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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第2章

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夢の扉

「はぁ…はぁ…」


入ってしまった。生存率0%と言われる死の扉に。


ベーラは自分の後ろの閉ざされた黒い扉を見る。


まあいい。仮に私が死んだとしても、あとの2つは皆ならクリアできるはずだ。


前に広がる薄暗い通路の真ん中を、ベーラは歩いていく。

その先には明るい出口が見える。


「ようこそ! 夢の扉へ!」

「うん?」


暗くて見えづらかったが、うさぎが立っている。

ピエールとは違うようだ。


「ここでの試練を説明しますね」

「またガイドうさぎか」

「マイクと申します!」

「で、私はどうすればいい」

「はい! とっても簡単ですよ」

「ん?」


(生存率0%なのに?)


「あなたの望みを叶えることです」

「はあ?!」


それだけ言って、マイクは消えてしまった。


それだけ…?

意味がわからないな。

とりあえず、出るしかないか。


ベーラが外に出ると、そこには見慣れた風景があった。


「え…?」


そこは、破壊されたはずのアジトだった。

ベーラは1人、元通りの姿のアジトの前に立っている。


「うん?」


ベーラは頭が少し重いことに気づく。おもむろに自分の髪を触ると、その長さは肩をこえていた。


(なんで伸びているんだ)


すると、聞き慣れた声がする。


「ベーラ、おかえり!」

「は?!」


ジーマがアジトから出てくると、笑顔で彼女を迎えた。


「どういうことだ?」

「仕事お疲れ様! ご飯食べるでしょ!」

「え? は? うん?」

「皆待ってるよ! 行こう!」


ジーマはベーラの手を握ると、アジトに彼女を連れて行く。


「はあ? おい、この手を離せ」

「え? 何で?」

「何でって、何やってんだお前」

「ベーラ、さっきからどうしたの?」

「いや、それはこっちの…ああ!」


ジーマはにっこりとただ微笑んで、彼女の手をしっかり握って食堂まで連れて行った。


(……)


初めて彼と手を繋いだ。

いや、どうせ偽物だろう。

なんだ、現実世界風のこのステージで望みを叶えろというのか。

というか、私の望みってなんなんだ?


「よお! おかえりベーラ!」

「食事の準備はできておるぞ!」


レインとアシードが快く彼女を迎える。


「はぁ…お前らまで」

「何が?」


目の前にはごちそうが並べられている。


はぁ……。


ベーラはとりあえず流されるように席に座る。


「それじゃ、いただきまーす!」


皆は手を合わせて、ごちそうを食べ始めた。


(…普通に美味い。食事は本物だな)


すごい勢いでほとんどの料理を平らげながら、ベーラは尋ねる。


「他の皆は?」

「他って?」

「いや、シエナとか、ヌゥとか…」

「シエナ? ヌゥ? 誰それ」


ジーマはきょとんとした顔で彼女を見る。


「ベーラ、なんか変じゃぞ?」

「仕事で疲れて頭まわってねーんじゃねえの」

「ふうむ」


(うーん…シエナたちはいない世界なのか? そこに関しては現実と異なるな)


「私の仕事って」

「特別国家精鋭部隊の任務に決まってるだろ」

「シャドウを倒すことか?」

「シャドウってなんだ?」

「それじゃあ、今は西暦何年だ」

「なんだよいきなり」


ここにはシャドウもいない。

西暦について聞くと、今現在と日にちまで同じだとわかった。

ふうむ。過去というわけではないのか?

まあ皆、見かけを見る限り今と同じだしな。シエナが入る前なのかと思ったが、若くはない。ジーマも眼帯に眼鏡かけてるし。違うのは私の髪が長いことだけか。

全く、よくわからない世界設定だな。

というか、この髪うっとおしいな。


ベーラは呪術でハサミを作り出す。


呪術は問題なく使えるようだ。


それを見たレインは彼女に言う。


「おい、何ではさみなんか出してんだよ」

「いや、髪が長くてうざいから切ろうと思って」

「はあ?! 何言ってんだよ! 式のためにここまで頑張って伸ばしたんだろ?」

「はあ?」

「はあ?じゃねえよ! 3日後だろ! 式は!」

「式ってなんの?」

「結婚式に決まってんだろ」

「一体誰の」

「お前と、ジーマのだよ!」


ベーラはゆっくりと皆を見回す。

ジーマを見ると、手に顎を乗せてこちらを見ながらニッコリと笑っている。

レインとアシードも、にんまりとしていた。


そしてベーラは、自分の左手の薬指に輝くダイヤモンドのはめ込まれた、指輪がついていることに気づいた。


「………」


…はぁ?


