君は浄化する光の如く
その少し前、ヌゥとアグがエクロザと共にアジトに戻ってくると、アジトが見るも無残に粉々になっていた。
「な、何これ!?」
ヌゥは慌ててアジトに駆け寄った。
「…研究所は無事みたいだ」
アグは不審な顔つきで研究所内を見る。
「ただ、誰もいないな」
「どういうこと?!」
エクロザもまた、顎に手をやる。
「ちょっと、探してきます。あなたたちは、ここで少し待っていて」
そう言うと、エクロザはモヤの中に入っていった。
ヌゥは不安な面持ちで、アグにしがみつく。
「み、皆…無事だよねぇ?!」
「信じるしかねえ…。別の場所にいるだけかもしれない。エクロザさんを待とう」
(くそ…俺たちが飛ばされてる間に、一体何が…)
すると、エクロザが戻ってきた。
「み、見つけました…!」
「え?! みんな無事?!」
「皆さんセントラガイト城にいます。しかしあなたたちの仲間が2人、時空の歪でシャドウに連れて行かれて、今まさに戦っています」
ヌゥは声を荒げた。
「すぐに連れてって!」
エクロザは頷いた。
「ただし、奴らは特別な異空間にいます。私はその入り口を作るのが精一杯。一緒にはいけません」
「わかった! 俺が行ってみんなを助けてくる」
するとアグはヌゥの腕を掴む。
「俺も行く」
ヌゥは頷いた。
エクロザはモヤを作り出した。2人はその中に飛び込んだ。
「おらおらぁ! じっと捕まりゃケガさせねえぜ!」
シェラはヌゥに向かって大鎌を振り下ろす。
ヌゥは避けるが、振り下ろした勢いで激しい地割れが起こる。
その先にはアグとシエナもいる。
「っ!!」
ヌゥは加速すると、2人を抱えてそれを避けた。
「アグ! シエナと一緒に、ここから離れて!」
アグは頷くと、シエナを背負って走った。
「おいこら! 勝手なことしてんじゃねえ!」
「うるさい! お前はここで、俺が殺す!」
(大鎌を持つシャドウ……こいつがオーラズネブル大陸を……!!)
ヌゥは手に電気をためると、シェラに立ち向かった。
アグはとにかくその場から離れようと、シエナを背負って庭園内を逃げた。
「ごめんアグ…」
「何がだよ…」
「私があんたを守らなきゃいけないのに……」
「しょうがねえだろその足じゃ…先輩もたまには後輩に頼っていいんだよ」
シエナは顔を上げると、周りを見渡し始める。
「絶対私がソニアを見つけ出すから!」
「ああ、期待してるよ先輩」
(アグに背負われて視界が高くなった…! ソニア…どこにいる…! 絶対私が先に見つけてやる!)
ヌゥは超加速してシェラの背後に回り込み、電気の球を0距離から撃った。
「ゔあっ!!」
シェラはそれを受けて、ふっ飛ばされた。
その身も骸骨となったシェラの身体の骨が、カラカラと鳴って崩れる音が聞こえた。
しかし骨はすぐに元通りになり、すっと起き上がる。
「はははっ! 効かねえなあ! オレのデスサイズの力にはさすがのお前も敵わねえってか?!」
シェラは高笑いしながら、再び宙に浮いた。
「大人しく捕まれ!」
シェラは竜巻を起こすと、ヌゥに向かって放った。
(あの鎌が……奴に力を与えている!)
ヌゥはそれを避けてシェラに近づくが、竜巻は方向を変えて後ろからヌゥに襲いかかる。
(操れるのか! こいつはおそらくレアのシャドウ! 雑魚の出す竜巻とは違うね!)
ヌゥは方向を変え、レンガの壁の前に立った。そして竜巻がくる瞬間、その場からさっと離れた。壁に直撃した竜巻は、その衝撃で勢いを殺して消えた。
「逃げてばっかじゃ勝てねえぜ!」
シェラは息つく間もなく連続して技を繰り出す。
地面はそれによって掘り起こされていった。
しかしヌゥは靴の使用にもだいぶ慣れてきていて、彼女に攻撃が当たることはない。
(くそっ! 何でこれを避けられんだよ!)
