余興準備
毎日訓練漬けだった部隊の皆は、その日休暇をもらった。
ベーラはハルクと一緒に城下町に来ていた。
「本当に余興なんて引き受けて大丈夫なんですか、ベーラさん…」
「無論だ。お前が手伝ってくれるからな」
「まあ私は構わないですけど……」
2人はレコードショップに来ていた。
「問題は曲ですけど…」
「最近の流行りはこの辺か。うん…?」
ベーラは中古レコードの束から気になる物を見つけた。
「ベーラさん、そこにあるのは昔のですよ」
「試しに聞くことはできるのか?」
「そこのレコードプレーヤーで聞けますけど…」
ベーラはその古いレコードを流す。
「…聞いたことないですけど、いい感じの曲ですね」
「……」
イントロが終わり、歌が始まる。
「…!」
「いい声ですね。誰なんです?」
ベーラはにこっと笑うとそのレコードをしまった。
「これにしよう」
「えっもう決まったんですか?!」
「ああ。この曲にしたくなった」
「…まあ、何でもいいですけど」
「バラードだしちょうどいいだろう。アレンジ頼んでいいか」
「いいですよ。今日中にやってしまいます」
「さすがだな。仕事が早くて助かるよ」
ベーラはふっと笑って、そのレコードを買って帰った。
「それじゃ、私は他の準備をしておくから、そっちは頼んだよハルク」
「わかりました」
ベーラは買ったレコードをハルクに渡す。
その後ベーラはレコードプレーヤーとププを作りだした。ププはハルクに向かって飛んでいった。
「終わったらププに言って教えてくれ」
「わかりました」
ハルクは笑って、部屋から出ていく彼女を見送った。
「で、誰だったんだこの歌い手は…」
ハルクは気になっていたレコードの表紙を見る。
青い長い髪の美しい女性が優しい顔で笑っている写真だ。
すごく綺麗な人だけど、全然知らないな…。
「歌い手…RINE…ってかいてる。リネ…でしょうか? うーん、まあいいか。まずはさっさと曲を覚えますか…」
ハルクはそのレコードを何度も繰り返し聞いた。
「おい、ベーラとハルクのやつ、こそこそと何やってんだ?!」
レインはアシードに尋ねた。
「なんか知らんが、5日後のパーティーで余興をやるらしいぞ」
「はあ?! それって他国の王族がいっぱい来るやつだろ? そんなパーティーであいつら一体何やるつもりだ?!」
「さあのう…。聞いても当日のお楽しみだなんて言って、何にも教えてくれんのじゃ」
「いやいやいや…俺もガルサイアの王子だったときに行ったことあるぜ? めちゃめちゃ緊張したし、その時の余興はプロの演奏者が何かすげーの弾いてたぜ?」
「ほう…そういえば王族じゃったなお前」
アシードはバカにしたようにレインを見たが、問題はそこではないだろう。と、レインは呆れた目つきでアシードを睨む。
「ハルクもだけど…ベーラ、あいつに余興なんてできるのか?」
「1人大食い大会でもやるつもりかのう」
「うわっやりかねねえ……。けどあの場でもしそんなことしだしたら……想像するだけで鳥肌が……」
「さすがにそれはないじゃろうが」
「はぁ…心配すぎる…」
レインは頭を抱えこんだ。
「えっ、ちょっと、ベーラ、お願いがあるって何かと思えば、それ?!」
シエナの部屋に行ったベーラは、堂々たる面持ちで腕を組んで座っていた。
「駄目か? お前そういうの得意だろう?」
「得意…かはわからないけど…」
「コンセプトは決まってるからな」
「決まってるの?!」
ベーラは口元だけニヤっと笑っている。
「まあそこまで言うならこっちも本気だしちゃうわ!」
「恩にきるよシエナ」
シエナとの話も終わったところで、ププが迎えにやってきた。
「ふむ。早いなハルクのやつ」
ベーラはハルクの待つピアノのある部屋へと向かった。
ハルクはピアノアレンジしたその曲を、ベーラに聞かせる。
「まあ改良もしていきますけど、こんな感じになりましたけど、どうですか?」
「うむ。予想以上の出来に感動している」
「…それは良かったです」
無表情のベーラだったが、内心はとてもテンションが上がっていた。
「……軽く合わせてみます?」
「うむ。いいだろう」
それが終わった時、ハルクは驚いて目を見開いた。言葉も出ずに、ベーラを見つめる。
「…どうした?」
「いや……その……予想を遥かに超えて、凄くって……」
「それは良かった。まあこれから毎日練習していけば、何とかなるだろう」
ハルクはベーラの両手をガシッと掴んだ。
「絶対! いいものにしましょう!! ベーラさん!」
「うむ。よろしく頼むよ」
「そういえばベーラさん、このRINEて人、誰なんですか?」
「ああ、それな…」
それから毎日、朝と訓練後に2人は集まって練習を行った。
そしてパーティーの前日の夜、シエナの部屋にベーラは集まった。
「どうかしら!」
「うむ。悪くないな。明日もこれで頼むよ」
「おっけー!」
シエナはベーラをまじまじと見つめる。
「我ながら素晴しいわね…」
「感謝するよシエナ」
「でもさ、何で余興なんて引き受けようと思ったの? ベーラそんなの興味あった?」
「いや、別に」
「……じゃあ、どうして?」
ベーラはふっと笑って言った。
「友人が困っていたから、助けようと思っただけだよ」
