迷いなんて、ないから
「こいつら、倒れてもすぐに起き上がるんだ!」
「ああ、見とったよ…。粉々になるまでダメージ与えなあかん」
人形たちはじわじわと彼らに迫ってくる。
「ヌゥ! お前の小手は、電気エネルギーを貯められるはずだ。それを一気に放出すれば、相当な威力になる! しばらく使えなくなるけど…」
「そうなの? わかった! やってみる! ヒズミはアグを連れて、ここから離れて」
「わかった。1人で大丈夫なんか?」
「うん。絶対勝つ」
ヒズミはアグの手を引いて、隠れ身の術を使ってその場から離れようとした。
「え…?」
アグの足が、もつれた。
「ご、ごめんなさい…足が……震えて……」
ヒズミはしゃがみこんで彼に背を向けた。
「乗れ!」
アグはヒズミに背負われて、長い長い階段を上った。
「上におったら大丈夫やろ」
「おそらく…あの高さまでは届かないかと」
「よっしゃ! ほな邪魔ならんようにさっさと逃げよ〜」
俺は、気にかかっていたことをヒズミさんに聞いた。
「ヒズミさん…あいつのこと、好きだって言ったって…」
ヒズミはハァ〜とため息をついた。
「あいつ、言うたらあかん言うても話してもーてるやんか……」
「ヒズミさんの好きって……」
ヒズミはふっと笑ってアグを見ながら話した。
「本気やで…本気で好きなんよ。あの子のことが。引くやろ?」
「…そんなことは…」
「まあ、もうふられてもたしな。いい加減諦めなあかんのやけど!」
(ふった……あいつが……。ヒズミさんは男だから? いや、それ以前に、あいつは恋愛なんてしたことがないんだ…)
「それでもあの子は何も変わらんと、わいと接してくれる。それだけが救いやわ。ほんまにええ子なんよ…。まあ、何もわかってへんだけかもしれんけど」
ヒズミさんはそう言って、笑顔を作りながら俺の方を見た。
俺は何も言えず、彼に背負われたまま話を聞くことしか出来ない。
「あんたにも随分嫉妬した。酷いこともたくさん言うた。ほんまにすまんかった」
「俺は…そんなこと気にしてなんか……」
ヒズミさんの異変のわけを知ってしまった。
「わいはあの子を守りたい。あの子より弱いんやけどな」
ヒズミは笑った。
「やからせめて、あの子の大切なあんたのことだけは、絶対守ったる」
「ヒズミさん……」
この人は前も、命がけで俺を助けてくれた。
彼にとっては恋敵のようにも思っていたはずの俺のことを。
俺はヌゥのことをそんな目で見たことなんてなかったけど…この人はあいつのことを、本気で好きだなんて……
なんなんだろ……この気持ちは……。
ヌゥは人形を1人で相手する。
(ヒズミ…アグを頼んだよ!)
ヌゥは手のひらに電気を溜める。バチバチと弾ける手のひらは、痺れを感じている。
(もっと…限界まで………溜めろ!)
ヌゥは限界までエネルギーを溜めた。
「焦げつけぇぇえええ!!!!!!」
ヌゥは電気のエネルギーを人形たちに向けて発射する。光で何も見えなくなるほど、広間は眩しくきらびかり、激しい雷音とともに人形たちを焼き尽くした。
「や、やった……」
ヌゥは辺りを見回す。
「あいつ…ルベルグは…どこだ……」
椅子の上に座って見物していた彼の姿はない。
ヌゥはハっとして上を見ると、ルベルグが階段を上っていくのが見える。
(ヒズミとアグは上に行ったに違いない……でもルベルグには姿は見えないはずだ…)
「待て!」
ヌゥは嫌な予感がしてルベルグを追いかける。
加速したいが先程の技で電気を使いすぎたのか、力を使えない。
仕方なく全力で階段を上るが、ルベルグは遥か上まで上っている。
「くそ!」
(なんで上に…!)
ヒズミとアグは自分たちを追ってきているルベルグを見つけた。
「み、見えてないはずじゃ…」
「し! 喋んな!」
ヒズミは異常に怒っている様子の彼を見ながら、最上階のバルコニーに出て、息を潜める。
「どこだ……いるんだろ………出てこいよ……」
ルベルグもまた、バルコニーにでると、突然釘を投げた。
その釘はヒズミたちの少し横をすっぽ抜ける。
(適当に打ってきよった…でも見えてへん…! 見えへんのに当てられるかいな!)
