護衛隊出発
「皆様、本日からよろしくお願い致します」
「よ、よ、よろ、よろしく…お願い…し、しまっ…」
セシリアとその護衛の若者はヌゥたちに向かって深々と礼をする。
「よろしくねお姫様〜!」
「こらっ! なんじゃその口の聞き方はぁ!!」
ヌゥはアシードに頭をごつんと殴られた。
「いぃっ」
ヌゥは頭を抑えながらかがみ込んだ。
アグとベルはその美しいお姫様にお叱りを受けるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、目を閉じて深々と礼をした。
「申し訳ございませんセシリア様…」
アシードはヌゥの頭を押さえつけながら謝罪する。
「構いません。皆様顔を上げてください」
皆は顔を上げて、セシリアの優しい微笑みを目の当たりにした。
なんて美しい人なんだろうと、彼女を間近で見た皆は改めて感動する。
「ジーマが亡くなって大変な時に無理なお願いをしたのはこちらですから」
「す、すみ、すみません。ぼ、僕が…た、頼りない…から…」
護衛の男は終始どもった様子だった。
さらさらの黒髪のショートヘアで、肌の白く可愛い顔をした男だった。セシリアと同じくらいの背の高さに見えるのは、猫背になっているから。長い厚手のベストを羽織っている。両手の人差し指をつんつんと合わせながら、自信なさ気な様子で、こちらをちらちらと見ている。
「そんなことはないですよ、ソヴァン。あなたは素晴らしい護衛ですわ。ただお父様が心配性なだけなのです」
「す、す、すみません…」
「ごめんなさい皆さん。ソヴァンは人前だと緊張してうまく話せないんです」
(いやぁ…こいつは心配にもなるだろう……)
とアグは顔を引きつらせた。
「馬車の準備ができていますわ。こちらです」
セシリアに案内され、ヌゥ、アシード、ベル、そしてアグは、六人用の大きな馬車に乗り込んだ。
かなり大きめの馬車で、詰めれば10人は座れそうだ。
向かい合う席の間隔はちょうど足を伸ばせば届くくらいだが、これまで見た馬車に比べると随分ゆったりしている。
端にはそれぞれ大きな窓がついていて、景色を一望できた。
馬車の乗り手に礼をしながら、皆は中に乗り込む。
セシリアの隣の護衛の横に、ヌゥは腰掛けた。
「君、ソヴァンっていうの?」
「はっ、はっ、はいっ! ソヴァン・グリンスタです!」
ソヴァンはビクつきながら答える。
「俺はヌゥ…」
ヌゥが名前を言おうとしたので、向かいに座ったアグは彼女の足を蹴った。
「痛っ!」
「おい! 若僧!」
アシードが声を上げる。ヌゥはハっとして口をつぐんだ。
(そうだった…王族には偽名で通ってるからって、朝アシードとベーラに言われたの忘れてた…確か偽名は…)
「何だっけ」
と、白髪の彼女は笑いながらそう言ったので、仲間たちはずっこけた。
「うん? どうしたんですか?」
窓の景色を見ていたセシリアがこちらを気にし始めたので、アシードは答える。
「おほん! セシリア様、そしてソヴァン君、わしたちの紹介をさせてもらうとしよう」
「あら。それではお願いしようかしら。せっかくシルヴィアまで一緒に旅をするんですもの。よかったら皆さんとも仲良くさせていただきたいわ」
「それは結構なお言葉を、セシリア様。わしはアシード・ヴォルボス。元騎士団長をしておったが今は特別国家精鋭部隊に所属しておる。ここにおる者は皆その部隊の仲間じゃ」
「元きっ、騎士団長っ、す、す、すごい…方が……よ、良かった…これなら安心…ですね…セシリア様…」
ソヴァンは相変わらず人差し指をつんつんしながら、ぼそぼそとつぶやいた。
「左の彼女はリウム・ベル。見習い剣士じゃ!」
「け、剣士ですかあ?!」
「何を驚いておるんじゃ」
