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ルベルパールを求めて

2日前、ヌゥとアグは、呪術師ベーラに服従の紋をはめられた。その後すぐに、命令を下されていた。


命令を破ると、服従の紋が発動する。発動すれば強力な痛みが身体を襲う。痛みの強さはベーラが予め決めておくことができ、命令ごとに痛みレベルは事前の設定も可能である。服従者を気絶させることも、死に至らしめることも、全てはベーラの思うがままである。


ベーラがヌゥとアグに下した大きな命令は3つだ。


1つ目は脱走。脱走の意思を持って実行したら死ぬ。仕事以外で外を自由に行き来することはできない。脱走の意思がない場合も、無断外出は気絶する。外出が必要な時はベーラに付き添いを要求すること。付き添いは他のメンバーでもよいが、その場合は隊員を2人以上を連れて行くことが条件である。


2つ目は主人に危害を加えること。ベーラに故意に攻撃しようとするなど、主人への反抗は絶対にしてはいけない。これを実行したら死ぬ。


3つ目は特別国家精鋭部隊としての仕事に、真面目に取り組むこと。手を抜いたり、さぼったり、部隊に損失がでるような行為は慎むこと。判断はベーラが下す。これを守らなければ気絶する。


この3つが、ヌゥとアグの両名とも、当人が死ぬまで守らなければならない命令である。ベーラが命令を解除するか、または死ぬか、服従の権利を別の者に譲渡した場合、いったんこの命令は棄却される。


それ以外にもその都度、ベーラに命令されることがあれば、それに従うようにとのことだ。


そしてベーラは言う。


「正直、部隊に囚人を率いれるなんて、例外中の例外だ。ジーマはこのことを王族たちに隠している。お前たちは牢獄内で、通常の工場勤務をしていることになっている」

「へぇ〜そうなんだ!」

「いや、ていうかそれ、バレたらやばいんじゃ…」

「そうだな」


ヌゥはアホなのか呑気なのか、頭の後ろに手をやって関心なしといった様子だ。


「俺たち、外に出て大丈夫なんですか…?」

「王族に提出する登録書には、偽名を使っている。お前たちは、超有名な極悪犯罪者だ。顔は知られずとも名前だけは誰もが知っている」

「あはは! 俺たちそんなに有名人なんだ〜!」


(笑い事じゃねえよ…)


と思いはしたが、俺とこいつは世間からすりゃ同類…いや、故意に人を殺した俺の方が非情な極悪人なんだった。


アグはハァとため息をついた。


ベーラはヌゥが何を言おうが、眉一つ動かさない。仮面でも被っているようだ。何を考えているのか、全く持って読めやしない。彼女は淡々と話を続ける。


「部隊メンバーは、隊長ジーマの一存で選ばれた者たちだ。王族もジーマ以外の部隊メンバーの顔を、半分以上知らない」

「隊長さんが相当信頼されているってことですか…?」

「そうともいえるし、違うともいえる。特別国家精鋭部隊の仕事は裏仕事、これに王族も関わっているとなると、何かあったときに責任逃れができない。私たちは王族の命令に従って動くが、表向きは独立した部隊として活動していることになっている」


なるほど、ほんとのほんとに裏組織ってわけか。囚人が隊員なんて、王族たちが許すわけがないもんな…。


とにかくわかるのは、俺たちを率いれた隊長さんがイカれてるってことくらいか。


「うーん、なんか難しくてよくわかんないけど、簡潔に俺はどうすればいいの?」


ヌゥは尋ねた。


「隊員以外には、身分を明かさないほうがいい。まあ名乗る機会なんてないだろうがな。10年以上前の事件とはいえ、セントラガイト国とその周りの小国の者たちは皆、お前たちの名前を覚えているだろう」

「ふーん。名乗っちゃ駄目ね。わかったよ」

「ほんとに大丈夫か? 気をつけろよ? お前のことがバレたら、俺のことだってバレるに決まってんだからな」

「大丈夫だって! アグこそ気をつけなよ〜」

「俺はそんなヘマしねえよ…」


そんな話をした後、ジーマさんが部屋にやってきた。そのまま俺たちは、大広間に向かったというわけだ。





そして翌日から、俺とヌゥは別の仕事を任されることになった。


徹夜明けの俺は昼からまた研究所に向かった。ハルクさんとまた研究を続けていたところ、薬をより強力にするために、ある素材が必要だという結論に至った。


その素材の名前はルベルパール。セントラガイトを南に進み、マリーナの森を抜けた先のシプラ鉱山にある真っ赤な鉱石だ。ハルクさんの話では、それはシプラ鉱山の最奥で採掘可能だそうだ。


