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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第1章

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ジーマの部屋にて

ジーマに連れられ、アグは彼の部屋にやって来た。地下3階には隊員たちの個室が常設されている。まるでホテルみたいだ。


階段から1番遠い廊下の奥に、ジーマの部屋はあった。金色の丸いノブ付きの茶色のドア、これまたアンティーク調だ。誰かの趣味なのだろうか。


「ここだよ。鍵開いてるから、先に入ってくれる?」

「はい」


ジーマはヌゥを抱えていたので、アグは言われた通りにドアを開け、先に部屋の中に入った。大きな黒いソファが向かい合わせに備えつけられている。その奥には彼が雑務を行う大きな机があった。机の上には多くの本や資料がたくさん置かれているが、どれも見やすいように綺麗にまとめられており、ジーマの性格が伺える。


その奥にも部屋があって、そこが寝室になっているようだ。仕切りのドアはなく、これまたホテルばりの大きなベッドがあるのが見える。


ジーマはアグにソファに座るように促すと、抱えていたヌゥを自分のベッドに寝かせた。そのまま戻ってくると、アグの向かいのソファにジーマも腰掛けた。


「…どうして仲間の仇である俺をこの隊に招いたんですか」


アグはジーマに問うた。


「君の力が必要だと思ったからだよ。それに…」


ジーマは優しい笑みを浮かべながら、でも少しばかり困惑したような表情で答える。


「レインも救いたかったからかな」

「…どういうことですか?」

「レインはね、ずっと1人で苦しんでいたんだよ。城も家族も仕えてくれていた家来も、みーんな失ってね。そして最後には、その権威も失った」

「……」


アグは黙ったまま、神妙な面持ちでジーマの話を聞いた。


「お金も行くところもなくなった彼を見つけて、隊に率いれたのは僕だ。彼は行き場のない怒りと共に、自分たち王族が責められた意味をずっと考えていた。あの頃ガルサイアは貴族と平民に大きな隔たりがあったみたいだからね」


ガルサイア国。セントラガイトに隣接する、アグの育った国だった。当時平民たちは、貴族たちから酷い扱いを受けていたという。そしてアグもまた、平民の育ちであった。


「君はレインの仇でもあるけれど、レインに訴えをとなえた唯一の国民だ。今度は無理な手段じゃなく、言葉で彼に気持ちを伝えてほしいと思ったんだ」

「仇の俺に今更何を言われたって、無駄だと思いますけど…」

「そんなことはないよ。レインも本当はそれを望んでるはずさ」


ジーマはそんなことを言った。アグには到底信じられない。

城も家族も家来も全員、自分が殺したんだ。そんな自分とまともに、話なんて出来るもんか。


「まあ、この話は今度レインと2人でね」

「無理ですよそんなの。次は殺されちゃいますよ…」


殺されたって仕方がない。そのくらいのことをした。それをアグも、よく理解している。アグは息をついて、俯いた。


「大丈夫。今日はカッとなっちゃっただけだよ。殺すつもりはなかったと思うよ」

「どうですかね…。殺されても当然です」

「そんなことないよ。それに、死んだら罪を償えないしね」


アグは顔を上げた。ジーマはずっとにこやかに笑っている。


「カンちゃんと同じこと言いますね」

「カンちゃん? ああ、カルトさんのことか。心配してたよ、君たちのこと。僕にやばい仕事させられて死ぬんじゃないかって」

「カンちゃんが…」


(カンちゃん、カルトっていう名前だったんだ…)


ジーマはカルトの心配する顔を思い出しながら、ケラケラと笑っていた。


「確かに仕事は危ないものも多いけど、僕の仲間がちゃんと君を守るからさ」

「……それは嘘ですよね」


ジーマは更に笑った。アグも彼の笑顔につられて、自分を襲っていた重たい空気からも少し解放された気分になって、口元を緩めた。


「僕もね、見たとおり頼りない隊長だからさ。部隊の皆も全然言うこと聞かないし」

「みたいですね」

「あはあ、やっぱりそう?」

「だって全然統率とれてないですし」

「うんうん。そうなんだよね。難しいね、リーダーは」


ジーマは顎に手を当ててうーんと悩むような素振りを見せた。

確かに彼はリーダーって感じじゃない。人を引っ張っていく感じが全くない。だけれど、彼の笑顔は何となく心を包んでくれる。穏やかで、優しくて、何だろう……。仏、みたいな……?


