医療会とベル
「おい、水飲め!」
レインはベルに、コップに入った水を渡した。
「あ、ありがとうございます!」
「お前…少しは休んだ方が…」
「大丈夫です! まだ苦しんでる人がいますから!」
致命傷だった街の住民たちは、ベルのおかげで一命を取りとめた。しかし、けが人はまだ山ほどいる。
ハルク、メリ、レイン、アシードはけが人の看病や手当をしてまわった。
落ち着いたジーマとシエナも合流して、皆で街の人たちを助けた。
すると、休憩所の中に白衣を着たたくさんの人間が中に入ってきた。
「ここでけが人を保護していると聞いたのだが!」
「あ、あんたらは?」
レインが言うと、一番偉そうな立場の銀髪の男が答えた。
「医療会だ」
その数は30人近くいる。これだけ応援があれば皆助けられるはずだ。
「よし、B班とC班はここで軽症患者の手当だ。A班は手術室へ迎え!」
「あ、そっちは……!」
彼らの中でもエリートそうな、銀髪の男率いるA班と呼ばれた者たちは、ベルのいる手術室に入っていった。
「お、お前は…」
「リウム・ベル……」
「医療会を追放されたはずだ! なぜ医療行為を!」
医者たちは次々に声を荒げるが、銀髪の男は彼らの口を止めた。
「手術を続けろ。リウム」
「ルーシェさん……」
ベルにルーシェと呼ばれた銀髪の男は、そう言った。
ルーシェはベルが医療会に入ったばかりの頃、親切に色々教えてくれた医者だった。その腕も一流で、医療会でトップを狙える実力だったという。
「早く!」
「は、はい!」
医療会の助けもあって、治療は無事に終わった。
「彼女と、2人きりにしてくれないか?」
ルーシェは他の医者たちを部屋から出すと、ベルと話をした。
「ありがとう…リウム…」
「いえ…私は隠れて医療行為を……」
ルーシェは首を振った。
「私の妻も…君に救われた。君がいなければ死んでいただろう」
「…そうだったんですね。助けられて良かったです」
するとルーシェは、突然頭を下げた。
「リウム…すまない…」
「え…?」
「君が医療会から追放されるように仕向けたのは私だ…」
「……!」
どうして…ルーシェさんが…
あんなに私に良くしてくれていたのに…。
「私は君の才能が怖かった…。君がいたら医療会でトップになれないと思った私は、君が受け持った他国女王の手術の際、薬をすり替えた」
「………」
「本当にすまなかった。私はこの事を口外して、医療会を降りる。今からでも、君は医療会に戻って……」
「頭を上げてください。ルーシェさん」
悲壮な面持ちのルーシェを、ベルは優しい顔で見つめた。
「私は今、特別国家精鋭部隊として働いています。この仕事を辞める気はありません。私には…あなたの気持ちがわかります。あなたは素晴らしい医者です。女王様を死なせたことは許されることではありませんが、それを償うべく、医療会で働き続け、たくさんの人の命を救ってください」
「リウム……」
ルーシェは涙を流して、彼女に何度も謝った。
「すまない……リウム……本当にすまない………」
私も…大好きな皆を裏切りましたから…。
死ぬまで償うと、決めたんです。
ベルはルーシェの背中に優しく手をやった。
医療会はそのまま動けないけが人を引き取り、特別国家精鋭部隊にお礼を言って出ていった。部隊の皆は休憩所で休みをとった。
「やっと……終わったわね…」
メリは慣れない介抱に疲れて、休憩所に転がった。
「お疲れ様です」
ハルクは皆に飲み物をついで配った。
「ありがとうハルクさん」
「うむ! 感謝するぞハルクよ」
皆は飲み物を受け取って、休憩所に自由に座り込む。
「うう…」
ベーラが目覚めて起き上がった。レインは彼女に駆け寄る。
「おい、大丈夫か?」
「…レインか」
ベルもルーシェと話が終わって、休憩所に戻ってきた。
皆が揃ったのを確認すると、レインは言った。
「アシード……皆……すまねえ!!!」
突然レインが頭を下げたので、皆は彼に注目した。
「何じゃ?!突然」
「ど、どうしたのよ急に!」
「レイン?」
レインはゆっくりと顔をあげると、言った。
「アンジェリーナが……死んだ」
皆は目を見開いて、空いた口が塞がらなかった。
「うっうう……」
ベルは涙を流した。
「何があったのか、話してくれる?」
ジーマが言うと、レインは頷いた。
そしてレインは、過去に戻ったこと、疫病を流行らせたのがヴィリだということ、シャドウであるヴィリと戦い相打ちになった末、死んだ自分をアンジェリーナが命に変えて救ったことを話した。
信じられないようなことばかりのその話に、皆は頭が混乱したが、レインが嘘を言っているとは到底思えない。皆はその話を信じ、アンジェリーナの死を悲しんだ。
レインは酷く落ち込んで、その主人であったアシードに何度も謝った。
「顔を上げろ若僧。お前のせいではない。アンジェリーナはわしと同じ、騎士の心を持って、同士であるお前を助けただけじゃ」
「アシード……」
「お前はよく戦った。シャドウを倒したんじゃ」
「くぅ……」
レインは唇を噛み締めた。
俺の代わりに死んでしまったアンジェリーナ。
お前ともっと、話をしたら良かったな。
