壊れる友情の先
リアナがラディアのことを振ったのもつかの間、ミラの鎖が外される日が突然やってきた。
ミラの母親が、事故で死んだのだ。
すると父親がやってきて、そのことを伝えると共に、彼女の鎖を外した。
父親はたくさんのお金を置いて、それ以降のことは自分でなんとかしろとだけ伝えて、街からも姿を消した。
「ミラ……」
リアナは、ミラは悲しんでいると思っていた。
だって、ミラを鎖で繋いだとはいえ、毎日ご飯を運んでくれた、実の母親が死んだのだから。
でも、ミラは泣かなかった。
「私、自由になっていいのかな…」
「いいんだよ、ミラ。ミラは、今日まで、勉強だって頑張ってきたじゃない! ミラなら外の世界に出ても、絶対にうまくやっていけるよ!」
「リアナ……」
「困ったことがあっても、俺とリアナがついてるから! な!」
「ラディア…二人共、ありがとう。これからのことは、ゆっくりと考えるわ」
すると、ミラは言った。
「ねえ、私、シィトルフォスに行ってみたい!」
「そうだな。せっかく外に出られるようになったんだしな」
リアナが黙っていると、ミラは彼女に向かって言った。
「リアナも!」
リアナはパッと顔を明るくして言った。
「わ、私も行っていいの?!」
「もちろんよ!」
「や、やったあー!」
3人でシィトルフォス…! 一度近くまで行って、水晶だけとってきたことはあるけど、中にまでは入らなかったから…どんなところなのか楽しみだなぁ!!
ミラが自分も来ていいと言ってくれたことが嬉しくて、リアナは満面の笑みを浮かべていた。
「明日、早速行ってみない?」
「いいけど、今の時期は寒気のピークだから、ツアーはやってないんじゃなかった?」
「大丈夫よ! 貸し切りのほうが楽しいじゃない!」
自由になったミラは、どことなくいきいきとしていた。
翌日、3人はシィトルフォスに向かった。
「さ、さ、寒い……」
ミラは雪山を登りながら、寒さに震えていた。
「だからやめといた方がいいって言ったのに…。俺たちにはミラが防寒能力を付加してくれてるけど、自分にはつけられないんだろ?」
「何とか呪術で特別製の防寒着を作ってみたけど、それでも…うう…寒い…。まあ大丈夫…耐えられないレベルではないわ」
リアナとラディアも、もちろん寒かった。能力が付加されてこの寒さだ。
確かに、この寒さは貸し切りできるのも頷けるな…。
「ねえ! 吹雪がきそうだよ!」
「氷の洞窟に入ろう!」
3人は氷の洞窟に避難した。
洞窟の中は全て氷で出来ている。もちろん中も寒いが、外よりはましだった。
洞窟内の美しさに、3人は感嘆の声をあげる。
「すっごーい!! ねぇ見て! これ全部氷なの?!」
はしゃぐリアナを見て、ラディアは笑った。
「とっても綺麗ね…」
「ああ……これは本当にすごい」
3人は、洞窟の奥へと進んでいく。
「ねえ! この細い道何かな!」
「そこ…道なのか?」
道と呼ぶには狭すぎるが、右側に大きな割れ目ができている。
「えい!」
ミラは収束された熱の球を放出すると、必要な氷を溶かし、その細道の幅を広げた。何とか人が通れるくらいになった。
「すごいミラ!」
「行ってみましょ!」
ミラは成長と共に、リアナとラディアという二人の呪人を出しながらでも、他の呪術を使えるくらいの力を手にしていた。
リアナはわくわくしながら進んでいく。
(おいおい…こんなところ通って大丈夫か…?)
