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海戦・風使い

「あいつか、竜巻を起こしてんのは」

「禁術使いですね…!」


気づけばもう辺りは暗くなり、夜になっていた。

海岸から離れた破損した堤防の影から、レインとベルは竜巻を発生させるその男を覗き込んだ。


黒色の足上まで伸びた長いローブを着たそいつは、海面上に立っている。人間業ではない。間違いなく禁術使いだろう。


レインは瓦礫に身を隠しながら、男に少しずつ近づいていく。


ベルも恐る恐る遠くの堤防の影から顔を出した。すると、男はベルの方に目をやり、ニヤリと笑った。すぐさま、その手をベルに差し向けると、風がその手から勢いよく放たれ、ベルに襲いかかった。


「きゃっ」

「ベル!」


ベルは吹き飛ばされ、尻もちをついた。レインは慌てて彼女の元に駆け寄った。


「大丈夫か?!」

「だ、大丈夫です…痛たた…」

「ったく、何やってんだよ…」

「すみません…」


ベルは恐縮して苦笑いを浮かべた。レインは軽く息をついたあと、風使いの男を睨みつけた。男はニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。


(くそ…本当に海面に立ってるとはな…。海の上じゃあ戦えねえよ…ベーラがくるまで待つしか…)


「どうした。俺を倒しに来たんじゃないのか?」


男は挑発的な口調で声を上げる。すぐさま男は両手を上にあげると、大きな竜巻を2つ起こした


「まあ俺たちに敵いはしないがな! さっさと死ね! 人間共!」


竜巻がレインたちに向かって襲いかかってくる。竜巻と共に海水も巻き上げられ、大波をうち、彼らに襲いかかった。あれに触れでもしたら、ひとたまりもないだろう。


「や、やばいです! 死にます!」

「ちっ! しゃあねえな!」


すると、レインの身体が、一瞬のうちにライオンに変身した。レインが羽織っていたローブはライオンの身体を纏うように大きく変化した。鋭い牙に、強靭な爪。そして立派なたてがみは、ライオンには珍しい真っ赤な色をしていた。


レインはすぐさまベルを咥えた。そのまま人間時には到底不可能な軽やかな身のこなしで竜巻を横に避け、大波を飛び越えた。竜巻は堤防にぶつかり、激しく破壊してそのまま消え去った。