はぁあああああ??????


似合わぬ叫びを脳内で響かせたあと、ベーラはジーマに向かって言う。


「何で私がお前と!」

「え? どうしたの?」

「おいおい! ここにきてマリッジブルーかあ?! 勘弁してやれよ姉さん」

「誰がマリッジブルーだ! おい! ちょっと来い!」


ベーラはジーマの胸ぐらを掴むと、彼を連れ出した。


「どうしたのベーラ」

「どうしたって…何でお前と結婚しなきゃならんのだ」

「何でって…プロポーズしたらおっけーしてくれたじゃん」

「プロポーズぅう?!」


一体どうなっているんだこの世界は。


「そ、それじゃあ、セシリア様はどうした」

「セシリア様? 誰それ」

「誰って、この国の王の娘だよ」

「国王の子供は息子だけだよ」

「……」


セシリアまでもいない世界なのか…。


ベーラはうさぎのマイクが言っていたことを思い出す。

『あなたの望みを叶えることです』


(……)


私の望み?


ベーラは目の前の彼を見上げる。


「どうしたの? 結婚、やっぱり嫌になっちゃった?」

「嫌というか……」

「まあそうだよね。君が僕のことを本気で好きになんてなるわけないか…。君は優しいから仕方なくおっけーしてくれただけだよね」

「いや…そんなことは…」


というか、プロポーズされた覚えはないんだがな。

そこはすっ飛ばされてるわけか。


「今日、もう仕事ないからさ、良かったら付き合ってよ」

「…まあ、いいけれど」


その後、ベーラはジーマと2人、城下町をしばらく歩く。


拍子抜けにもほどがあるな…この試練。

もっと地獄みたいな迷宮内を駆け巡るとか、恐ろしいラスボスみたいなやつがでるとか、そういうのじゃないのか。

なんでこいつとデートみたいなことをしなければならんのだ。


「もうお腹はいっぱいになった?」

「まあ、いっぱいになるということはない」

「あははっ、そうなの?」


ベーラが横を向くと、彼は笑顔を浮かべている。


私の1番好きな…君の表情。


「何で、この世界ではお前が私を好きになるんだ?」

「え? プロポーズした時に言ったじゃない」

「…なら、ここでもう1回、言ってみろ」

「えっ! ここで?!」


2人がいるところは城下町の賑わう商店街だ。広い歩道だがそれでもたくさんの人が溢れている。

2人が一瞬足を止めたので、ベーラは後ろを歩いていた人に衝突された。


「ひゃっ!」

「危ないよ」


ジーマはベーラの腕を引いて、自分の方に抱き寄せた。

ベーラは彼の胸元に顔をうずめて、心臓がバクバクなるのを感じる。


「………」


ジーマは笑って、彼女の手を握ると足を進めた。


「ここじゃ危ないからさ。うん…わかった、じゃああの店まで行こう」

「あ、あの店って?」

「プロポーズしたお店! もう1回、言ってあげるから」

「……」


駄目だ…完全にこの世界に飲まれている。

この世界の人間なんて皆、偽物だって思っているのに。

君だって…。


『あなたの望みを叶えることです』


マイクの言葉が脳裏に響く。

私の望みって…一体……

私は、どうしたらいい?


