リンカの家
ヌゥとアグは、忍びの国を歩き回っていた。
「お前、その覚醒状態からまだ戻んねえの?」
アグは、白髪の彼を見て、そう言った。
「うん。戻り方、わかんない。でも大丈夫。俺は怒ってないし、誰かを殺そうとも思ってない。いつも通りの、いや、アグがそばにいるから、いつも以上に、穏やかな気持ちだよ」
「そうかよ…」
白髪のヌゥを、まじまじと見たことはこれまでなかった。いつも覚醒してもすぐに戻っていたし、覚醒中は戦闘中だったりしていつもせわしない時だったから、あんまりよく見ていなかった。
改めて今彼を見て、アグはなんだか違和感を覚える。
髪と瞳の色が異なるのは明らかだが、顔は同じ、彼のものなのに、なんだかいつもと違う。そんな気がしてならない。
「ねえ、この国のお金って持ってないよね」
「持ってねえな。腹減ったけど、何にも買えねえな。なんなら泊まるとこもないな」
「だよね…」
そんな話をしていると、ある女性が二人に声をかけた。
「ねえ、あなたたち…」
ヌゥとアグは、なんやかんやで、彼女の家に泊めてもらうことになった。
彼女の名前はリンカ。ユークの墓を探している異国の者がいると聞いて、探していたのだという。
話をするうちに、リンカはユークとヒズミの昔からの友達だと言うことがわかった。
お金もなく宿もない二人の事情を知って、リンカは一人暮らしの自分の家に泊まっていっていいと言ってくれた。
畳ばりの部屋がいくつかあり、一人で住むには広い家で、ヌゥとアグもゆっくり出来た。
彼女と話をするうちに、ヒズミが死んでしまったこと、そして彼の遺体をユークの隣に埋めたことを話した。
「二人共…ありがとう。ヒズミとユークは昔、両思いだったんよ。ユークは海に出て、未知の大陸を見つけて旅することが夢やってな、彼女が死んでもて、ヒズミはそれを叶えようと一人で航海に出たんよ」
「そうだったんですね…」
「ヒズミは何年も帰ってこんくて、誰も彼の安否を知ることさえできんかったわ。彼が死んでしもたなんて、今でも信じられへんけど、彼は外の大陸を見つけて、あなたたちに出会ったんやな」
「……」
リンカは目を潤ませながら、話をした。
「ヒズミを届けてくれてほんまにありがとう。ユークの隣やったら、ヒズミも寂しゅうないと思うわ」
それからヌゥとアグは、ヒズミの話を聞いた。彼がどんな子供で、どんな風に育ってきたのか、初めて知った。
その後、ヒズミとどんな風に出会って、どんな話をしたのかを、ヌゥは話した。
ヌゥは何とか涙をこらえて、彼との楽しい思い出をリンカに伝えた。
アグはそれをじっと聞いて、ヌゥがどんな風にヒズミと接してきたのか、どんな風に関わってきたのかを知った。
ごめんな…ヌゥ…。
ヒズミさんを死なせてしまって…。
あぁ、死ぬのが俺だったら、良かったのに。
ヒズミさんと笑ってるお前を見ていたら、俺も幸せだったのに。
お前がそんな風に悲しそうに笑う姿も、見なくてすんだのに。
そう思う反面、アグの心は揺らいでいた。
ヒズミさんは…ヌゥを愛してた。
だから、ヌゥのために、死んだ。
何だろう。この気持ちは。
なんでかわからないけど、心がズキズキする。
ヒズミさんが死んだっていうのに…
何で、こんな気持ち……。
何で……なんだろう。
アグはずっと、ヌゥのことを見つめていた。
「ああ、ヒズミの話きけて、ほんまによかった!」
リンカは満足そうだった。
「お腹空いたよな! そっちの部屋にシャワーあるからな。ご飯作ってくるから、先に浴びて待っとって。これ、フリーサイズのパジャマ、まだ開けてないやつ2つあったわ。よかったら使って」
「…ありがとうございます」
リンカはそう言って、台所に行ってしまった。
「だってさ。お前先に入ったら?」
「うん。ありがとう」
ヌゥは先にシャワールームへ行った。
「ハァ……」
アグは大きなため息をついた。
ヒズミさんが死んだなんて…信じられない。
屋敷での出来事が、まだ今日の話だなんて、頭が追いつかない。
俺たち、これからどうすればいいんだろう。
でも、よかった。一人じゃなくて。
