人形の屋敷
ヌゥは青いゴーストに乗って、空を飛んでいく。
ゴーストは相変わらず気味の悪い笑い声を上げながら、予想以上にはやい速度で東に進んで行く。
ユリウス大陸を抜けると、海に出た。
しばらく進むとユリウス大陸は見えなくなって、周り全体どこを見渡しても海である。
「ふぅ……」
ヌゥは無意識に息を大きく吹いた。
アグ、待っててね……。
俺が絶対、助けるから…。
あっという間に夜になって、辺りは真っ暗になる。
空も海も暗く静まって、波の音だけが聞こえた。
(……!!)
突然、彼の前にモヤが現れた。
視界は暗くわかりにくいが、明らかに怪しいモヤの中へ吸い込まれるように、ゴーストは進んでいく。
中に入ると、まばゆい光に照らされて、ヌゥは思わず目をつぶった。
しばらく光の中を進んでいき、光がなくなったのを感じて目を開けた。暗い夜の中、目の前には古びた屋敷があった。
「ギャハハハっ! ギャハッ、ヒーヒーヒー! クククククク」
青いゴーストは着陸すると、屋敷をその真ん丸な手で指し表した。
「……ここか」
ヌゥはゴーストから降りると、靴の電源をつけて、屋敷に向かっていく。
キーィとドアが開く音が大きく響いた。
中に入ると、その薄気味悪い屋敷の中には、たくさんの人間が固まったように微動だにせず、様々なポースで置かれている。
彼らの頭には、たくさんの釘が刺さっていた。
(人形……?)
ヌゥは彼らを見回す。
彼らは瞬きすらせず、石のようにそこにいる。
ヌゥが目を合わせようと顔をまじまじと見ても、合うことはない。
屋敷には部屋がたくさんあるようだが、ヌゥはひたすらまっすぐ進んだ。
ひらけている階段を上り、大きな扉を開けると、巨大な広間に出た。
奥に誰かいるようだ。
ヌゥは彼をにらみつけ、進んで行く。
やがてそいつの前までやって来た。
根元が緑がかった美しい白髪の子供だ。前髪はそろって鼻の下辺りまで伸びていて、顔がほとんど見えない。
彼が抱えている気味の悪いその人形は、瞳が左を向いていて、口元がにっこりと笑っている。頬にはそばかすがあって、様々な色の髪で三つ編みをしている。デニムのサロペットに赤いボーダーという可愛らしい服を着ているのだが、ほっぺには赤い染みがあったり、布製の足はほつれて綿がでてきていたりと、無性に薄気味悪いのだ。
「待ってたよ。ヌゥ・アルバート」
「お前が、ルベルグか…?!」
「ははは。そうだよ。よく知っているね」
少年は可愛らしい声で、ヌゥに向かって話しかけた。
「アグはどこ。無事なの?!」
ヌゥはルベルグを睨みつける。
「いるよ。あそこに」
ルベルグは自分の右後ろの壁を指さした。
アグは口を塞がれ、手足をロープで縛られ、宙吊りにされている。
その目は恐怖に怯えていて、ヌゥを見ると目を見開いて、首を振った。
(来るな! こいつはお前を狙ってるんだ!)
ヌゥは繋がれたアグを見たあと、彼に言った。
「約束通り来た。アグを解放しろ」
「ははは…そうは行かない。君には完全体になってもらわないといけないからね」
「完全体……?!」
「君も少しずつ、そうなりつつあるんだろう? 力を開放して、その姿に近づきつつある」
(…覚醒のことを言っているのか)
その意志さえあれば、ヌゥは力を開放することができるようになっていた。髪と瞳の色が変わって、力がみなぎり、強くなれる。初めての時と比べ、覚醒しても意識が保てるようになっていた。もちろん、一度怒りを覚えた相手への攻撃をやめることは難しい。
「この子は君に怒りを与えるための玩具だよ」
ルベルグは笑っている。
「ボロボロになるまで、遊んであげるよ」
ルベルグはそう言うと、気味の悪い人形を背中のリュックに入れ、釘と金槌を取り出した。
「これを打ち込めば、この子は僕の人形になる。二度と人間に戻ることもできない。僕の命令を死ぬまで聞き続けるんだ」
「そんなことさせてたまるか!!!」
ヌゥは覚醒すると、電気の力で加速し、ルベルグに襲いかかる。
(速いっ…!)
しかし、ルベルグの盾になるように巨大な人形が現れ、ヌゥの攻撃を代わりに受けた。
(人形?!)
巨大な人形はヌゥに攻撃を仕掛ける。
ヌゥはそれを後ろに飛んでかわした。
その他にも何十体も、別の人形がわらわらと現れてヌゥを取り囲んだ。
人形の頭には何本もの釘が打たれている。
(こいつら全部…あいつの人形か…)
人形はカタカタカタカタと歯ぎしりをして、何も喋らずにヌゥをじっと見ている。
「お前たち、僕が新しい人形を作るまで、その子と遊んでろ」
ルベルグはそう言って、アグのところに続く階段を上っていく。
「くそ!」
ヌゥの前には人形が立ちふさがる。
「どけええええ!!!!!!」
ヌゥは手のひらに雷を溜め、人形に打ち込んだ。
人形はそれを食らって倒れ込むが、また起き上がってくる。
ルベルグはそれを見て笑いながら言った。
「無駄だよ! 釘を1本でも打ち込めば、そいつは人形となって僕の言うことをきく。うたれた釘の数が多いほど、そいつはより人形に近い身体となる。その身体がある限り、こいつらはどんな痛みを感じても、何度でも立ち上がる!」
(くそ! 数が多すぎて階段までたどり着けない!)
