心の闇と哀しみよ
銀色の人食い花は、アグたちに向かってツルを伸ばしてきた。
アグは爆弾を投げてツルを壊したが、すぐに切れたところから生えてきてしまう。
(再生されたらきりがねえ! 本体をやんねえと…!)
本体に届かせるにはここから投げ入れるんじゃ無理だ…。あのツルの中をかいくぐって近づかねえと。
「アグ!」
ウィルバーは叫んだ。
アグはツルの中に飛び込んでいく。
ツルは何十本もの数で、アグを襲った。
「うわっ」
あっという間に捕まってしまって、足を掴まれると宙吊りにされた。
やっぱり無理かぁ〜……
「アグを離すでやんすぅ!!」
ビギンはこん棒を振り下ろし、アグを捕まえているツルを壊した。
(あの銀を打ち砕けるのか?!)
落下するアグをウィルバーがキャッチすると、ツルの攻撃を跳んで避けた。
(と、跳んでる? 高い!)
ウィルバーは軽やかにツルを避けて、間合いをとった。途中襲ってくるツルをビギンはこん棒で次々に薙ぎ払った。
「アグ、大丈夫ですか?!」
「お、お前ら……」
「泣く子も黙る海賊団、ノースザックでやんすよ!」
「助けに行けなくてすみません! まずはあいつを協力して倒しましょう!」
(こいつら……)
「見た通り再生力が半端ねえ。本体にダメージを与えねえと倒すのは無理だろう」
「それにしても、ツルが多すぎるでやんすよ」
「おまけにこの大きさですからね」
3人は人食い花を見上げた。
「ウィルバーの《ジャンプ》でも無理でやんすか?」
「やってみましょう!」
ウィルバーは深くかがみ込むと、高く跳びあがった。
彼の茶色の長い髪がふわっと舞い上がった。
ツルの高さを楽々越え、人食い花の全貌を見る。
銀色の牙が花びらの中からたくさん生えており、ガチガチと鳴らしている。
「本体見えますね」
ウィルバーはそのまま背の高い木に飛び乗った。
ウィルバーのジャンプは非常にゆったりと滑らかで、浮遊しているかのようだった。
「な、何なんだ? あの跳躍は」
アグは驚いたように彼を見た。
「ウィルバーはオーラズネブルに昔いた、トゥルカ族っていう変わった民族の生まれなんでやんすよ」
「トゥルカ族…なんだそれ」
「おいらもよくしんねえですけど、生まれ持って異常な跳躍力を持った民族なんでやんすよ」
「……」
呪術師もそうだし、ヒズミさんのような、異常な術を使える人間もこの世には存在する。大陸中には色んな力を持った人間たちがいるんだな…。
ツルが襲ってきたので、ビギンはこん棒でそれを払った。
「ビギンは…?」
「おいらはただの人間でやんすよ! 力と体力には自信があるでやんすが!」
倒せる! 俺なんかよりもずっと強い2人が一緒なら…!
「ウィルバーさん! これを!」
アグは上級爆弾をウィルバーに投げて渡した。
「これは?」
「ビスを引き抜いて、あいつの本体に投げ入れてください!」
「OK! あれだけ的が大きいければ、外す気がしないです」
「俺とビギンでツルを一掃する! 再生して動きが止まった間に投げ込むんだ!」
「了解!」
「了解でやんす!」
アグは右回り、ビギンは左回りに走った。
アグは手榴弾を走りながら順に投げ入れてツルを壊す。
ビギンもまた、こん棒を振り回してツルを薙ぎ払っていく。
ツルは再生し始めるが、その間奴は動きを止める。
アグとビギンの2人に集中している人食い花は、本体に迫るウィルバーに気づかなかった。
ウィルバーは、その木の上から跳ぶと、人食い花よりも遥か上空にその身体を浮かび上がらせて、爆弾のビスを引くと、それをそいつの口の中に放り込んだ。
ウィルバーは人食い花の上を円を描くように軽々と通り越して、反対側に着地した。
すると、爆弾が激しい光をあげて爆発した。つんざくような爆音が耳を刺す。
「は、離れろ!」
「うおお!」
「あぁっ!」
アグとウィルバーとビギンは人食い花から離れた。
本体もろともツルも木っ端微塵に砕かれ、銀色の欠片が飛び散った。
「はぁ…なんて威力でやんすか…」
「ふぅ〜」
ウィルバーとビギンは、爆弾の爆発力に驚嘆しながら、アグの元に駆け寄った。
(はぁ……雪山で拾ったクリスタルを少し混ぜただけで、とんでもねえ威力になりやがった…)
アグもまた、粉々になったそいつを見ては、ため息をついた。
それにしてもあいつら……無事だろうな……。
落下していくオルズの手を、ヌゥは握った。
落下スピードは徐々に上がっていく。
「ヌゥ! お前、何で?!」
「俺は友達を見捨てない!」
ヌゥはオルズを引き寄せて、彼の右足に絡まるツルに向かって電気を打った。
しかし、ツルはびくともしない。
「くそっ!」
ヌゥは足に電流を通わせて放出すると、崖になっている穴の壁に身体を寄せた。歪な形の岩の部分を、左手でがっと掴む。
「ゔぁっ」
オルズは足を引っ張られる痛さに顔をしかめた。
ヌゥもきっと歯を噛み締めてツルを睨む。
しかし、岩を掴んだことで落下スピードをかなり落とすことができた。だが左手の握力が今にもなくなりそうだった。
「くぅ…、」
駄目だ…落ちるっ………!
