唯一の黒星
赤鬼の姿になったアギは、ジーマの剣を押し返した。
(ちぃっ! 厄介な薬だ…! このままじゃ分が悪いか…)
アグは全員に禁術解呪の薬を飲ませ終えた。
皆は目を覚まさなかったが、顔色の悪さは引いていった。
ジーマは距離をとったアギに詰め寄ると、黒刀で斬りかかる。
【ぎゃっはっはっはあ!!! 最近は飯の頻度が増えてきたなあ!!】
黒鬼も声を高らかに上げて、アギに襲いかかる。
黒鬼はアギに宿る赤鬼を見て、触発されていた。
【お前はまたっ!! 俺の姿をパクったクソ鬼めえ!!!】
アギはジーマの攻撃を避ける。
「っ!!」
【速え!!】
アギはジーマの死角の右側に移動すると、斬りかかる。
「っっ!!!」
ジーマも身体をよじってアギの刃を受ける。
(赤鬼に身を完全に委ねている…! 異常な速さだ…この目じゃ捉えきれない)
「うあ!!!」
ヌゥはアギの背後から攻撃を仕掛ける。
アギはすんでのところでそれをかわした。
「ヌゥ君!」
「2人でなら仕留められる!」
ジーマも頷いて、戦闘体制をとる。
(ゼクサス様の元器…。厄介だな…)
「アギ! 奴らの仲間が目を覚ましてはまずいわ! 撤退を!」
「ちぃっ!」
突然エクロザのコピーがモヤから現れたかと思うと、アギを呼びつけた。
それを見てアグは驚き、目を見開いた。
(なっ! 薬を飲ませたのに、1日で回復したのか?! 信じられねえ!)
アギはモヤへと急ぐ。
「逃がすか!」
「させないわ!」
ジーマとヌゥは動きを止められる。
エクロザは顔をしかめた。
(くっ…薬の効果が残っている…! 止められてもほんの数秒!)
「急いでアギ!」
「わかってる!」
(ただで帰るかよ…!)
アギは横になっている奴らの仲間に目をやる。
(確かジーマの女がいたはずだ…どいつだ…?!)
女は4人いる…。あいつはメリ、ソニアの記憶を抜いたエクロザの話じゃ、あの呪術の女は違う…。
まあいい! どっちも連れてってやる!
アギはシエナの腕を引いてモヤに投げ入れた。そのあとベルを連れてモヤに入り込む。
「お前! っつ…!!」
2人の近くにいたアグも、エクロザに動きを封じられる。
(身体が…動かない…!)
「アギ?!」
「こいつらは人質だ!」
そのままモヤは消えてしまった。
「……」
ヌゥとアグは消え入るモヤを愕然とした面持ちで見ていた。
ジーマは膝をがくんと地面につけ、その刀を持つ手は震えていた。
「……」
「じ、ジーマさん!」
ヌゥはジーマに駆け寄った。
「また…何で……シエナ……シエナ……」
ジーマは混乱して、呼吸が早くなる。
ヌゥは焦った様子で、アグの方を見た。
「人質って言ってた…簡単に殺したりはしないと思うけど…」
「くそっ! くそぅっ!!」
ジーマは歯を噛み締めて、自分の不甲斐なさに心を痛める。
ヌゥとアグ、ジーマは、1階の大広間を借りて、倒れた仲間たちをその部屋に運んで寝かせた。
「ジーマさん…一体何があったんですか…」
「昨日、皆朝まで飲んでて…」
ジーマは話し出す。
朝方になる頃には、ジーマ以外は皆もう眠ってしまっていた。ジーマが1人片付けていると、扉が閉まって、急に身体に異変を感じた。
他の皆を見ると、顔色がどんどん悪くなっていくのがわかった。
ジーマもまたその苦しさに立っていられなくなり、身体が動かせなくなったという。
そうしてまもなく、アギがジーマの前に現れた。
アギは言う。
「エクロザの力を封じたからって、油断してたみてえだな…」
「アギ……」
「ゼクサス様はもう、新しい身体を手に入れた」
「っ!!」
(こんなに早く…)
「あとは邪魔なお前らをさっさとぶっ殺すだけだ。まあエクロザも完全復活とまではいかねえからな、ここに俺を連れてくることくらいはできたみてえだ。あとは俺が好きにさせてもらうってわけだ」
アギは、眠ったまま顔色を悪くしていくジーマの仲間を見回した。
「これは…毒か…?」
ジーマは苦しみながら問う。
「いや? 俺の新しい術だ。ゼクサス様は力を取り戻し、俺にもそれを分け与えてくださった」
「力を…分け与える……」
「まあ死にはしない。動けなくするだけだ。苦しむがな。俺は決めてんだ。ジーマ、お前の仲間をな、お前の目の前で、1人ずつ首を斬り落とすってな」
「っっ!!」
「覚えてるだろ? お前が、俺たちの仲間を、殺ったみたいにな……」
ジーマは歯を噛み締めた。
(アギ……お前はあの時、死んだはずじゃ…)