ジーマさんにそのことを相談すると、シエナを護衛に連れていっていいという話になった。しかし、ハルクさんは翌日に別の場所で研究している合成素材が完成するらしく、すぐに取りに行って適切な保存をしなくてはならないという。そういった経緯があって、俺は翌日、シエナと2人でシプラ鉱山に向かうことになった。


もちろんこれは部隊としての仕事の一環なので、無断外出には該当しない。シエナと2人で外に出ても問題はないのだ。


ちなみに仕事でない場合、アグが1人で自由に行き来できるのはアジトと研究所の二箇所のみだ。研究所はアジトとは別の建物だが、アジトの別館として判断されているようだ。



そして、シプラ鉱山に向かう当日の朝になった。


俺はハルクさんに貸してもらった鉱石を掘るマトックや、その他必要なものをリュックに詰め、準備を万全に整えた。リュックはハルクさんが貸してくれたものだ。荷物を詰め込んだらパンパンなってしまった。


朝の9時に、シエナとエントランスに集合することになっていた。アグがやってきた時、エントランスにかけられた大きな丸い時計の針は、8時50分を示している。しかしそこにはもうシエナがいた。


エントランスに置かれている革製のソファに座り、偉そうに腕と足を組んで、アグを待っている。


アグがやってきたのに気づくと、シエナはちらりとこちらを向いた。きつめの大きな瞳でアグを睨んでいる。


本日の髪型はポニーテールだ。結び目は高く、肩につくくらいの長さである。いつもながら目を見張るほど美しい金髪だった。手入れが大変そうなのに、よくこんなに綺麗に保てるなあと、アグはほんのちょっと感心した。


「…早いね」

「あんたが遅いのよ!」


アグが少女に声をかけると、秒速で怒鳴られた。


こわ……)


ていうか、まだ10分前じゃん…。


シエナはソファから立ち上がり、アグに近づいた。自分の胸元くらいの背の彼女を、アグは一瞥する。


今日も確かに可愛いが、いつもの服装と比べると少し地味だ。紺のベストに白シャツ、スカートではなくズボンだ。靴も茶色の歩きやすそうなブーツだ。腕と靴には硬そうな小手がついている。アグが来たのに気づくと、茶色い防寒用のコートを羽織った。彼女もリュックを持ってきているが、中身は少なそうだ。


これから森を抜け鉱山に行くのだ。ワンピースにハイヒールを履いてくるような、常識知らずのお嬢様というわけではなさそうだ。とはいえ、彼女は完全に丸腰である。武器もなく護衛が出来るのかと、アグは不思議に思った。


ちなみにアグは昨夜、ジーマとハルクと城下町に出て服を調達した。アグは無地のベージュの薄手トレーナーに、黒い防寒具を羽織り、紺のズボンを履いていた。


「んじゃ、さっさと行ってさっさと帰るわよ!」

「……」


2人が外に出ようとすると、ちょうどハルクが見送りにやってきた。


「ハルクさん!」

「もう出発するところでしたか。早いですね」

「アグは遅刻したけどね!」

「いや、してねえだろ……」


アグはボソっと呟いて、時計をちらりと見る。


(まだ9時になってねえし……)


「鉱石の採掘を任せてしまってすみません。アグさんがいない間も研究を出来る限り進めておきますね。シエナさんも、護衛を引き受けてくださり、ありがとうございます」

「別に! ジーマさんにお願いされたから、仕方なくよ!」


シエナはハルクさんにすら悪態をついていた。しかしハルクさんは特に何も気にしていない様子だ。なるほど、大人の対応だな。


「さっさと行くわよ、アグ!」

「はい…」


シエナは早足でセントラガイトの城下町に向かっていく。アグは小走りして彼女の後を追う。


「おい、もっとゆっくり…」

「何よ、だらしないわね〜。夜になる前に森を抜けないと危ないわよ!」


シエナは構わず先を行った。何とか彼女の隣までやってきて、歩幅を合わせる。


「シエナってさ、なんでまだ子供なのにこんな仕事してんの?」

「はあ? 子供じゃないわよ!」

「14だろ? 子供じゃん」

「実力があるからに決まってるじゃない。あんたみたいな凡人と一緒にしないでよね!」

「悪かったよ。そんなに怒るなって」

「ふん! 凡人はこの私に守られてればいいのよ」


シエナはその小ささとは裏腹に、異常に態度がでかかった。そして子供扱いされるのがどうにも気に食わない様子だ。


(はあ、女の子となんて、何話したらいいかわかんねーや。さっきからやたらツンツンしてるし。この手の強気な女はどうも苦手だなぁ…)


