消えたエクロザ
レインは獣化すると、アグを乗せ、アジトに向かって走っていた。
「さすがに驚いたぜ。お前がヌゥに本気になるなんてな」
「…俺も正直信じられないです…」
「何言ってんだ! 皆の前で堂々と言いやがって」
「いや、あれは成り行きで…。でも隠すのも嫌ですし」
「ったく、メリが気の毒ったらねえよ」
「ですよね…はぁ…」
アグは深いため息をついた。
「本当、最低ですよね…」
「ああ、最低だな」
「……」
レインも複雑な面持ちで、颯爽と駆け抜けた。
「まあでもあれだ。お前の雷爆弾、あれがなかったら俺は死んでた。そのことはお前に感謝しねえと」
「役に立てて良かったです…」
「でもまたレアが増えたって…ソニアだっけ? もうこれ以上は勘弁してくれって感じだよな」
「そうですね…」
「てか、よく考えたらお前もレアのシャドウってことだろ? お前は何か能力ねえの?」
「俺には呪素が入ってないんで」
「何だっけそれ」
「俺もわからないですけど、呪術師の体から得られる何かで、それを体内にいれると能力が開花するらしいですよ」
「ふぅん、何か言ってた気がすんな!」
とはいえ、呪素についての見聞も、それを可能としていた研究者ヒルカももういない。エクロザさんが出来るのは核を入れることだけみたいだしな。禁術が使えるシャドウの作り方は迷宮入りだ。
そうこう話しているうちに、あっという間にアジトにたどり着いた。
「よっと」
アグをおろしたレインは一旦人型に戻った。
「誰もいねえな」
「ここです。俺たちがモヤに入ったのは」
アグとヌゥがモヤに入った場所にいくが、モヤもないし、エクロザもいない。
「……」
「もう城のどっかにいんじゃねえの? 自分でぽんぽんワープできんだろ? てか本当に信用できんのか? その女は」
「俺の記憶じゃ、俺とヌゥをシャドウにするのを手伝ってくれたし、一緒にゼクサスを倒そうって約束したんですけど…。リドル島で会ったときも、記憶の通り良い人でしたし」
「ふーん。まあ実際会ってみねえと何とも言えねえけど」
「…まあ、とにかくここにはいなそうですし、戻りますか」
「だな〜。腹も減ったしな」
レインはまた獣化すると、アグを乗せて城に戻った。
「ごちそうさまでした〜!」
女子たちはお腹が満たされ、幸せのオーラでいっぱいだった。
ベーラが会計を済ませると、馬車に乗って城への帰路についた。
「はぁ〜幸せ!」
「食べすぎちゃいました〜! 苦しいです…!」
「集合は16時からって言ってたわよね。まだ1時間半以上あるわよ!」
「城下町でもうろうろする?」
「そうね! そうしましょ〜!」
シャドウの襲撃など、まるでなかったかのように、街は平和を取り戻していた。
彼女たちは、女の子の服やアクセサリー、雑貨なんかが売っているショッピング街に足を運ぶ。
「うわ…」
ヌゥは引きつった顔をした。
シエナはそれを見てヌゥに言った。
「何で引いてんのよ!」
「いや、無駄にキラキラしてるなぁって」
「失礼ね! 無駄じゃないわよ! は! そうだ! いいこと思いついた!」
「な、何?!」
「あんた、その真っ黒の服! もうやめたら? 女の子になったからにはおしゃれしてなんぼじゃない?」
「え…いいよ俺は…さすがに興味ない」
「んもう! いいからこっち来なさいっての!」
シエナはヌゥの手を引くと、ひときわ広そうな洋服店に入っていく。
ベルたちは2人の背中を見ていた。
「シエナさん、何かスイッチ入りましたね」
「好きにさせておけ」
「私も見たーい!」
3人もその店に入っていった。
キラキラ輝くアクセサリーが並ぶ棚の向こうには、たくさんの可愛らしい洋服が並んでいる。
「これなんかどう? ねえ! 着てみてよ!」
シエナは花柄の入った青いワンピースをヌゥに渡す。
「す、スカートは勘弁してよ!」
「いいじゃない別に。デート用で1つ持ってたら」
「デート?!」
「アグとデートしないの?」
「しないよそんなの!」
「でもあれか、服従の紋があるから、ベーラを連れてくか、他に2人ついてかないといけないのか…あ! じゃあ私とジーマさんと、ダブルデートしたらいいじゃん!」
「はあ?! しないっつうの!」
ヌゥはシエナからワンピースを奪い取ると、棚に戻した。
メリはアクセサリーを見ていた。
「あ……」
並ぶ指輪を見ていたら、自分の指にハマった銀色の婚約指輪に気づいた。
「はぁ…」
メリは大きなため息をつくと、その指輪を外そうとしたが、どうにも抜けない。
「もう! 何なのよ!」