「まあ眠ってるこいつらを殺してもいいが、どうせなら目を覚まして、こいつらが恐怖に震える様子を見せながら殺してやるよ」
「くぅ……」
(僕のせいなのか……僕の罪が……君を……)
アギからはみなぎるような憎悪が溢れ出ていた。
「そうしてまもなく、君たち2人がやってきた」
ジーマはヌゥとアグに話す。
「ジーマさん…過去に、あのアギというシャドウと、一体何が……」
ジーマは辛そうに笑うと、言った。
「ヌゥ君、アグ君、僕もね、本当は犯罪者なんだ。人殺し」
「え…?」
「いや、ジーマさんは国家の元騎士団じゃないですか…昔は戦争も多かったみたいだし、そんなの仕方ないですよ…」
「ううん。そうじゃなくてね」
ジーマは首をふったあと、答える。
「友達をね、殺したんだ」
「え……?」
その昔、戦争で家族を失った僕は、その村でエリルという男に拾われた。男は他にも似たような4人の子供たちを拾っていた。その中に、アギもいた。僕たち5人は皆、親友のように仲良く、元騎士団のエリルさんのところで剣術を学びながら、生活をしていた。
アギは勇敢な性格で、僕たちのリーダー的存在だった。
面倒見もよくて、明るくて、頼もしくて、僕はアギのことが大好きだった。
僕とアギには、剣術の才能があった。エリルさんは僕たちの才能を賞賛して、僕らをめきめきと鍛え上げた。
エリルさんはもう歳だったし、若い僕らはどんどん剣術を吸収して、エリルさんを超えるくらい強くなった。
まだ僕が10歳だったその頃、ある日僕とアギは2人で並んで木刀で素振りをしていた。
「なあ、ジーマは将来の夢あるか?」
「え? 僕…? うーん…考えたことないけど…」
「俺はな、騎士団に入るのが夢なんだ」
「へえ……」
「エリルさんみたいな騎士になって、誰よりも強くなって、戦争を終わらせてやる! それでこの国を、平和な国にしたいんだ」
「……」
ジーマはその手を止めて、目を輝かせて彼を見た。
「ぼ、僕も…平和な国にしたい……」
アギは素振りをしながら、ジーマを見た。
「じゃあお前も一緒に、騎士団に入ろうぜ」
「え…?」
「俺とお前なら入れる! エリルさんも俺たちには才能があるって言ってただろ?」
「う、うん…。本当なのかな…」
「本当に決まってんだろ! よし、今から俺と勝負だ!」
「ええ?!」
突然アギと木刀で勝負することになった。2人はエリルさんに借りた兜と鎧と小手を取り付けた。剣を落とすか、頭を叩かれるか、心臓を突かれたら負けだ。
「行くぜえ!」
「ちょっ、ちょっと……!!」
2人は木刀をかち合わせた。
攻めては守り、守りは攻め、しばらく木刀の打ち合いが続く。
「やるな!」
「も、もうやめようよ…」
「何言ってんだよ!」
アギはジーマの手を狙ってくる。
(剣を落としにきたっ!)
ジーマは木刀を強く握りしめ、空いているアギの頭を狙いに行く。
(今だ!)
ジーマはアギの頭を叩こうとした瞬間、アギは右腕でジーマの木刀を抑えた。
(えっ…)
「おら!」
アギは左手で木刀を持つと、ジーマの心臓に突きをいれた。
「いっ!」
ジーマはその突きの反動で後ろにとんで尻もちをついた。
(ま、負けた……)
「ほら、立てよ」
ジーマはアギの手を掴んで、立ち上がる。
「やっぱり僕は駄目だよ…アギ、君には勝てないよ」
「いい勝負だったじゃねえか! 楽しかったな! またやろうぜ」
「う〜ん……」
アギは僕より強かった。
同じ勝負を何回もしたけど1回も勝てなかった。
それから僕はアギに勝ちたくて、これまで以上に練習した。
でもアギも同じくらい練習していたから、なかなか追いつけなかった。
「はぁ……また負けたぁ……」
「いや〜、今のは危なかったわ!」
「そうかな…。はぁ…僕、騎士団に入れるかな…」
「入れるって! 15歳になったら年齢的には入団可能らしいぜ!」
「来年か…でも15歳で入団した人なんていないでしょ…」
「俺たちが初の最年少騎士になったらいい!」
アギは強気に笑った。
アギ…君ならきっと…なれるよ。
誰よりも強い騎士に。
そしてジーマは、自分も彼みたいになりたいって思った。
すると、アギは言う。
「ジーマ、一緒に国を守ろうな」
ジーマは彼を見て、にっこりと笑った。
「うん!」
僕も、もっと強くなるから…。
君に負けないくらい、強くなるよ…アギ…。
2人はその後も騎士になるべく、精を出して練習に励んだ。