アシードはベルに目で訴える。
(医療行為は禁止されておるじゃろう)
(ああ、そうでしたぁ……)
ベルの腰についた鞘には真剣が入っていた。アリマで手にした武器の中から軽そうなものを1本いただいたのだ。
「こんなに可愛い剣士さんがついてくださるんですね」
「か、可愛いだなんてセシリア様! あなた様に比べたら私なんて…」
「何を言っているんですか。私は姫なんていってももう歳ですから。何とか見てくれが伴ううちに、王子に結婚していただかなくては」
セシリアは笑いながらそう言った。
(お姫様だっていうから、もっとおかたい人かと思っていたけど、意外と話しやすくて普通の女の人って感じなんだな)
アグはその美しい姫君をじいっと見ながら、そんなことを思っていた。その様子をヌゥはぼーっと見ていた。
「その隣はアラン。研究職じゃがシルヴィアの薬学に興味があって同行させてもらった。その発明品である手榴弾でシャドウを倒したこともある勇敢な研究者で、相当頭もキレる」
「ど、どうも…」
アグは軽く会釈をする。アグの偽名はアラン・マコイッド。
それにしてもアシードさん随分ハードルあげてくるな…。
「よろしくねアラン」
「よ、よろ、よろしく…お願い…し、します」
アシードは最後にヌゥを見た。ヌゥはどんな風に紹介してくれるんだろうという面持ちで、ニヤニヤとしている。
「最後にソヴァン君の隣に座っているのがノエルじゃ。礼儀知らずで失礼が多いかもしれんが、どうか大目に見てやってくれ…」
ヌゥはがっくりした様子だった。
(ばーか)
とアグは心の中で彼女に言った。
ヌゥの偽名はノエル・リグアール。奇跡的に女でも男でも行けそうな名前だ。ジーマさんの偽名のセンスが酷くなくて良かった…。
「よろしくねノエル。この旅でそんなに堅苦しいのはよしましょう。護衛と称しましても、私は皆さんのことを旅の仲間だと思っていますので」
「さっすが姫様! 関大な心!」
「こらぁ! ノエル!!」
「うふふ。面白い方ですね、ノエルは」
アシードはヌゥを睨んでいたが、ヌゥはそっぽを向いた。
ベルは笑って、アグはため息をつく。
ソヴァンは驚いた様子で彼女を見ていた。
「ノ、ノエルさん…」
「ノエルでいいよ!」
「えっと、ノエルは…女の…人…ですよね?」
「え? ああ、うん、そうだね! 今は!」
「い、今は…?」
「いや! いっつも! ずっと女の子!!」
「は、はぁ…」
ヌゥはソヴァンに笑いかけた。ソヴァンは数秒だったけれど、ヌゥから目が離せない様子だった。
(おい…またこの展開は勘弁しろよ…)
アグは目を細めながら、ヌゥを見ている。
「え? アグ…じゃなかった…アラン、どうしたの?」
「別に…」
すると、セシリアは言った。
「シルヴィアまではこの馬車で1週間ほどで着きます」
「結構遠いんだね」
「バリメラ火山が噴火する情報が入っていますので、周り道するとそのくらいになるのです」
「ふう〜ん」
「おい!ノエル! 相手は姫様だと言っておるじゃろう!!」
「ふふ…構いませんよ」
アシードはやれやれという様子だった。
(バリメラ火山…3年に1回のペースで噴火を繰り返している火山だ。火山帯の素材も手に入れたかったなあ…)
アグは残念そうにしていた。
「周り道というと、南からまわりこむ感じですか?」
「そうですね。シルヴィアは大陸の遥か東にありますから、しばらく進んで双子山を越え次第、南のアスカ高原に入って火山の危険区域から離れて進みます。その後山を2つ、国を2つ超えればシルヴィアです」
「へぇ〜シルヴィア国ってそんなところにあるんだね〜」
「世界地図の勉強やっただろ…」
「やったけど…そんな全部の国まで覚えてないよ〜」