シェラは焦っていた。
ヌゥはついに、彼女の鎌に手をかけた。
(っ!!!)
「オーラズネブルを侵略したのはお前か」
「だからなんだってんだ! あれはオレの大陸だ! お前には関係ねえだろ!」
ヌゥはその大鎌に強力な稲妻を送る。耐えられなくなった彼女の手からそれは離れて、ヌゥに奪われた。
「か、返せ! それは…オレの…」
すると、骸骨だった彼女の姿は、元のシェラの姿に戻っていく。
シェラは目を見張って、ヌゥを見つめる。
すると、ヌゥの脳内にリアナの声が響いた。
【ヌゥ、彼らを助けてあげて】
(リアナ?!)
ヌゥの身体の中から、透明なリアナが姿を現す。
リアナはシェラの身体の中にすっと入っていった。
(な、何だこれは…。リアナ…君は何を……)
そしてヌゥは、彼の中に眠る本当の彼女の存在に気づく。
ブラントとシェラ、2人の記憶が、ヌゥの脳裏に刻まれていく。
「君たちは…一体…」
「っ!!」
呪人の核である彼の脳裏にもまた、この身体の本当の主のシェラの声が響く。
【やめて…ブラント……】
シェラ……?!
【あなたは、死神なんかじゃない】
オレは、あの大陸で殺した人間たちの顔を思い出す。
逃げまどう人間たち、泣きわめく子供。その絶望の中、必死に守ろうとする母親。オレたちに対抗しようとする男たち。
オレは殺した。泣き叫び、命乞いをする人間共の首を、数えきれないくらい斬り落とした。
オレは死神になりたかった。
人間なんて、大嫌いだ。
『はじめまして。私はシェラ・リィック』
出会ったときから笑顔でオレに話しかけてきたシェラ。
『私たち、ただの奴隷だけど…、私ね、ブラントと友達になりたいの』
オレは、本当は君を助けたかっただけなんだ…
だって、辛かったんだよな…君も……オレと同じように…
『そんなこと、言ってもらえたの初めて…』
オレはな、シェラ、君を傷つけた奴を…許せなくて…。
ヌゥもまた、シェラとブラントの哀しみを感じていく。
ヌゥは悲しみに暮れた表情でシェラを見ると、言った。
「その子は悲しんでるよ。たくさんの人を、その子の手で殺したんだ。殺したくない人間たちを、たくさんたくさん、殺したんだよ。その辛さが、君にわかるの?」
「やめろ……この子じゃない…オレが殺ったんだ…オレは人間に…復讐したくて…」
「その子はそんなことは望んでいない。その子はただ、君と一緒に暮らしていければそれでよかった。君と話をして、辛いときでも笑い合って、1年に一度、君とおいしいご飯を食べられさえすれば」
「やめろ…オレは…この子を自由にして…それで…」
「君はその子の自由を奪って、人を殺させているだけだ。それじゃあ彼女は君の奴隷であるのと同じだ」
「…!!!」
【ブラント、もう、終わりにしようよ】
やめろ……
ブラントは、その脳内の、真っ白な世界に立ち尽くす。
目の前には、シェラが座っている。
「シェラ…」
【ねえ、終わりにしよう】
「オレはお前と…ずっと一緒に…いたくて…」
【私は、あなたに人殺しなんてしてほしくない】
ブラントは膝をがくんとついて、うなだれた。
そして現実世界でもまた、彼はヌゥの前で膝をつく。
ヌゥは彼に近寄ると、そっと抱きしめた。
「辛かったんだね…君も…彼女も…」
彼は、ヌゥの胸元に顔をうずめた。
シェラはブラントに近寄って、背中をなでた。
そしてブラントとシェラの2人は、真っ白な光に包まれていくのを感じていた。
(何て……あたたかい……)
ヌゥ…君は……何なんだ…
ブラントとシェラの脳裏に、リアナも足を踏み入れる。
2人は顔を上げると、リアナの存在に気づいた。
ゼクサス様と同じ顔のその少女は、2人を見てにっこりと微笑んだ。
リアナはブラントとシェラに近づいて、2人を優しく抱きしめた。
2人は生まれて初めて触れる、その感情に涙した。
「君は…?」ブラントは問う。
「私はリアナ。ヌゥと一緒に生きている核よ」
「リアナ…」
君も呪人の核だというのか…。
君たちから、感じる……
ゼクサス様の憎悪とはまるで真逆の……強い力……
この力は……何……?