(俺は嫌いじゃないな。この人のこと)


「うーん…」


ヌゥが目覚めたようだ。ジーマとアグはその声に反応して彼の元に駆け寄った。ヌゥは寝ぼけたような目をのっそりと開いて、アグとジーマを交互に見て、状況を把握しようと試みる。


「お前、大丈夫か…?」

「大丈夫。1日寝たら治るから」


(そうだ俺……レインを襲って、服従の紋にやられたんだった……)


身体はまだ痛む。どこが痛いかって言われるともうわからない。全身に広がるような痛みだ。とてもじゃないが、起き上がれもしない。


「…簡単に怒らないって、言ってたじゃねえかよ」

「アグを殺そうとしたんだよ。怒るよ」


ヌゥは横になったまま、口だけ動かした。アグは心配そうに彼の顔を覗き込む。相当辛そうだ。拷問器で全身麻痺になっていた時より、遥かにダメージを受けている様子だ。


「呪術、やばいよ、アグ」

「そうみたいだな。お前の呪いも歯が立たない」

「うん。全くね」

「…呪いって何?」


ジーマに聞かれ、アグはヌゥの代わりに答えた。


「ヌゥは怒ると、身体が勝手に相手を攻撃してしまうんです。彼にその気がなくても」

「そんな呪い、聞いたことないけど……誰にかけられたんだい?」

「産まれた時から、みたいですよ。1歳の頃には母親をキズだらけにしてたって」


アグはヌゥをちらりと見る。ヌゥもうんと頷いた。


「ヌゥの事件も、本当は呪いのせいなんです」

「そうだったの……」


ジーマは驚いた表情で、横たわるヌゥを見つめた。ヌゥもジーマと目を合わせる。ヌゥは疑心の表情だ。


「おしゃべりだね、アグは」

「隊長さんには言っといたほうがいいだろ。え? 駄目だった?」

「いいけど……そんな話、信じてもらえるかな」


するとジーマはにっこりと笑って、ヌゥの手を握りしめた。


「信じるよ、ヌゥ君。大丈夫。僕たちは仲間だ」


ヌゥはびっくりした様子だった。だけど嬉しそうに顔をほころばせると、笑顔を浮かべた。


ジーマさん…まだ会ったばかりだけど、この人は信頼できる。ヌゥもアグも、そんな風に思った。


ジーマは寝室の背もたれのない丸椅子を2つ持ってくると、ベッドの横に置いた。アグも促されそこに座った。


「部隊の皆のことは明日紹介するとして、僕たちの目的と今後の仕事内容について話そうと思うんだけど、どうかな。ヌゥ君、聞く元気はあるかな?」

「うん、大丈夫」

「そうか、よかった。明日からもう仕事をしてもらおうと思っていたからね。でもヌゥ君、本当にそのキズ治るの?」

「大丈夫! 心配性だな〜隊長さんは」


ヌゥは元気そうに口を動かしていたけど、やはり少し辛そうだ。口以外は動かすこともままならないようだった。


前の拷問器のケガはケロッとしてたけど、今回は本当に辛そうだ。前のだってケロッとしてたこと自体おかしいケガだったのに、それより上の痛みって一体どんなだ? てか俺に服従の紋発動したら、秒で死ぬんじゃねえの…。


「そうかい? じゃあ話をさせてもらうね」


ジーマは特別国家精鋭部隊についての話を始めた。


「まずは僕たちの仕事だ。簡単に言えば、国の治安を守るための裏方の仕事をしているよ。他国に乗り込んで情報収集なんてのが基本だね。その上で、戦争の計画を立てている国や、うちによからぬことをしようとしている輩を見つけて、討伐しているんだ。その他にも、国内での反乱者を鎮めたり、国民の不満を聞き出したりして、王族に伝えて対処をしてもらっているよ」


この国の名前は、セントラガイト。ユリウス大陸と呼ばれるこの大きな大陸の中で、この国は1番でかい。大国だ。海の向こうには他の大陸があるという説が有力だが、未だ航海に成功したという報告はない。


セントラガイトの周りにはたくさんの小国がある。俺もかつてその小国の1つ、ガルサイアに住んでいた。しかしカンちゃんの話によると、俺が捕らえられた後に、セントラガイトに吸収されたという。王族が壊滅したのだ。城下町で暮らしていた貴族たちもほとんど死んだ。無理もない。


俺の事件は、ヌゥの事件に匹敵するほど大きいものだった。いや、それ以上かもしれない。俺は一切の抵抗なく、セントラガイトの国家精鋭部隊に逮捕されると、特別独房に収容された。


ちなみにヌゥが住んでいたのは、セントラガイトの田舎村だ。村はその後、国に買収され、新たな開発地になったみたいだが、あとに何ができたのかは俺も知らない。


ジーマは続ける。


「だけど、君たちが牢屋にいる間に、新しい国ができてね。5年前なんだけど。名前はウォールベルトというんだ。そこの国がね、よからぬことを企てていることがわかっているんだ」

「よからぬこと、ですか?」

「3年前に大きな事件が起きたんだ。呪術士の一族が揃って拉致されたんだ」

「その事件ならここに来る途中、馬車の乗り手に聞きました」

「そうかい。話が早くて助かるよ。その犯人がウォールベルト国の奴らでね…。呪術の力を得ようとしたウォールベルトの奴らは、呪術師たちを拉致監禁し、たくさんの解剖を試みて実験を繰り返し、呪術に匹敵するような新しい術をいくつも開発したんだ。僕らはまとめて禁術と呼んでいるよ」

