海の向こう
僕は人形になりたかった。
「気持ち悪い子!」
僕はいつも1人だった。
家族さえも僕を嫌っていた。
だから、友達を作った。
人形の、ルベルグ。
初めて縫い物なんてしたから、うまくできなかった。
遊んでいたら、すぐに足がとれそうになった。
それでも何度もつぎはいで、大切にした。
「ねえ、ルベルグ。僕も君みたいになりたいな。君と同じ人形になって、ずっと友達でいたいよ」
僕には兄と姉がいた。
「何これ! 気持ち悪い!」
「お前そんな気味悪いことばっかりしてっから、友達ができねえんだぞ」
ルベルグが見つかって、兄たちに取り上げられた。
「や、やめて! 返して!」
兄たちはルベルグを乱暴に扱う。
「やめて! やめて! ルベルグが壊れちゃう!!」
「変な名前つけてんじゃねえよ!」
兄はルベルグを引きちぎった。
「あああ!!!!」
そして兄はルベルグをぐちゃぐちゃにして、ゴミ箱に捨てた。
「気持ち悪いんだよ! この人形!」
兄たちは行ってしまって、僕はゴミ箱からルベルグを引き上げた。
「僕の…友達……」
僕は怒っていた。
「許さない………」
すると、彼の前にあの方が、現れる。
「ねえ、私の人形に、ならない?」
僕は、生まれ変わってルベルグになった。
僕はその力で、僕を作り出す。
人形の僕を。
「許さない許さない許さない許さない」
人形はカタカタと口を震わせて、何度もつぶやいた。
(何だあいつ……シャドウなのに…人形………?!)
アグはバルコニーから落ちたルベルグと、彼の持っていた人形を見下ろした。
すると、ヌゥが呟く。
「ねぇ……アグ」
「ヌゥ……お前……」
ヌゥは、今までに見たことがない憎悪で溢れていた。
「全部終わったら、俺を止めてね…」
「お、おい!」
ヌゥはその高いバルコニーから飛び降りた。
彼の白髪がふわっとたなびいて、人間離れした動きで着地する。
「許さない許さない許さない許さない許さない」
人形はカタカタと音を鳴らし、もうそれしか喋らない。
人形はその口を大きく開くと、ヌゥに向かって光線を撃ってきた。
しかし、ヌゥはそれを素手で受け止める。
光線はヌゥの手のひらに吸い込まれて消えた。
人形は驚いた様子で、彼を見ている。
ヌゥは憎悪にまみれて死んだような瞳で、人形を見た。
「僕の大事な人形を……よくも!!よくも!!」
人形は連発して光線を撃つが、全て彼に吸収された。
(な、なんなんだこいつ……)
ヌゥの瞳はルベルグを睨みつけている。
あの方と……同じ……怒り………
あの方の………器………
そしてヌゥは何も言わず、ルベルグの撃った光線を自分の電気エネルギーにして更に倍増させ、彼を撃った。
目の眩む光が彼を襲った。
僕は……あの方の人形……
僕はうまくやった……
この子に怒りを与えられた………
なら、もう…いいか………
ルベルグは、そのエネルギーに飲み込まれて、消えてしまった。
ヌゥはやはり何も言わず、ルベルグのいなくなった後を一瞥したあと、アグのところに戻った。
「ヌゥ………」
ヌゥは白髪の赤い瞳の、覚醒状態のままだ。
アグは冷や汗を垂らし、死んだヒズミに寄り添ったまま、彼を見つめる。
「大丈夫だよ……アグのことはわかるよ……」
ヌゥは優しそうに言った。
「ヒズミのことも、わかるよ…」
ヌゥはヒズミを起こして、ぎゅっと抱きしめた。
そして、涙を流した。
「うぅ……ヒズミ……」
アグもまた、涙が流れた。
「俺の…俺のせいだ……。俺が余計なことしたから…俺の代わりにヒズミさんが…」
ヌゥは首を振った。
「アグのせいじゃないよ」
俺が……守れなかったせいだから……。
ねぇヒズミ……
ヒズミはどうして俺のことが好きなの…
どうして俺を、好きだと言ってくれたの…
ねえ、君はもういないの?
