解かれし封印
ヌゥは、死んだ彼を抱えて、その穴の中を進んでいった。
鎧兵に斬られたたくさんの傷口から出ていた血も、やっと止まり始めた。
少女がやってきた方に少し歩くと、ミラと同じように、誰かが氷漬けにされている。それは、金髪の長い髪の女だった。
そして、その巨大な氷の前には、黒い槍がささっていた。
ヌゥはゆっくりと呼吸をした。
オルズをそっと地面に置くと、槍に手をかけ、それを抜いた。
すると、金髪の女が目をカッと見開いた。
氷がパリンっと割れ、女はそのまま倒れた。
「はぁ……はぁ……助かりました…」
「あ、あなたは……」
ヌゥは神妙な面持ちで彼女を見つめた。
「私は、エクロザ・スピル…」
「あなたが…エクロザさん……」
アグが言っていた。俺とアグをシャドウにした女の人…。
彼女もまたシャドウで、ラディアたちの前に現れた時から、ゼクサスを倒そうとしていた。
エクロザは呼吸を整え、ヌゥの方を見ると、優しく微笑んだ。
「大きくなりましたね、リアナ…」
「お、俺は…ヌゥです。ヌゥ・アルバート…」
「ヌゥ…そうですよね…あなたは違う人間として、生きてきたんですものね…ごめんなさい…勝手にあなたに核をいれ、シャドウにしました…」
ヌゥは首を横に振った。
「いいんです。俺はリアナじゃないけど、俺の中にリアナは生きているから…。リアナを助けてくれて、ありがとうございます。俺も、あなたと協力して、ゼクサスを倒したいです…」
「ありがとう…ヌゥ…。あなたには、リアナの記憶があるんですか…?」
「少しだけ…この前、思い出したばかりなんですけど…」
「そうですか。さぞかし驚いたことでしょう」
「…はい。でも、抵抗はなかったです。アグ…ラディアの核を宿した子に、会えたんです」
エクロザはうんと頷いた。
「私も、身体は氷漬けにされて力が弱まっていましたが、私の一部は小さな時間の歪みの中を彷徨っていました。そして、ルベルグの屋敷で、あなた達を見つけ出しました。その後にモヤを出し、あなた達2人を忍びの国、そして雪の街エルスセクトに送り届けたのは、私です」
「そうだったんですね…俺たちのことを、見てくれていたんですね」
エクロザは辛そうな表情で彼女を見た。
「あなたのお友達を、助けられなくて、申し訳ありません…」
「オルズのこと…? それとも…」
「両方です」
エクロザはヌゥの左耳のピアスを見ていた。
「彼の故郷にあなたたちを送りました…。埋葬場所として、問題ありませんでしたか?」
「はい…。おかげでヒズミを1人ぼっちにさせずにすみました。ありがとうございました」
「そこの黒髪の男性は…」
「いい場所があるといいんだけど……俺にはわからないから、上で待ってるウィルバーさんたちに聞いてみようかな…」
「わかりました」
ヌゥは黒い槍をエクロザに渡した。
「これは、あなたの槍ですよね、エクロザさん」
「…ありがとう」
エクロザは槍を受け取って、それを強く握りしめると、優しく微笑んだ。
そしてヌゥは、オルズを抱えた。オルズの口元は笑っている。
「まずは、ここから出ましょう」
「はい…」
エクロザは二人の前にモヤを作り出した。
中に入ると、2人はアグたちの前に現れた。
「うわぁ! なんでやんすか?!」
「ヌゥ…オルズ…それに…」
金髪の女は深々と礼をした。
ウィルバーは彼らにゆっくり近づき、傷だらけのヌゥに抱えられたオルズを見て、彼の死を察した。
「オルズ……」
「ごめん。ウィルバー、ビギン……」
ウィルバーは涙を流した。ヌゥの足元に膝をつくと、うずくまる。
「うぅ……オルズ………オルズ………」
ビギンもそこに駆け寄る。
「ま、まさかオルズのやつ……死んだんでやんすか……?」
ヌゥもまた涙を流しながら、頷いた。
「ぅあっ、あっ、オルズっ……オルズぅぅううう!」
ビギンもまた、激しく号泣した。
アグは辛そうな表情で皆を見た。
(嘘だろ………オルズ……)
ヌゥの涙を見て、彼の死が現実であることを思い知る。
アグは歯を噛み締めて、顔をそむけた。