「……」


(禁術……? なんだそりゃ…)


呪術師たちを解剖って……そんなむごいこと……いや、俺が言える立場じゃないかもしれないけど…。


「ウォールベルト国はその力を使ってね、セントラガイトを含むこの大陸全てを侵略しようと企んでいるんだ」

「…やばいじゃないですか」

「そうなんだよ! やばいんだよ!」


アグは悟った。これは思った以上に厄介な仕事に違いないと。

というか、この話が本当なのだとしたら、大陸全土の危機ではないか。


しかし、あまりにも漠然と話を聞かされすぎて、危機感がわかない。とはいえ、ジーマが嘘を言っているはずもない。


「僕らの今後の仕事は、王様の命令の元、ウォールベルトの制圧をすることに変わったんだ。ウォールベルトが造りだした禁術使いたちを討伐し、ウォールベルト国を制圧する。禁術もろともこの世界からなくす。これが今の僕達の仕事だよ」


ジーマは最後にガッツポーズなんてして、気合をいれた雰囲気を出したが、アグはしばらく口を開けたまま呆然としていた。


(うーん。俺、死ぬな)


「で、俺たちは、明日からどうすれば…」

「とりあえず、今は各地で暴れている禁術使いを討伐してもらってるんだ。たびたび小国に現れては、その力をふるって人を襲っている。ヌゥ君は前衛隊に入って、遠征に行ってそいつらを倒してもらう」

「…だとよ。おい、聞いてんのか? ヌゥ」


アグがヌゥに声をかけたが、彼の返事はない。ふと顔を見ると、ヌゥは目を閉じて眠ってしまっていた。


「寝てるし…」

「はは、やっぱり身体が辛かったかな」

「いや、こいつには話が難しかったんですよ…」

「そっか。まあ、また明日僕から話すよ。それでアグ君にはね、別にやってもらいたいことがあるんだ」

「何ですか?」

「今ね、ハルクが奴らに対抗するための武器を開発しているんだけど……あ、ハルクって今日いた眼鏡の男ね」


黒髪にフチなし眼鏡をかけた白衣の男。アグもその顔を思い出す。


(あいつか。あの3人の中では1番まともそうだった奴な)


「どうもうまくいってなくて。アグ君に開発の手助けをしてほしいんだ。その天才脳で」

「別に天才じゃないですよ…」

「何言ってるの! 10歳で城を木っ端微塵にできるような爆弾を作れるのは、君だけだよ」

「……」


ジーマにそう言われ、アグは硬直した。


「あ、嫌なこと思い出させちゃった? ごめんごめん」

「いえ、事実なんで…」


あの日、俺の作った爆弾は、俺の手によって爆発し、ジーマさんの言ったように、ガルサイア城を木っ端微塵にした。城は激しく崩壊し、城内の生存者はもちろんゼロ。城下町も大きな被害を受け、街中が火の海になった。


平和な時が一瞬で地獄に変わった瞬間。あの景色。俺は今でも、よく覚えている。


忘れることなんて許されない。俺は一生、罪悪感から逃れることなどない。俺は終身刑なのだから。


「まあそういうことだから。明日皆を改めて紹介したら、早速頼むよ。詳しいことはハルクが教えてくれるからさ」

「……わかりました」


反論などもちろん出来ない。俺たちは服従者なのだから。


「それじゃ、今日のところはもう休もうか。これ、空き部屋の鍵ね。アグ君の部屋にしていいよ」

「ありがとうございます」


ジーマはアグに鍵を渡す。部屋番号のタグがついた小さな鍵だ。


「部屋にシャワーついてるけど、2階に大浴場もあるよ」

「えっと…今日はシャワーで」

「そう? まあ、また落ち着いたらアジトを案内するね」

「ありがとうございます」


呑気に大浴場なんかに行ったら、あのレインて奴と鉢合わせるかもしれない…。


アグはジーマに挨拶をして彼の部屋を出た。アグはふるふると顔を横に振った。


(考えるな…思い出すな……)


アグはもう一度、必死で10年前の記憶に蓋をした。


ジーマに空き部屋の鍵をもらった。入り口から3番目の部屋だ。そこに向かって廊下を歩く。


それより、よく考えたらヌゥと別行動になるのか。服従の紋があるとはいえ、あいつ1人で大丈夫なのか?


紹介はされなかったけど、今日いた3人のことは大体わかった。

レインとシエナは強さを競い合ってたからおそらく前衛隊。ハルクは研究・開発職ってとこか。まだ数人派遣に行ってると言っていたから、前衛隊はまだいるんだろう。


そして今日いた3人とも、明らかに俺たちを歓迎していない。てか歓迎しているのは、隊長のジーマさんだけだし。あとは呪術の女……あの人は何考えてるかさっぱりわかんなかったけど…。


それにしても、初日から仲間内で命を狙われるとは…。いや、俺が悪いんだけど…。


でもやっぱり、先が思いやられる職場だ。

それは間違いない。


アグはため息をついた。














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