グザリィータへ
「よし、乗ったか?」
城下町の商店街で昼ご飯を買ったレインたちは街を抜けた。獣化したレインに、メリとハルクが跨った。ベーラの出した固定ベルトをしっかりとつける。
「乗りました!」
「こっちも大丈夫です」
「よっしゃ、それじゃあ行くぜ。振り落とされんなよ!」
そう言って、レインはグザリィータを目指して駆け出した。
マリーナの森を颯爽と駆け抜ける。
「は、速いぃっ!!」
メリは激しく揺れるレインの背中に驚きながら、固定ベルトにつけられた持ち手をしっかりと握りしめた。メリの後ろにはハルクが落ち着いた様子で座ったまま、方位磁石を手に持っている。
「ハルク、方角確認しとけよ」
「大丈夫ですよ。そのまま直進で」
あっという間に森を抜け、元シプラ鉱山だった山道を駆け抜けた。
「だいぶ道が開拓されてきましたね」
「鉱山としてはもう役に立たねえけどな」
「ん? 何の話ですか? ひゃあっ」
メリはバランスを崩したが、体制を整える。
「おい大丈夫か!」
「問題ありません進んでください」
「ハルクさんなんか私にだけ冷たくないですか?!」
メリは顔をしかめながら言った。
レインもため息をつく。
「おい…どうしたハルク」
「すみません。この前メリさんが酔ってるときに荒れてる様子を見て、ひきました」
「えええっ!!!」
「はぁ……」
ハルクは目の前に座るメリにまるで物怖じせずに言い放つ。
「痴情に溺れる人は苦手なので」
「ぐぅ!!!」
メリの心にグサグサと言葉が刺さる。
「おいハルク…メリが可哀相だろ…」
「そう言われましても」
「れ、レインさん…怖い…怖いよ! ハルクさんが!」
「こいつは苦手な人種に冷たくするタチなんだよ…」
「ええ! 苦手って! 私、ショックがでかいんですけれど! 今まで同じ研究チームで仲良くやっていたと思ったのに?!」
「その時はもっと寛容な方だと思っていたんで」
「ぐうぅっ!!!」
(う…嘘でしょ…私? 私が悪いの?!)
メリは自分の後ろからの冷ややかな目線を感じて、いっそう顔をしかめた。
「メリ…あんま気にすんなよ」
「いや、気にしますよ!」
「大丈夫。俺がハルクに初めて会った時もすげえ嫌われてたから」
「え…そうなんですか…?」
「…その話は今はいいでしょう」
鉱山も半ばを超え、頂上にたどり着いた。
「ちょっと昼すぎちまったが、そろそろこの辺で昼飯にすっか!」
レインも人型に戻り、買ってきた軽食を広げる。
「はぁ…食欲が……」
メリは山頂の岩に腰掛けると、顔をうつむかせた。
「おいハルク…お前のせいだぞ」
「知りませんよ…」
ハルクは何食わぬ顔でサンドイッチを食べ始めた。
「おいおい…先が思いやられるな…」
レインは呆れながら、水を持ってメリに近寄ると、彼女の背中をさすりながらそれを差し出す。
「まあとりあえず、飲み物だけでも飲んどけよ…こっから砂漠を超えるんだぞ」
「ううっ…うっぷ」
メリは吐き気をもよおしていた。
「えっ?! そんなにメンタルやられちゃった?!」
「いや…酔いました……」
「はああ?! いや、俺のせいかよ!」
「すいません……うっぷ…」
メリは口を手で抑えた。
(私、もう駄目かも…この旅……! ハルクさんにも嫌われて…自信ないわあ!!!)
「どうぞ」
ハルクはメリに小瓶を渡す。中には白い錠剤が入っている。
「は、ハルクさん……」
「酔い止めです。酔ったあとでも効果はありますよ。成人は1回2粒です。10分もたたずに効き目が出ますよ」
「あ、ありがとうございます……」
「ほれ、水…」
「すいませぇん……」
メリは薬を飲み込んだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ…ハルクさんが優しい…」
「いえ、ここで立ち往生は困るんで」
「ゔっ」
(全然優しくないい!!!)
