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Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜  作者: 田中ゆき
第1章

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混乱の幕開け

「ごめんごめん! 遅れちゃって!」


ドアが開くと、その暗い部屋に明かりが差し込んだ。栗色の髪の男が中に入ってきた。背が高くて細身の、稀に見ぬイケメンだった。紺色のコートの隙間から、腰に長剣が刺さっているのがちらりと見えた。


「あ、もしかしてもう終わっちゃった?」

「遅いぞジーマ。もう服従は完了した」


ベーラは無表情のまま、栗色の髪の男に向かって言った。


「そっか! いや〜、やっとお目にかかれたね! ヌゥ君にアグ君!」


ジーマはニコニコしながら、ヌゥとアグに近づいた。2人は見上げるように彼を見た。


「どうもはじめまして! 僕はジーマ・クリータス。特別国家精鋭部隊の隊長をしているよ」


ジーマは終始笑顔で、胸に手を当てて自己紹介をした。ヌゥが目をぱちくりとしている傍らで、アグは軽く会釈をした。


(こいつが隊長か。やけに歓迎ムードだな)


「えっと、どっちがヌゥ君だっけ?」

「俺です隊長!」


ヌゥは軽く右手を挙げると、ニコっと笑って答えた。


「そうかそうか! ヌゥ君の力は聞いているよ! 是非とも部隊の前衛となって、尽力してほしい!」


ジーマはヌゥの手を両手で握りしめると、ぶんぶんと振った。

何だか2人共ヘラヘラしてんな…。やばい部隊の隊長だから、怖い人を想像していたけど、完全に真逆の印象だ。


呪術師のベーラは、その様子を黙って見ている。人形のように微動だにしない。


「それじゃ、君がアグ君だね! 天才脳の!」


続いてジーマは、アグの手を握った。ヌゥに向けた笑顔と変わらぬ表情をアグにも向ける。


「て、天才脳?」

「あはは、謙遜しなくてもいいよ。立派な研究室があるからさ、自由に使ってよ」


(研究室って…俺に何させる気だ?)


「まあこんな暗い部屋じゃなんだしね。今後の話もしたいし、2人のことを隊の皆に紹介しないと! それじゃ、地下へ行こうか」

「は〜い!」


ヌゥは元気に返事をして、俺も軽く頷いた。


隊長のジーマさんに案内されて、俺たちは地下へと進んでいった。1階、2階、3階と、階段をどんどん降りていく。なるほど、このアジトは地下に向かって作られているのか。


最初にいた部屋は、地下1階だったようだ。といっても階層はほぼほぼ地上だ。後で知るのだが、アジトの外見は何の変哲もない小さな倉庫のようだった。馬車が入り込めるほどの大きな扉を開けて、少し坂道を進めばもう地下1階。そこにはあの薄暗い部屋とエントランス、他の部屋は倉庫になっているようだ。


地下5階には部屋は1つだけ。そこが大広間になっていた。真ん中に大きな机があり、囲むように椅子が並べてある。間取りは会議室みたいだが、骨董品や絵画なんかがたくさん飾られていて、机も椅子も革素材で高級感が漂っている。貴族のお屋敷のような雰囲気だ。天井から垂れ下がるアンティーク調のシャンデリアは、その部屋を明るく照らし、そこが地下であることを忘れさせた。


部屋には既に部隊の隊員と思われる3人が待機していて、それぞれ椅子に座っていた。


「そいつらが新入りか」


その中の1人の、赤い髪の男が喋った。顔には大きな火傷の痕がある。顔の左半分は全体に、右目の周りも皮膚が変色している。羽織っている大きめの黒いワードローブは、見たこともない素材だった。


目つきがすこぶる悪くて、足も腕も組んで、やたら偉そうにしている…。

なんだかチャラチャラしてるし、とりあえず怖そう。


ていうか、特別国家精鋭部隊って、そもそもどんなやつらの集まりなんだ?


