、ソヴァン?」
「ノエル……」
ソヴァンはヌゥを見ると、目を大きく見開いた。構えていた拳銃を腰に戻した。
「どうしたの? ソヴァンも眠れないの?」
「え、あ…、は、はい…」
「俺も何か目が覚めちゃってさ〜。散歩でもしようかなって。ソヴァンも一緒にいかない?」
「い、行き…ます…」
ヌゥとソヴァンは、宿を出ると、夜の村を散歩した。
「涼しい〜! いいよね、夜の散歩って〜!」
「そ、そう…ですね…」
「ねえ、ソヴァンて歳いくつ?」
「20歳です…」
「え! 同じじゃん!」
「そ、そうなんですね…」
「何だ! 年下かと思ってた! だったらその話し方やめようよ! タメ語にしよっ!」
「は、はあ…」
ソヴァンは横目でちらちらとヌゥを見ていた。
「ねえ、俺と友達にならない?」
「……っ!」
ソヴァンはハっとした表情でヌゥを見た。
ヌゥは彼に手を差し出した。
「ぼ、僕なんかと…友達に…なって…くれるの…?」
「もちろん!」
ソヴァンはゆっくりと彼女の手を握った。
彼は目を輝かせながら、ヌゥを見つめた。
二人はまた歩き出すと、話し始める。
「ソヴァンはどうして騎士になったの?」
「え? ぼ、僕…ですか…」
「あー! 敬語禁止っ!」
「ご、ごめん…えっと…僕は…ち、父が…騎士だったので…同じようになりたくて…。でも…剣は全然…駄目で、諦めて…。でも、最近になって…銃が、で、出回るようになって…それで…」
「そっか! お父さんが騎士だったんだ! すごいね!」
「ノ、ノエルの…お父さんは……?」
「俺の? 確か食材や薬を外で仕入れてきて、村で売る仕事をしてたかな…」
「そう…なんだ…元気に…してるの…?」
ヌゥはソヴァンの方を見た。ソヴァンはそれに気づいて、ヌゥと目を合わせる。
「俺が小さい頃、死んじゃった」
「……そう…だったんだ…ごめん……」
「ううん、気にしないで」
ヌゥは笑っていた。
「ぼ、僕の父も…死んだんだ…」
「そうなんだ…。戦争…とか?」
「えっと…その…」
ヌゥは切なそうな表情で彼を見た。
ソヴァンはそんは彼女を見ては目を背ける。
「戦争なんてなくなったらいいのに。最近はもうないのかな?」
「こ、この前城下町がバットラに…襲われてたよね…」
「え? あれはシャドウが……じゃなかった。えっと、バットラか…うんうん、そうだった」
先日のシャドウの奇襲は、騎士団の中ではバットラ国の反乱によるものとされていた。首謀者が元バットラ国の王子ヴィリだったとわかったので、必然的にそうなった。
「そういえば、ソヴァンはどうして人見知りするの? ずっとどもってるけどさ」
「ご、ごめんなさい…」
「いや、責めてるわけじゃないよ! だってあんなに強いからさ、もっと自信持ったらいいのにって」
「セ、セシリア様にも…よく言われるんだ…けど…ぼ、僕は……駄目な人間…だから…」
『なににそんなに怯える必要があるの!』
『それでも騎士の息子か! 堂々としろ! 堂々と!』
ソヴァンは昔から両親に、その内気などもりグセの性格を、強く怒られていた。父からはよく手もあげられた。顔も身体もアザだらけになった。酷い時は拷問まがいのこともさせられた。
両親はソヴァンの恐怖を掻き立てて、更にどもりグセは酷くなった。
「僕…なんかが護衛なんて……おかしい…よね…」
ソヴァンが言うと、ヌゥは彼の肩を、自分の両手でしっかりと掴んだ。
「っ!」
「そんなことない! 銃を撃ってるソヴァンはすっごくかっこよかった!」
ヌゥは満面の笑みを浮かべる。
ソヴァンはそんなヌゥから、目が離せなくなる。
「ノエル……」
「ねえねえ! 俺、拳銃なんて触ったこともないんだけど、俺でも出来るかなあ?」
「だ、誰でも出来るよ…。引金を…ひ、引く…だけ…だから…」
「ソヴァン、独学で覚えたの?」
「ううん…僕を預かってくれた人が…射撃の名手で…ぼ、僕にも…教えてくれて…それで…」
「へぇ〜! 先生がいたんだね! ねえ、それ見せて?」
ソヴァンは自分の拳銃を彼女に触らせてあげた。
ヌゥは拳銃をいろんな角度から見ては、興奮していた。
その様子を、ソヴァンも微笑ましそうに見ていた。
「……」
しばらくすると2人は宿に戻って、すぐに眠った。