レインはハルクを小突いた。
「痛っ!」
「いい加減にしろっての! メリは婚約までした男にあっさり捨てられたんだぞ!」
「レインさん! そんなはっきり言わないでくださいよ!!」
「男なんてそんなもんですよ」
「いやいや! 俺を見ろ! そうじゃない男もいるってほら!」
「いいなあ…フローリアさん…死んでも愛してもらえるなんて…それに比べて私は…うっ、うっ、おええ!!!」
「おいい!! 吐くならあっち行けあっちぃ!!」
しばらく休息をとって、メリも落ち着いてきた。
「少しでいいから、食べてください」
ハルクはメリにパンを差し出す。
メリは彼から恐る恐るそれを受け取る。
「空腹は酔いの原因になりますから」
「あ、はい……」
メリはパンを食べ始めた。
(はぁ…ハルクさん何か最近急に怖くなったわぁ…私この前そんなに荒れてたかなあ…)
パンを食べ終わって一息つくと、メリは言った。
「大丈夫です! もう出発しましょう!」
「本当に大丈夫かメリ」
「大丈夫です…すみません…」
レインは獣化し、メリはレインに跨った。
ハルクもメリの後ろに乗ると、彼女を支えるように身体を先ほどよりも近づける。
(え…?)
メリは少しドキっとしながら、持ち手を握りしめた。
「背筋伸ばして」
「え! あ、はい!」
ハルクの言う通りにメリはピンと背筋を伸ばした。
ハルクはメリの後ろから腕を通すと、一緒にその持ち手を握った。
(んんん?!)
メリは緊張した面持ちでそのまま何もできない。
「レイン、いいですよ」
「乗れたのか? んじゃ行くぞ」
レインは駆け出した。
山頂からぐねぐねの下り道を駆け下りていく。
「下見ないで。遠く見て」
「はい!」
(あれ…さっきより全然気持ち悪くないな…薬飲んだからかな? ハルクさんが支えてくれるからバランスが崩れない)
「身体が激しく不規則に揺れたり、見ている景色と身体の動きが合ってないと酔うんです」
「は、はあ……」
(そうなんだ…というか、近いっ!)
メリは少し顔を赤らめた。
「ハルクお前、初めて乗る割には随分慣れてんな」
「昔乗馬を習っていたので」
「は? 初耳だけど」
「聞かれませんでしたので」
「おいベーラの真似すんな! しかもそんなの聞くやついねえだろ」
あっという間に山を下って、荒野を抜けると、ミルガン砂漠に入った。
すぐに見渡す限りの砂漠が広がった。
「こっからが長えからな…スピードあげるぞ?」
「大丈夫です!」
「レイン、少し右にずれてますよ」
「おっけー!」
砂漠に入った途端に気温が急上昇した。
(暑いわね……)
メリはその日差しの強さに目を細める。
「もう慣れてきましたか?」
「え? は、はい」
メリが返事をすると、ハルクは手を離すと、彼女から少し後ろに下がった。
(はぁ〜無駄にドキドキしたぁ!)