一緒に話したり、戦ったり、
笑い合ったりすることは、もうできないのかな。
「ヒズミ……」
もう、動かないんだね。
息をしていないんだね。
ヒズミの口元は、笑っている。
まるで眠っているかのように、綺麗。
今にも目が覚めて、俺に笑いかけてくれそうなのにね。
ねえ、ヒズミはね、
生まれて初めて、俺を好きだと言ってくれた人だよ。
「ありがとう………」
ヌゥは彼を強く強く、抱きしめて、泣き続けた。
アグも彼を見て、涙が止まらなかった。
しばらくすると、屋敷の入口に、モヤが現れるのが見えた。
「ヌゥ、あれ………」
アグはモヤを指差す。
「あれに入って、ここまできたんだ」
「……どうする?」
「ここにいても、何もできない。行こう」
ヌゥはヒズミを抱えて、アグと一緒に階段を降りた。
2人はモヤの前までやってきた。
「モヤの先は、どうなってるんだ……」
「わからない……。でも、行くしかない」
ヌゥは、モヤの中に飛び込んだ。アグもそれを追って、中に入っていった。
2人が光の中をしばらく歩くと、出口が見えた。
モヤの外に出ると、見知らぬ場所に出た。
「ここは……どこだ?!」
「……初めてくる場所だね」
そこは、海の見える街だった。
街のすぐそばに、海岸が広がっている。
その向こうは果てしないほど大きく、美しい海だ。
2人は街を歩いていく。
道行く人々の話す声が聞こえてきた。
「今日の晩ごはん、何か食べたいもんある?」
「え〜せやなぁ、魚でも焼いて食べよか?」
「そうしょうか! ほな市場に買いに行こ〜」
ヌゥとアグは、顔を見合わせた。
「なんやあんたら、見慣れん服きとうなあ」
突然町の人に話しかけられて、ヌゥとアグはびっくりした。
「どこで売っとったん? それ」
「いや…その……」
ヌゥとアグは逃げた。
街から離れて、人のいない海岸までやってきた。
「アグ……ここって……」
「うん……おそらく…」
忍びの国。
それは、外の大陸にある、ヒズミの産まれた国。
「なんでここに来ちゃったんだろ」
「……わからない」
そしてヌゥは少し前に、ヒズミと話したことを思いだす。
ヒズミがヌゥに告白したその夜、特訓の途中で2人は休憩と言って、床に転がった。
「ねえ、ヒズミが昔好きになったのって、どんな人?」
「え?」
「ぎょーさんおるって言ってたじゃん! ねえ、どんな人?」
ヌゥはニコニコしながら、ヒズミに尋ねた。
(今わいが好きなあんたにする話しちゃうんやけどな……)
「あれは、嘘や」
「え? いないってこと?」
ヒズミは首を振った。
「ぎょーさんちゅうのが嘘や。1人だけなんや……1人だけ、おったんよ」
そう言って、ヒズミはヌゥに、ユークの話をした。
ヌゥは真剣に彼の話を聞いていた。
最後、ユークが死んでしまったと聞いて、ヌゥは涙した。
「もう、いないの……?」
「そやで…好きやとも、ちゃんと言えへんかった」
ヌゥは泣いていたが、ヒズミは切なそうに笑っていた。
「…せやから、あんたにちゃんと好きやと言えて、良かったかな」
「………」
ヌゥはヒズミのことをじっと見ていた。
ヒズミも彼を見つめ返した。
「ヒズミ…ごめんね…」
「なんで謝るん。ええんよ。あんたは謝らんで」
ヒズミは笑っていた。
「ヒズミの産まれた国…行ってみたいなあ…」
「せやなあ…いつか行けるかもしれんな。なあ、妖精の国は、どんなとこやったん?」
「えっとね! すごく綺麗だったんだ……あのね…」
彼らはその後も少し話をした。
ヌゥは死んだヒズミを抱えながら、そんなことを思い出した。
ここが、ヒズミの生まれた国。
海の見える街。
綺麗だな…。
「ねえアグ、行きたいとこがあるんだけど」
ヌゥとアグは、彼の国を歩き回った。
街の人に話を聞いて、ようやくその場所にたどり着いた。
いつの間にか、夜になっていた。
「ここだな」
「うん……」
2人は、ユークという少女の墓の前に来ていた。
「ここに、埋めたい」
「わかった」
アグは街の人にスコップを借りて、持ってきた。2人はユークの墓の隣に穴を掘って、ヒズミの死体をそっと入れた。
「ヒズミ、綺麗なままだね」
「…人形にされたから、腐敗するのが遅いのかもな」
2人は穴を埋めた。
「ヒズミ…ありがとう…」
「ヒズミさん…どうか安らかに…」
2人は涙を流しながら、彼に別れを言った。
えっと、ここはどこなんや。
綺麗な砂浜に立っているヒズミの前には、大きな海が広がっている。
そうや。わいは、死んだんや。
なんや、きれいなとこやんか。
天国に行けたんやろか。
「ヒズミ!」
懐かしい声が聞こえた。
ヒズミが振り返ると、彼の幼馴染であり初恋の相手、ユークがいた。
「ユーク!」
そうか。あんたがおるっちゅーことは、やっぱり天国かいな。
ユークは笑いながら、彼に駆け寄った。
「ふふ! 久しぶりやね!」
「ああ…そやな」
懐かしい彼女の顔に、ヒズミは笑みを浮かべる。
「私見とったよ。友達を守ったんやね」
「なんや、死に際見られてるんかいな」
ユークは笑った。
「ヒズミのこと、待っとったから」
「…そうなんや」
ユーク…でもわいは、他のやつのこと、好きになってしもたよ。
「すまん…ユーク…」
「ヒズミ、いい人を好きになったやん」
「え?」
「ヌゥ君っていうんやろ?」
「…うん」
ヒズミは気まずそうに答えるが、ユークは笑っていた。
「でも、ふられてもうたね!」
「……どんだけ全部見られてんの!」
ヒズミは恥ずかしさのあまりに赤面したが、ユークはひたすら笑っている。
「ヒズミらしいね」
ユークはそう言って、彼に手を伸ばした。
「行こう」
ヒズミは彼女の手をとった。
そこは広大な海だ。
彼女と旅立とうと思っていた、広大な海。
彼女は小さな舟を持ってきて、乗り込んだ。
ヒズミもそれに続いた。
2人は海の上を、進んでいく。
「三途の川ちゃうんかいな」
「まあ、ええやんか」
ユークは笑いながら、舟に座っている。
ヒズミはゆっくりと、オールをこいで舟を進ませた。
だんだん陸が見えなくなって、2人は海の真ん中まで来ていた。
2人はたくさんの話をした。ヒズミはすごく懐かしい気持ちになって、涙が出そうになったけど、もう死んでしまった彼の瞳にはそれすら宿らなかった。
「もう、あの子には会えへんねんな…」
ボソっとヒズミは呟いた。
「ヌゥ君?」
「うん……」
「大丈夫やよ。待ってようよ、一緒に。ほら、見てーや!」
ユークは見えてきた島を指さした。
そこは楽園のように、明るくて、晴れやかで、美しかった。
ヒズミとユークは島に着いて舟を降りると、手を繋いで歩いていった。




