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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第2章

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心の闇と哀しみよ

銀色の人食い花は、アグたちに向かってツルを伸ばしてきた。

アグは爆弾を投げてツルを壊したが、すぐに切れたところから生えてきてしまう。


(再生されたらきりがねえ! 本体をやんねえと…!)


本体に届かせるにはここから投げ入れるんじゃ無理だ…。あのツルの中をかいくぐって近づかねえと。


「アグ!」


ウィルバーは叫んだ。

アグはツルの中に飛び込んでいく。

ツルは何十本もの数で、アグを襲った。


「うわっ」


あっという間に捕まってしまって、足を掴まれると宙吊りにされた。


やっぱり無理かぁ〜……


「アグを離すでやんすぅ!!」


ビギンはこん棒を振り下ろし、アグを捕まえているツルを壊した。


(あの銀を打ち砕けるのか?!)


落下するアグをウィルバーがキャッチすると、ツルの攻撃を跳んで避けた。


(と、跳んでる? 高い!)


ウィルバーは軽やかにツルを避けて、間合いをとった。途中襲ってくるツルをビギンはこん棒で次々に薙ぎ払った。


「アグ、大丈夫ですか?!」

「お、お前ら……」

「泣く子も黙る海賊団、ノースザックでやんすよ!」

「助けに行けなくてすみません! まずはあいつを協力して倒しましょう!」


(こいつら……)


「見た通り再生力が半端ねえ。本体にダメージを与えねえと倒すのは無理だろう」

「それにしても、ツルが多すぎるでやんすよ」

「おまけにこの大きさですからね」


3人は人食い花を見上げた。


「ウィルバーの《ジャンプ》でも無理でやんすか?」

「やってみましょう!」


ウィルバーは深くかがみ込むと、高く跳びあがった。

彼の茶色の長い髪がふわっと舞い上がった。


ツルの高さを楽々越え、人食い花の全貌を見る。

銀色の牙が花びらの中からたくさん生えており、ガチガチと鳴らしている。


「本体見えますね」


ウィルバーはそのまま背の高い木に飛び乗った。

ウィルバーのジャンプは非常にゆったりと滑らかで、浮遊しているかのようだった。


「な、何なんだ? あの跳躍は」


アグは驚いたように彼を見た。


「ウィルバーはオーラズネブルに昔いた、トゥルカ族っていう変わった民族の生まれなんでやんすよ」

「トゥルカ族…なんだそれ」

「おいらもよくしんねえですけど、生まれ持って異常な跳躍力を持った民族なんでやんすよ」

「……」


呪術師もそうだし、ヒズミさんのような、異常な術を使える人間もこの世には存在する。大陸中には色んな力を持った人間たちがいるんだな…。


ツルが襲ってきたので、ビギンはこん棒でそれを払った。


「ビギンは…?」

「おいらはただの人間でやんすよ! 力と体力には自信があるでやんすが!」


倒せる! 俺なんかよりもずっと強い2人が一緒なら…!


「ウィルバーさん! これを!」


アグは上級爆弾をウィルバーに投げて渡した。


「これは?」

「ビスを引き抜いて、あいつの本体に投げ入れてください!」

「OK! あれだけ的が大きいければ、外す気がしないです」

「俺とビギンでツルを一掃する! 再生して動きが止まった間に投げ込むんだ!」

「了解!」

「了解でやんす!」


アグは右回り、ビギンは左回りに走った。


アグは手榴弾を走りながら順に投げ入れてツルを壊す。

ビギンもまた、こん棒を振り回してツルを薙ぎ払っていく。

ツルは再生し始めるが、その間奴は動きを止める。


アグとビギンの2人に集中している人食い花は、本体に迫るウィルバーに気づかなかった。


ウィルバーは、その木の上から跳ぶと、人食い花よりも遥か上空にその身体を浮かび上がらせて、爆弾のビスを引くと、それをそいつの口の中に放り込んだ。


ウィルバーは人食い花の上を円を描くように軽々と通り越して、反対側に着地した。


すると、爆弾が激しい光をあげて爆発した。つんざくような爆音が耳を刺す。


「は、離れろ!」

「うおお!」

「あぁっ!」


アグとウィルバーとビギンは人食い花から離れた。

本体もろともツルも木っ端微塵に砕かれ、銀色の欠片が飛び散った。


「はぁ…なんて威力でやんすか…」

「ふぅ〜」


ウィルバーとビギンは、爆弾の爆発力に驚嘆しながら、アグの元に駆け寄った。


(はぁ……雪山で拾ったクリスタルを少し混ぜただけで、とんでもねえ威力になりやがった…)


アグもまた、粉々になったそいつを見ては、ため息をついた。


それにしてもあいつら……無事だろうな……。



落下していくオルズの手を、ヌゥは握った。

落下スピードは徐々に上がっていく。


「ヌゥ! お前、何で?!」

「俺は友達を見捨てない!」


ヌゥはオルズを引き寄せて、彼の右足に絡まるツルに向かって電気を打った。

しかし、ツルはびくともしない。


「くそっ!」


ヌゥは足に電流を通わせて放出すると、崖になっている穴の壁に身体を寄せた。歪な形の岩の部分を、左手でがっと掴む。


「ゔぁっ」


オルズは足を引っ張られる痛さに顔をしかめた。

ヌゥもきっと歯を噛み締めてツルを睨む。

しかし、岩を掴んだことで落下スピードをかなり落とすことができた。だが左手の握力が今にもなくなりそうだった。


「くぅ…、」


駄目だ…落ちるっ………!