「危なかったです…」


レインに咥えられたベルは、完全に獣化した彼を横目で見ながら呟く。


「前にも見ましたが、やっぱり本物みたいですね」

「本物なんだよ」

「そ、そうですよね。あはは…食べないでくださいね」

「バカ野郎。あっちに隠れてろ」

「は、はい〜」


レインは男から離れると、ベルを下ろし、顎で命令する。ベルはへこへこしながら、再び堤防の影に身を潜める。


ライオンの姿だが、人間の時のように言葉を喋ることができる。だが吠え声はライオンそのものだ。大きな唸り声で敵を威嚇した。風使いの男は驚いたようにその獣を一瞥する。


「こんなところに獣人がいるとはな…。だが海面上では手が出せまい。骨ごと竜巻に食われてしまえ!」


男は臆することなく、連続して竜巻を起こす。空高くそびえる旋風は、波を纏って次々にレインに向かってくる。


「ったくもう!!」


レインは横に飛び退きながら竜巻を避けていく。海上の敵には近づけない。避ける一方だ。


「っ!!」


その時、レインがちょうど飛び乗った瓦礫が崩れ落ちた。レインはその一瞬バランスを崩した。


「やっべ!!」


襲いかかる波に足を取られた。竜巻への直撃は防いだが、そのまま波にのまれて飛ばされた。


「レインさん!」


そのまま奥の堤防の外壁にぶつかり、地面に落ちた。ちょうど外壁のそばに隠れていたベルは、レインの元に駆け寄った。


「ああ〜しっかりしてください」

「くっそ…足場が悪すぎなんだよ」


すかさず、2人の元にまた竜巻が襲ってくる。


「くそが!」


レインはすぐに立ち上がり、ベルを咥えると、間一髪でそれを避けた。


「私、溺死するよりは、食べられる方がいいです…」

「ふざけてる場合か」


レインは堤防の残骸を足場に飛び上がりながら、まだ無事な堤防の頂上まで上りつめた。そのまま更に離れたところにベルを下ろす。


「もう俺に近寄るんじゃねえぞ。お前をかばってる余裕はねえ!」

「す、すみません…」

「っ!」


その時、レインはこちらに近づいてくる人間の臭いを嗅ぎつけた。ライオンの嗅覚は人間の何倍も優れている。


レインは堤防の頂上に立つと、男を見下ろし、ニヤリと笑った。


「どうした? もう終わりか獣人! 避けるだけじゃ俺には勝てないぞ」

「ああそうだな。避けんのもそろそろ限界だ」

「はは! じゃあもうとどめを刺してやるよ!」


男は高笑いすると、激しい向かい風を起こした。かなりの強風に、レインはその場に留まるのが精一杯である。


「おら! こっちに来いよ」


男は更に風の威力をあげた。


「よし、そろそろ行くぜ!」


レインは歯をギラリと見せ、そのまま後ろ足を強く蹴った。レインは堤防の頂上から、男に向かって跳び上がった。男の起こした風に乗っていく。遥か海上の男のところまでも届きそうな勢いだ。


「バカが! 空中で身動きはとれまい! 竜巻の餌食になれ!」


すると男は、すかさずレインの動線上に向かって竜巻を仕掛けた。


「レ、レインさん!!」


ベルが叫んだ。


すると、竜巻の手前に、土の柱が勢いよく現れた。レインは柱を踏み台にし、左に跳んだ。竜巻はレインに当たらず、そのまま直進していく。


「竜巻の向きは、途中で変えられねえんだろ!」


レインの跳んだ先に、再び地面を割るようにして、土の柱が現れる。レインのジャンプに沿って、柱が次々に生えていった。数回目のジャンプで男を捉えたレインは、男の右腕に噛み付いた。そしてそのまま、腕を噛みちぎり、男の身体を蹴り上げて後ろに飛び退くと、新たに生えた柱の上に着地した。


「き、貴様ァ!!」


レインは噛みちぎったその右腕を咥えたまま、男をギラリと睨みつけた。


「俺の腕を返せぇええ!!!」

「うるせえな!」


レインはその右腕を雑に噛み砕いてひと飲みした。


「おえ! なんだ?! クソまずいっ!」


しかしその腕の不味さにレインは顔をしかめ、おえ〜と嗚咽しながら舌を出した。


レインはふと男の足場を見る。海から少し足が浮いていた。


(なるほど、風の力で浮いてやがったのか。便利だな)


「おのれ! 獣人風情が! 俺に勝てると思うな!」


男は腕を失いながらも、左手の人差し指で大きくレインを指さして叫んだ。


「死ね! 獣人!」


男はレインの手前の海面から竜巻を発生させ、すぐさま襲わせた。レインはすかさず後ろに跳んだ。


「バカめ!」


男は続いて向かい風を吹かせる。跳んで浮いたままのレインの身体は竜巻の方に引き寄せられていく。


(やべ! あの竜巻に捕まったら、死んじまう!)


