表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

188/341

払拭された飢餓

「っ!!!」


ジーマはかろうじて赤鬼の攻撃を避ける。赤鬼の腕は城の壁に当たり、そこを大きく破壊した。

その衝撃で、城は大きく揺れた。


別の部屋にいたエクロザも、その異変に気づく。


「な、何……?!」


ゼクサスはふっと笑って、その部屋の向こうを見つめる。


「怒っているんだ…アギの心を食った、鬼が」

「…?!」



ジーマは回り込んで赤鬼に斬りかかる。


「っ!!」


その硬さに、全く刀が通らなかった。

赤鬼はジーマを薙ぎ払った。


「ううっ!!!」


ジーマは身体を壁に打ち付けられた。


「けほっ」


その衝撃でほんの少し血を吐く。


【人間の敵う相手じゃねえぞ!】

「見りゃわかる! 何で現れた…?!」

【心を食ったんだ。持ち主の】

「はぁ?!」


ジーマはそのおぞましい鬼の姿を凝視する。


「っ!!」


(見える……!!)


その鬼の真っ白な瞳の向こうには、小さなアギの姿が映っている。


赤鬼はジーマを狙い、炎を吐いた。


「くそっ!」

「ジーマさん!」


ジーマはそれを避けて、ベルを捕まえると、部屋の外に逃した。


「お前は逃げろ!」

「ジーマさん!!」


赤鬼はジーマを襲ってくる。攻撃を避け、再び鬼を斬ろうと試みるが、全く刃が通らない。


【無理だっつってんだろ!】

「ちぃっ!!」


赤鬼がシエナの身体を薙ぎ払おうとしたので、ジーマは急いで彼女の身体を抱えて避けた。


シエナの身体を強く抱きしめながら、歯を噛み締め、赤鬼を睨みつける。


「黒鬼……」

【何だよ!】

「俺を食え……」

【っ!!!】


黒鬼は目を見開いてジーマを見る。


【正気か……】

「決まってんだろ…その代わり、絶対あいつを殺せ」


ジーマは黒刀の刃をシエナに向ける。


「シエナのことも」

【お前っ……】


ジーマはシエナの身体を突き刺した。


「ごめんねシエナ…。でも、ここで焼き尽くされるよりはいい」

【いいんだな! 本当に食うからな!】

「早くしろ!」


黒鬼はシエナの身体と頭を丸呑みした。


赤鬼が攻撃してくるのを、ジーマは軽やかに避けた。


そしてそのまま、自分の心臓に黒刀の刃を向けた。



『ねぇ、黒鬼。

君はどうして、僕を選んだの?』



ジーマはその刃を自分に突き刺した。



【お前は誰かを斬ることで、その強さを自覚するんだ。お前は自分が誰よりも強いと知っていて、仲間なんて求めず1人で生きていくことができる! だから俺はお前に取り憑いたのさ】