(あやうくカンちゃんの名前を出すところだった…危ない危ない。囚人だとバレてはいけないんだ…会話するにも慎重になんねえとな…)
「カンちゃんはね、セントラガイトとその周りだけわかってりゃいいって」
「おい!」
「カンちゃんとは?」
「ひぃっ! が、学校の先生のあだ名です。俺たち同じ学校に通ってて」
「そうなんですね〜」
アグはヌゥを睨みつけた。
(お前、もう喋るんじゃねえ)
(そ、そんなに怒らないでよ〜)
すると、無線がジージーとなるのが聞こえた。
アグはそれを手に取る。
「ベーラさん?」
「おい、情報が入った。双子山に狼が出没して、群れをなして人間を襲っているらしい」
「え?! 今から行くところですよ?!」
「だから教えてやったんだ。双子山を越えないとシルヴィアには行けないからな。まあお前たちがいるんだから大丈夫だろう?」
「む、群れってどのくらいなんですか?!」
「さあ〜10匹くらいじゃないのか?」
「大丈夫じゃベーラ。わしもノエルもおるからな」
「くれぐれもセシリア様に危害が及ばないように」
「わかったのじゃ!」
「りょーかい!」
すると、無線は切れた。
「お、お、狼…」
「心配ご無用ですソヴァン。皆様がついていますから」
「は、はい…良かった…皆さんがい、いてくれて…」
(ジーマの選んだ仲間たちですもの。私は信頼しています)
ソヴァンはぶるぶる震えながらうつむいていた。
ヌゥはソヴァンの手を握った。
「大丈夫だよ。俺たちがいるから」
「あ、は、はい…」
そうこうしているうちに、双子山に入った。
らくだのこぶのように2つの山頂が並ぶので双子山だ。傾斜は緩やかではあるが、非常に大きな山で、登山観光も多い。しかし、狼出没情報が入ったからか、人間は誰一人いない。
とはいえ、しばらく進んでいくが、特に変わった様子がない。
「狼いないな〜」
ヌゥがおもむろに窓を開けると、ガオオオウと青いたてがみの凶暴な狼が顔を出した。
(ダイアウルフ! 最大にして最も凶暴な狼! 絶滅したんじゃなかったのか?!)
アグは本で見たその狼と同じ姿をしたそいつに驚いた。
「うわっ!」
っとヌゥが驚いて声を上げたのもつかの間、ダンっと銃声が響いて、狼は額を撃ち抜かれ、馬車から手を放して落ちて倒れた。
「え?」
ヌゥがびっくりして振り向くと、ソヴァンが右手に拳銃を持って、窓の外に向けて銃弾を放っていた。
ダン ダン ダン
銃弾はヌゥの目の前を通り抜け、窓の外からこちらを狙っていた別の狼三匹にそれぞれ命中した。
窓を睨むソヴァンの表情は、先程の彼からは想像もできないほど冷静だった。
ベルとアシード、アグも口を開けて驚いた。
「そ、外にでます……」
「え? ソヴァン?!」
ソヴァンはそのままヌゥの前を通ると、窓から身体を出し、軽い身のこなしで馬車の上にすっと乗った。ヌゥは窓から顔を出して彼の同行を伺う。
「49匹…」
ソヴァンは馬車の上からこちらに向かって襲ってくる狼を、一瞬で把握する。
左手もまた拳銃を抜き取り、ぐるぐると回して拳銃を持ち直すと、見事な銃さばきで狼を撃ち抜いていく。
ダン ダン ダン ダン
両手の銃を交互に打ち鳴らす。
弾切れした銃は口に挟み、片手は銃を撃ちながら、別の手でベストの裏から弾を取り出すと、慣れた手付きで空の弾を引き抜いて補充する。
ダン ダン ダン ダン
弾は全て狼の額に命中し、一発も外すことなく奴らを仕留めていく。
(47、48、49…)
最後の隠れていた一匹が、ソヴァンの後ろから襲いかかった。
ソヴァンは振り返ると左手を後ろに突き出して狼を撃った。
「50…だった…」
すべての狼を撃ち終わると、両手に持った拳銃をぐるぐると回し、腰にしまった。
ヌゥは目を輝かせて、狼を一瞬で駆逐した彼を見ていた。