「あと少し踏ん張れ!」
オルズが叫んだ。
ふとヌゥがオルズの手元を見ると、ヌゥが懐にしまっていた短剣をいつの間にかその手に持っていた。
「オルズ?!」
「借りるぜ…」
オルズはそう言うと、ツルが掴んでいる少し上の部分を狙って、思いっきり振りかぶると、自分の右足を切り落とした。
「オルズ!」
ヌゥは叫んだ。
オルズの足首からは血が流れ落ちる。
ツルはそのまま下に落ちていった。
「っんあ!」
ヌゥの左手も、2人の体重を支えきれなくなって、地面に落下した。
ヌゥはオルズを抱えると、足元から電気を放って速度を落とし、すとんと着地した。
ツルはしゅるしゅると力を失ってどこかへ消えてしまった。
「オルズ!」
「はぁ……痛すぎ……」
「ごめん! ごめんね!」
俺が…助けられなかったから……
くそっ……
ヌゥは目を潤ませて彼を見た。
切断面からの出血が止まらない…。
ヌゥは自分の上着を脱いで、自分の着ていた黒い服を脱いで、止血しようと試みた。その下には何も着ていなかったが、そんな事は気にしない。
「お、おい……」
オルズは痛みに顔をしかめながら、彼女から目を背ける。
「いいから! ゆっくり…ゆっくり息して! 血のめぐりを少しでも遅らせて!」
「はぁ……はぁ……わかってる……」
オルズは意外にもヌゥより冷静だった。
応急処置の止血を終えたヌゥは、上着を羽織った。
すると、落ち着く間もなく、背後から2人に駆け寄る足音が聞こえた。
ヌゥがハっとして後ろを振り向くと、真っ黒いおかっぱ頭の少女が近づいてきている。真っ黒な装束を着て、少し猫背な姿勢で立っている。その瞳は薄黒く、死んだような色をしていた。
「ここから…出ていって…」
少女は消え入るような声で、そう言った。
「君は…誰なの…?」
「私は、ここを守っているだけ。名前などない」
少女はハっとして、ヌゥを見た。
「君は……そうか…君が…」
少女がそうつぶやいたあと、その手をかざすと、彼女の前に銀色の鎧兵が現れた。
「さっきの巨人兵たちも、君が…」
「そう。私は守る」
少女が合図すると、鎧兵は背中の剣を抜き、ヌゥに襲いかかってきた。
ヌゥは電気を放出するが、まるで効いていない。
「無理。この子は電気を通さない」
ヌゥは鎧兵の振った剣を避けると、兜に向かって回し蹴りを食らわせた。怯んだスキにもう一発を食らわせ、鎧の上から打撃を連発する。
「何っ?!」
鎧兵はあっという間に倒されてしまった。
少女は驚いて、退きながら、鎧兵を3体創り出す。
しかし、そいつらもあっという間にのされてしまった。
(な、なんで…? 強く…なった……?)
ヌゥは、オルズが傷つくことになってしまって、悲しんでいた。
彼を守りきれなかった自分に怒りを覚えていた。
そしてその苦しみは、彼の力となった。
「もうやめて。君は俺を倒せない…」
ヌゥは怒りをこらえようとして、苦しんだ目で、少女を見た。
「私は守る。それが私の、生きる意味」
「…っ!!!」
少女は姿をふっと消した。
「?!」
少女はオルズの元に姿を現し、動けないオルズを捕まえると、彼の首元に銀色の剣を向けた。
「動くな! 動いたらこいつを殺す!」
「は、離れろっ!」
少女はオルズを人質にした。ヌゥは身動きが取れずにその場に立ち尽くす。
しかし、オルズはふっと笑った。
「馬鹿なガキだな…俺に人質としての価値なんてねえよ…」
「ふん…苦し紛れに、何を言ってる…」
「残念だけど本当なんだよ…。ヌゥ、黙ってたけど、俺は病気なんだ…。もう長くないって言われて、告げられた寿命からもうしばらくたった。もういつ死んでもおかしくねえんだ…」
「え……?」
ヌゥは喪失とした表情を浮かべる。
「それにこの出血だ…俺は何もしなくたって、もう、ここで死ぬ…」
「う、嘘だ…オルズ…嘘でしょ…」
「うるさい! 黙れ! おい動くな! 少しでも抵抗してみろ! この死に損ないを今すぐ殺す!」
ヌゥは、オルズが血を吐いていた事を思い出す。
あの時自分の出した少しの電気で、彼は発作を起こしたんだと気づいた。
少女は再び鎧兵を生み出すと、ヌゥを襲わせた。
ヌゥは、抵抗しなかった。
「お、おい! 何やってんだ! さっきみたいに早く倒して、このガキも倒しちまえ! 俺のことなんてどうだっていい! どうせもう死ぬんだ! 関係ねえだろ!」
ヌゥは鎧兵に剣でたくさん斬られたが、人形のように抵抗しなかった。
