改めて挨拶を
翌朝、アグ達はまた、地下5階の大広間に集められていた。隊員たちは、昨日と全く同じ席についている。
「じゃあ皆、自己紹介して! 時計周りにね。えっと、それじゃ、レインから」
ジーマは何事もなかったかのような、気まずさなど皆無という笑顔で、昨日アグに突っかかった赤髪の男、レインを手で指した。
「レインだ。よろしく」
レインはぶっきらぼうにそれだけ言った。明らかに不機嫌そうである。今日は頬杖をついて、いかにもやる気のない雰囲気を醸し出している。
レインはキッとアグを睨んだ。アグは気まずさに目をそらした。
「私はシエナ。シエナ・ヴェルディ。この部隊のエースよ!」
続いて金髪の少女は答えた。今朝は昨日とは違う花柄のワンピースを着ている。髪型はハーフアップに結ばれ、赤いリボン型のバレッタで止められていた。本日のメイクも完璧である。
「ふーん。で、シエナは何歳なの?」
ヌゥはシエナの方を向くと、ニコニコしながら聞いた。
「ちょっと、新入りのくせに生意気よ! 私の方が先輩なんだからね!」
「シエナは14歳。うちの最年少だ」
割り込むようにベーラが言った。
(そんなに幼い奴にこんな仕事させんのか…? 学校には行かねえのか…?)
義務教育という制度はないが、貧困層でもない限り、大体の子どもたちは学校に通っている年齢であった。これだけしっかりした身なりだ。通えないってことはなさそうだが…。
シエナは自称だがエースを名乗っている。相当な実力の持ち主なのだろうか。
「ベーラ! 勝手に教えないでよ!」
「私はベーラ・マーキルだ。よろしく」
「ちょっと! 勝手に進めないでよ!」
ベーラは今日も無表情で無愛想だ。彼女は昨日と変わらぬ地味な色のローブを羽織っている。肌も顔立ちも綺麗なので気にならないが、メイクもほとんどしていないようだ。シエナとは違って、お洒落に興味はなさそうだ。
「最後は私ですね。ハルク・レジータです。私は研究職で、前衛の皆さんのサポートとなる、武器や薬を作っています」
黒髪の眼鏡の男が答えた。今日も会議が始まるギリギリまで、難しそうな分厚い本を読んでいた。性格は穏やかそうだが、何となくマイペースな感じがある。
「はい! で、僕が隊長のジーマ・クリータスです。隊員はあと3人いるんだけど…1人帰ってくるはずで…あ、きたかな?」
ドタドタドタと通路を走る音が聞こえた。ガチャっとドアが開くと、ヌゥとアグと同い年くらいの女の子が、息を切らして入ってきた。
「お、遅れました!」
黒髪のストレートで、垂れ目の大人しそうな女の子だ。服装も白ブラウスにキュロットパンツに黒タイツと、落ち着いている。
その子は息切れしながら部屋に入ると、ヌゥとアグの顔を順番に見回した。アグは目が合うと、うん?と首を傾げた。
(あれ、この子、誰かに似ている気がする)
「そんなに急いで来なくても大丈夫だよ、ベル。それじゃ、早速だけど、自己紹介してくれる?」
ベルと呼ばれた黒髪の女の子は、ドアの前に立ったまま、挨拶を始めた。
「は、はい! えっと…、はじめまして。リウム・ベルです。皆さん私のこと、ベルって呼んでます。そっちの方が呼びやすいって…特に意味はないんですけど」
ベルはようやく呼吸も落ち着いてきたようだ。すると、ヌゥは言った。
「ふうん。よろしくベルちゃん。俺はヌゥ・アルバート」
「ヌ、ヌゥさん…。あなたがあの、大量殺人の…」
「そう! 俺があの最年少大量殺人鬼のヌゥ・アルバートだよ!」
ヌゥがにこやかにそう言うのを見て、ベルは目を丸くした。部隊の皆も顔をしかめるか苦笑のどちらかだった。アグは心の中で大きなため息をついた。
「みんな俺のこと知ってるみたいだから、簡単に覚えてもらえて嬉しいよ! でも俺は…いっぱいいて覚えられないかも」
レインは腕を組み、バカにしたようにヌゥを見据えたあと、アグに向かって言った。
「頭が悪いんだな、オトモダチは。まあ、しょうがねえよな〜、イカれちまってんだから」
レインは自分の頭をつんつん指さしながら、嫌味ったらしくヌゥをけなした。すると、ヌゥはレインを軽く指差しながら笑って言った。