「ちょっとレイン! ジーマさんに敬語使えっていつも言ってるでしょう!」


2人目、金髪の少女が怒って言う。


目はぱっちり、その他メイクもばっちり。髪は緩くパーマがかって、腰までも伸びていた。胸元には大きな赤いリボンをつけて、パステルカラーの高見えカーディガンとフレアスカートはよく似合っている。


この子なんてまだ子供だし…。なんなの? 小学生? 中学生? 女の子らしさは全開だ。もの凄く可愛いのはわかるけど、性格はキツそうだな…。


そして最後の1人は、毛先が青みがかった黒髪のショートヘアの、穏やかな顔立ちの男だ。歳は赤髪の男と同じ、20代後半くらいか。フチのない眼鏡をかけている。私服の上に、丈の長い白衣を着ている。俺達が来ても反応すらせず、静かに本を読んでいた。


「うるせえな。俺に口出しすんじゃねえよ」

「なんですって?!」

「まあまあ、落ち着いてよシエナも、レインも。今日は新しい隊員を紹介するからさ。じゃあ2人共、そこに座って」


金髪の少女は赤髪の男に向かって、べーっと舌を出した。赤髪の男はそっぽを向きながら、ちっと舌打ちをした。


ジーマに言われた通り、ヌゥとアグは入り口に近い2つの空席に並んで座った。ヌゥの2つ隣にはシエナと呼ばれた金髪の少女が座っている。目があったヌゥがにっこり笑いかけると、シエナはヌゥにもべーっと舌を出した。


ヌゥとアグの向かいの空席にはベーラが座った。その列には先にいた男2人が座っている。レインと呼ばれていた赤髪の男は落ち着きがなく、無駄に足を組み直したり、頭を掻いたりしている。黒髪の眼鏡の男は、ようやく本を閉じた。


そしてジーマは入り口から最奥の席に座った。彼に1番近い席にいるシエナは、ヌゥから遠ざかると共に、ジーマに席を近づけた。


「数人派遣中でね、全員揃ってないんだけど、紹介させてもらうよ。僕に近い黒髪の男の子がヌゥ君」

「知ってんよ。14年前の最年少殺人鬼ヌゥ・アルバートだろ。名前だけは有名人だ」

「そう…なんだけどさ! ヌゥ君は人間離れした強い力を持ってる。今度はこの力を使って、ほら、僕たちと一緒に戦ってくれるってわけさ! 頼もしいでしょう!」


ジーマはファイティングポーズをとってパンチのふりをしながら、呑気にそう言った。赤髪の男はそれを見てため息をついた。


「本当にそうならいいけどよ、俺らに危害加えない保障なんてあんのかね。見ろよあの顔、いかにもイカれてる感が漂ってんじゃねえか」


赤髪の男はヌゥを指差しながら、挑発混じりにそう言った。するとヌゥは、いつものようにニッコリ笑いながら、言った。


「そうだね! 弱くて邪魔だと思ったら殺すかもね!」


アグは心の中でため息をついた。


ったく…なんで余計なこと言うんだよ。本気か冗談かもわかりゃしねえ。確かにこの男、何となくムカつく感じだけど、一応先輩なんだしさ…。最初は新入りとして、静かに上手くやっていこうって考えがないのかね。……あるわけねえか。


「ほらみろ! 14年も独房にいて、全然反省してねえし!」

「きゃっははは! あんたは弱いんだから、しょうがないでしょレイン!」


金髪の少女は面白おかしく、手を叩きながら笑っていた。


「おいシエナ! 俺が弱いって?」

「私より弱いって、皆知ってるわよ」

「そんなわけあるか! 誰がそんなこと言ったんだよ」

「ジーマさんよ! この前なんて、私が部隊のエースだって、言ってくれたんだから!」


シエナは両手を祈るように組んで、デレついた様子でジーマを見た。ジーマもシエナと目が合うと、ニッコリと微笑み返した。というか、ジーマはずっとその顔だった。


「はあ?! おいジーマ! このへなちょこ女を調子に乗らすなって言ってんだろ」

「誰がへなちょこよ!」


ジーマは2人の喧嘩を見ながら、「まあまあ落ち着いて」となだめていたが、まるで効果はない。シエナとレインは険悪な雰囲気で未だに睨み合っている。


(おいおい、部隊の統率全然とれてねえし、何なんだこの子供みたいな奴らの集団は。隊長もパッとしねえしよ…。こいつら本当に、特別国家精鋭部隊なのか…?)