ヌゥは傷だらけの身体で、死んだような目で少女を見た。
(な、何で…何で避けねえんだ…何で攻撃しねえんだ……)
「おい! ヌゥ、お前が戦わねえなら、俺はっ…俺はっ……」
オルズは先ほどヌゥから盗んだ短剣を取り出すと、自分に向ける。
「!!!!!」
ヌゥはその瞬間、ヒズミが同じようにして、自殺したことを思い出した。
「だっ、駄目ぇええ!!!!」
ヌゥの中にある激しい感情が、彼女を支配する。
「ぅああぁぁああああああ!!!!!!!!!」
ヌゥの身体を黒いオーラがまとった。そして彼女から溢れ出る黒い闇は、少女を襲う。
「きゃあぁあああ!!!!!」
少女はその闇に押されて、1人壁まで身体を打ち付けられた。そしてその闇は彼女を覆って、首を絞める。
少女の呼吸は止まり、闇は彼女から遠ざかった。そのまま少女の身体は地面に打ち付けられ、倒れた。
そうか……
俺の中には…
ゼクサス……君がいるんだね……
リアナの割れた核にほんの少し侵食したゼクサス…
俺の中には、間違いなく君がいる…
憎悪を持たなかった、心優しいリアナ……
俺は君にはなれない……
だって、
俺は、いつだって、
自分に対して……
怒っているから……
ヌゥは、身体がフラフラになって、その場に倒れた。
闇の力が身体を覆って、今にも支配されそうな感覚。
意識はある…。だけど、このままじゃ、憎悪に飲み込まれそうだ…。
「ヌゥ!」
オルズは足を引きずって、彼女に近寄ると、彼女の身体を抱えた。真っ黒い闇が、彼女を包んでいる。
「オルズ……」
「ヌゥ! おい! しっかりしろ!」
オルズはヌゥに呼びかけた。
「オルズ…何で黙ってたの…病気だって……」
「それは……」
オルズはヌゥに優しく笑いかけると言った。
「お前のことが好きだからだよ」
「……!!」
ヌゥはハっとした表情で、彼を見ていた。
「俺は確かにもうすぐ死ぬ。それは別にいい。わかってたことだから」
「……」
「だけど、そんな時にヌゥ、お前に会った。一目惚れだった。神様が最後の最後にお前に会わせてくれた。これは運命だって、そう思った」
「……はぁ……オルズ…」
「例えそれがすごく短い時間だったとしても、一緒にいたかった。少しでも話をしたかった。俺が病気だって知って、同情されるのが嫌だった。お前は何も知らないままで、普通に、俺と、向き合ってくれたら、それでよかった」
オルズは彼女の顔を見ながら、涙を流した。
「ヌゥの笑ってる顔が好きだ…。この際友達でもいい。もっと一緒に笑い合えたらって思った。もっと長く、君といたいって…。だけど、そう思ったら……」
「……」
「死ぬのが……怖くなった……」
「………!!!」
ヌゥもまた、涙を流した。
「死ぬのが怖い……身体が動かなくなるのが怖い……なあ、死ぬのって、どれほど痛いんだろうな……? どれほど苦しいんだろうな……? だけどそれよりも、ヌゥの顔をもう見れなくなるのが嫌だ……もう話ができないなんて嫌だ……ヌゥともう離れなくちゃいけないなんて……たえられない。だって、出会えたばっかだったのに…早すぎるよな……?」
そう言ったあと、オルズは彼女に、2度目のキスをした。
ヌゥは目を見開いた。
そのキスは一瞬だったけれど、ヌゥは時が止まったように長く感じた。
「好きだ…」
唇を離すと、オルズは言った。
彼の涙がヌゥの頬に落ちた。
それはヌゥの涙と重なって、頬を伝った。
ヌゥは自分をまとっていた闇が、すっとひいていくのを感じる。
なぁ、神様…
俺が彼女と出会えたことに、何か意味はあったのかな…
もっと何か、彼女にしてあげられることはなかったかな……
彼女にとっては俺との出会いなんて
彼女の人生のうちのほんの一瞬でしかない
俺が生きていたってことさえも
いつか忘れられてしまうのかな……
ああ……
もっと早く、君に会いたかったなあ……
「オルズ……」
「ははっ……今度こそアグに……殺されるな……。まあ、その前に、ここで死ぬから……問題ねえや…」
「オルズ……死なないで……お願い……死なないでよ……」
「もうな…限界なんだよ……わかるんだ…もう駄目だってことは…。はぁ…だってもう……呼吸が………苦し………」
オルズは、そのままフっと意識を失って、倒れた。
ヌゥはオルズの身体を支えた。
ああ、彼は、息をしていない。
ヌゥはぼろぼろ泣いて、彼の身体を抱き締めた。
 