「でもハルク、お前すげえな! ピアノに乗馬て、貴族かよ!」
「貴族ですよ」
「えっ?!」
「そ、そうなんですか?!」
レインとメリは驚いたような声を上げる。
「そんなに驚くことですか? 何ならレインは元王族でしょう」
「俺は……サバンナ出身だぞ…」
「そして私は孤児……です…」
すると、レインは尋ねた。
「そういや、ハルクってセントラガイト出身じゃねえの?」
「いえ、私はグザリィータの出身です」
「そうなのかよ! じゃあ故郷に帰るようなもんじゃねえか! さっさと言えよ!」
「別に…そんなに母国に思い入れもありませんし…」
ハルクは興味なさそうに話をする。
「だからハルクさんも薬学に詳しいんですね!」
「以前はグザリィータの薬草学研究会に入っていましたから…でもセントラガイトの研究所の方が断然大きいですし、多くの分野を扱っていましたから、転職したんです」
「ふう〜ん…俺あんまりお前のこと知らなかったんだな…」
「昔のことは話したくありませんでしたから…」
「まあいい思い出もなさそうだったから…聞かなかったんだけどさ」
「ふふ…気を遣わせて申し訳ありません」
ハルクは少し笑いながら、そう言った。
(ハルクさんて貴族だったんだ…。私もハルクさんのこと全然知らないな…。嫌われてるから、聞いても教えてくれなそうだけど…。それにしても暑い……)
メリは果てしなく広がる砂漠の景色を見ながら、垂れてくる汗を手の甲で拭った。
「どうぞ」
ハルクはメリに小さいタオルを渡した。
「あ、ありがとうございます…すみません…」
メリはそれを受け取って、顔を拭いた。
(何なのハルクさん…ツンデレなの?! はぁ……調子狂うなあ……)
それから、途中で水分補給に休憩を取りながら、2時間ほどかけて砂漠を越えた。夕方をすぎて暗くなってきたところにグザリィータに到着した。
「お疲れ様レイン」
「レインさん! ありがとう!」
レインは人型に戻ると、ぐーんと腕を伸ばした。
「っはあ〜! 着いた着いた!」
「馬車だったら砂漠越えるだけで2日はかかりましたよね!」
「とりあえず宿を探しましょうか」
ハルクは二人を先導して歩いていく。
「さすが故郷、詳しいじゃねえか」
「まあだいぶ街並みも変わっていますけどね」
グザリィータは二番目に大きな国。セントラガイトより領土は若干小さいが、似たような感じで街は賑わい、栄えていた。
辺りは暗くなってきたが、店の光や街灯がつき始め、夜でも明るい雰囲気であった。
「あれ〜?! もしかして、ハルクじゃないのぉ?!」
無駄に高飛車そうな女性の声がして、三人は振り向いた。
彼女の姿を見たハルクは、顔を引きつらせた。
「マ、マルティナ……」
メリはその女を凝視する。
彼女は見事に巻かれたブロンドの髪をたなびかせ、非常に濃い化粧を施し、キラキラ輝くアクセサリーを至るところにつけている。胸元がぱっくり空いた真っ赤なドレスワンピースを着て、白いボレロを羽織っている。
顔は整っているし美しい人だとは思うが、あまりにも派手な彼女の印象はあまり良いものではなかった。
「いや〜ん! すっごい久しぶりねぇ!! どうしたのよ、突然帰ってきてぇ!!」
「やっぱり人違いです…」
ハルクはそう言って逃げようと試みたが、彼女に腕を掴まれ、胸を押し付けられる。
「何言ってるのよ〜! 私の名前ちゃんと覚えてくれてるじゃなぁい!!」
「……」
ハルクはものすごくウザそうに、彼女を見ている。
レインは彼女に近づいて、言った。
「おいおい、誰だよこのケバ女は」
「けっ、ケバ女ぁ?!?!」
マルティナはあからさまに怒って、レインに掴みかかった。
「誰がケバ女じゃクソガキぃぃ!!!」
メリは引きつった顔で彼女を見ていた。
(こ、怖ぁぁ!!!!)
レインはニヤっと笑うと、彼女の前で獣化してみせた。
ライオンになった彼は、彼女に向かって大きな吠え声を上げる。
「きゃああああ!!!!!」
どこから出すのかというくらい甲高い叫び声を上げたかと思うと、マルティナは気絶した。
「お、おいライオンだぞ?!」
「きゃああ!!!!!」
「何でこんなところに?! 研究会から抜け出したのか?!」
ハルクはマルティナを支えるとレインに向かって言った。
「何やってるんですか!」
「いや、何かうぜえなと思ってつい…」
「ついじゃありませんよ! 一旦ここから逃げますよ!」
「んだよもう…」
「ひ、人が集まってきましたっ!」
レインはそのままハルクとメリ、そしてマルティナを乗せて、街から離れ、人目のないところまで逃げた。




