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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第2章

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ベルちゃんに、触れたら

皆はそれぞれ椅子に腰掛けた。

その部屋は細長いテーブルが4つ、正方形に並んでいて、皆向かい合って座った。

皆は改まったその雰囲気について沈黙する。


「聞いてもいい?」


ジーマはおそらく皆が一番聞きづらかったことを聞いた。


「ヒズミは、一緒じゃないの?」


ヌゥはうつむいたまま、唇を噛み締めた。


「おい…嘘だろ……」


レインも不安な顔つきで2人を見る。

アグは一旦きゅっと目を閉じて、深呼吸したあと言った。


「ヒズミさんは、死にました」

「!!!!!」


皆は目を見開いて、その言葉に唖然とした。

ヌゥはぼろぼろ涙を流した。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


ヌゥの涙を見て、それが真実であることを皆は悟る。


「ヒズミさんはルベルグの屋敷で、俺をかばって人形にされました。ルベルグは、俺やヌゥを傷つけるようにヒズミさんに命令しましたが、ヒズミさんはその命令に必死で背こうとして、その結果、自害することを選びました」


アグもまた、涙を流した。


「俺のせいです…本当に…申し訳ありません……」

「ううっ…ひっく……ぐすっ…」


皆もそれを見て、涙を流した。

ヌゥは何度も震えるように謝った。


「ごめんなさい……ごめんなさい…」

「そんなの……お前らのせいじゃねえよ……」

「俺が守れなかったんだ……うう……ごめんなさい……」

「ヌゥ、お前のせいじゃない。俺のせいなんだ…俺をかばったせいで…」

「うう……ヒズミさん……」

「うおお……我が同士よ……」


悲しみにくれる皆だったが、レインもまた立ち上がって言った。


「俺たちも言わなきゃならねえことがある」

「レインさん…?」

「アンジェリーナが死んだ」

「え…?!」


ヌゥとアグは顔を上げ、その報告に更に悲しんだ。


「まずは先に、僕たちの話をするよ」


ジーマは涙を拭いて、泣き崩れるヌゥとアグに、話をし始めた。


ヌゥがルベルグの屋敷に向かったあと、2人のレアのシャドウがアジトを襲撃した。


「名前はアギとシェラ。アギは赤い刃の刀を、シェラは大鎌を扱っている」

「赤い髪の女ですか…?」

「うん。そうだよ」

「さっきまで俺が戦っていたのも、そいつです…」

「シェラか…倒したのかい?」

「いえ…」

「まあいい。君たちが無事だったならそれで」


ジーマは更に話を続ける。


ジーマとアシードは皆を逃してそいつらと戦闘した。しかし突如金髪の女が現れ、その女と共に撤退していったという。


金髪の女と聞いて、ヌゥとアグはエクロザのことを思い出す。

ヌゥはぼそっとアグに尋ねた。


「そういえば、エクロザさんは…?」

「アジトにいるんだろうか…?」


それを見たジーマは言う。


「うん? どうかした?」

「いや…なんでもないです」

「そうかい? じゃあ続けるけど…」


その後、セントラガイトの街がシャドウに襲われたが迎え撃ち勝利を収めたこと、過去に飛ばされたレインたちが、ヴィリというレアのシャドウを倒したこと、そしてその際にアンジェリーナが命を落としたこと、そしてその後は、アジトをレア2人に破壊されたためしばらく城で生活していたことを話した。


その話が終わって、アグが自分たちの話をしようとすると、ベルとシエナがやってきた。そしてベルが言った。


「メリさんが目を覚ましました。心は落ち着いています。ですが、まだ身体が痺れていて動ける状態じゃなくって…その…アグさんに…会いたいと」


アグは立ち上がると、ヌゥの顔を見た。彼女は言う。


「行ってあげて」

「お前…、1人で全部話せるのか?」

「大丈夫。行ってあげて」


アグも頷いて、1人部屋を出て治療室に向かった。


ベルとシエナも席に座った。皆を見渡すと、シエナは言う。


「え? 何? 皆そんな重い雰囲気なの?!」

「……」


ヒズミが死んだことを知ったシエナとベルは愕然とした。


「嘘でしょ…?!」

「嘘じゃねえ…今から、ヌゥの話を聞くところだよ」

「……」


シエナもベルも、信じられないという面持ちで、仕方なく黙って話を聞く。


ヌゥはゆっくりと、ルベルグの屋敷でのことを話す。

ヌゥは涙をこらえながら、ヒズミの最期を伝えた。

皆、何も口にせず、ヌゥの話に耳を傾ける。


そのあと、雪の街エルスセクトに飛ばされたこと、そこで自分とアグがシャドウであること、そして自分たちの核リアナとラディアのことを思い出したこと、その記憶とアグから聞いたことを合わせて、自分たちがシャドウになるまでの経緯を伝えた。