「どうしたんですか? メリさん」
ベルがメリの顔を覗き込んだ。
彼女もメリの指輪に気づいた。
「ちょうどよかった! ベル! この指輪のサイズ大きくして! 外したいの!」
「え?」
「いいから! 早く!」
「は、はい…」
ベルは言われた通りに指輪を少し大きくする。指輪は簡単に外れた。
(呆気ないなあ…本当に…)
メリはその指輪を見て、ため息をついた。そのあとそれをポケットにしまった。
ベルも神妙な面持ちで、何も言わず、彼女を見ていた。
「ねえ! 見てみて!」
ヌゥの服を選び終わったシエナは、試着室から出てきた彼女の前に皆を連れてくる。
「…何で皆見にきてるのさ!」
青いタンクトップ型のブラトップの上に、少し大きくて長めの白いロングシャツに、動きやすそうな細いシルエットの紺のズボンを履いていた。
「可愛いですよ!ヌゥさん!」
「うむ。似合ってるぞ」
「いいじゃない。動きやすそうだしね!」
「まあ、普段着はこんなもんでいいでしょう! 次はデート用のコーディネートしてあげる!」
「着せ替え人形じゃないんだよ俺は…。てかこの下着、うざい…」
「駄目よあんた! ちゃんと下着つけないとおっぱい見えるわよ!」
「はぁ…面倒くさいなあ……」
しばらくヌゥはシエナともめながらも、何着か着替えさせられた。
結局最初の普段着と、顔をしかめながらも下着も何着か買うことに決めた。
(てかもう…完全に女子じゃん…俺……)
ヌゥは可愛らしいふりふりのパンツを、汚れたものをもつかのように指でつまみながら、買い物かごにいれた。
買った普段着はそのまま着て帰った。
そんな感じで買い物を済ませた彼女たちは、城に戻った。
「おお! 皆どこに行っておったのじゃ?」
アシードとジーマがその辺で買った軽食をつまみながら、練習場のベンチでたむろっていた。
馬車から降りた女たちは彼らに近づく。
「ん!」
ベーラはジーマに近づくと手を差し出した。
「え? 何?」
「5000ギル。シエナのランチ代を立て替えた。お前が払え」
「はあ?!」
シエナは両手を合わせてジーマに謝る姿勢を見せる。
ジーマはしぶしぶ財布を取り出して金を払う。
(ランチで5000ギルて、一体何食べたんだ…)
「おお! ヌゥよ! 随分女の子らしくなったのう!」
「ええ〜そう? 普通の服じゃない?」
ヌゥは腕を上げて、自分の服を見回す。
「がっはっは! 似合ってるぞ!」
「そりゃどうも!」
ヌゥを見てうんうんと首をふるアシードに対して、シエナは言った。
「ちょっとおっさん! エロい目で見ないでよね!」
「失礼な! わしはそんな目でお前らを見たことなどない!」
「ふん! だから結婚できないのよ!」
「なんじゃとぉ?!?!」
皆が和気あいあいと話をしている、その時だった。
「!?」
突然、彼らの前にモヤが現れる。
「あ、あのモヤ!」
「私たちを過去に飛ばしたときのモヤです!」
「え? あれはエクロザさんのじゃ…」
「んん? どういうこと?」
すると、モヤの中から金髪の女が現れる。
あの時アギとシェラを連れ帰った女だ。
ジーマは叫んだ。
「お、お前は!」
すると、ヌゥもきょとんとして言う。
「エクロザさん!」
「え?!」
ジーマとアシードは、そう言ったヌゥを見て驚く。
彼女を見たことのないベーラたちは、首を傾げる。
しかし、その金髪の女は、ニヤっと笑った。
「やっと見つけた…ヌゥ・アルバート」
「え、エクロザさん?!」
なんだか様子のおかしいエクロザに、ヌゥは不審を抱く。
「一緒にいくわよ」
エクロザはヌゥの手を引く。
「え?!」
「ヌゥ君! こいつはゼクサスの仲間だ!」
「え?! 何言って…」
「はいはぁ〜い! 邪魔な皆さんは、私と遊びましょうね〜」
モヤの中からひょっこり顔を出したソニアは、ヌゥ以外の全員の足元を一瞬で消した。
「は?!」
「えっ?!」
「きゃあああああ!!!」
立っていた地面は真っ暗の穴となり、そこにいた皆は吸い込まれるように落ちていく。
「ソニア、あとは任せたわよ」
「はぁ〜い! それではまた後でぇ〜!」
ソニアもまた、その穴に飛び込んだ。
ヌゥは落ちていく皆を見て愕然とする。
「み、皆っ!」
「あなたはくるのよ! あの方が待ってるわ!」
「どういうこと?! エクロザさん! 離して!」
ヌゥはその手に電流を流そうとしたが、起動しない。
(え?!)
「無駄よ」
(違う…身体が…身体が動かない…!)
エクロザはそのままヌゥと一緒にモヤの中へと消えた。




