表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

134/341

セシリアという姫君

「おい! この穴か?!」


騎士団たちが、鬼が現れるという穴の前にやってきた。彼らは穴に飛び込むと、とんでもない光景を見つける。


「こ、これは……」


首をはねられた三人の子供たちの死体と、刀を手に持ったまま気絶している栗色の髪の少年。


「鬼が…いない……」

「この子はまだ生きてるぞ!」

「おい! 大丈夫か?!」


彼らに呼びかけられても、少年の意識は戻らなかった。

死んだ子供たちは引き上げられ、またジーマは彼らに保護された。


城の一室に寝かされたジーマが目を覚ますと、そこには一人の美しい少女がいた。


「やっと起きましたね」

「………」


目の前のエメラルドグリーンの髪の、大変美しいその少女は答えた。


「私はセシリア・セントラガイト。この国の姫です。鬼を倒したのは、あなたですか?」

「………」


ジーマは自分の右手を見た。そこには黒刀が握られている。

それを見てジーマは、全てのことを思い出した。


「俺に近寄るな………」

「え……?」


ジーマはまるで鬼のような、冷たい瞳で彼女を見ると、それだけ言った。


「早く俺の前から姿を消せ。そうしねえと、殺す」

「……わかりました」


セシリアはそう言って、部屋から出た。


【ひゃっははは!! ようやく目を覚ましたな!! お前が気絶したら取り憑いた俺も気絶しちまうんだよ! おかげでせっかく殺した子どもたちを食いそこねたじゃねえか!】


彼女がいなくなると、黒刀に宿った鬼がベラベラと話し始めた。

ジーマは凍るような瞳で、その刀を睨みつけた。その刀はやはり手から離れない。そしてそれを持っていると、まるで鬼に取り憑かれたかのように、性格も口調も自ずと変わってしまうのだ。


「てめぇ、何で俺の仲間を殺した…」

【はあ?! 俺じゃねえよ! お前が斬ったんだぜ! 大体あんな弱い奴ら、お前の仲間じゃねえだろ】

「何で俺が……あいつらを斬らなきゃなんねーんだよ……」

【知らねえよ! お前が殺ったんだ! お前は鬼を宿らす器があった。お前は誰かを斬ることで、その強さを自覚するんだ。お前は自分が誰よりも強いと知っていて、仲間なんて求めず1人で生きていくことができる! だから俺はお前に取り憑いたのさ。お前と一緒なら、俺はたくさんの人間を殺して食うことができる! そう気づいたからな!】