優しくて、あたたかくて…穏やかな……これは…
愛だ………。
その現実世界で、シェラは涙を流し、愕然とした。
「オレは…」
(オレは……間違っていたんだ……)
その時だった。すごい勢いで、ソニアがヌゥめがけて襲いかかってきた。
「はぁ〜い!! 私の仲間を洗脳するのはやめてくださいねぇ〜!!!」
ヌゥは彼女に気づかず、死角をとられた。
(しまった!)
ソニアはその手に画筆を持ち、ヌゥを狙う。
「少々荒っぽく行きますよぉ〜!!!」
ソニアがヌゥを捉えた瞬間、攻撃しようと構えたソニアの腕を、銃弾が撃ち抜いた。
「はぁ?!?!」
ソニアが銃弾の飛んできた方向を見る。
何も見えないその視界の遥か向こうでは、アグに背負われたシエナが煙を上げたライフルを構えていた。
「ゲーム終了! ゲーム終了!!」
うさぎのピエールがどこからともなく現れ、ぴょんぴょん跳ねると楽しそうにそう叫んだ。
「ソニアたちの、負け! 撤退後ペナルティがあるよぉ!!」
ピエールがそう言ったあと、ソニアとシェラの姿が消えた。
「うわっ!!!」
ヌゥ、アグ、シエナ、そしてメリは、一瞬の空間の歪みを感じたあと、城の庭園に姿を現した。
「な、なんだ?!いきなり…!」」
突然4人の姿が現れるのを目にしたレインたちは驚いた。
「ヌゥ、アグ、お前たちまで……」
ベーラもまた驚き、彼らを見る。
「し、シエナ……」
アグに背負われたシエナを見つけたジーマは、無我夢中で彼女に駆け寄る。
「シエナ…生きてる……あぁ…良かった…良かったっ……」
「ジーマさん…私、また足をケガしちゃった…」
シエナはなんとか笑顔を作って、ゆっくりとアグから降りた。
「うぅ…シエナ…………」
ジーマは泣きながら彼女を強く抱きしめた。
「ちょっとっ、大丈夫ですよ! すぐ治しますって!」
「君が……いなくなったらと思ったら……怖くて……うう……良かった……良かった………」
「大げさですよ…この私が…簡単に死ぬわけないじゃないですか」
シエナもまた、彼を抱きしめ返した。
ヌゥは気絶しているメリを抱えた。
「メリさんは…?」
ハルクとレインが心配そうに駆け寄る。
「俺が気絶させた。核に身体をのっとられていたんだ」
「ヌゥ…お前……その姿は……」
「まずはメリとシエナをベルのところに」
「ああ…そうだな」
ひとまずメリとシエナを城に運んだ。
ちょうどベルとアシードが揃って、皆がいないことを不審がって探していたところだった。
「なんじゃ?! どうしたんじゃ?! みんな勢揃いで」
「どけおっさん! ベル! 2人の治療を!」
「わ、わかりました! 空き部屋を1つ治療室にしてあります! そこへ!」
「わかった!」
シエナとメリは治療室に運ばれた。
他の皆は部屋の外で待機した。
場は騒然としていたが、一旦落ち着いた。お互いに話したいことも聞きたいことも山積みだ。
「ベルたちには改めて話をするとして、一旦3階の広間に集まろうか」
ジーマがそう言うと、皆は頷いてた。そのまま廊下を歩き、広間へと入った。




