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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第2章

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誰よりも幸せになってほしいよ

部隊として1年ほど活動していると、セシリア姫が結婚するという話を聞いた。相手は他国の王子らしい。まあお姫様が、他国との関係を強化するために結婚するというのは、よくあることだ。彼女の結婚もそういう理由だろう。


その日私は、彼の様子が気になって、彼の部屋に行った。


「おい、大丈夫か」

「ベーラか…開いてるから、入っていいよ」


ジーマは事務机に肘をついて、その手に顎を乗せていた。

その表情を見るかぎり、かなりのショックを受けているようだ。


「聞いたぞ。どこぞの王子と結婚するってな」

「うん。まあ仕方ないよ。彼女は姫様だからね」

「気持ちだけでも、伝えなくていいのか」

「無理だよ。相手は一国の姫様だ。許されることじゃない」


そして彼は、私の前で涙を流した。

彼が泣いているなんて、初めて見た。

今でもはっきりと覚えている。


「どうして好きになっちゃったのかなぁ……絶対に結ばれないとわかっているのにね」

「そういうものなんじゃないのか。私には、よくわからないけれど」


彼が辛そうなのを見て、私もすごく、辛くなった。心が、痛くなった。

こんな気持ちは初めてだ。


彼がこんなに悲しんでいるのに、私には何もすることができない。

何とかしてあげたいのに。

彼に笑っていてほしいのに。

でも、無理よ。

だって私は、セシリア姫じゃないから。

私じゃ彼を、助けてあげられない。


それがすごく辛かった。

こんな気持ちは初めてだ。



私は一晩、不器用なりに彼を慰めた。

彼は私にお礼を言って、最後は笑っていた。


「僕は…この国を守る。姫様が愛しているこの国を」

「私も…力になるよ」


誰かを好きになるのって、どういう気持ち?

そんなに辛い思いをするのに、どうして人は恋などするの?


不思議だよ…。



また何年かして、シエナという女の子が仲間になった。


しばらく過ごしていくうちに、シエナがジーマに好意を抱いているのは気づいていた。


ある日、シエナが見違えるように可愛くなって、休暇から戻ってきた。


「シエナはどうしたんだ。イメチェンか?」


私はレインに尋ねた。


「ベーラにはわかんなそーだな。乙女心ってやつはよ」

「ふむ…。確かにわからないな」


(そうか。シエナは彼のために、変わったのか)