初めて会った時、君はそう言っていたけど。

僕はさ、そんなに強くないよ…

大好きな人も守れないほど、弱いんだ。


ジーマの心の中には、いつも黒鬼が棲んでいた。

僕はある日、君に聞いたんだ。


『ねえ、鬼ってなんなの』

【何だよ急に】

『いや、君のこともさ、少しは知ろうかなって、思ってね』

【ふうん……】


黒鬼はね、生まれた時から刀に宿る黒鬼なんだって。

どうやって生まれたのか、どうやったら死ねるのかも知らない。

そんな生き物なんだって。


黒鬼は、ずっと飢餓に苦しんでいた。

だから彼は、何かを食べ続けた。

どんなに満たされても、またすぐに腹が減ってしまうんだってさ。

まるで何かの呪いみたいに。

まるで何かの、罰でも受けているみたいに。


【俺はその刀を持って、この世界のどこかの時代を彷徨っていた】


黒鬼は、その日もただ、腹が減っていた。


生き物全ては餌に見えた。

人間は俺を恐れた。

俺は人間を目にすると、飛びつくようにそいつを斬って、食った。

初めて食ったときは、美味しすぎて目が飛び出た。


人間は、極上の餌だ。


鬼はその後も人間を斬り殺して、食い散らかした。

するとある日、1人の女剣士が俺の前に現れた。


俺はその女剣士に破れた。

しかし俺はどんなに斬られても死ぬことがなかった。

女は鬼を哀れに思った。


【腹が減って仕方ないんだ…。どうか…殺してくれ…】


優しい女剣士は、俺を殺す方法を一緒に探すことにした。


女は刀を手に取ると、言う。


「私が必ず君を助けるから」


俺は自然と、その刀に身を潜めた。

女剣士は刀と共に旅をした。

俺はその女剣士が斬った生き物を食べた。


俺と女の旅は何年も何年も続いた。

結局俺を殺す方法は見つからなくて、俺は既に諦めていた。


「なあ、どうしたらお前を殺してあげられるのかな」

【もういいだろ。俺は死なねえんだよ。俺は永遠に、この飢餓に苦しみながら生きていくんだ。それが鬼ってもんだ】

「そうか…可哀想な黒鬼…」


そしてある日、俺と女が山を歩いていると、突然大きな地震が起こり、地割れに襲われた。

俺と女は山の割れた先の、穴の中に落ちていった。


俺と女はそこから脱する術を失った。


何日か過ぎて、俺は飢餓に苦しみ、女も餓死寸前のところまで来ていた。


『腹が減った…腹が減って死にそうなんだよぉ………』

『黒鬼、私のことを食べなさい』


そう女が言ったとき、俺は驚いた。

何に驚いたかって言うと、今まで感じていた飢餓が、消えたからだ。


『急に腹が減らなくなった。満腹になった。だからお前は食わない』

『そうかい……』


女は笑った。


こんなことは、初めてだった。


やがて女は餓死した。


今思えば、食ってあげた方が女も楽だったのかもしれない。

でもどうしても、食べたくなかった。

お腹が空かなかった。


女が死ぬと、俺はまた飢餓に襲われた。


そして俺は、その穴の中で飢餓に苦しみながら何年も、いや何十年も過ごした。

女が腐って、骨だけになって行く姿も、ずっと見ていた。

俺は女の前にその刀を突き立てた。


そして俺はたった1人でそこで生きているうちに、恐ろしいほどの憎悪に襲われた。

なぜ自分は生まれたのか、なぜ生きているのか、なぜ死ねないのか。

そうしていくうちに俺の中には、深い闇が宿った。


『……』

【やがて人間たちが俺を見つけた。俺は、俺のこの闇をも受け入れ凌駕するような使い手を待ち続けた。そしてジーマ、お前に出会ったのさ】

『……』

【お前の仲間を殺したのは俺だ。俺の闇がお前に入り込んで斬らせたんだ。悪かった…】

『……はは…君が僕に…謝るなんてね。でもあれは、君の闇を押し返せなかった僕が悪いんだ。僕の罪だよ』


ジーマは言った。


【俺はずっとそばで、お前を見てきた。まあちょっと見捨てられた時期もあったけどな】

『ごめんごめん…』

【まあいい。俺は気づいたんだ。ジーマ。お前には愛がある。あの子を愛するお前の心は、素敵だ】

『黒鬼…』


俺がどうしてお前を選んだのか、その時はまだ知らなかったけど。

でも今はわかるよ。


俺は、欲しかったんだ。


愛が。



黒鬼は、ジーマを食べた。


【っはあ〜!! 今まで食った中で1番美味かったなあ!!!!】


黒鬼もまた実態化して、赤鬼に負けないほど巨大な姿になった。


力がみなぎるのを感じる。

今までに感じたこともない、とてつもなく大きな力だ。


赤鬼は黒鬼を睨んでいる。


【さて…】


絶対あいつを殺すぜ。

約束したからな、ジーマ。


黒鬼は赤鬼に向かっていく。


赤鬼は黒鬼に全てを焼き尽くすような燃えさかる炎を吐いた。


「?!」


赤鬼がハっとした時、黒鬼はすぐ目の前まで迫っていた。


黒鬼は大きく口を開くと、そのまま赤鬼を食った。

赤鬼は悲痛な叫びを上げながら抵抗するが、黒鬼の力には敵わなかった。


黒鬼は赤鬼の体を噛みちぎり、全てを喰らっていく。

やがて赤鬼は動かなくなり、その後も黒鬼は跡形もなくそいつを喰らい尽くした。


そして黒鬼は仰向けになって、その場に倒れた。


【ぎゃっはっは。やったぜ俺は…見たかジーマ……俺は勝った……】


(ありがとう、黒鬼)


ジーマの声が聞こえた気がして、黒鬼は天井を見上げながら、涙を流した。


【………】


身体が……満ちていく………。


黒鬼はすっと目を閉じる。


なあジーマ……お前は……

どうして俺を受け入れたんだ?


『え?』

【どうして俺を受け入れたんだ?】

『さあ、どうしてだろう』


ジーマは俺の闇を一緒に纏ってくれた。

だけどジーマは、最後まで完全に闇に堕ちることはなかった。


【お前、さすがにあの子と結婚はないだろう。ガキすぎるだろう】

『うるさいな……しょうがないでしょ。もう好きになっちゃったんだから』

【あの子も何で、あんなにお前のことが好きなのかね】


ジーマは笑った。


『それは僕にも、わからないんだよね』


お前がさ、あの子のことを想うたびに、お前の心に棲んだ俺は居心地がよくって。

その時はさ、腹が減ってることだって忘れられた。

どうしてなんだろうって、不思議だったんだ。


【俺はどうして……生まれたんだっけ…?】


『黒鬼、私のことを食べなさい』


黒鬼は、その身体がすぅっと消えていくのを感じた。


【憎悪って、なんだっけ】


黒鬼は、ゆっくり目を閉じた。


【愛って……なんだろう……】


黒鬼は、ジーマがあの子に向ける、幸せそうな笑顔を思い出す。

黒鬼の体内のジーマの魂が、黒鬼を浄化する。


【ああ、そっか。これか……】


そしてそのまま、黒鬼は消えた。




















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