ヌゥも必死で階段を駆け上がる。
「ルベルグぅぅううう!!!!」
(あの子が来るまで避けるんや)
ルベルグは階段の出口に立ちふさがると、無作為に釘を何本も投げつける。凄いスピードだ。少しでも刺さったら最後、あの子の人形になってしまう。
(ヒズミさん!)
駄目だ! この数! この狭い場所で、俺を背負っていたら避けきれない。 このままじゃヒズミさんがあの釘に打たれる!
アグは身体をよじって彼の背中から下りた。
(アグ! 何やってんねん!!!)
アグの姿はルベルグの前に現れた。
「アグ……そこにいたのか……くく…」
ルベルグは笑っている。
「ヒズミさん…俺を守る必要なんてないですよ…。俺は終身刑…誰よりも捨てごまになるべき人間ですから」
(な、何言うてんねん……)
「嬉しかった……あなたがあいつのことを好きだと言ってくれて……」
アグは恐怖で足が震えていた。
「あいつのこと……頼みますよ…」
(ヒズミさんが打たれるくらいなら…俺がっ…!)
「くくく…人形になる気になったのか。それからいっぱい遊んでボロボロになって、ヌゥのことを怒らせてあげてよ?」
ルベルグは釘を投げつけた。
(ごめん! ヌゥ!!)
アグは目をつむった。
(………え?)
アグが目を開くと、前に彼をかばうようにヒズミが姿を現して立っている。
ヒズミの額には、釘が打ち付けられた。
「ヒズミさんっ!!!!」
ヒズミが振り向くと、額の釘が刺さったところから、血が流れていた。
「あんた、何やってんの…?」
「だって、あのままじゃヒズミさんが……ヒズミさんが打たれると思ったから……!!」
「ええやん別に…あんたが打たれんかったら……ていうか…もう打たれてもうたし……」
ルベルグは笑った。
「あはははっ! 仲間を守ったか! まあいいよ! お前はもう僕の人形だよ! 僕の命令には逆らえないよ!」
ヌゥが階段を上りきると、釘を打たれたヒズミを目にした。
「ヒズミ………」
ヌゥは喪失とした表情で、声も出ない。
「さあ! それじゃあこの子の前で、アグを傷つけてよ! あはっ! あはははは!!!」
ルベルグはヒズミの前に短剣を投げつけた。
「これでアグをきりきざめ!」
ヒズミは意に反して、短剣を拾う。
あかん……あいつの言いなりになってまう……。
「アグ……はよ逃げて……」
「ヒズミさん……」
ヒズミは身体を必死に止めようとするが、完全に抑えきれない。ヒズミはアグに向かって短剣を振るが、ヒズミはそれを止めさせようと力を込め、剣は空振った。
「やっぱり釘1本だと弱いか」
ルベルグは更にヒズミの後頭部に釘を2本投げつけた。
「いぃっ!!!」
彼は痛みに声を荒げた。
「やめてぇぇ!!! やめてヒズミ!!!!!」
ヌゥはアグをかばうように身を乗り出す。
「何してん! はよ逃げろって! あぁ!」
ヒズミは短剣をヌゥに向かってふるった。
彼の顔に切り傷がついた。
(嘘やろ……くそ……止まれっ)
「あはは! いいよぉ! ちょっとくらいケガしても死なないんでしょう?! 人形が仲間の姿じゃあ、君も手を出せないみたいだねぇ! さっさと2人共、きりきざんじゃいなよぉ!!」
ルベルグは高らかに笑っていた。
ヒズミはヌゥめがけて短剣を突き刺そうとする。
ヌゥはそれを避けた。
「ヌゥ! 殺せ! わいを殺すんや!」
「できない! そんなこと!」
「何言うてんの! このままやったらあんたもアグも、わいに殺されてまうで!」
ヒズミはヌゥに向かって短剣を何度も振るう。ヌゥはそれを避け続けるが、彼に攻撃することはできなかった。
「はよ殺せって!」
「無理だよ! 俺には出来ないよ!」
ルベルグはその様子を見ながら、大笑いした。
「あっははははは!!! いいねいいね! 仲間の人形、最強だね! ねえ、今度はアグを攻撃してよ!」
「くそ! 止めろいうてるのに!」
ヒズミは抵抗するが身体がアグの方を向いた。
「早く殺せ言うてんねん!」
「アグっ!」
ヌゥはアグをかばうように前に出ると、ヒズミの手を抑えた。刃はヌゥの首元ギリギリのところだ。ヌゥは彼の手を抑えて、必死で押し返した。
「やめて! ヒズミ! お願い!」
ヌゥは涙を浮かべて叫んだ。
何で……また泣かしとん?