お前と言葉を交わせたのは、俺だけだったのに。
アシードは涙を流さなかった。
アンジェリーナ…お前は最高の仲間だったぞ…。
その気高き誇りにおいて、わしの仲間を救ったんだな……。
ありがとう…アンジェリーナ…。
今でもアンジェリーナの鳴き声を思い出す。
お前と過ごした日々を、忘れはしない。
アシードはレインをなだめながら、アンジェリーナに追悼した。
「そういえば、白いドラゴンを見たんだけれど。あれって…」
シエナは言った。アシードは答える。
「ゼクトたちじゃ。わしらを助けに来てくれたのじゃ」
「ゼクトたち…とは?」
「確か、鉱山に毒を撒いた人たちではありませんでしたか?」
アシードは頷く。
アシードは休憩所の外に出たが、彼らの姿はなかった。
「もうどこかへ行ってしまったようじゃな」
「そっか…。サバンナでのことも、ちゃんとお礼を言いたかったのにな」
シエナは呟いた。
「それで、私達はこれからどうする? ジーマ、アシード、お前たちが無事だということは、シャドウたちを倒したのか?」
ジーマは首を横に振った。
「いや、逃げられた……というよりは、撤退してくれた…のほうが正しいかな」
ジーマは2人のシャドウ、アギとシェラ、そして最後に現れた金髪の女のことを話した。
話が終わると、ベーラは彼に尋ねる。
「アジトはどうなった」
「破壊されてる…。でも、研究所は無事かな」
「そうか…申し訳ないが、アジトを建て直す力は今日のところはない」
「うん…。ここで寝ることもできるけど、国王に頼んで城の部屋を借りられないか聞いてこようかな…あ」
ジーマの元にポポが飛んできた。国王からの呼び出しの手紙だった。
「ちょうど良かったかな…ついでに話をしてくるか…」
「わかった。皆ここで待っているよ」
ジーマは1人、城に向かった。
(シャドウの襲撃が終わって、こんなにすぐに呼び出されるなんて…一体何の話だろう)
ジーマが王の間に入ると、そこには王といつもの護衛2人に加え、セシリア姫が待っていた。セシリアは変わらぬ美しい姿で、彼を見ている。
「………」
彼女と対面するのは何年ぶりだろう。国王の間に呼び出される時、その姿をたまにちらりと目にすることはあったが、このようにはっきりと彼女の前に立つのは、部隊を設立してからは初めてだ。
彼女の淡いエメラルドグリーンの長い髪は、腰のあたりまであった。優しい青い瞳は変わらず、自分が護衛をしていたときはまだ子供だったのに、随分成長して、一層綺麗になった。
まあ当然か、部隊を設立してからもう15年も経ったんだから。
「おお! ジーマよ! よくシャドウとやらの襲撃を退けた。一部の地区からは死者も多数でてしまったが、ほとんどの住民は救われたと医療会から報告もあったぞ。街の修復も終わっているそうじゃないか」
「……力及ばず申し訳ありません」
「何を言うておる。シャドウを倒したのじゃ。お前はよくやった」
「………」
国王は思いの外、上機嫌だった。
「実は、ヴィリが死んだと聞いてな…。城下町で死体が見つかったそうじゃ。何か聞いておるか?」
「……ヴィリ様は、ガルサイアの国王に賄賂を渡し、子供たちの死体を集めてシャドウを作ろうとしていました。私の仲間の情報ですが、ヴィリ様はシャドウで、今回の襲撃を計画したのも彼だと聞いています」
「そうじゃったか……。ヴィリ王子との結婚により、バットラ国との和解を取り付けたつもりじゃったが…」
「10年以上前のあの戦争を、酷く恨んでいたようです」
国王はハァとため息をついた。
「奴に王権を継がせずに済んで、本当に良かったわい」
「…話はそれだけですか?」
「いや…それだけではない。単刀直入に聞こう。ジーマよ。お前、王族になる気はないか?」
「………え?」
国王からの突然の発言に、ジーマは耳を疑った。
「まだほんの一部にしか話していないことだが、わしにはもう時間がない。難病でな、あと数年の命と言われておる」
「………!!!」
「知ってのとおり、わしの血筋はこの愛娘、セシリア姫だけじゃ。ヴィリがいなくなった今、新しく王権を継ぐものを探している。お前がこの国を誰よりも愛しているのは知っているし、わしも心底信用しておる。どうじゃ、セシリアと結婚し、王権を継いでこの国を守ってはくれまいか」
「な……」
何を………
「…お断りします」
「まあ、そうすぐに結論を出すな……。今日1日、彼女の話も聞いてくれんかの。お前がセシリアの護衛をしていた時、娘に大変良くしてくれていたことも知っておるぞ」
「………」
ジーマは沈黙したが、答えた。
「セシリア様と話をするのは構いません…。でも答えは変わりませんよ…。それとは別に、私たちのアジトが襲撃されてしまいました。しばらくの間、私の仲間に城の部屋を貸していただけませんか?」
「よかろう。3階の部屋を全て好きに使うといい」
「ありがとうございます。一旦皆を呼んできます」
「うむ。後でセシリアの部屋に行ってやってくれないか」
「わかりました」
ジーマは城を出た。
そして城を振り返ると、大きなため息をついて、みんなの元へ向かった。