「えっと、自己紹介、最初だったから忘れちゃったよ。名前なんだっけ」
「てめえ…俺の名前はレインだ。すっからの脳みそ使ってちゃんと覚えとけ」
「そうだった! よろしくレイン」
「早速呼び捨てにしてんじゃねえよ、くそイカれ野郎が! レインさん、いや、レイン様だ! おいベーラ! こいつが俺をそう呼ぶように服従しろ!」
「断る。無意味な服従はしない」
「んだよ! こんな礼儀知らずを採用すんじゃねーよ」
ヌゥは何を言われようと、いつもの調子で、ヘラヘラしている。案の定レインはご立腹だ。アグはもう怖すぎて、レインの方を向くことなんて出来ない。
(こいつはなんだ、わざとやってんのか? 相手を怒らせるのが好きなのか? 一瞬でもこいつが普通の人間だなんて思った俺が、間違ってたのかもしれない。こいつは多分、素でこういう性格なんだろう…)
こんな時に場をとりもつのは隊長の役目だと、ジーマは口を開く。
「まあまあ、落ち着いて。ね、ベルの自己紹介も終わったことだし。残りの2人は他国に派遣中だから、また今度紹介するね。じゃあ早速、仕事に向かってもらおうかな。小国バルギータで、禁術使いを見たって情報があってね。情報を探りながら、もし敵を見つけたらその場で討伐する方向で」
皆は口を閉じ、その話を黙って聞いた。
(昨日ジーマさんが言ってた、禁術使いと対峙する仕事か……。一体どんな奴らなんだろう……)
ヌゥもまた、今朝ジーマから仕事の話を聞かされていた。彼がどこまで把握しているのかはわからないが、とにかく禁術使いと呼ばれる異能力人間を倒すことが、自分の仕事であることは理解している。
「それじゃ、派遣チームのリーダーは…レイン!」
「あいよ」
「その他メンバーに、ベーラ。レインの補佐もよろしくね」
「うむ」
「それから、ベル」
「は、はい!」
「そして、ヌゥ君!」
ジーマはにっこり笑顔で言い切った。が、ヌゥの名前が呼ばれると、レインが立ち上がって声を荒げた。目の前のイカれ殺人鬼を、思いっきり指差す。
「おい! 俺はこいつに殺されかけたんだ! 一緒のチームなんて冗談じゃない!」
「大丈夫だ。私が服従している以上、レインが死ぬことはない」
「昨日だって間一髪だったじゃねえかよ…ていうか、普通にケガさせられたんだよ。ケガ1つさせねえように命令しとけよ!」
「私に命令するな、レイン。服従者への命令は、私が決める」
「ああもう! どいつもこいつも信用できねえな!」
呪術師ベーラは、レインがどれだけ苛立とうとも、何一つ動じることはない。
するとヌゥは立ち上がって、レインの元に近寄ると、自分の背くらいの彼の肩にぽんと手を置いた。
「まぁまぁリーダー、俺は初仕事なんで、手取り足取り教えてくださいな」
「てめぇ! 触んな! 俺に触るんじゃねえ! あっち行け!」
レインはヌゥに殺されそうになったのが、かなりのトラウマになってしまったようだ。怒鳴りながらも何となくビビっている。
「ジーマさん! 何で私が待機なんですか?!」
シエナもまた立ち上がり、反論していた。シエナは立っても座っているジーマと変わらないくらいの背丈だった。
(こんなに反論ばっかされて、ジーマさんも本当大変だな…)
「シエナ、君はエースだ。エースの出番はここじゃない。そうでしょ?」
「…そ、そうよね…。ふふ! この程度の仕事ならこいつらで十分ってことね」
「よろしい。それじゃあシエナは、大ボスとの戦闘に備えて待機だ」
(…シエナの扱いだけは随分慣れてるみたいだな。見た目も中身も子供だな〜…ほんとに)
アグは横目でその様子を見ていた。シエナがジーマのことを好きなのは一目瞭然だった。だけど彼らはまるで親子にしか見えない。
「じゃあアグ君は、昨日言った通り研究チームだよ。ハルク、案内よろしくね」
「わかりました。それじゃあアグ君、研究室に向かいましょう」
「は、はい」
そうして俺は、研究チームの一員として、今日からこの特別国家精鋭部隊で働くことになった。そして10年共に過ごしたあいつとは、いったん別行動をとることになったのだった。