レインは目の前に迫る竜巻に身動きがとれなかったが、誰かに押されて、いや、蹴られて、竜巻の左側に落ちた。そこにも土の柱が現れ、レインを受け止めた。


「爪が甘いなあ、レイン。さっき殺せば良かったじゃん。なんで殺さないの」


レインと同じ足場に、ヌゥが立っていた。ヌゥはレインを見下ろす。レインを蹴り飛ばして守ったのはヌゥである。


「…俺らは人殺しはしない。捕まえるだけだ」

「ふーん。面倒くさいねぇ」


レインはその四本足で立ち上がった。


「だけど食ってわかった。人間の味じゃねえ。人じゃねえなら、次は殺す」


レインは血だらけの歯を晒す。


「人間食べたことあるんだ」

「まあ昔にちょっとだけな」


ヌゥは気持ち悪いといったように、舌を出しては顔をしかめた。


「お仲間が増えたみてえだが、同じことよ!」


男は2人の足場にまた竜巻を起こし始める。


「同じ手を食うかよ」

「よ〜っし! さっさと殺しちゃうから!」


レインとヌゥは左右にわかれて跳んだ。2人の避けた真ん中を、竜巻はすっぽ抜けていく。


「何?!」

「お前は自分を起点としたところからしか、風を起こせねえ。そうだろ?」


(できんなら、一発目俺が飛んだ時にやってるはずだからな! やられてたら竜巻に飲まれて速攻死んでるけど!)


ヌゥとレイン、それぞれのジャンプ先に土の柱が現れる。タイミングはぴったりだ。


「うっひょお! ベーラの術すご! さっすが俺のご主人様!」


ヌゥは先に足場で切り返し、男に迫っていく。懐からすぐさま短剣を取り出し、男の喉を切ろうと振りかぶった。しかし男は向かい風を起こし、既のところで後ろに跳んで避けた。


「あわわ!」


ヌゥも向かい風の影響を受け、前に押し出されるように倒れ込んだ。それを見た風使いの男はニヤリと笑った。


「そんな短剣1本で俺を倒せると思ったのか?」

「うん! 思ってる!!」


ヌゥは勢いづいたまま剣を持たない左手を地面につくと、そのまま逆立ちの姿勢から回転し、右足を思いっきりその土の柱に落とした。土の柱は粉々に砕かれ、予期せぬ足場の崩壊に男はバランスを崩した。


「なっ」

「おおお! 結構固いねこの柱!」


横から奇襲を狙って飛び上がったレインも目を見張った。


(何だあの怪力…! ベーラの柱を人間の蹴りで壊せるわけ…)


「こざかしいわ!!」


男は下から風を起こし、自分を持ち上げようと試みる。


「させるかよ!!」


レインは新たな土の柱を足場に蹴り上げ、男に牙を向けて襲いかかる。男は横目でレインを捉える。


「吹っ飛んでろ、この獣人!!」


男はレインに向かって風を放出しようと、左の手の平を突き出した。


ザシュっ!!


すると、風を出す前にヌゥの短剣が男の左腕をかすめる。


「あっちゃ、外した!」


足場を壊したヌゥはそのまま仰向けに落下していったが、新たな土の柱がヌゥをキャッチする。


(いや、上出来だ!!)


男が短剣に取られたスキをレインは逃さない。


「!!」


百獣の王は赤いたてがみをなびかせて、耳を劈くような咆哮を上げた。今度は躊躇なく男の首に牙を立て、そのまま首を噛みちぎった。男の頭はそのまま海の中に落ちた。


レインと男の身体は、再び現れた土の柱に着地した。ヌゥもぴょんっと起き上がると、レインの柱に跳び乗った。


「短剣なくなっちゃった〜。また買って?」

「ざけんな。次は自分で買え」

「ええ〜」


ヌゥはぶーっと口を尖らせる。


(ったく…よくあの体制で投げられたな。しかも唯一の武器を…)