ヌゥがいてくれて…良かった。
しばらくすると、ヌゥがシャワーを終えて、帰ってきた。
「………」
「ん? 終わったのか」
「………」
「なんだよ…。俺も浴びてくるぞ?」
「………」
ヌゥは何も喋らなかった。
俺はそのことを不審に思ったが、とりあえずシャワーを浴びた。
「はぁ〜すっきりした」
「……!!!」
俺が戻ってくると、ヌゥは俺をひと目見て、顔をそむけた。
「はぁ?!」
明らかに彼の様子がおかしい。
「何なのお前…さっきから」
「…何でもない」
ヌゥは何も喋らなかった。
やがてリンカが晩ごはんを持ってきてくれた。
「大したもんやないけど〜この国の魚はうまいで〜。白身魚、塩焼きしたから食べてや〜」
確か前にヒズミさんが言っていた気がする。彼の国では和食ばかりだと。ご飯に味噌汁に焼き魚、漬物に野菜の和え物。俺は美味しくそれをいただいた。
「リンカさん…とってもおいしいです! なあ?」
「う、うん…」
……何なんだよほんとに。
意味がわからん。
ヌゥは終始この調子で、俺は話しかけるのもやめた。
こいつも多分、混乱しているんだろう。
そうに違いない。
「それじゃあ、二人はこの部屋使ってええから、ゆっくり寝てな」
「ありがとうございます」
夜ご飯を終え、リンカはシャワーを浴びたあと、別の部屋で眠った。
畳の部屋に布団が2つ。リンカさんは友達がよく泊まりにくるみたいで、布団の用意もたくさんあるのだという。確かに俺たちをもてなす手際がよかった。
俺たちは部屋の明かりを消して、布団に横になった。
「ねえ、アグは誰かとキスしたことあるの」
「へ……?」
突然口を開いたかと思えば、何だいきなり。
「何でそんなこと聞くんだよ」
「いいから…教えて」
「……そりゃ、あるけど」
メリとは結婚を誓いあった仲だしなぁ…。
「そうなんだ……そうだよね…メリと結婚するんだもんね」
「…別にするとは言ってねえけど…そんな立場じゃねえだろ俺たちは」
「…そっか」
何なんだほんとに。
アグも不思議と、心臓が高鳴る。
「何だよ。誰か好きなやつでもいるのかよ。ヒズミさんのこと本当は好きだったかも、とか?」
「……俺、ヒズミとキスしたことあるんだ」
「………」
……え?
「無理矢理されたんだけど。その時は。ヒズミは俺のことが好きだって言って。その後、謝ってもくれたんだけど。それでこのこと、誰にも言うなって、言われたんだけど…
」
「……じゃあ、なんで俺に言うんだよ。それにお前は、ヒズミさんのこと振ったって」
「…うん」
何なの……そもそも今日の出来事が衝撃すぎて、頭が……追いつかないんだよ……。
なんでいきなり、そんな話をするんだよ…。
ヌゥは横になってアグを見つめると、聞いた。
「この話聞いて、アグはどう思うの」
「は?!」
どう……思う………だって…?
そんなの、何とも……
あれ………
何とも思わない……
え………?
「…………」
アグは、答えられなかった。
ヌゥは何も答えない彼を見たあと、そっぽを向いた。
「ごめん。変なこと言って。もう寝るね。おやすみ、アグ」
「……おやすみ」
そのまますぐ、ヌゥは寝息を立てた。
………。
………寝られねえ!
アグもヌゥと反対側を向いた。
意味が、わからない。
うん、それだ。意味不明。
意味不明すぎて……
あれ………
何これ………。
『アグはどう思うの』
似たような質問、昔こいつにしたっけ。
俺がベルとキスしたらどう思うの?って。
それのあてつけ…というか…掘り返し…というか。
その時こいつは、別に何とも思わないと、言っていなかったっけ?
何でさっき俺も、同じように、言えなかったんだろう。
正直、想像もつかない。
ヌゥが、誰かとキスしたなんて。
………それで俺は、どう思った…?
「ああぁ〜! もう!」
アグは頭を悩ませて、つい声が出た。
ハっとしてヌゥの方を振り向くが、彼は眠っていた。
駄目だ…今日は、頭が変だ。
今日はもう、寝よう!
アグは目を閉じて、何も考えないようにした。
時間はかかったけれど、何とか眠りについた。




