番外編・鍛錬する少女②
シエナ・ヴェルディ、12歳。
2年近くたった今、部隊の仕事にも完全に慣れてきた。
入隊歴は1番最後だけど、ジーマさんの次には私が最強に違いないわ!
「またここにたむろってた!!」
ボサボサの髪を乱れさせながら、シエナは簡易食堂にやってくる。
食堂はレインとアシードがご飯をつまみながら酒を飲み、丼ぶりの山をベーラがもりもりと食べている。
「おお! シエナ! お前も飲むか〜??」
レインは顔を赤くして、酒瓶をちらつかせてくる。
「飲むわけないじゃん! 未成年よ! クソアホライオン!」
「誰がクソアホライオンだ! このクソブスゴリラ!!」
「なんですって〜?!」
「何を怒っとるんじゃ。今夜は祭りじゃぞ〜?? がーっはっはっは!!」
「おっさんは毎日祭り開催中じゃないのよ!!」
「シエナも食うか? カツ丼美味いぞ」
「美味しそうだけども!!」
そうよ、こいつらいっつもこの調子!
飲んでは食べ、食べては飲みの繰り返し。
毎日自分磨きをしているのはこの私だけだわ!
もちろん、鍛練的な意味でね!
ジーマさんは日に日に忙しくなって、さすがにもう毎日相手してもらうわけにもいかなくなったけど、個人練習は欠かさない。
シエナは簡易食堂にて注文を済ませる。
ささみカツ定食だ。
(ベーラの見てたらカツ丼食べたくなった! でも胃がもたれるわ! そんな時は、良好タンパク質のささみに限るわ〜)
シエナはアホなライオンとおっさんから離れたところに座ると、1人黙々と晩ごはんを食べ始める。
シエナの腕と膝、そして靴には、鋼鉄の重りが入れられている。
(攻撃力も上げながら、いつどんな時も鍛錬を惜しまない! ふふ! ジーマさんを倒すのも時間の問題よ!)
「……」
ジーマさん…今日は何処かに出かけちゃって、訓練出来なかったなぁ…。
何度もごめんって謝ってたけど…。
シエナはぶんぶんと首を横に振った。
私、何を残念がっているんだろう!
訓練なら1人でも出来るじゃない!
いや、でもなぁ……
今日はジーマさんいないのかぁ……。
そんなことを考えているシエナが、ぼーっとしながらご飯を食べているのを、レインは見ていた。
「シエナのやつ…ジーマがいねえから元気がねんだな。わかりやすいぜ」
「そんなに訓練がしたいのかのう?」
「おっさんは黙ってろ」
「そう言えばあいつ、何で今日はいないんだ?」
すると、ジーマがアジトに帰ってきては大食堂にやって来た。
「ごめ〜んアジトあけちゃって! 大丈夫だった?」
ジーマはちょっとだけ息切れしながら、レインたちのところに行った。
(ジーマさん! 会えた!!)
シエナは目を輝かせて彼の方を見た。
「別に何もないよ。どこに行っていた?」
ベーラが聞くと、ジーマは答えた。
「いや……ちょっと派遣にね」
「はあ?」
「え? 何で怒ってるのベーラ」
「何でお前が行く。派遣なら私達に行かせればいいだろう」
シエナもピクッと聞き耳を立てた。
「……」
シエナは食べていた手を止めて、少し離れたその席から、ジーマたちが話すのを聞いている。
「いや、何かテロ組織が相手で危なそうだったからさ…」
「そんなのわしらにかかりゃ、屁でもないわ!」
「お前は隊長だろ。采配を振るのがお前の仕事だ」
「そうだぜ〜! お前は事務作業してりゃいんだよ」
レインはその頃にはもう完全に出来上がっていた。彼はこんな話があったことを覚えてすらいない。
「え…ごめん…皆も疲れてるかなって…」
「ふん」
「全くしょうがない奴じゃ!」
ベーラとアシードに怒られ、ジーマは苦笑いを浮かべていた。
それを見てシエナは立ち上がると言った。
「あんたたちが情けないからでしょう!!」
シエナは怒っている様子だったので、ベーラたちは驚いて彼女を見た。
「何でてめぇがキレてんだよクソゴリラ!」
「ゴリラじゃないし! 皆のバカ!! もう知らない!!」
「はぁ〜?!」
シエナはそのまま食堂を出ていった。
ジーマは心配そうに彼女を見ている。
「あ、ちょっとシエナ…」
「ほっとけよあんなクソガキ……ぅ、っぷ…」
「レイン、飲みすぎだ」
「ゔぇぇ……」
「僕ちょっと見てくるから…」
ジーマはシエナの跡を追った。
「ふうむ…」
ベーラもその様子をすました顔で見ていた。
シエナはズカズカと階段を上っていく。
(ああもう! 皆に怒る資格なんて私にはないのに…!)