「…何で突然そんなこと思い出したんだ?」

「それは……」


ヌゥは気まずそうにうつむく。


「ヌゥさん…?」


ベルは心配そうに、隣に座るヌゥの顔を覗いた。


「おい…どうした?」

「それは……」


ベルは、膝の上に握られて置かれたヌゥの両手が、震えていることに気づいた。

見かねたジーマも尋ねる。


「ヌゥ君、その姿は覚醒状態の時のものと同じだね?」

「…そうです」

「その姿になった君は、これまで人が変わったように周りの人間を傷つけようとしていたけど…」

「はい。でも…今はそんなことはしません…これが通常なんです…」


シエナはヌゥを見て首をひねる。


「何か、前までと違うのよね」


ヌゥはビクっとして彼女を見た。


「髪と目の色が違うからじゃねえの?」

「それはそうなんだけど、何か…雰囲気が……」


皆はヌゥをじぃっと見ている。

隠すわけにもいかない彼女は、やむを得ず打ち明ける。


「その…身体が…女の子に…なってしまって……る…」


皆は驚いた顔をして彼女を見た。


「は、はぁぁあああ?!?!?!」


レインは立ち上がると、一番に声を上げた。


「お、女って?! どういうことなの?!」


シエナも続いて声を荒げる。


「皆ちょっと、落ち着いて…」


ジーマはそう言いながらも動揺していた。

ハルク、アシードも驚いた表情を浮かべる。

ベーラは顔色を変えなかったが、内心はもちろん驚いていた。


「おいおい! 嘘だろ?! 突然そんなことになるわけ…」


レインがヌゥに近づいて顔を覗き込むと、ヌゥは顔を真っ赤にしてだんまりする。

それを見たレインは顔を引きつらせて、退いた。


(まじかよ…!!)


「ちょっとちょっと! どうなってんの?! 確かめさせなさいっての!」


シエナは手で机を持ち身体を支えながら、ケンケンしてヌゥの背後までたどり着くと、後ろから彼女の胸をまさぐった。


「ひゃっっ」


これまでのヌゥからは考えられないような声が出て、皆はあいた口がふさがらない。

シエナは両手を広げ、彼女を解放すると、顔をしかめて呟く。


「あ、ある……」

「まじかよ!」

「どうなっとるんじゃあ?!」

「おい。落ち着け」


ベーラもそう言って彼女を見るが、ヌゥが女になったと聞いた今、どう見ても女の子にしか見えないことに気づく。


「なんでそうなるんだよっ?!」

「だから…その…俺もわからなくて…」


ヌゥは怯えた様子で皆を見た。


助けて……

アグは……? そうだ…

アグはメリのところに行ってしまって……

ああ…どうしよう……どうしたらいいの……


「えっと…これからどう接したらいいんだ…? 男…? 女…?」


レインは頭をかきながら彼女を見る。


「身体は女の子なんじゃろう?」

「でも元は男なのよ?!」

「突然すぎて…理解が……」


収拾がつかない事態にジーマも言葉が出てこない。


どうしよう…

こうなるんじゃないかって……思っていたんだけど…


俺は…どうしたらいいの…


皆が俺を見る目が、いつもと違う……。


何これ……怖い……


何で……皆仲間のはずなのに…

皆、何でそんな顔…


うう……


苦し……


すると、ベルがヌゥの手を握った。


「大丈夫です! ヌゥさん!」

「べ、ベルちゃん…?!」


ベルはヌゥの手を引くと、駆け出した。


「お、おい! どこ行くんだよ!」

「治療します!」

「はぁ?!」


ベルは城の大浴場の女湯にヌゥを連れていった。

追いかけてきた皆は、それを見て驚いた。


「ち、治療って?!」

「ちょっとベル! 一体どうしたっていうのよ!!」

「治療中なので、みんな入ってこないでください!!」


ベルが声を荒げたので、皆は黙った。


浴場の脱衣所で、ヌゥは驚いたようにベルを見る。


「ベ、ベルちゃん…何を……」

「怖かったですよね。突然性が変わってしまったら」

「えっと…その……」

「大丈夫ですよ。ヌゥさん。まずは私と一緒に、お風呂に入りましょう!」

「え?! えええ?!?!」


ベルはそう言って、服を脱ぎだした。


「ちょっ、ベルちゃん…駄目だって……俺は元々…男だったんだから…」


ヌゥは顔を赤くして、手で顔を覆った。


「いっ!!」


ベルはあっという間に服を全部抜いで、ヌゥに裸を晒した。


「べ、ベルちゃん……」

「ヌゥさんも、脱いでください」


ヌゥも顔をそむけながら、服を脱いで、裸になった。

かんぜんに女体となったヌゥの姿を、ベルは見ていた。


「恥ずかしがらないでいいですよ。見てください。同じですから」


ベルはにっこりと微笑んで、2人の身体を交互に指さした。


「ベルちゃん……」

「それじゃ、お風呂に入りましょう!」


ベルは笑って、彼女の手を引くと、浴場に入った。


(な、何でいきなりこんなことに……)


2人は並んで身体を洗った。


「あ、こっち石鹸がきれちゃってました…ヌゥさんの、貸してくれませんか?」

「え? 俺の…? うん……どうぞ」

「ありがとうございます」


(ベルちゃん…俺に裸なんて見られて、嫌じゃないの……?)