「それよりも食堂に行かないか?」

「…お前の脳みそは食うことで埋まってそうだな…」


私は、彼女のことが好きだった。

仕事にも一生懸命で、日々鍛錬を惜しまないその真面目な姿も、とても好感が持てた。口には出さなかったけれど、そう思っていた。


彼女がジーマを好きだと気づいたときも、正直嬉しかった。

もしかしたら、彼女が彼を、救ってくれるかもしれないなんて。


私には無理だけど、彼女だったら。

私は自分を変えることなんてできないけど、彼のために変わることができる、彼女だったら。


私は影から彼女を応援するようになった。


「ねえベーラ! 話があるんだけど!」


シエナはそう言うと、私を自分の部屋に招き入れた。

彼女の出窓には、見慣れた白い花が飾られていた。


「なんだ突然」

「ベーラは、ジーマさんのことよく知っているんでしょう?」

「いや、そんなに知らないが」

「嘘よ〜! だってもう何年一緒に仕事しているの?!」

「国家専任呪術師だった頃から数えたら、10年は超えるか」

「そ、そんなに長い間…!」

「まあ、腐れ縁だろう」

「ねえ! ジーマさんの好きなものとか知らない?!」

「さあ…」


シエナは布団の上にごろんと転がった。


「ああ〜ベーラなら知ってると思ってたのに!」

「役に立てずに申し訳ない」

「はぁ〜まあいいわよ。自分で聞き出すわ!」


シエナは寝転びながら私を見て言った。


「ベーラって何歳なの?」

「明後日30歳になる」

「え? そうなんだ! おめでとう! 皆でお祝いしないとね!」

「そういうのはいい」

「ジーマさんと2つしか変わらないんだ〜いいなぁ…」

「三十路を迎える私に対してはある意味嫌味になるぞ」


シエナはふと、こんなことを言った。


「ベーラって、ジーマさんのことが好きなのかと思ってた」

「他人を好きになったことは、ない」


シエナは胸をなでおろした。


「そう! そうよね! ベーラはそういう、恋愛とか興味なさそうだもんね!」

「興味ない」

「そうよね! ベーラだもんね! 良かったあ〜」


彼女は笑いながら、起き上がった。


「シエナ、その花」

「ああこれ? ベーラの出した土から咲いたのを見つけたから、とってきちゃった! だめだった?」

「構わないが、これは眠り花と言って、花粉を吸うと半日は寝てしまうぞ」

「ええ?! そうなの? あっぶない! 知らなかった!」

「まあでも、別名は夢の花と呼ばれていて、ぐっすりといい夢を見ることもできるぞ」

「そうなんだ…。ならもう少し飾っておこうっと! ベーラってお花好きなの?」

「いや、別に」


シエナは既に土に落ちていた眠り花を拾って、ベーラの頭に掲げて、ベーラの髪型に合わせる位置に花を持ってきた。


「似合う似合う! ベーラって可愛いよね!」

「やめろ。くだらないことは」


ベーラがシエナの手をはたくと、花粉が出て、その日2人は半日眠ってしまった。



ある日私は、彼も彼女が好きになっているということに気付いた。

それがいつからだったのかはわからない。

もしかしたら彼女が変わった、あの日からだったのかもしれない。


ウォールベルトでの戦いを経て、帰路に帰る途中だった。


「あの子は……いい子だね」

「うん…。ベルも誰かに叱ってもらわないと、辛かっただろうしね…。本当は僕がやらなきゃいけなかったんだけどな…。シエナに助けられたよ」

「ふ…。お前があの子を好きになるのも、よくわかるよ」

「はは……そう?」

「ああ。私もたまに、思うことがあるよ。あの子みたいになれたらって」

「え? 君が…? どうして?」

「さあ。どうしてだろうね」


私にも、わからないよ。


「ベーラはベーラのままで、いいじゃないか」

「ふふ…まあそれでもいいよ」


この気持ちは、なんなんだろう。

わからないよ。

誰か、教えてくれ。


そしてついに、彼が皆の前で、シエナとの結婚の約束を公言した。

私は彼らに、拍手を贈った。


その時の、彼の幸せそうな笑顔が、忘れられない。


その日、私は自分の部屋に戻ったあと、涙が溢れた。


何……これ………。


何の……涙なんだ………。


わけもわからず溢れてくる涙に、ベーラは戸惑った。



ベーラは、そんなことを思い出して、

今になって、初めて気付いた。

いや、本当は、気づかないふりをしていただけなのかもしれない。


彼を困らせたくない。

彼女を悲しませたくない。

誰も得をしない、無意味な恋だから。

でも…。



私は、彼のことが好きなんだ。



初めて彼の笑顔を見た日、もしかしたら、あの時からだったのかもしれない。

思えば、城にいるとき、練習場を眺めると、無意識に彼のことを目で追っていた。

いつも1人でいる彼が、アシードとだけは話をしていたこと、私は知っていた。


セシリア姫に恋する彼は、幸せそうで、私も彼から話を聞くと、嬉しかった。私は幸せのおすそ分けをしてもらっているんだと思っていた。

こんなに暖かい気持ちになったのはいつぶりだろうか。彼が喜ぶ顔を見ると、私は幸せだった。


私は、彼の笑った顔が、好きだった。


シエナと結ばれた彼がその笑顔を見せたとき、私はすごくすごく、嬉しかった。


なのに、涙が出た。


だって、私じゃなかったから。

彼の笑顔が見たいのに、彼を幸せに出来るのは私じゃなかったから。

私じゃ、彼にあんな顔をさせてあげられないから。


それがわかってしまって

それが、すごく


辛かったから。




「ねえキサティ、私のこの気持ちも、恋なのか……」


ベーラの目には涙が溢れていた。


「ええ。あなたは恋している。とっても素敵な恋よ。あなたの愛は、美しい。嫉妬だらけの人間たちの恋の香りの中で、あなたの香りは驚くほどにそれがないわ。おおらかで、暖かくて、彼のことを大切に思っている。心から彼の幸せを願っている。こんなにいい香りは初めてよ」


そうか…。

私も…恋していたのか…。


ベーラはほんの少し口元を緩め、笑った。


「力を貸してくれるか…キサティ」

「もちろんよ!」


キサティはベーラに力を送る。


(これが…妖精の力……?!)


ベーラは今までに感じたことのない溢れ出る力を感じた。

倒せる…これなら…レニを…!