「シエナ、待って」
ジーマの声が聞こえて、シエナは足を止めて振り返った。
「ジ、ジーマさん……」
「どうしたの? 大丈夫?」
「うう……ぅぅ……うえーん!!」
「ええ?!」
とりあえずジーマは自分の部屋に泣き出した彼女を招き入れると、話を聞いた。
「うう……ごめんなさい……」
「いや、僕に謝ることなんて何もないでしょ」
「あります……うう……」
シエナは鼻をすすりながら、ゆっくりと話しだした。
「ジーマさん、私達のこと信用してないですよね」
「え…? そ、そんなことは……」
「私わかるんです。ジーマさんは自分のこと以外は信用していないんです」
「……」
そんなことないと…言いたいのに……僕は言えなかった。
図星だったんだ…。
皆が頑張ってくれているのは知っているんだけど、僕は皆を信じきれてはいないんだ…。
「でも当然ですよ。だって私達、ジーマさんの足元にも及ばないくらい弱いんだもん…」
「……」
「皆なんて毎日飲み食いして遊んでばかりだし……それでも本当は皆の方が、私より強いんですよ…。嫌んなっちゃいます…」
「シエナ……」
「私最初は…ジーマさんを倒すのを目標に、強くなろうとしていました。でも今は違うんですよ、ジーマさん…」
「……じゃあシエナは、どうして強くなりたいの?」
シエナはジーマに笑いかけると、言った。
「私、ジーマさんに信じてもらいたいんです」
「え……」
するとシエナは、ふっと下にかがみこむと、ジーマの足元回し蹴りを食らわせた。ジーマも反射的にそれを避けたが、シエナはすかさず足を蹴り上げる。
「ちょ、ちょっとシエナ!」
「はぁあ!!」
ジーマはその蹴りもすっとかわして、シエナの蹴りはジーマの一室の壁をぶち壊した。
「な……」
(何だこの威力……)
ジーマはシエナを見据えて驚いた様子だった。
「さすがジーマさんです! 私の連続技も、こんなに簡単に避けるなんて!」
「いや……シエナそれ……」
ジーマはシエナの足を指さした。
「重りを入れてます! 片足5キロずつ! 腕にもです!」
そう言ってファインディングポーズをとっては、シュッシュッと素早くパンチの素振りをしてみせた。
「……」
ジーマは唖然として彼女を見ていた。
「私、もっともっと、強くなりますから…! ジーマさんも、私たちのこと、信じてくださいね!!」
「……!」
ジーマは魅入るように彼女を見つめていた。
こんなに小さな女の子が……僕のために強くなろうとしているのか……。
誰のことも信じられない僕のため…。
今までそんなこと言ってくれる人、1人もいなかった……。
シエナは涙を拭いて、にっこりとした笑顔を彼に見せた。
しかしすぐにハっとして、シエナは焦るように言った。
「ご、ごめんなさい! ジーマさんの部屋の壁を!!」
「大丈夫……ベーラ呼びに行こう…」
ジーマとシエナは笑いながら食堂におりていった。
とある日、僕は珍しく熱を出してしまった。
「仕事のしすぎだろ。休んどけ」
「ごめん……」
ベーラは冷たくそう言って、さっさと仕事に取り掛かった。
こんな日に限って派遣の仕事がたくさんある…。
1人1つは行ってもらわないと間に合わないな…。
僕も行こうと思って引き受けていたんた……やってしまった……。
「ジーマさん! 大丈夫ですか?!」
シエナもジーマの不調を聞きつけて、部屋に駆けつけた。
「ごめんシエナ…1人で行ける…?」
「任せてください!」
シエナはどんと胸を張って言った。
「私たちを信じてください!」
「……!」
シエナはまた僕に、そんな言葉をかけてくれた。
心を見透かされているようで、困惑もするけれど、本当は僕も信じたいはずなんだ…。皆のことを…。
そのことをシエナは、気づいているんだろうか……。
「ジーマさんは、1人じゃないんですからね! 皆、仲間なんですから! ジーマさんからしたら私なんて頼りないと思われるかもしれないけど…辛いときは頼ってくださいね! 今日みたいな日くらい!」
彼女は僕より、2回りも幼い女の子。
だけど僕は、強くなろうとする彼女の必死な姿に、昔の自分の姿を重ねては、願っている。
この子のことを、信じたいだなんて…。
「そうだジーマさん。こんな時に何なんですけど、ジーマさんが回復したらで全然いいんで…その……」
「うん?」
「……両親のところに顔だそうと思うんで、今度お休みもらってもいいですか……?」
「!」
シエナはほんの少し照れくさそうにそう呟いた。
「もちろん! ああ、良かった! ご両親、ものすごく喜ぶと思うよ!」
「ありがとうございます! それじゃあ、行ってきます!」
シエナは笑顔で僕に手を振ると、仕事に向かった。
シエナ・ヴェルディ、12歳。
彼女は僕の中で、特別な女の子になりつつある。
番外編ENDです!
次からは第3章をお楽しみください!




