出航(※)
アグは机をバンっと叩いて立ち上がった。
「ちょっ、お前っ、何やってんだよ!!」
ヌゥはオルズの前に手をやって彼を離した。
「俺、男だけど」
「いや、そんなわけねえだろ」
オルズはヌゥの胸に両手をやって、軽く揉んでみせた。
ヌゥは顔を真っ赤にした。
「ひゃっ」
「お前! いい加減にしろ!」
アグがオルズに殴りかかろうとすると、すっと避けられた。
「うっわー! なんだこれ! 何? 爆弾?」
「はぁ?!」
オルズはアグの手榴弾をぽんぽんと手の上で転がした。
アグは服の裏の爆弾が1つ抜かれていることに気づいた。
(……すられた?! 今の一瞬で?!)
「返しなさいオルズ」
ウィルバーは手榴弾を奪うと、アグに返した。
アグはそれを受け取って、オルズをきっと睨みつけた。
「おいおい。めっちゃ睨まれてんですけど! 何? お前、この女の男なわけ?」
「…そうですけど」
ヌゥはそれを聞いて、顔を赤らめた。
しかしオルズはヌゥの肩に手をやると、アグを見下ろし…、いや見下した。
「悪いけど、今日からこの女は俺のだ」
ヌゥは肩に置かれた手を、強く握った。
「いっ、痛っ、痛い痛い痛い!!」
「離してよ。殺すよ?」
ヌゥは更に強く握る。
「痛い痛い! 痛いっての!」
オルズは耐えられず手を離した。
ヌゥはその赤い瞳で彼を睨みつける。
「うわっ! そんなに睨むなよ! でも、ガチで気に入った! 絶対俺の女にしてやるよ!」
「なるわけないじゃん。うざっ!」
「いいね! 強気な女! 俺の好みなんだよな〜!」
ウィルバーはオルズの腕をひくと、彼らから遠ざけた。
「ふざけてないで、まずは話を聞きなさい」
「別にふざけてねえけど。俺は真面目だぜ?!」
ウィルバーはオルズの頭を小突いた。
「痛っ!!」
すると、ビギンが目を覚まして部屋にやってきた。
「な、何やってるでやんすか?」
「ビギンも目を覚ましたようですね。ちょうどよかった。話を聞いてください」
ウィルバーは改めてオルズとビギンにヌゥたちの話を伝えた。
「ああいいぜ! ユリウス大陸か…お! こっからだと直進すればそんなに遠くねえぜ! 俺らの航海図に寄れば、ここから東にざっと2週間ほどだな」
「2週間…」
この船のスピードは見た目から大体予想がつく。長い旅路ではあるが、思ったよりは現実的に帰れそうだな。
しかしこのオルズってやつ……許せん…
「リドル島を探すのはいいでやんすか?」
「んまあ、ここからユリウス大陸までの航路はまだ進んでねえし、途中にあるかもしんねえじゃん」
「それもそうでやんすね」
「決めた! この2週間の間に、お前を落としてやる!」
オルズは満面の笑みで、ヌゥを指さした。
ヌゥはしらけた目で彼を見ている。
「で、名前なんだっけ」
「ヌゥ・アルバート…」
「ふうん。変な名前だな」
「…うっざ!」
……いや、まじで俺も、キレそう
アグはずっとオルズを睨んでいた。
「怖い怖い! そんなに睨むなよ! 正々堂々勝負しようじゃねえか! どっちがこの子にふさわしいかってな!」
「何でわざわざそんなこと…」
「いけすかねえなぁ! で、あんたの名前は?」
「アグ・テリー。言っとくけど、こいつを怒らせてみろ、お前、本当に殺されるからな!」
「おー怖い怖い! なあ、あいつお前のこと殺人鬼扱いしてるぜ? あんな彼氏でいいわけ?」
オルズはヌゥの方を見ながら言った。
本物の殺人鬼を前に何を…と思うと、ヌゥはもはやおかしくなって、ふっと笑った。
「可愛い! 笑うとめちゃ可愛いじゃん!」
オルズはにこにこと笑っている。
そしてアグのイライラは止まらない。
「笑ってないよ。愚かだな〜と思って、見下しただけ」
「うわ〜ドSかな? ヌゥは!」
「本当にうざいな。黙らすか」
ヌゥはそう言って、右手をバチバチと光らせた。
「うわっ! ちょっ、待って! 何それ! 怖い! 勘弁して!」
「ま、待ってください!」
ウィルバーも声をあげたが、遅かった。
ヌゥは彼にビリビリっと電気を走らせた。
「うっ」
オルズはそのまま気絶した。
(あれ…そんなに強かったかな…)
「すみません…ちょっと…」
ウィルバーはオルズを抱えると、船内にある寝室へと彼を運んだ。
「……」
ヌゥとアグは呆れた目で運ばれる彼を見ていた。
「すごいでやんすね〜それ。何で電気がでるんでやんすか?」
「ああ、えっと……」
その間、アグはビギンに説明をしたが、彼はあんまりよくわかっていなかった。