レインは悟る。こいつの戦闘には躊躇いがない。乱雑だが、周りもよく見ている。初めての実戦とは思えない。


「今度こそちゃんと殺した〜?」

「流石に死んだだろこれは」


すると、2人が湾岸に戻るための橋が現れた。呪術である。

向こう側にはベーラとベルが待っている。ヌゥは2人に向かって手を振って駆け寄っていく。


レインは人間の姿になると、頭と右腕のないその男の体を肩にかつぎ、橋を渡った。


「おせえぞベーラ!」

「勝手に1人で戦闘を始めるなよ」

「ベルちゃ〜ん! ベーラ〜!」


ベーラはヌゥに彼の短剣を投げつけた。


「おお!」


ヌゥはすかさずそれをキャッチする。


「拾ってくれたんだ! ありがとう!」


ベーラは何の反応もせず、不必要になった土の柱をさっさと消し去っていった。


「今日も完璧なタイミングだったぜ!」

「それは良かった」


一瞬で柱を造るのは普通の呪術士には至難の技である。しかしベーラにはそれが出来る。土の柱は、彼女の1番得意な創造なのであった。


「ん!」


レインはベーラに拳を向けた。ベーラも何も言わずに右手を出すと、拳を軽く小突きあった。


(おお〜!)


ヌゥはその様子を、目をキラキラさせながら見ていた。


「すごいです! レインさんも、ヌゥさんも!」


ベルは感極まって拍手をした。


「でも、こんなにむちゃくちゃな捕まえ方で大丈夫でしたか? というか、死んでますよね。顔ないし…」

「そういやこいつ、人間じゃねえみたいなんだけど」


ベーラはその死体に近寄った。ついでランプを創り出すと、死体の首元を照らしながら観察する。ヌゥもベーラの横からその切り口を覗き込んだ。


「グッロ〜!」

「お前が言うな! 首切り殺人鬼!!」

「こいつ、呪人に似ているな」


ベーラは呟いた。ベルも彼らに近寄り、口を開く。


「呪人…って、呪術師が造れる人の形をした「物」ですよね? 馬車の運転手さんみたいな」

「そうだ。見てみろ、血の色が紫色だ。これは呪人特有の物だ。ただ、呪人は自身が死亡レベルの攻撃を受けたら消えてしまう。しかしこいつは消えない。おそらく、ウォールベルトでつくられた、呪人に似た別の何かなのではないだろうか。禁術は全部、呪術から派生したものばかりだしな」


ベーラは言った。レインはにっこり笑って、ベルの肩に手を回した。


「な、安心しろベル。こいつは人形だ」

「腕、食べてましたよね…」

「ああ、マズかったよ。めちゃくそな」

「……」


ベルはその死体を見ながら、顔をしかめていた。ヌゥもその様子を見て、彼女に声をかける。


「ベルちゃん大丈夫? あんまり見ない方がいいんじゃない?」

「えっ…」


するとレインは言った。


「ベルは大丈夫だよ。なあ?」

「は、はい……」


ヌゥは首をひねった。しかしあまり気にすることもなく、レインに話しかけた。


「それよりさ、レインてライオンになれるんだね! ベーラに聞いてびっくりしたよ。戻ってきたらライオンが戦ってるんだもん」

「そういや言ってなかったか。それに、ライオンになれるんじゃねえぜ。正しくは、人間になれる、だ。俺はもともと、ライオンだからな」

「え、そうなの?!」


ヌゥは驚いて、口に手を当てた。


「人の姿になれるようになって、こっちのが色々便利だって思っただけだよ。それ以来ずっと人間生活さ。それにしても、お前、俺に手柄をわざと譲ったな」

「先輩に花をもたせただけだよ〜! レイン様!」


ヌゥがヘラヘラとそう言うと、レインは口を尖らせ言った。


「やっぱり気持ち悪りぃからレインでいいや…」

「え〜、何それ」


すると、レインは自分の拳をヌゥに差し出した。


「!」


先ほどベーラとしていた仕草を自分にも求められていると気づき、ヌゥは目をぱあっと輝かせた。ヌゥは同じように、レインの拳に自分に拳をかち合わせた。


それを見たベルはにっこりと微笑んだ。ベーラも顔色は変えなかったが、ヌゥが部隊に馴染んだことをよく思ってくれているようだった。


目的を果たした4人は、ほっと一息をついた。


しかしその戦いの一部始終をメリに見られていたことには、誰1人気づいていなかった。



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