「ごめん…俺が…俺のせいで……うう……オルズを…守れなかった……」
ウィルバーは涙を拭いながら首を横に振る。
「ヌゥのせいじゃないです…。だってオルズは、笑っていますもの…」
「うっ、ぅうっ、ひっく、オルズは初めてっ…うっく、女を好きになったんでやんすよ…。おいらに言ってたでやんす。最期にヌゥに会えるなんて、俺は幸せ者だって…ぐすっ、ううっく、うわぁぁんんんん!!!」
金髪の女はオルズに追悼すると、アグの方を見た。
「え、エクロザさん……?!」
「ラディア……いえ、アグ、あなたを育てると言った約束を守れず、申し訳ございません。私も最近、目を覚ましたばかりなのです」
エクロザはアグに深く礼をする。
「あなたとヌゥをエルスセクトに送ったのは私です。あそこに行ったあなたが、ラディアとしての記憶を取り戻してくれることに賭けました。まさか私の封印を解いてくれるとは、思いませんでしたが…」
「……」
アグは突然のオルズの死とエクロザの登場に状況が飲み込めず、頭が混乱していた。
「話は落ち着いてから、ゆっくりしましょう。まずはこのオルズという青年を、その身体が朽ちる前に天国へ送りたいです」
エクロザはウィルバーとビギンに向かって言った。
「あなたは…誰でやんすか?」
「私はエクロザ・スピル。この槍と一緒に、ここに封印されていたのを、ヌゥが助けてくれました」
「てことは、ここが離れ小島リドルだったんでやんすか…」
「エクロザさんは俺達の味方だよ。安心して…」
「ヌゥがそう言うなら、信じるでやんすよ」
ウィルバーとビギンも顔を上げた。そしてヌゥは言う。
「オルズを埋葬するのに、いい場所はあるかな…」
ウィルバーとビギンは顔を見合わせた。
「それなら……」
ヌゥたちは、エクロザのモヤを通って、とある島にたどり着いた。そこはなんの変哲もない、小さな島だった。
「ここは……?」
「オーラズネブルからほんの少し離れたところにある小島なんですけどね。ほら、あっちに見えるのがオーラズネブル大陸です」
ウィルバーが指差す方を見ると、遠くに大陸が見える。
「おいらたち、小さい頃に海賊ごっこをして、この島まで小さい船を漕いでやってきては、よく3人で遊んだんでやんすよ」
ビギンは懐かしそうに話した。
「私たちの故郷はもうシャドウに侵略されていますが、ここなら奴らも来ることはありません。何もないただの小島、ですが、私達にとっては思い出の小島です」
「そっか…。それじゃあ、ここで眠ってもらおう」
皆は穴を掘ると、オルズの死体をそっと置いた。
皆は涙を流しながら、穴を埋める。
「オルズ…ゆっくり休んでください」
「おいらたち、オルズの夢、叶えるでやんすよ」
「夢って…?」
「世界中の大陸を回って、世界地図を作るんでやんす!」
ヌゥとアグも顔を見合わせ、笑った。
こうしてオルズに別れを告げた皆は、モヤをくぐって離れ小島リドルに戻ると、船に乗った。
「モヤをくぐれば、ユリウス大陸まで飛ぶことができます」
エクロザは言った。ヌゥは彼らに問う。
「ウィルバーとビギンは、どうする?」
「私達は、海を渡ります」
「ヌゥたちは、先にいくでやんすよ」
ビギンはそう言うと、アグに紙束を渡した。
「おいらたちの書いた、航海図でやんす。もう1つ書いといたでやんすよ」
アグは紙束を広げる。そこには見知らぬ大陸が細かい距離と共に描かれていた。
「すげえ……」
「世界地図が完成したら、ユリウス大陸に届けにいくでやんすよ」
「ありがとう! ビギン!」
ビギンは腕を組むと、笑った。
「それじゃあ、2人共、またね」
「何だかさみしいでやんすな〜」
「気をつけてくださいね!」
「ありがとう、ウィルバー、ビギン…」
そして、オルズ……。
君たちに会えて良かった。
楽しい航海だった。
君たち3人のことは、絶対に忘れない。
「また、会える日まで!」
「さよなら!!」
ヌゥとアグは手を振ると、エクロザと共に、モヤをくぐった。
ウィルバーとビギンも、彼らが見えなくなるまでその手を振り返した。