「あと少し踏ん張れ!」


オルズが叫んだ。

ふとヌゥがオルズの手元を見ると、ヌゥが懐にしまっていた短剣をいつの間にかその手に持っていた。


「オルズ?!」

「借りるぜ…」


オルズはそう言うと、ツルが掴んでいる少し上の部分を狙って、思いっきり振りかぶると、自分の右足を切り落とした。


「オルズ!」


ヌゥは叫んだ。

オルズの足首からは血が流れ落ちる。

ツルはそのまま下に落ちていった。


「っんあ!」


ヌゥの左手も、2人の体重を支えきれなくなって、地面に落下した。


ヌゥはオルズを抱えると、足元から電気を放って速度を落とし、すとんと着地した。

ツルはしゅるしゅると力を失ってどこかへ消えてしまった。


「オルズ!」

「はぁ……痛すぎ……」

「ごめん! ごめんね!」


俺が…助けられなかったから……

くそっ……


ヌゥは目を潤ませて彼を見た。


切断面からの出血が止まらない…。

ヌゥは自分の上着を脱いで、自分の着ていた黒い服を脱いで、止血しようと試みた。その下には何も着ていなかったが、そんな事は気にしない。


「お、おい……」


オルズは痛みに顔をしかめながら、彼女から目を背ける。


「いいから! ゆっくり…ゆっくり息して! 血のめぐりを少しでも遅らせて!」

「はぁ……はぁ……わかってる……」


オルズは意外にもヌゥより冷静だった。

応急処置の止血を終えたヌゥは、上着を羽織った。


すると、落ち着く間もなく、背後から2人に駆け寄る足音が聞こえた。

ヌゥがハっとして後ろを振り向くと、真っ黒いおかっぱ頭の少女が近づいてきている。真っ黒な装束を着て、少し猫背な姿勢で立っている。その瞳は薄黒く、死んだような色をしていた。


「ここから…出ていって…」


少女は消え入るような声で、そう言った。


「君は…誰なの…?」

「私は、ここを守っているだけ。名前などない」


少女はハっとして、ヌゥを見た。


「君は……そうか…君が…」


少女がそうつぶやいたあと、その手をかざすと、彼女の前に銀色の鎧兵が現れた。


「さっきの巨人兵たちも、君が…」

「そう。私は守る」


少女が合図すると、鎧兵は背中の剣を抜き、ヌゥに襲いかかってきた。

ヌゥは電気を放出するが、まるで効いていない。


「無理。この子は電気を通さない」


ヌゥは鎧兵の振った剣を避けると、兜に向かって回し蹴りを食らわせた。怯んだスキにもう一発を食らわせ、鎧の上から打撃を連発する。


「何っ?!」


鎧兵はあっという間に倒されてしまった。

少女は驚いて、退きながら、鎧兵を3体創り出す。


しかし、そいつらもあっという間にのされてしまった。


(な、なんで…? 強く…なった……?)


ヌゥは、オルズが傷つくことになってしまって、悲しんでいた。

彼を守りきれなかった自分に怒りを覚えていた。

そしてその苦しみは、彼の力となった。


「もうやめて。君は俺を倒せない…」


ヌゥは怒りをこらえようとして、苦しんだ目で、少女を見た。


「私は守る。それが私の、生きる意味」

「…っ!!!」


少女は姿をふっと消した。


「?!」


少女はオルズの元に姿を現し、動けないオルズを捕まえると、彼の首元に銀色の剣を向けた。


「動くな! 動いたらこいつを殺す!」

「は、離れろっ!」


少女はオルズを人質にした。ヌゥは身動きが取れずにその場に立ち尽くす。

しかし、オルズはふっと笑った。


「馬鹿なガキだな…俺に人質としての価値なんてねえよ…」

「ふん…苦し紛れに、何を言ってる…」

「残念だけど本当なんだよ…。ヌゥ、黙ってたけど、俺は病気なんだ…。もう長くないって言われて、告げられた寿命からもうしばらくたった。もういつ死んでもおかしくねえんだ…」

「え……?」


ヌゥは喪失とした表情を浮かべる。


「それにこの出血だ…俺は何もしなくたって、もう、ここで死ぬ…」

「う、嘘だ…オルズ…嘘でしょ…」

「うるさい! 黙れ! おい動くな! 少しでも抵抗してみろ! この死に損ないを今すぐ殺す!」


ヌゥは、オルズが血を吐いていた事を思い出す。

あの時自分の出した少しの電気で、彼は発作を起こしたんだと気づいた。


少女は再び鎧兵を生み出すと、ヌゥを襲わせた。

ヌゥは、抵抗しなかった。


「お、おい! 何やってんだ! さっきみたいに早く倒して、このガキも倒しちまえ! 俺のことなんてどうだっていい! どうせもう死ぬんだ! 関係ねえだろ!」


ヌゥは鎧兵に剣でたくさん斬られたが、人形のように抵抗しなかった。

ヌゥは傷だらけの身体で、死んだような目で少女を見た。


(な、何で…何で避けねえんだ…何で攻撃しねえんだ……)