城下町の通りをしばらく歩くと、シエナはアグに話しかけた。


「ねえ、あんたって、一体どんな事件起こしたの?」

「え…」

「私その時はまだ子供だったから、知らないのよね! 部隊の皆は知ってるみたいだったけど」

「……」


俺が事件を起こしたのは10年前。その時シエナはまだ4歳か…。他国で起きた事件だしな。知らなくても無理はない。


どうせ他の奴に聞けばすぐにわかることだ。そう思って、アグは淡々と話し始めた。


「ガルサイアって国があったんだ、昔。今はもうないらしいけど」

「え? ガルサイアって……」


シエナはハっとした。その国の名前を彼女は知らなかった。しかしガルサイアという名前は聞き覚えがあるのだ。


(レインの姓……)


レインは自己紹介の時には敢えて名乗らなかった。彼の本名は、レイン・ガルサイアという。


「俺がその国の城を、ぶっ壊したんだよ。爆弾で」

「えっ……」

「城内の奴は全員死んだ。城下町も火事になって、そこに住んでた貴族の奴らも重傷、死者も多数だと」


シエナの顔はひきつった。


(だからレインの奴、アグを恨んで襲おうとしたのね)


アグは幼い彼女を見下ろした。


彼女はまだ14歳の女の子。犯罪者と2人きりだという自覚を持ってしまっただろうか。


「ふうん! 最低ね!!」


しかしシエナは噛み付くようにそう言った。てっきり彼女がビビりでもするかと思っていたアグは、予想外の彼女の態度に驚いた。


「え…俺のこと怖くないの?」


アグが思わずそう呟くと、シエナは白けたような目を向けた。


「はぁ? 何でこの私があんたに怯えなきゃいけないわけ?」

「……」


確かにシエナは、ヌゥのことも怖がってはいなかったか…。


「あんたもヌゥも、最低最悪の犯罪者ね! あんたたちを牢獄から出してくれたジーマさんに、全身全霊で感謝なさい! おとなしく先輩の言う事聞いて、この部隊で死ぬ気で働いて、一生その罪を償い続けることね!!」


自分より6つも下の女の子に面と向かって叱責され、アグは度肝を抜かれた気分だった。唖然としてしまって、すぐに言葉も出なかった。


「何よ。返事しなさいよ」

「……はい」


シエナは満足そうに厭味ったらしい笑みを向けると、またさっさとアグを置いて街中を歩いていった。


シエナ・ヴェルディ……ただ性格がキツく、おしゃれ好きなだけの女の子というではなさそうだ。


性格は苦手だ。だけど、嫌いじゃない。

それどころか、何となく惹かれるものがある。


シエナは振り返った。


「何ぼーっと突っ立ってんのよ! 早くきなさいよ!」

「ご、ごめん…」


アグは彼女の元に走っていく。


恋愛感情では断じてない。確かに顔は可愛いけれど、タイプってわけじゃないし。


俺は囚人。俺がヌゥを恐れていたように、他の奴らも俺を恐れると思っていた。そうではなくても、普通の人間のように接してはもらえないと、思っていたんだ。


ハルクさんは、対等な仕事仲間として俺と話をしてくれた。正直嬉しかった。やっぱり一線は置かれているかもしれないけど、もっと仲良くなれたらいいな、なんて思った。


シエナは……俺を受け入れたわけじゃない。でも俺に、ここで罪を償えと言った。不思議と救われたような気持ちになったんだ。犯罪者の俺を怖がりもしない。こんなに小さい、女の子が…。


「……」


アグはシエナをじっと見つめた。シエナもそれに気づいてアグの方を見た。


「何見てんのよ」

「いや、別に…」


まだ皆、会ったばかりで、名前も覚えたばかりだ。

何も知らない。

特別国家精鋭部隊。


この子もその、仲間。


「ねえ! お昼ご飯、買って行きましょ! 何がいい?」

「え……?」

「私はねぇ…、カレーかな! 大好物!」

「ガキかよ…」

「はあ? ガキじゃないわよ!!」

「カレーってそもそもテイクアウトとか出来んのかよ」

「出来るわよ! じゃあお昼、カレーでいいわよね!」

「何でもいいよ…」

「うふふ〜!」


シエナ・ヴェルディ。好きなものはカレー。あとは……ジーマさんかな。


そして2人は城下町の商店街にある、シエナおすすめのお店で、カレーをテイクアウトする。だけど彼女は辛口だと食べられない。がっつり甘口、お子ちゃまカレーだな。







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