「……?」
「まあ、明日も頼むよシエナ」
「え? う、うん! 任せて!」
ベーラはそのまま部屋に戻ると、シャワーを浴びてさっさと眠った。
しばらくして、ジーマがシエナの部屋にやってきた。
「あれ? ジーマさん。どうしたんですか?」
「いや、さっきベーラ来てなかった…?」
「来てましたよ!」
「ど、どうだった…? 明日のこと…何か言ってた?」
「さあ…何をするかまでは…私はヘアメイク頼まれただけなんで…」
「へ、ヘアメイク?! ベーラが?」
「とっても可愛くなりましたよ〜! まあ、私の腕にかかれば! ふっふっふ!」
「……本当に大丈夫かな…」
「ただの余興でしょ? そんなに心配すること?」
「いやいや! 他国の王族がたっくさんやってきてね、もう恐ろしい雰囲気だよ…しかも皆、毎年余興を楽しみにしていてね…いっつもプロの演奏者がバイオリン弾いたりしてたんだけど…」
「ええ?! そんなに凄いパーティーなの?!」
「そうだよ…何かやらかそうものなら、それはもう大陸中の恥さらしに…」
「……」
シエナも引きつった表情で彼を見た。
「ああ〜……明日が怖いぃ……」
「わ、私は…私は知りませんよ…私はヘアメイクするだけですもん…知りませんよ…」
頭を抱えるジーマを見て事の大きさを知ったシエナは、もう知らんぷりするほかなかった。
そして、パーティーの当日となった。
他国の王族たちがぞろぞろと城に集まってくる。
大食堂はパーティー仕様に外装を変えられており、特別国家精鋭部隊の皆も、国王のはからいで招待され、見合った正装を着て参加した。
「似合ってないぞ若僧」
「それはおめーだろ! 上裸じゃねえの珍しいな!!!」
スーツをまとったレインとアシードが会場に足を運んだ。ついでジーマもやって来る。いつもハネている髪型が今日はキレイにまとめられている。
「お前も似合ってないぞジーマ」
「え? そうかな…」
「眼帯してるからじゃねえの?」
「さすがに取れないよ…目ないし」
「怖えよ…とんなくていいよ…」
いつもと違うその雰囲気に、皆は何だかそわそわしていた。
「女どもはおせーな」
「セシリア様にドレス借りて着替えているよ」
「そりゃあ皆、美しく着飾るんだろうからのう。楽しみじゃなあ!」
「ニヤニヤすんなよ…ほんとキモイおっさんだな…」
「そういえばハルクがおらんのう」
「ベーラと一緒に、ギリギリまで練習してそのまま控室で待機するみたいだよ」
「例の余興か…。なぁジーマ、本当に大丈夫なのか?」
「…さあ」
「さあって…お前…」
「我が同士の晴れ舞台じゃ! 応援しようではないか!」
「内容によっては今日1日同士であることを辞退するぜ」
「はぁ……怖い……」
男たちがそんなことを話していると、シエナ、ベル、メリが3人並んでやって来た。
髪型を整え、パーティー用の映える化粧を施し、カラードレスを身にまとった3人の登場に、男たちは目を見開いた。
シエナは黄色、ベルは青、そしてメリはピンク色のドレスを着ていた。シエナはハーフアップに、ベルはアップでお団子に、メリは細かくカールさせて髪をおろし、皆輝くような本物の宝石のついた髪飾りやアクセサリーを着けている。
「おお! 想像を超えてきよったな!」
「何を偉そうに言ってんだおっさん」
「3人ともよく似合ってるのう!」
ベルは微笑んだ。
「ありがとうございます」
シエナも腕を組んで、ドヤ顔だ。
「当然じゃない! 私がヘアメイクしたんだから!」
メリは初めて着たドレスと、綺麗に整えてもらった髪型と化粧に、恥ずかしそうに俯いている。
シエナはジーマの元に駆け寄った。
「ど、どうですか? ジーマさん!!」
「うん。綺麗だよ。ここにいるどの女性よりも」
「はうあ!!」
シエナは目をハートにして、後ろに倒れ込んだ。
「シエナさん! 大丈夫ですか?!」
「ら、らいりょうぶ〜〜」
「……」
ベルはシエナを起き上がらせて、会場の隅に移動した。
「アグに見せられなくて残念だな〜」
レインはメリに近づくと、そう言った。
「なっ、何言ってるんですか…」
「えー? だってめっちゃ綺麗だからさ!」
「えっ」
「まあ結婚式までとっておくのも悪くねえか」
「……」
メリは仏頂面で唇を尖らせた。
「それでは皆様、心ゆくまでパーティーをお楽しみください!」
司会者の挨拶が終わってパーティーが始まると、皆は自由に食べ物をとってきて食べながら話をした。
最初は楽しんでいた皆だったが、余興の時間が近づくにつれて神妙な面持ちとなる。
「おい、次じゃねえのか……」
他国のダンスパフォーマンスが終わって、最後のトリを飾るのがセントラガイトの余興だ。
「き、緊張する〜!」
「何でシエナがするのよ!」
「頼む…神様ぁ……」
「いざとなったら他人のフリだ、他人のフリ…」
ステージにはグランドピアノとマイクスタンドが設置された。
会場の王族たちは皆ざわつく。
「あれ? 締めはいつものバイオリン演奏じゃないのか?」
「あれを楽しみにしていたのになぁ…」
部隊の皆はざわつく城内にはらはらしていた。
「それでは最後に、セントラガイト国による余興です!」
皆は息を呑んだ。
 