「………」


鬼の言葉に耳を傾けていくうちに、まるで何かに洗脳されたかのように、俺は鬼の言うことを理解し始めた。


そうか…俺には…

俺には仲間なんて、要らなかったんだ。


俺は一人で、この鬼と、生きていくんだ…。


この世界で、俺は一番強い…

そうなりたくて、そう信じていて、

それが、鬼が俺を選んだ理由なんだ……


「わかったよ……」

【お? 俺の言ってること、理解できたのか?】

「ああ。よくわかった。お前は俺に憑いてくればいい。俺はお前を、受け入れてやるよ…」

【ぎゃっはっは!そうこなくっちゃあな!】


鬼は満足したように高笑いをした。


「じゃ、いい加減この手から離れてくれるか」

【ああ、いいぜ。その代わり、俺を裏切るんじゃねえぞ】

「わかってる」


そして黒い刀は、ジーマの手から離れた。


「………」


その日から、彼にはその刀を通じて鬼が取り憑いた。

そして、彼は心を閉ざした。

どうせ必要ないと、簡単に斬り捨てられるような仲間なんて、もう要らない。

俺はこの鬼と一緒に、誰よりも強くなる。それだけ。


コンコンと、ジーマの部屋のドアを叩く音がした。

刀が手から離れた彼の瞳は先程よりは柔らかくなっていたが、彼の心は閉じたままだった。


「入りますよ」


先ほど姫を名乗った少女が、食事を持って入ってきた。


「そろそろ、お腹が空いたのではありませんか?」

「……ありがとうございます。でもそれを置いたら、出ていって」

「うふふ…そうはいきません。あなたと一緒に食べようと思って、私の分も持って来たんですもの」


セシリアはそう言って、ベッドの横にある机に二人分の食事を並べた。

お腹が空いていることもあり、その見たこともないようなご馳走に、ジーマは喉を鳴らした。

セシリアは笑って、彼の椅子を引いた。


「どうぞ」


姫だというのに、まるでメイドのように彼にふるまうセシリアを見て、ジーマは不思議な気持ちだった。


手を合わせて、二人は食事を食べ始めた。

お腹の空いていた僕は、あっという間に食事を平らげると、彼女に話しかけた。


「なんで姫様が、僕に構うんですか。他の家来たちにやらせればいいでしょう」

「そうね。でも私、あなたと話してみたかったんですもの」

「…どうしてですか?」

「鬼を倒したのがこんなに若い男の子だなんて、驚いたので」


セシリアはニコっと微笑んだ。その優しい笑顔は、不思議と心を惹きつけた。


「でも酷く悲しんでいることでしょうね。あなたのお友達は、鬼に斬られて皆死んでしまったのですから」


セシリアがそう言ったので、僕はふっと笑った。


「鬼じゃありませんよ。あそこにいた子供たちを殺したのは僕です。この刀で、僕が斬ったんです。刀の血を調べてもらえばわかると思いますよ」

「いいえ。あの子達は、鬼に斬られたのです」

「だから、皆、僕が……」


セシリアは優しい瞳で僕を見て、首を横にふる。


「では、どうして泣いているのですか?」

「え………?」


ジーマの目からは、涙が流れていた。

セシリアはじっと僕を見て、何も言わずにいた。


僕は呆然として、動けなかった。

しばらく沈黙のまま、セシリアは食事を続けた。


そして彼女は、言った。


「この国の騎士団に、入っていただけませんか?」

「え…?」

「鬼を倒せるほど強いあなたなら、優秀な騎士になってくれると思いますので」


セシリアの突然の誘いに、頭が追いつかなかった。

エリルさんや皆と、騎士団に入ることを夢見て毎日鍛錬した日々を思い出す。


でも今の僕は、騎士にはなりたいが、仲間はほしくない。


「もし、断ったら?」

「子供たちを殺した罪で牢屋に入れます」

「…はは…ははは…」


ジーマは自分を脅す彼女を見ながら、笑うしかなかった。


「いいですよ。入ります」

「ふふ…良かったです」


セシリアはそう言うと、食事が済んだみたいだ。終わったお盆を持って、立ち上がる。


「また明日、来ますね。それじゃあ私はこれで」


そう言って、セシリアは彼の部屋を出ていった。


不思議な女の子だった。

これまでに会ったことのないくらい美しくて、まだ幼いのにも関わらず、その立場あいまってか非常に大人びた様子で落ち着いていて、でも時折見せる笑顔だけは子供のようににこやかで、優しく穏やかだった。


【おい、騎士団なんかに入るのか?】

「牢屋に入るよりはいいでしょ」

【まあ確かにな! ぎゃっはっは! 正当な立場で雑魚共を殺しまくるのも悪くねえな!】


そして彼は、騎士団に入った。


アシードという騎士団長にやたらと構われ、嫌気がさした。

その事をセシリアに話すと、彼女は大笑いしていた。


「いや、笑い事じゃないんですけれど…」

「ジーマ、あなた本当に面白いですね! アシードの顔が目に浮かびます! うふふふ!」

「はぁ…何であんなに頭の悪そうな奴が騎士団長なんですか…。もっとマシな奴がいるでしょう」

「あははは! アシードの事をそんなにけなしたのはあなたが初めてですよ! でも彼はあなたが思っているような悪い人ではありませんよ! 彼はとっても強くて、皆に優しくて、騎士としての誇りを誰よりも持っているんです」


まあ確かに、訓練にも誰よりも早くに来ているようだし…真面目そうではあるけれど…。

暑苦しいのが性には合わないな。


僕は騎士団の皆と仲間になるどころか、関わることすら拒んで、あっという間に孤立した。それが僕の望みだったので、僕は満足していた。

でも、皆の武器の手入れだけは毎日かかさずやった。武器の手入れをきちんとすることは、エリルさんに教えてもらった騎士としての大切な心得の1つだったから。

もちろん、騎士たちはそんなことを気づくはずもなく、僕を厄介者の生意気な新人として扱っていた。僕もそれでよかった。僕は一人でいたかったから。刀を抜いた僕が、いつ皆を殺そうなんて思いたつかもわからなかったから。あんな思いをしないために、仲間なんてもう、二度と作らないと決めていたから。


