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獣人

メリは海戦の様子を眺めていた。戦闘の被害影響を受けないような、更に遠くの堤防の上に座ると、足をぶらつかせていた。長い桃色のツインテールが、夜の風になびいている。


「ま〜たあいつらにやられちゃった! 全くあの獣人め!」


メリはそう言いながらも、特に悔しそうという雰囲気ではなかった。


メリにとって、シャドウは玩具と同じだった。玩具が壊されたところで、代わりの玩具はいくらでもある。だから風使いの男がピンチであろうと、助けるなんてことはしない。


メリはレインのことはよく知っていた。前にも彼が風使いを捕まえるのを、遠くから観戦したことがあるからだ。


「足場を造ってたあの女は呪術師? へ〜、まだ生き残ってる奴がいたのね。うんうん、殺しがいがありそうだな〜」


シャドウを見事に倒した4人を見て、メリは舌なめずりをした。彼女は戦闘狂なのだ。戦いたくてウズウズしている。


しかし、まだ戦闘をしてはいけないと、メリはヒルカに命令されていた。メリにとってヒルカの命令は絶対だった。メリが生まれた時からそうなのである。


仕方なくメリは、他の玩具であるシャドウを連れ出して遊んでいた。シャドウたちはヒルカはもちろん、メリの言うことも何でも聞くのだ。


シャドウに町の人間を襲わせたり、クモを巨大化させて暴れさせたり…しかしことごとく、シャドウは奴らに壊されてしまった。


まあそれでもいい。メリは遊んでいるだけなのだ。ヒルカが手を出すことを許しさえすれば、すぐにあんな奴ら殺せると、メリは思っていた。


「それよりあの男…」


メリの視線はヌゥを追う。乱雑に切られた黒髪の、見知らぬ男を見つけたのだ。


「かーっこいい〜! すぅーっごくメリのタイプ! メリの恋人にしたいなあ〜」


ヌゥがニコニコと仲間たちと話す様子を見ながら、メリはうっとりしていた。しかしその目は狂気に満ち溢れていた。


「そしたら、一緒にどんなことして遊ぼうかな…」


メリがどんな遊びを考えているのかは誰にもわからなかった。

メリは堤防の上から地上にぴょんとジャンプをして飛び下りると、スキップをしてバルギータの街並みに消えてしまった。



次の日、ベーラは堤防と湾岸一帯の修復にその力を費やした。ものの数分で壁や船が修復されていく様子は見ものだった。


「すんご! どんどん壁が生えてくるじゃん!」


ヌゥは興奮していた。ヌゥの隣にベルがやってくる。


「私たちのアジトも、ベーラさんが全部作ったんですよ」

「へえ! そうなんだ〜!」


(大広間の飾りはベーラの趣味だったのかな〜!)


すると、城からバルギータの国王が直々に足を運び、彼らの前にやって来た。たくさんの家来たちと共に、頭を下げた。


「セントラガイトからの使者たちよ、本当にありがとう。礼はセントラガイト国王に支払わせてもらう形でよろしかったかな」

「はい。それで構いませんよ」

「竜巻をしずめてもらう上に湾岸の修復まで…本当に感謝してもしきれない」

「いえ。また何かあったら、すぐに知らせてください」

「そうさせてもらうよ。皆のもの、本当にありがとう」


バルギータの国王は、再び深々と頭を下げた。

王族たちに見送られながら、レイン一行はその国を立ち去った。国を出ると、ベーラの出した馬車に4人は乗り込んだ。


「王様のくせにずっとぺこぺこしてたね」とヌゥは言った。

「いい王様じゃないですか。バルギータが小国ながらに発展していってるのは、あの王様のおかげかもしれませんね。あ…」


ベルはそう言った後、レインの方をちらりと見て口を塞いだ。レインはベルを睨んでいる。ように見えたけれど、彼はそういう顔つきなだけである。


「すみません、レインさん! 深い意味はありませんよ!」

「ったく…。いいよ別に。俺の国の王様は確かにダメダメだった。だから死んだ。王も、国も、もろともな」


すると、ヌゥが言った。


「レインの国は、なくなっちゃったの?」

「ヌゥさん、こう見えても、レインさんは王族なんですよ」とベル。

「え? ライオンなのに? ライオンも王族になれるんだ〜」


ヌゥがあまりに呑気な様子なので、レインは白けた目で彼を見るだけだった。はぁ…とため息をついたあと、話を始める。


「獣人の俺を、当時の国王の娘のフローリア…まあつまり、お姫様が拾ってくれたんだ。俺は、まあ色々あったが、フローリアと結婚した。そして王族の仲間入りをしたってわけだ」