「おい! ヌゥ、お前が戦わねえなら、俺はっ…俺はっ……」


オルズは先ほどヌゥから盗んだ短剣を取り出すと、自分に向ける。


「!!!!!」


ヌゥはその瞬間、ヒズミが同じようにして、自殺したことを思い出した。


「だっ、駄目ぇええ!!!!」


ヌゥの中にある激しい感情が、彼女を支配する。


「ぅああぁぁああああああ!!!!!!!!!」


ヌゥの身体を黒いオーラがまとった。そして彼女から溢れ出る黒い闇は、少女を襲う。


「きゃあぁあああ!!!!!」


少女はその闇に押されて、1人壁まで身体を打ち付けられた。そしてその闇は彼女を覆って、首を絞める。

少女の呼吸は止まり、闇は彼女から遠ざかった。そのまま少女の身体は地面に打ち付けられ、倒れた。


そうか……


俺の中には…

ゼクサス……君がいるんだね……


リアナの割れた核にほんの少し侵食したゼクサス…

俺の中には、間違いなく君がいる…


憎悪を持たなかった、心優しいリアナ……


俺は君にはなれない……  


だって、


俺は、いつだって、

自分に対して……


怒っているから……


ヌゥは、身体がフラフラになって、その場に倒れた。

闇の力が身体を覆って、今にも支配されそうな感覚。

意識はある…。だけど、このままじゃ、憎悪に飲み込まれそうだ…。


「ヌゥ!」


オルズは足を引きずって、彼女に近寄ると、彼女の身体を抱えた。真っ黒い闇が、彼女を包んでいる。


「オルズ……」

「ヌゥ! おい! しっかりしろ!」


オルズはヌゥに呼びかけた。


「オルズ…何で黙ってたの…病気だって……」

「それは……」


オルズはヌゥに優しく笑いかけると言った。


「お前のことが好きだからだよ」

「……!!」


ヌゥはハっとした表情で、彼を見ていた。


「俺は確かにもうすぐ死ぬ。それは別にいい。わかってたことだから」

「……」

「だけど、そんな時にヌゥ、お前に会った。一目惚れだった。神様が最後の最後にお前に会わせてくれた。これは運命だって、そう思った」

「……はぁ……オルズ…」

「例えそれがすごく短い時間だったとしても、一緒にいたかった。少しでも話をしたかった。俺が病気だって知って、同情されるのが嫌だった。お前は何も知らないままで、普通に、俺と、向き合ってくれたら、それでよかった」


オルズは彼女の顔を見ながら、涙を流した。


「ヌゥの笑ってる顔が好きだ…。この際友達でもいい。もっと一緒に笑い合えたらって思った。もっと長く、君といたいって…。だけど、そう思ったら……」

「……」

「死ぬのが……怖くなった……」

「………!!!」


ヌゥもまた、涙を流した。


「死ぬのが怖い……身体が動かなくなるのが怖い……なあ、死ぬのって、どれほど痛いんだろうな……? どれほど苦しいんだろうな……? だけどそれよりも、ヌゥの顔をもう見れなくなるのが嫌だ……もう話ができないなんて嫌だ……ヌゥともう離れなくちゃいけないなんて……たえられない。だって、出会えたばっかだったのに…早すぎるよな……?」


そう言ったあと、オルズは彼女に、2度目のキスをした。

ヌゥは目を見開いた。

そのキスは一瞬だったけれど、ヌゥは時が止まったように長く感じた。


「好きだ…」


唇を離すと、オルズは言った。

彼の涙がヌゥの頬に落ちた。

それはヌゥの涙と重なって、頬を伝った。


ヌゥは自分をまとっていた闇が、すっとひいていくのを感じる。


なぁ、神様…

俺が彼女と出会えたことに、何か意味はあったのかな…


もっと何か、彼女にしてあげられることはなかったかな……


彼女にとっては俺との出会いなんて

彼女の人生のうちのほんの一瞬でしかない


俺が生きていたってことさえも

いつか忘れられてしまうのかな……


ああ……

もっと早く、君に会いたかったなあ……


「オルズ……」

「ははっ……今度こそアグに……殺されるな……。まあ、その前に、ここで死ぬから……問題ねえや…」

「オルズ……死なないで……お願い……死なないでよ……」

「もうな…限界なんだよ……わかるんだ…もう駄目だってことは…。はぁ…だってもう……呼吸が………苦し………」


オルズは、そのままフっと意識を失って、倒れた。

ヌゥはオルズの身体を支えた。


ああ、彼は、息をしていない。


ヌゥはぼろぼろ泣いて、彼の身体を抱き締めた。


























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