「アグっ!!!」
ヌゥは高く吊るされたアグを見て叫んだ。ルベルグはもうすぐそこまで来ている。
(ここまでか…)
アグは迫ってくるルベルグを見て、恐怖を感じながらも終わりを悟った。
ルベルグは階段を上りきり、小さなバルコニーに出ると、アグの方に身を乗り出し、釘と金槌を持って笑っていた。
「いっぱい遊ぼうね…アグ…」
「やめて! やめてええ!!!!!!!」
ヌゥは人形に囲まれながら悲痛な叫びを上げた。
アグは目をつぶった。
その時、ゴオオオと炎が燃えて、ルベルグを襲った。
「あああぁぁぁ!!!!! 熱い! 熱い熱い熱い!!!」
ルベルグの身体は燃え、激しくのたうち回って、そのまま墜落した。
(な、何だ?!)
アグは突然燃えたルベルグを見て、唖然とした。
ヌゥも人形の相手をしながら横目でその様子を見ていた。
「ヒズミ……」
ルベルグがいたところに、ヒズミが腰掛けていた。
ヒズミはヌゥを見下ろすと、笑いかけた。
「危なかったな〜。すぐ助けたるで」
(ヒズミさん……)
アグもまた、彼を見て驚いた。
「ヌゥ! キャッチできるか?」
「もちろん!」
「ほな、下ろすで!」
ヒズミはアグを吊り下げているロープを燃やすと、アグを下に落とした。
ヌゥは雷で人形たちを振り払うと、アグの真下に行ってキャッチした。
ヌゥは彼の口を塞いでいたテープを剥がした。
「アグ! アグ!」
「っはぁ……はぁ……」
アグは大きく息を吸い込んだ。
(今回ばかりは終わったと思った……)
ヒズミも重力をなくしてそこから飛び降りた。
「よっと」
「ヒズミ…何でここに…」
「何でって、一緒におばけに乗ってきたんやけど?」
ヒズミは姿を隠して、彼に着いてきていた。
ルベルグは完全に彼の存在に気が付かなかった。
ヌゥは泣きそうになるのをこらえて、笑った。
「ありがとう…ヒズミ…」
「はいはい。でも、まだ終わってへんみたいやけど?」
人形たちは、壁際による三人を取り囲んでいる。
落ちたルベルグも、ゆっくりと起き上がった。
散らばった釘と金槌をひろい、握りしめている。
「1人で来いって言ったのに……許さない……約束通り、アグを殺す!」
ルベルグは怒った様子で、三人に向かって言った。
ヌゥとヒズミは、アグを守るように前に出た。
「ヌゥ…お前も死なない程度にボロボロにしてやるよ! 仲間のお前もぶっ殺してやる!」
ルベルグは人形たちに命令した。
「お前たち! 行けええ!!!!」
人形の大群が、ヌゥたちに襲いかかった。
アンジェリーナの上空では、皆がその絶望の状態にうなだれていた。
「くそ……俺たちは片目のジーマ以下なのかよ……」
「私達を守ろうとしただけだ」
荒ぶるレインをベーラがなだめた。
「アシードさん、落ちていきましたけど大丈夫でしょうか……」
ハルクが言う。
「心配するな。あの二人がそう簡単に死ぬはずはない」
ベーラはそう言って、何とか皆を落ち着かせようと思ったが、内心気が気ではなかった。
「うう…ジーマさん…ううぅ……」
泣いているシエナの背中をベルは優しくさすった。
「ちゃんと全員揃ってんだろうな」
レインが言うと、メリはハっとした。
「ヒズミ! ヒズミがいない!」
皆もお互いの顔を見合わせる。
「あいつまさか……」
「ヌゥ君についていったんだと思う…」
メリは心配そうに彼の身を案じた。
「皆バラバラになっちまったな…」
「これからどうするんですか?」
「頃合いを見てアジトに戻るしかないだろう」
「た、助けに行かなくていいんですか?」
ベルは何もできない自分を辛く思いながら、そう言った。
ベーラはいつもの表情で答える。
「私達が行っても、足手まといにしかならない」
「そんな……力を合わせば倒せるって…」
「まともに特訓もできてない…無理だ」
皆はうつむいた。
「…あんなに怒ったジーマさん、私、初めて見ました」
「俺もだよ」
他の皆も頷いた。シエナは鼻をすすっている。
すると、ベーラが話しだした。
「あいつは昔はああだったんだ。いつも一人で、仲間もいなくて、他人を拒絶していたよ。今でもあの刀を持つと性格が変わってしまうがな。でも皆にバレたくなくて、変わろうと必死だったよ。あいつにとっては、初めてできた仲間だったから。私達を、守りたかったんだ」
シエナは涙を拭いて、皆も顔を上げた。
どうやってアジトの場所を知ったのかはわからないが、敵もこちらに、迫ってきている…。
ベーラは空の上から自分たちの大陸を見下ろしていた。