道を通り抜けると、広い場所に出た。
「うわぁ…すっごい…見て! 湖があるよ!」
リアナは湖に近寄った。
おもむろに手を入れると、その冷たさに思わず手を抜いた。
「痛ぁ!!!」
「おい! 大丈夫か?!」
「つ、冷たすぎる…」
「この中に落ちたら死ぬな…」
ラディアも彼女の近くに駆け寄った。
ミラは少し離れたところで二人を見て、にやりと笑った。
すると、湖の中からおぞましい姿のモンスターが現れた。上半身は人間、下半身はタコのような触手でできている。
突然のことに、俺もリアナも一瞬固まったかのように身動きがとれない。
「!!!」
「な、なんだこいつ……」
そのモンスターはリアナを見ると、彼女に触手を伸ばして襲いかかった。
「おい! 逃げろ!!」
「た、助けて!」
二人は懸命に逃げたが、モンスターはその触手で彼女を捕まえると、湖に引きずり込もうとした。
「リ、リアナ!!」
ラディアはリアナの手を掴んで、何とか彼女を逃がそうと懸命に引っ張った。しかし、触手の力は強く、ラディアも一緒に引っ張られていく。
ミラはちっと舌打ちをした。
そして、リアナはそれを見逃さなかった。
(ミ、ミラ……?!)
ミラはリアナを見ると、ニッコリと笑っていた。
リアナは喪失とした表情で、彼女を見た。
ラディアは懸命に腕に力を込める。
(駄目だ…このままじゃ湖に引きずりこまれる。その時点で凍死は確実だ…!!)
モンスターは他の触手でラディアの足を掴み、リアナから引き剥がそうとした。
(くそ…リアナを狙ってんのか…?! 一体何で…!!)
ラディアはリアナの手を強く握った。
「ラ、ラディア…」
(くそ…足がちぎれそうだ…けど絶対…絶対離さねえ…)
「ラディア…もういいよ…」
「何言ってんだよ! 絶対離すなよ!」
「離していいよ…私が消えれば、それで済むから…」
リアナはそう言って、ミラの方を見た。
ミラもハっとして彼女を見る。
「ミラ…ごめんね…私なんていなければよかったね」
「リ、リアナ……」
「私がいたら、二人共幸せになれないね…私のせいで…うう……ごめんね…ごめんねミラ…」
ミラ…私ね…
本当はずっと前からラディアのことが好きだったよ。
ミラもラディアのことが好きだと知って、
おんなじ人を好きになったんだって私、
本当は少し嬉しかったの…。
でも私は恋なんて知らないふりをして
もうこの気持ちに蓋をして決めた。
ミラを応援しようって…
だってそうしたら、二人共幸せになってくれると思ったから
でも、駄目だった…
ラディアが私を好きだと言ってくれて、嬉しかった。
キスをされて、せっかく蓋をした気持ちが溢れそうだった。
でもミラを裏切るなんて、私には出来ないよ。
ミラが私を作ってくれた。
私はミラの呪人なんだもの…
ミラの部屋で一緒に眠ったね。
ベッドにうさぎのぬいぐるみがいるのを見て、私、すごく嬉しかった。
「ミラ、大好きだよ」
そう言ってリアナは、ラディアの手を離した。
リアナは湖に引きずり込まれていく。
「リ、リアナああああああ!!!」
ラディアの悲壮な叫びが洞窟内に響いた。
すると、その瞬間、時が、止まった。
(え……?)
時が止まっているのを、ラディアは感じる。
突然の出来事に、全く頭が追いつかない。
な、なんだ…?!
ラディアは身体を動かせない。止まっているのだ。
リアナもまたこれから死ぬことを理解した、恐怖にまみれた表情で固まっている。
湖の飛沫も、空中に浮いたまま、小さな宝石のように止まっていた。
すると、不思議なモヤが現れ、その中から金髪の長い髪の女が現れた。
(だ、誰だ……)
大変美しい顔立ちで、まるで童話にでも出てきそうな女神のようなドレスを纏っている。その右手には似つかわしくない黒い槍を携えていた。
「やっと見つけました……ゼクサス!」
女はそう言って、触手からリアナを解放すると、ラディアのそばに優しく置いた。
(………助けて、くれた?)