でも、セシリアだけは違った。セシリアは姫様で、本来すごく偉い立場の人だったけど、まだ若かった僕はそんなこともあんまり気にしていなくて、たまに城で彼女に会いにいっては話をするような、そんな関係だった。


「うふふっ! また他の騎士たちが、あなたの悪口を言っていましたよ。アシードさんの訓練に文句つけたんですってね? 新人のくせにって…ふふ…あなた、本当に面白いですね!」


セシリアは笑いながら、僕にそんなことを言う。


「古いんですよ…やり方が……。もっと効率よく強くなれる方法があるから、それを教えただけですよ」

「うふふ! そうですね! アシードは昔からの風習や、かつての先輩騎士団長たちのやり方が正しいと、信じこんでいますからね!」

「だから早く団長かえろって言ってるんですよ…」


最初は主に、訓練や仕事の愚痴ばかりだったが、楽しそうに彼女は聞いてくれた。

それからだんだん、彼女自身の話も聞くようになっていった。


「6歳のときから、10個も習い事をさせられたんです! 一週間は7日しかないっていうのに、おかしいでしょう? それとは別に、毎日勉強漬け! もう参っちゃいました!」

「それは…大変でしたね…」

「それが嫌になって、一回だけ家出したことがあるんです。そしたら私、森の中で迷子になっちゃって、猛獣に襲われたんです。でもその時、たまたま通りかかった騎士を目指す若者が、私を助けてくれました。その方が言ったんです。女の子を守るのは騎士として当然だって! 素敵ですよね!」

「そうですね」


僕はにこやかに、彼女の話を聞いていた。彼女には友達なんて一人もいなかったから、誰かとこんな風に、話をしたかったんだろう。


そして僕が、セシリアのことを好きになるまでには、1年もかからなかった。

心を閉ざした僕が、唯一心を開いた、5つも下の、美しくて、優しくて、手の届くはずのない、彼女のことを。


彼女と話をしている時だけは、僕の中から鬼が消えた。

それに気づいて、彼女が僕にとって、特別な存在なんだと、思い知った。


だけど、僕はただの騎士、彼女は一国の姫。

本来、そんな気持ちを抱くことすら、許されるわけがないのに。


1年くらいして、ベーラという人が国家専任呪術師として、王のところにやってきた。

初めて彼女が来た日、国王のところに報告に行くと、練習場を直してくれるとのことで、その場所を案内した。


その時はさっさと案内だけして寮に帰ったのだが、次の日早朝練習にくると、練習場がピカピカになっていた。

パッと見て汚かったり壊れていたりするところだけではなく、誰も気づかなそうな細かいところまで治されていて、僕は驚いた。

そして、少し違和感を覚えた。

国王はベーラを男だと言っていたのに、こんなに細かいところまで気配りができるなんて、まるで女性みたいだなと。


そんなことを考えていると、国王に呼び出されて、シャルメリアの国内戦争を止めてほしいと言われた。そこには昨日会ったベーラもいた。


ベーラはずっと無愛想で、僕と同じように、他人と関わる気がないことがわかった。それを知って、僕もちょっと、気が楽だったのかもしれない。


任務を終えると、お腹の空いたベーラに気づいて、飲食店に入った。

メニューの端から端まで注文して、あっという間に平らげていくベーラを見て、そのギャップに僕は思わず笑ってしまった。


「あはっ、あはははは…!」


ベーラは動じずに、僕を見ている。


「何がおかしい」

「いや、ははは…そんなに食べるんだね、君…」

「いけないか?」

「構わないよ。好きなだけ、どうぞ」


ベーラはあり得ないほどの量を食べていたが、その食べ方がすごく綺麗だった。それを見て、僕は、直感だったけど、やっぱりベーラは女の子なんじゃないかって思った。


食事を終えた僕は、ベーラに個室の鍵を渡した。

念の為部屋を2つとっておいて良かった。

ベーラはその鍵をもらって不思議そうにしていたけど、特に何も言わなかった。


仕事から城に帰ってきて、僕はセシリアとその話をした。


「うふふ! そんなに大食いだったなんて知らなかったわ! 今までの食事じゃ足りていなかったに違いないわね! これからはもっと大盛りにしてあげないといけないわ」

「ああ、その方がいいかもしれませんね。はは…おかしくって、涙が出そうでしたよ」


セシリアは笑っている僕を見て、どことなく嬉しそうだった。


「ねえジーマ、あなたも本当は、もっと誰かと笑い合いたいんじゃないですか? あなたはいつも一人で仕事をしているけれど、本当は騎士団の皆とも、一緒に仕事をしたいんじゃないですか?」