寝室ではウィルバーがオルズをベッドに寝かせると、声をかけた。オルズも意識を少し取り戻す。
「…大丈夫ですか?」
「……はぁ…今のは効いたわ……」
「君のこと、言っておいたほうがいいんじゃないですか…?」
「それだけはやめろ…俺は同情なんてなしにあの子を落としたいんだ…」
「…そんなに本気なんですか? 会ったばかりのあの子のこと」
「本気だぜ…? 一目惚れっていうのかな…。今ので更にビビっと…、来たかも」
「何言ってるんですか。ちょっと落ち着くまで静かにここで休んでてください」
「わかったよ…」
そう言って、ウィルバーは皆の待つ船室に戻った。
「早速ですが、食料を調達して、ユリウス大陸に出航しましょう」
「えっと…この大陸のお金、持ってるんですか?」
「持ってるわけないでやんすよ! 盗むに決まってるでやんす!」
「えー! 駄目だよそんなの!」
「何言ってるんすか! 我らは泣く子も黙るノースザック! 北の大盗賊団っすよ!」
「駄目なものはだめー!!」
結局、ウィルバーたちが航海中に集めた宝や素材を少し売って、食料や荷物を調達した。
夜になってしまったが、俺たちはユリウス大陸に向かって出発した。
驚くほど設備の充実した船で、ヌゥとアグの分までそれぞれ個室があった。ちなみにシャワーもあるらしい。
ヌゥは疲れたと言って、先に部屋で眠ってしまった。
俺は操縦室にやってきた。船の運転をしているのはビギンだった。
「寝なくていいんですか? そんなに急いで出発しなくても…」
アグはビギンに尋ねる。
「いつものことでやんすよ。おいらは夜型なんでやんす。昼間の操縦は他の2人にやらせてるんすよ。おいらたち全員船を運転できるんで」
「…元々盗賊団なのに?」
「皆で昔海賊に憧れてたんすよ」
「そうなんですね…。昔からの知り合いなんですか?」
「そうでやんすよ〜」
アグは少しだけ、彼らの話を聞いた。
オルズとウィルバーとビギンは、皆孤児だったのだという。それを聞いて俺はちょっとだけ、親近感を抱いた。
生きていくために食べ物やお金が必要だった彼らは、盗みの技術を磨いた。
特にオルズのスリは天下一品もので、百発百中で財布でも何でも盗めるのだという。
さっき爆弾盗まれたのも、全然気づかなかったもんな…。
それから彼らは盗賊団として生きる道を選んだ。しかし彼らは自称正義の盗賊団を貫いた。悪徳高い貴族の家から高級品を盗んでは売りさばき、貧困層の平民に金を与えた。
やがて彼らノースザックは、彼らの大陸では名高い盗賊団となった。
その昔オルズがまだ幼い頃、いつか外の大陸に行ってみたいと言っていた。皆も賛成して、いつかお金をためて船を買って、外の大陸に行こうなんて話をした。そのために3人は、船の運転免許をとったという。
「でもびっくりしたでやんすよ。オルズが女を欲しがるなんて」
「え…? なんか女好きそうなチャラいやつに見えたけど…」
「そう見えたんすか? 全然そんなことないでやんすよ。オルズは宝にしか興味ないでやんすからね」
「……そうなんだ」
それは、なんというか意外だな…。
まあどっちにしろあいつを渡すつもりなんてないけど。
「アグたちは2人でシャドウを倒してるんすか?」
「いや…ユリウス大陸に俺たちの仲間がいるんだ」
「そうでやんすか。皆心配してるでやんすね…。あと2週間の辛抱でやんすよ」
「…ありがとう、ビギン」
「おいらたちも航海を楽しんでるだけだからいいでやんすよ。リドル島がとりあえずの目的地ではあるんすが、どこにあるかもわからない小島っす。宛のない航海をしているのと同じでやんすよ」
「俺たちもいずれ、そこに行かなくてはならないかな…でもまずは仲間のところに帰らないと…」
「大丈夫っすよ。おいらたちも探すでやんす。これまでの航路をまとめた航海図も提供するでやんす」
「…! それはありがたいよ!」
海賊だというから何となく悪い奴らかと思っていたけど、そうでもなさそうだ。
彼らの情報が本物だとしたらかなり有力なものではないだろうか。
そしてその槍がある場所に行けば、もしかしたらエクロザさんの居場所もわかるかもしれない…。
「もう遅いから、アグもそろそろ寝てくるでやんすよ」
「うん…本当にありがとう、ビギン。それじゃあ、おやすみ」
「おやすみでやんす」
俺も部屋に戻って、その部屋の簡易的なベッドで眠った。
船が、進んでいる。穏やかな波に揺られている感覚だ。
初めての船上での就寝に少し慣れない部分もあったが、船酔いがなくて助かった。
俺は、眠りに落ちた。




