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無終の幻

「それじゃあ、アジトに帰るか」


店から出ると、ベーラが言った。

すると、ジーマは1つの鍵を取り出した。


「何だ?」

「今日は、帰らないけど?」

「はあ?!」


……なんでこんなことに。


ベーラはジーマとホテルの一室に来ていた。


「あ、さすがにここは移転ではないよ」

「そんなことはどうでもいい! なんでこうなった」

「何でって言われても…」


ジーマはベーラをベッドに押し倒した。


「好きだから、だけど」

「っ!!」


ベーラは顔を真っ赤にして、彼を見上げる。

彼も顔を赤くして、ベーラを見つめている。


私をみて、そんな顔を…するんだね…君が…。


ジーマはベーラに覆いかぶさって、片肘をつくと彼女の頭を撫でた。そのまま顔を近づけていく。


(う、嘘…私……このままじゃ、彼と……)


するとベーラの頭に、彼の言葉がよぎる。



『ねえ、君は、誰かを好きになったことある?』


呪術師たちのアジトで牢屋に捕まったとき、彼はふとそんなことを言い始めた。


『…また話、きいてくれる?』

『構わないよ』

『よかった。君にはね、なんだか言いやすいんだ』

『なぜだ』

『なんでかな。僕に、似ているからかな』


君は、私がこの気持ちに気づく前からそう。


『いや、明日からずっとあの人のそばにいられるなんて…夢みたいだよ』


いつも誰かに恋をしていた。


『ベーラって、ジーマさんのことが好きなのかと思ってた』

『他人を好きになったことは、ない』


その相手はいつも私の近くにいて、


『似合う似合う! ベーラって可愛いよね!』


私なんかより、すごく素敵な人だった。


『シエナが20歳になったら、彼女と結婚します』


だから応援したかったんだ。君のことを。


『ベーラはベーラのままで、いいじゃないか』


君は君なりに、私のことを見てくれていたし。


『お前、結婚するんだろう。私にこんなものあげたとシエナが知ったら悲しむぞ』

『あはは…大丈夫だよ。だって、シエナと選んだんだから』

『え……?』

『ベーラ、誕生日おめでとう』


だからもうそれでね、満足してたはずなんだ。


『友人が困っていたから、助けようと思っただけだよ』


私は私にしかできないことがある。

それをただ、やってさえすればいい。


『今日の君は、すごく素敵だったよ。君も、君の歌も…。久しぶりにね、感動したよ』

『……』

『また…聴きたいなって』

『……』

『あはは…駄目か…』

『別にいいよ』


そうすればね、君が私を、認めることだってあるよ。


『失恋しちゃいました同盟っ!』


他の誰かを慰めることだってできるよ。


『私はそんな簡単に割り切れないですよ…。ベーラさんは凄いなあ……幸せな2人をそばで見て、耐えられるんですね』

『私はシエナのことも好きだから。2人が幸せなら、私はそれでいいんだよ』


それじゃ、駄目ですか?


『好きな人が結婚して幸せになるなんて、すっごく嬉しいよね!!』


あの子が私にそんなことを言った。

あの時私はね、大笑いしたよ。



ベーラは彼の唇が触れそうになった時、とっさに手を前にやった。


「嬉しくない」

「え…?」


ジーマは困った様子でベーラを見る。


「嬉しいわけないだろう!!!」


ベーラは天井からたくさんの土の柱を落とし、部屋をめちゃくちゃにした。


それを見ていたソニアは、目を見張る。


「ば、馬鹿な!」


ありえない!

だってこの世界は、あなたの望んでいた世界のはずなのに!


「この世界では、私の望みは叶わない!!」


彼女がそう叫ぶと世界は壊れた。気づくとベーラは、別の場所に来ていた。髪も短いいつもの長さに戻っている。


そこは、混沌とした異空間だった。


「こ、ここは……」


ベーラはその目の前の景色を見て、愕然とした。


たくさんの人間が、ガラス張りの蓋の棺に入っている。

その数は軽く100を超えそうだ。


ベーラは中を覗いた。棺の中の人間たちは、息をしている。


(眠っているだけ?!)


そしてその奥に、一際大切そうに置かれている大きな棺があった。棺の周りにはたくさんの美しい花が飾られている。


ベーラはその棺に近寄った。その中には、ソニアの姿があった。


(こいつは…私達をここに連れてきたシャドウ……)


すると、パチパチパチと拍手をしながら、向こうから誰かが近づいてくる。


「驚きましたぁ〜。夢の世界を自ら壊そうとする人間がいるなんてっ!」


ベーラは彼女を見た。その彼女こそ、まさに私達をここに送ったシャドウ…。


(ソニア…)