「……そんなことは…ありません。僕は一人でいいんです。たまにこうして、あなたが話を聞いてくれたら、それで」

「そう…ですか…」


セシリア様、僕の心には鬼が憑いているんです。

僕は誰とも一緒に、戦ったりはしません。


でも、ただ、あなたがいてくれたら。

あなたと話している時だけ、僕は人間でいられるから。

それだけで、いいんです…。


そしてまたある日、呪術師の集団反乱事件が起こり、僕はまたベーラとそのアジトに向かった。

その途中、ベーラが人質にされ、僕とベーラは牢屋に捕まってしまった。


「すまない。私もお前の邪魔をしてしまったな」

「まあ仕方ないよ」

「私のことなど気にせず、倒してしまえば良かったのに」


(いや、女の子を守るのが騎士だから…)


と言おうと思ったけれど、ハっとして言うのをやめた。


そのあとベーラは呪術でポポを作り出し、鍵を取りに行かせた。

僕は無意識に、ベーラに聞いた。


「ねえ、君は、誰かを好きになったことある?」


こんな場所で何を言ってるんだとも思ったけれど、僕は誰かに、その話を聞いてほしかった。


「いや、ないが」

「そっか…」

「なんだ突然。誰か好きにでもなったのか」

「……ここから無事に出たら、話を聞いてもらってもいいかな」

「別に構わないが」


ベーラが恋愛なんてことに関心がなさそうなのはわかっていた。だから僕も、話しやすかったんだと思う。


僕らは仕事を済ますとその後寮の僕の部屋に行った。僕がセシリアを好きだと話をすると、ベーラは言う。


「お前、随分無謀だな」


(はは…そうだよね…)


「そんなにはっきり言わなくても…」

「一国の姫が騎士団の男を好きになるなど、普通はないと思うが」

「いや、そうなんだけどさ…」


僕は改めて、その恋の無謀さを思い知った。

しかしその後ベーラは言った。


「まあ、誰かが誰かを好きになるのを止める権利なぞないか」


そう言ってもらえて、僕は嬉しかった。


「何で私にこんな話をする。私は恋愛経験など皆無だぞ」


僕は笑って、答えた。


「いいんだ。誰かに、話したかっただけだから」

「他に話すようなやつはいないのか」

「いないかな。ここでは僕はいつも一人だから」

「あの元騎士団長とは親しげじゃないか」

「彼はそういう話ができるような人じゃないから。というか、僕が彼と仲いいって、よく知ってるね」

「え?」


アシードが騎士団長を辞めたのはベーラに会う前のことだった。アシードとはそれから、少し打ち解けて、たまに一緒に居残って訓練をしては、話をすることもあった。ベーラはその事を、知っていたらしい。


そして僕は話を続ける。


「別にセシリア姫様とどうにかなりたいってわけじゃないんだ。だけど、また話、きいてくれる?」

「構わないよ」

「よかった。君にはね、なんだか言いやすいんだ」

「なぜだ」

「なんでかな。僕に、似ているからかな」

「……」


僕はベーラによくセシリアとの話を聞いてもらった。ベーラに彼女のことを話すようになって、僕は本当にセシリアのことが好きなんだと客観的に実感できた。


あんなつまんないノロケ話を、よくベーラは飽きずに聞いてくれたものだと、今なら思う。


そして僕が18歳になったある日、夢のような出来事が訪れる。

騎士団としての実績が認められて、セシリアの護衛に選ばれたのだ。


僕は感極まって、ベーラにその事を話したりもした。


「いや、明日からずっとあの人のそばにいられるなんて…夢みたいだよ」


そして僕とセシリアの新しい生活が始まった。













評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