そのお店は、ベーラは初めて来たお店だった。しかし、名前を聞いたことがある。

どこだったか…。

ああ、そうだ。

確かこいつと初めて行った仕事先で、シャルメリアの内乱を制圧したあと、ふと寄った飲食店があった。確か『le meilleurメイユール souvenirスーヴニール』。あそこの名前と同じだ。


「シャルメリアのところにあった店の、チェーン店かなにかか?」

「いや、移転したんだよ。って前言ったのに忘れちゃった?」

「覚えてない」


(というか、聞いてないし)


「でもこの店が、僕らが初めて行った店だってことは、ちゃんと覚えてるんだね!」

「……」


2人は店内に入った。ディナーの時間には早かったので、席は空いていた。


全く何年前の話だよ…この店に行ったのは…。

もちろん改装されているが、雰囲気はかなり似ている。というか同じだ。

というか、この世界の再現率の凄さはなんなんだ。


ベーラはメニューを広げる。


ああ、確かこのメニュー、端から端まで全部頼んでやったな。まあ移転もあって時も経って、多少は変わっているものもあるが、あの時と全く同じものもあるな。というか、私もよく覚えているな。


「あはは! やっぱりお腹空いてるんだね」

「まあ自重しておこう。このページに載ってるやつだけでいいよ」

「ははは! おっけー! 注文、いいですか?」


だんだんと食事が運ばれて、机の上はお皿でいっぱいになった。


「覚えてる? 君と初めて仕事をした後、君のお腹がぐーっとなって、この店に入ったんだよ」

「覚えてるよ」

「そうしたら君は、この店のメニュー全部頼んでさ、ほんとに驚いたよ。しかも全部食べきっちゃうんだからね!」

「だからなんだ」

「おかしくってね、涙が出るほど笑ったよ」


覚えてるよ。

だって私も、その時の君の笑顔に惚れていたんだから。


「君はいつも無愛想で、他人との距離感を保って、いつも1人でいて、自分の話なんて全然しなかった」

「……」

「そんな君のさ、可愛い一面を見ることができてね、もっと君のことを知りたいって、思ってしまったんだよね」

「…大食いは可愛くはないだろう」

「可愛いよ。美味しそうに何かを食べる姿はね、とっても可愛い」


ベーラは顔を赤くして、それでも顔を引きつらせた。


そんなに面と向かって可愛いだなんて、言われたことがない。

似合わない。私には。そんな言葉は…。


「君と一緒に、たくさん仕事をしてきたよね…。他人を遠ざけようとしていた僕が、唯一心を開いたのは君だった。そしてある時、気づいちゃったんだよね。君のことが好きなんだって」

「……」


この世界は、偽物だ。

だけど、どうしてだろう。

私は、涙が出そうになるのを、必死でこらえた。


「だから、ずっと君と一緒にいたい。僕と、結婚してください」


ジーマは微笑んで、彼女に言った。


「……」

「あれ。前は、別にいいけどって、言ってくれたんだけどな…」


ジーマはこめかみに手を当てて、悩ましい表情を見せた。


「あはは…困ったな…。まあいいや。とりあえず、冷めちゃうから食べちゃって」


ベーラは何も言わずに、机の上に並べられた食事に手をつける。


あの時食べたメニューが、たくさん載っているページにしたんだ。

ねえ、あの時食べた味と、全く同じだよ。


この世界は、おかしい。

存在している全てはリアルで、現実と変わらない。

だけど、この世界には、セシリア様も、シエナもいない。

シャドウがいないから、ハルクもベルも、ヌゥもアグもメリもいない。

おそらくヒズミもアンジェリーナも、生きていたとしてもここにはいないんだ。


この世界は、何なんだ?

セシリアとシエナがいない世界なら、私は彼と、結ばれるのか?


「ごちそうさま」

「うん! さすが早いね〜」

「お前は何も食べないのか」

「うん。さっきアジトで食べたので充分だよ」


2人は会計を済ませ、その店を出た。



ソニアは幸せそうにその様子を見ていた。

彼女のそばにピエールが、ぴょんっと跳ねてやってきた。


「どうですか? ソニア様。黒の扉は」

「あの子も幸せそうな、夢を見ているわ」


生存率0%なのには、わけがあるの。

皆はこの世界で、各々の望みを叶える。

そうするとね、出口は現れるの。

だけど、皆にはそれが見えない。

いや、見えないふりをするんだわ。

この世界から脱することを、皆、選ばないのよ。


この世界は、夢の世界。

入った者の欲望を叶える幸せの世界。

邪魔する者は誰もいない。

あなたが危険にさらされることもない。


平和で、穏やかで、幸せな、長い長い、夢を見るのよ。


そんな彼女の前には、眠っているソニアの姿があった。






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