「ええ! レイン、お嫁さんがいるの?! どんな人? 会いたいな〜」

「残念だけど、そりゃ無理だ」

「え? どうして?」


するとレインは、冷え切ったような目でヌゥを見ると、言った。


「もう、死んだんだ」


ベルもベーラも、すでに事情は知っている。2人は目をそらして、口をつぐんだ。

ヌゥは自分の目の前で淡々と話を始めるレインのことを、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。




レインは元々、ライオンだった。動物たちだけが暮らす、セントラガイトの遥か南のサバンナに生まれた。その頃の記憶はあんまりない。ただ、狩りをして、肉を食べて、寝て、生きていた。


ところがある日、サバンナに人間が乗り込んできた。レインは果敢に闘ったが、人間の数と武器には敵わず、捕まってしまった。他にもたくさんの動物たちが捕まっていた。それから狭いゲージに閉じ込められ、何度も薬で眠らされた。その間に、色々な薬を飲まされたり、身体をいじくられたりしたようだ。意識が戻った時には、レインは子供の人間の身体になっていた。


人間の身体になったからといって、すぐに人間と同じことが出来るわけじゃない。人間が何を言っているのかわからないし、もちろん言葉も話せない。2本の足で立つのが難しくて、両手と両足を使った4本足でしか歩けなかった。自慢の爪と牙もなくなり、運動神経も非常に鈍くなった。


他の動物たちの中にも、人間の姿になった奴はいた。失敗して気持ち悪い姿になり、すぐに殺されるやつも何匹もいた。


ただわかるのは、そこは地獄だということだ。俺はなんとかそこから抜け出そうとしたが、人間の姿、しかも非力な子供の身体では、難しかった。


だけどある日突然、俺はライオンの姿に戻ることに成功した。この機を逃すまいと、人間たちと必死に闘った。何人かはエサとして食べたりもした。そして俺は、その研究所から逃げることに成功した。


俺は走った。自分がどこにいるのかもわからない。ただひたすらにサバンナに帰りたいと願った。でも、いけどもいけども人間の街だった。俺を見た人間たちは、悲鳴をあげて逃げ回っていた。


「ライオンだ!」

「捕まえろ!!」


ある国に着くと、騎士たちに追いかけ回された。戦うには数が多かった。途中で大雨も降ってきて、ずぶ濡れになりながら、俺は必死で逃げた。


俺は何とか奴らを撒いて、高い塀を飛び越えた。


(ここまでは来れねえだろ)


しかし、そこで俺は、また人間の姿になってしまった。ライオンに戻りたくても、戻り方がわからなかった。


人間になると、一気に疲労が押し寄せた。何日も何日も、サバンナを目指して走り続けていた。


俺はとうとう力尽きて、その場に倒れた。そしてそのまま、気を失ってしまった。


目が覚めると俺は、やけに広く綺麗で、ピンクがかった部屋のベッドに寝ていた。俺は4本足で立ち上がると、部屋を見渡した。


「ガルルル…」


すると、部屋のドアがあいて、見知らぬ少女が入ってくるなり、俺に近づいた。


「よかった! 目が覚めたのね!」


美しいクリーム色の長い髪をした少女だ。非常に可愛らしく、りんごのように赤い頬をしていた。


俺は少女が何を言っているのかわからなかったが、自分はあなたに何もしないよと、伝えようとしていることは何となくわかった。


それでも俺は彼女を警戒しながら、ガルルルと吠えた。しかし人間の子供の姿の威嚇ごときでは、少女に何の恐怖も与えられなかった。


「ふふ。思ったより元気そうね! 良かった!」


少女は柔らかな笑みを浮かべた。真っ赤な頬がやたら印象的だった。


そしてそれが、俺とフローリアの出会いだった。



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