ベーラはキサティの力で、暖かい光に包まれた。


【うふふ…今更何を……恋の妖精など、この世界で一番無力よ!】

「そうは思わないが」

【そうかしら? あなたたちはもうすぐ、死ぬというのに】


すると、ヌゥを蔓が完全に覆った。


【さあ、これで、私の歌を聞いているのはあなたたちだけよ。気絶している奴らも、全員死ぬのよ!】


レニは破滅の歌のラストスパートに入った。

レニの大きな悲しみが、ベーラに襲いかかった。


しかし、キサティの光がベーラを守った。

痛みを、感じない。


【な、なんですって?!?!】


自分の最強の技が効かないことに、レニはうろたえた。


「レニ、お前の悲しみもわからなくはない。しかし、お前は間違っている」

【私は間違ってなんかないわ! 私を騙したあの男が悪いのよ。もう二度と、恋なんてしないと私は誓ったの。それなのに、恋の力なんかに、負けてたまるものですか!】

「お前が愛した相手はひどい男だ。しかし、お前がその男に抱いた気持ちは、間違いじゃない。悪いことでもない。人を好きになるのは、素敵なことなんだ」


ベーラは身体から溢れ出るそのキサティの光を手のひらから放出した。


【やめろ…私は…私は…こんな力に…屈するわけには…!!】


その光はレニを浄化し、彼女を天に送った。


ベーラはその場に手をついた。


「ベーラ!」


キサティは彼女に駆け寄った。


「大丈夫?!」

「ああ…すごい力だったから……反動で身体が……動かないだけ」


ベーラは少し微笑んで、彼女に言った。


「うわっ!」


レニが死んで、ヌゥを縛っていた蔓が消えた。

ヌゥは身体をよじって受け身をとる。


レインを貫いたトゲも消え去り、地面に打ち付けられた。


「ゔ……」


レニの歌によって心を奪われていた妖精たちも我に返り、気絶していたものもだんだんと目を覚まし始めた。


「リネット!」


キサティはリネットを見ると叫んだ。


「私に宿りし癒やしの力よ…ここにいるすべての者を救いたまえ…!」


彼女が祈りを捧げると、城内にいた皆のキズが治っていった。


「皆! 大丈夫?!」


ヌゥは仲間の元に駆け寄った。


「ああ…」


ベーラは答えた。


「うう…」


アグも目を覚ました。


「アグは?! 大丈夫?!」

「大丈夫……気絶していただけだ……」


レインも人の姿になって、彼らの元に合流した。


「レイン!」

「死ぬかと思ったけど、無事みたいだ」


キサティは、死んだ妖精たちを見ていた。


「私のせいね……」


リネットとウルは、キサティに近づいた。


「キサティ様! ご無事でしたか?!」

「ウル、リネット…」

「キサティ…様ぁ?!」


レインとアグは声を揃える。


「彼女は、妖精の国の女王らしい」


ベーラが答えた。


「あなたたちのことも、酷い目に合わせたわ…。本当にごめんなさい」

「ん? 何のこと?」

「仲間の妖精たちも……。私はもう、女王を名乗る資格がないわ」


ベーラはレインとアグを引っ張ると、城をあとにした。

ヌゥもそれを見て、ベーラについていった。


「レニを倒したのはお前の力だ。妖精の国の女王よ。私達の役目は終わった」

「ベーラ……」


彼女たちが帰っていく様子を、キサティは見ていた。


「キサティ様!」

「お怪我はありませんか?!」


キサティの元には、彼女を慕う妖精たちが集まっていた。


ベーラが1人、先に歩いていくと、彼女の隣にヌゥがやって来た。

少し後ろから、レインとアグも歩いていた。


「ねえ! ベーラは、ジーマさんのことが好きなの?」

「そんなこと、言ったか」

「言ってなかったっけ?」

「言ってないよ」


ベーラは彼を横目でちらりと見ると、また前を向いた。


「ジーマさん、結婚するんでしょ?」

「そう言っていたな」

「良かったね!」


ベーラがヌゥを見ると、彼は屈託のない笑顔を浮かべていた。


「好きな人が結婚して幸せになるなんて、すっごく嬉しいよね!!」


ベーラは目を丸くして彼を見た。

そのあと、ベーラは声を出して笑った。


「あははははっ!!!」

「え? 何がおかしいの?」


後ろから彼女が笑ったのを見ていたアグとレインは、顔を見合わせ、もう一度ベーラを見た。


「ベーラが……」

「笑ってる……」


ベーラは笑いを落ち着かせると、彼に言った。


「ヌゥ、あのくだらない同盟は破棄だ」

「え? 何で?! 何で?!」

「なんでもだ」

「え? ベーラは恋ってなんなのかわかったの?」


ベーラは何も言わず、笑って、彼を置いて走った。


「ああ! 待ってよベーラ!」


ヌゥは彼女を追いかけた。


「おい、何だよいきなり!」

「ああ、待って!」


レインとアグも、2人を追いかける。


そよ風が、心地良い。


虹色の草原の上を、駆け抜けていく。


ベーラは少し走ったあと、茂みにごろんと転がった。


「ふぁあ! 追いついたぁ!」


ヌゥも横に、ごろんと転がった。


「おい、なにやってんだよ…」


レインとアグも追いついた。


ベーラは空を見上げた。


わかったよ…私にも…。


彼女はとても、清々しい気持ちで、太陽の光を感じた。










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