ベルはただの女友達とお風呂に入るかのように、平然とした態度でいる。


「洗い終わりましたか?」

「え、あ、うん…」

「ふふ。じゃあ湯船に浸かりましょう!」


ベルはにっこり笑って、湯船に浸かった。ヌゥも彼女の後ろをついて歩き、湯船に浸かると、彼女の隣に身を置いた。


「いいお湯ですね〜! お城の大浴場、いいでしょう!」

「え…うん。そうだね…」


ベルはヌゥを見ると、ひと呼吸おいて、話しはじめた。


「ヌゥさん、性が変わることは、本人が思っているよりも、心にもたらすダメージは大きいのです」

「え……」

「ヌゥさんは望んでそうなったわけではないようですから、更に驚き、辛かったことでしょう」

「お、俺はそんな…」

「アグさんがいてくれたからですね」

「え…?」

「アグさんがそばにいて、あなたをすんなり受け入れてくれたから、今まで大丈夫だったんです」

「そ、そうかも……」


ヌゥは自分の手のひらを湯船から出すと、まじまじと見つめる。


「私は様々な専門分野の医療に携わってきました。そしてある患者に出会いました。その患者は男性だったのですが、心は女の子だったのです」

「……」

「その患者は、覚悟を決めて性転換手術をしました。そうして無事成功して、女の身体になったのです」

「それなら…良かったね…」


ベルは首を横に振った。


「いいえ。問題はそのあとでした。これまで女友達だった人たちが、彼を…いや彼女を、受け入れなかったのです。元々男だった彼女と、普通の女友達のように接することに抵抗があったんでしょう。そしてそのことで、彼女は大いに傷つきました。自分は女の身体を手に入れても、救われない。そう気づいた彼女は、自殺したのです」

「え……?!」


ベルは悲しそうな顔をしていた。


「ヌゥさん、あなたはとっても優しい人です。私を何度も救ってくれました。でも優しいあなただからこそ、他人の痛みにも、自分の痛みにも、敏感なんです」

「………」

「私達の仲間が、あなたを傷つけるようなことを、意図的に言うとは思いません。でも、ちょっとしたことをきっかけに、あなたの心が折れるとも限らない。私はそれを避けたかった」

「ベルちゃん…」


ベルはにっこりと笑いかける。


「ヌゥさん。私は女の子になったあなたを受け入れますよ。もちろん、同情なんかじゃないですよ。医者だからってわけでもないです。だって私は、あなたのことがずっとずっと、大好きですから」

「あ…あぁ……」


ヌゥの目から涙が流れた。


俺は本当は……怖くて仕方なかった。

仲間だった皆が、変わってしまった自分を受け入れてくれるのか……。


男なのか女なのか、自分でもわからない。


そしてそんな曖昧な自分を見て、

皆はどうするんだろうなんて…


本当は…

怖くて……


不安だったんだ……


「うっ、うぅっ、ベルちゃん…ベルちゃぁぁん…!!!」


ヌゥはぼろぼろ泣いて、ベルに抱きついた。


「よしよし」


ベルはヌゥの頭を優しく撫でた。


ベルちゃんは優しかった。俺がほしい言葉をくれた。

ベルちゃんの身体は柔らかくて、俺と同じくらい細かった。


男だったら、こんなこと絶対にできない。

ベルちゃんは裸で、俺も裸で、今は2人共女の子だ。


ベルちゃんの肌はきれいで、真っ白だ。いい香りがする。

君と初めて会った日のこともね、ちゃんと覚えているよ。


彼女はカンちゃんの娘だって知って驚いた。

俺が泣いていたときにくれたヒイラギのハンカチの香りを今も覚えている。

ベルちゃんはいつだって優しくて、可愛らしくって、すっごく優秀なお医者さんで、俺の大切な人を何度だって助けてくれた。


「ベルちゃん…ありがとうっ……」

「いいえ…」


俺はもう、心さえも、女になりつつあるんだろうか…。

君に触れても、ただその優しさを感じるだけで、変な気になったりなんてしない。


2人は浴場から出ると、服を着替えた。

それが終わって少し落ち着くと、ベルは言った。


「ヌゥさん。ゆっくり選んでいいんですよ」

「え?」

「男として生きたいか、女としていきたいか、もちろん、選ばなくってもいいんです」

「……」

「どうやって生きていたって、ヌゥさんはヌゥさんなんですから」

「ベルちゃん…」


ありがとう…。


そうして落ち着きを取り戻したヌゥは、ベルと一緒に大浴場を出た。




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