あかんで…絶対…
やめろ………やめろ……
ヒズミは剣をひっくり返すと、震えながら、自分の方に刃をゆっくりと向ける。
「え………?」
ヌゥはヒズミの手を抑えるので必死だ。
ヒズミには、ヌゥを刺そうとする力と、自分に向けようとする力が、働いている。
「なっ! 何をしている!? バカな! あり得ない! 何で言うことを聞かないんだ!!」
ルベルグは焦って、命令に背こうとする彼を見て大声をあげた。
「早く刺せ!」
あかんて……この子を泣かしたら……
ヒズミの目から涙が流れた。
「何でだよ……人形なのに! 僕の……」
ヌゥはヒズミの手をずっと握りしめている。凄い力で、ヌゥの思う通りにはびくともしない。
もう泣かさへんて…決めたんよ…
ヌゥに、好きやと……伝えた時から……
「ヒズミ! 駄目だよ! 剣を離して!」
ヒズミの目からは、涙が溢れて止まらない。
この子を傷つけるなんて…あり得へんよ…
ヒズミはその意志で自分に反する力に対して、力を込めた。
この子のことを好きになって
ずっと苦しかったんよ
昔からビビリやったけど、
泣いたことなんて早々なかった
この子に会ってからは、なんでかわからんけど
泣いてばっかりやったな…
でも……
それ以上に、ぎょーさん笑ったよ……
この子の笑顔を見れることが
嬉しいて、たまらんかったんよ
この子に好きやいうても
嫌な顔1つせんと
今まで通り、一緒にいてくれた
この子は何も変わらんと
アホで
天然で
あり得へんことばっかり口に出すし
とんでもない奴を好きになってしもたなんて
たまに思ったりして
でもそんなんも
笑い飛ばせるくらい
この子とおれるだけで
幸せやなんて
そんな風に思えるほど
大好きになったんよ
ヒズミはその剣を、自分に突き刺した。
剣はずれて、お腹に刺さった。
「いぎっ………」
ヌゥは血がたくさん滲むヒズミを見て、喪失とした表情を浮かべる。
ヌゥの手は剣から離れた。
ヒズミはフラフラとしながら、その剣を腹から抜いた。
「ヒズミ…なんで……」
「くそ…ずれてもた……」
ヒズミは腹の痛みに苦しみながら、剣を自分の心臓に向ける。
「ヒズミ! やめて!」
あんたを傷つけるくらいなら
迷いなんてないんよ。
ヒズミは痛みにひきつりながらも顔を上げて、ヌゥのことを見る。目には涙が溜まっていたが、必死で笑おうとした。
「ヌゥ…ありがとう……ずっと一緒におってくれて……」
「駄目! お願いやめて! ヒズミ!」
「あんたの邪魔はせえへんからな…ちゃんとあいつ…倒しといてよ?」
「ヒズミ! やめて! やめてよ!!」
ヌゥは必死で叫んだ。しかし、彼は止まらない。
「大好きやで……誰よりも…」
ヒズミはその剣を、自分の心臓に刺した。
ヌゥは目を見開いて、そのまま倒れ込む彼の姿を見ていた。
「あ…あぁ……」
ヌゥは彼に駆け寄った。
彼の身体は動かない。
彼に触れるヌゥの手に、彼の血がたくさんついた。
「あああぁぁぁぁ!!!! ヒズミぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」
ヌゥは悲痛な声をあげて叫んだ。
なんで…なんでなんで………
なんで……なんで………なんで……
ヌゥは息をしていないヒズミを抱きしめて、涙で何も見えないほど泣いて、声が枯れるまで叫んだ。
「バカな……僕の人形が…自害するなんて………」
ルベルグは信じられないという表情で、死んだヒズミを見ながら退いた。
ヌゥはゆっくりと立ち上がると、今までに見せたことのないくらいの憎悪の表情で、ルベルグを睨みつけた。
「許さない」
一言、そう呟いて、ルベルグに向かっていった。
電気が少しだけ溜まっていた。足に電流が走る。一気に加速した彼は、一瞬でルベルグの目の前にやって来ると、その手に電流をまとって、彼の顔を殴った。
ルベルグは凄い勢いで飛ばされ、下の階に落ちた。
前髪がめくれあがって、初めて見る彼の顔を見て、驚いた。
(人形………?)
ルベルグの顔は、作り物の人形だった。
殴った感触からもそれははっきりとわかった。
人間の感触じゃない。
それじゃあ、ルベルグの正体は…。
彼の大切に抱いていた薄気味悪い人形が、ゆっくりとひとりでに起き上がった。その人形の目がカタカタカタと動いてヌゥを見た。
「僕の人形………壊さないでよ………」
人形はゆっくりと宙に浮き上がった。