「間に合いましたね」
すると、ガクンと衝撃が走って、時が動き始めた。
「わぁ!」
リアナは俺に倒れ込んで、俺もすかさず彼女を支える。
女はモンスターの動きを止めた。そのままモンスターは固まった石のように、湖の中に沈んでいった。
俺はミラの方を振り向いた。
ミラはこれまでに見たことのないような怒りを顕にしている。
その目は真っ赤に煮えたぎっていて、こちらを睨んでいる。
「ミラ……?」
変貌した彼女を見て、ラディアは驚く。
「あの子には、ゼクサスが取り憑いています」
「ゼクサス……?!」
「人間の、憎悪の塊です」
「………?! あなたは一体……」
「私の名はエクロザ。エクロザ・スピル」
ミラはエクロザと名乗ったその女に向けて、どす黒いオーラに包まれた光の球をいくつか放射して攻撃した。
エクロザが手をかざすと、その光の球は動きをとめ、しばらくすると、その球はミラの方を向いて襲いかかった。
ミラは舌打ちしてそれを避ける。
その球の1つが彼らが入ってきたところにあたって、氷が崩れて出口が塞がれた。
「邪魔するなあぁぁあああ!!!!」
「ここで死になさい! ゼクサス!」
エクロザは槍を構えてミラに向かっていく。
「ミラ!」
リアナはハっとして、ミラに駆け寄った。
「リアナ!」
ラディアが叫ぶのも聞かず、リアナはミラの元へ急ぐ。
「消してやる! リアナ! お前なんか!!!」
ミラはリアナを見るなり、怒り狂ったように彼女に言った。
「ミラ!」
リアナはエクロザがたどり着くより先に、ミラの元に着いた。そしてエクロザの方を向くと、ミラを守るように立ちふさがった。
それを見てエクロザは驚いた表情を浮かべる。
「どいてください!」
「どかない! ミラを殺さないで!」
「その子はもう、ゼクサスに支配されているんです!」
「ミラは私の大切な人なの!」
ラディアもまた、リアナのところへ急ぐ。
「リアナっ!」
自分を守ろうとするリアナを見て、ミラは驚く。
そして彼女に取り憑いたゼクサスもまた、彼女を見ていた。
【この子は……】
ゼクサスは笑った。
【この子は私の求めていた………】
ミラの中から、別の誰かの真っ黒い手が現れ、リアナに向かって伸びてくる。
「!!!」
エクロザもそれに気づいた。
「やめなさい! ゼクサス!!」
エクロザはその手に向かって、黒い槍を突き刺したが、黒い手はするりと抜けて、槍は空振った。
その黒い手はリアナに潜り込んで、彼女の核を握りしめ、取り出した。
「やめろ!!!」
ラディアも彼女の核に飛びついて、その手に取られないように必死に握りしめる。彼女の核がだんだん黒く染まっていく。
くぅ……
【離せ…この子は私がもらう】
「させない! そんなこと!」
リアナ…リアナ……!!
絶対……渡さない……!
すると、リアナの核は2つに割れた。
「!!」
その勢いでラディアは尻もちをつく。
その手はリアナの片割れの核を握りしめたまま、リアナの身体を奪った。リアナの白髪が、紫色に染まっていく。
ゼクサスは気絶しているミラを念力のように持ち上げ、湖の向こうまで飛ばした。
【お前は用済みだ!】
すると、ミラの身体を巨大な氷が覆った。
【凍り付け!】
ミラはあっという間に氷漬けにされた。
「ゼクサス!!」
エクロザが槍をリアナの身体を奪ったそいつに向けるが、空振りしてしまう。ゼクサスはふっと笑うと、そのまま何処かへ消えてしまった。
ハァ…ハァ……
一体……一体何が起こったっていうんだよ…
「リアナ……リアナ………」
ラディアは半分に割れたリアナの核を見つめて、震えるように泣いた。
「た、助けてください…リアナ…リアナを…助けて……」
俺はすがるような思いで、エクロザという女に助けを求めた。
「私と一緒に、きてください…」
俺は頷いた。リアナの核を大切に握りしめたまま、エクロザと一緒にモヤの中へ入った。