じゃあ、この棺の中にいるのは…。


ベーラは棺の中とソニアを見回す。それを見てソニアも笑いながら、彼女に言った。


「眠っているのは、私ですよぉ〜」

「どういうことだ?」

「私もねぇ、今、幸せな幸せな、夢を見ているんです」


ソニアはそう言った。


「他の皆さんもそうですよ〜。夢の扉を開いた皆さんは、ずぅっとその扉の向こうの世界で、幸せな夢を見続けているんです!」


ここにいる人間たちは…皆黒い扉を通ったのか…。


「ねえ、どうして世界を壊したんです? 彼と結ばれたかったのではないのですか?」

「そうかもしれない」

「では、どうしてですか? 彼を愛しているんでしょう?」


ベーラは笑うと、言った。


「私の望みは、彼が幸せになることだから」


ソニアは見下したように彼女を見た。


「ベーラと言いましたか、あなた、それは綺麗事でしょう」


ソニアは、自分と同じ姿の人間が入った、その大きな棺に近寄るといった。そのガラスの上から、幸せそうに眠っている自分の姿を眺めて、優しく微笑む。


「ここで眠っている私もね、今とっても幸せなんですよ。彼女はね、生きているその途中、事故で目が見えなくなったんです。真っ暗な世界の中を生きるのは、それは地獄でした。彼女は目が見えていた頃、有名な絵かきでしたから、失明した彼女はもう二度と絵がかけなくなったのです。その事で大いに、彼女は絶望しました」


ソニアは続けた。


「そこにあの方が現れ、私をシャドウにしました。おかげさまで、目も見えるようになりました。でもね、私はもう、前みたいに絵がかけなくなったんです」

「……」

「ですので私は、現実世界で絵をかくことを諦めました。そしてこの特異な能力を使って、私自身を夢の扉に連れて行ったのです」

「……それじゃあ、今ここにいるお前は、誰なんだ…」

「私は、ソニアの描いた私です。本物の私がいつまでも夢を見続けることができるように、私は現実世界からこのラビリンスを存在させ続け、本物の私を守っているのです。たまに可哀想な人間を見つけては、夢の扉に連れていってあげたりもしています。私も、ひとりぼっちで夢を見るのは、寂しいでしょうから」


ソニアは、棺に眠るたくさんの人間たちを、見せびらかすように両手を広げた。


「皆、出口はもう見つけているというのに、誰1人夢の世界から戻ってこようとしないんですよ!」


ベーラはそう言った彼女を見て、不憫に思った。


でも私もそう。この世界に、飲まれそうだった。


私は本当は、我慢していたんだ。

こいつの言った通り、綺麗事を並べていたんだ。


彼の幸せはもちろん願っている。

誰よりも幸せになってほしいと思うよ。


だけど、それって、本当に私の幸せなのかな。

ヌゥ、お前も結局はアグを選んだじゃないか。

メリも、2人の幸せを願える私のことを凄いなんて言っていたけど、全然そんなことはないよ。


「私も、幸せになりたい…」


ソニアは笑って手をパンと叩いた。


「そうでしょう! だったらあなたも、一緒に夢を見ましょうよ!」


ベーラはうつむきながら呟く。


「彼がシエナと2人で笑っているところなんて見たくない。2人のそばにいるのが辛い。結婚なんてしてほしくない」

「そうでしょう! だから、その子のいない世界で、あなたもっ…」

「だけど! それが現実だから!!」


ベーラは歯を食いしばって、叫んだ。


「私が好きなのは現実世界のジーマだから! 辛くても、結ばれなくても、シエナを好きになって、彼女と結婚しようとしている彼のことが好きだから! その世界で私が幸せになれなくっても、それは仕方ないんだ! お前ももう、夢を見るのはやめろ!」


ベーラは右手を上にあげた。すると、そのたくさんの棺の上に、それぞれ1つずつ、土の柱が天井から生えてくる。

それを見たソニアは叫ぶ。


「何するつもり?!」

「夢から目覚めさせる」

「や、やめなさい! 皆、このままでいることが幸せなの! 夢から覚めたくなんてないの! やめて! やめてぇええ!!!」


ベーラが右手をぐっと握ると、まるで雨のように柱が落ちた。

その衝撃で、棺の中にいる人間たちは、目を覚ます。


「あっ、あああっ、な、なんてことを……!!!」


100人近くの人間たちは、自分でガラスの蓋を外し、その中から出てきた。


「えっと、ここは…」

「あれ? 俺は何を……」

「早く家に帰らなくちゃっ」


皆の目の前には、それぞれ自分の帰るべき出口が現れる。

人間たちはその状況を不審に思うことすらなく、淡々とその出口から出ていく。


「ああ…皆…皆の夢が……」

「夢から覚めれば、その記憶など簡単に消えていく。どんなにいい夢を見ても、現実で得られる小さな幸福にさえ敵いはしない」


人間たちは皆の出口からでていき、棺は空になった。

しかし、ソニアの棺だけは、まだ残っている。


「頑丈な棺だな。力が足りなかったか」


ベーラは更に大きい土の柱を天井から生み出し始める。

ソニアは怒りを顕にし、おっとりとしていたその声のトーンも変わり、激しく低くなる。


「やめろ……私を起こすな……絶対に……」

「それでも起こすと言ったら?」

「お前を殺す!」


ベーラはその巨大な土の柱を落としたが、ソニアは1本の画筆を取り出し、彼女から見て、その筆で柱が半分に割れるように空中に絵を描いた。


すると、柱は真っ二つに割れ、棺への衝突を防いだ。


「まずはお前を先に倒さないといけないみたいだな、ソニア」

「私の眠りの邪魔をする者は、許さない…」


ベーラとソニアは、戦闘体制をとった。







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