「心配はいらない。この2人は私が服従している」


すると、ベーラが口を開いた。無表情ながらにも、なんだかドヤ顔だった。


(俺たちそもそも、本当にこの女に服従してんのか? 今いち呪術かけられたっつってもピンとこない…。でも命令に背いて死ぬのはごめんだし、確かめようがねえな…)


「まあ、ベーラに任せるわよ。その2人は」


シエナは自分は関係ないといった感じで、虫でも払うように手をぺっぺと振ってみせた。


「俺も関わらねえようにしよ。イカれた囚人に殺されちゃたまんね〜」


レインもヌゥを一瞥しながらそう言った。ヌゥは案の定ヘラついていたが、怒ってはいないようだ。ヌゥももう20歳だ。大人になってて良かったよ…。


「じゃあ、紹介の続きだね。奥の男の子はアグ君」


ジーマがアグを指しながらそう言うと、レインとベーラ、それに眼鏡の男がハっとしてアグの方を見た。


「アグ……?!」

「本名は?」


レインたちに迫られ、アグはビビりながら答えた。


「アグ・テリーです…」

「嘘だろ…お前なのか…」


レインの形相が変わった。拳を強く握りしめている。間違いなく、彼は怒っている。


「お前が…」

「よせ、レイン」


ベーラが止めるのも聞かずに、レインは椅子を蹴って机を飛び越えながら、アグに襲いかかってきた。その動きは異常に俊敏で、人間よりも動物に近い感じがした。


その一瞬のうちにレインの手が変化していく。黒いワードローブから、鋭い爪がギラリと光った。その手は人間のものではない。猛獣のようだ。


「ひっ」


アグは喉をかき切られる未来を感じて、血の気がひいた。あまりの速さにアグは避けることも身を守る体制を取ることもできず、きゅっと目を瞑った。


「ぐあっ」


しかし、レインは吹き飛ばされて壁に身体をぶつけた。そのまま床に打ち付けられ、わずかだったが血を吐いた。アグは目を見開いて、その状況を見て唖然とした。


「アグに何するの? 本当に殺すよ?」


レインを攻撃したのはヌゥだ。速すぎて、その姿を皆追えなかった。

シエナはあまりに簡単にレインがやられたので、口をあんぐりと開けたまま、驚いて何も言えなかった。眼鏡の男もベーラも同様に驚いた様子で、倒れたレインとヌゥを交互に見た。


(レインの突きを反らしながら、溝落ちを蹴りで一撃か…それも一瞬…。随分速く動けるんだな……)


ジーマの顔からも笑みが消えた。感心したように顎に手をやり、ヌゥを見ていた。


そしてヌゥは、アグを襲おうとしたレインに、完全にキレていた。


「おい! やめろヌゥ!」


アグが叫んだが、ヌゥの怒りは止められない。

そのまま机を蹴って飛び上がり、レインの元に着地した。


「ひっ!」


レインはヌゥと目が合った。さっきまでのヘラついた笑顔はなくなって、狂気に満ちた殺人鬼の目をしていた。レインは完全に恐怖で身動きがとれなくなった。


ヌゥが口元を緩ませたのを見て、レインは死を悟った。ヌゥがレインの首を締めようと、その右手を首に当てようとした時だった。


「服従者ヌゥ、攻撃をやめろ」


ベーラの声が響いた。

ヌゥがそれでも攻撃をしようとしたので、服従の紋が発動した。


ドクン


心臓を掴まれるような痛みを感じ、ヌゥは大きく目を見開いた。大量の血を吹き出したあと、そのまま意識を失い、床に倒れた。


レインは身体を仰け反らせながら、息を荒げて言った。


「し、死んだのか?」

「いや、気絶させただけだ」


ベーラは言った。服従の紋が、ヌゥを止めたのだ。


ジーマは立ち上がって、困ったようにヌゥに近づくと、倒れた彼を抱き上げた。


「あぁ〜酷い傷だ。困ったな、ベルも出払ってるし」

「大丈夫…だと思います。1日寝たらどんなケガでも治るんで、ヌゥは…」とアグ。

「そうなの? ああ、でもカルトがそんなこと言ってたかも! あ〜良かった!」


ジーマは喜んでいたが、レインはやっとこさ立ち上がると、怒って声を荒げた。


「よくねえだろ! 俺は殺されるところだったんだぞ!」

「先に君が、アグ君に手を出したんでしょ。部隊内での暴力はご法度だよ」

「だ、だって、こいつは…」


レインはアグを強く睨みつけた。


まずい…この赤髪は相当俺を恨んでいる…。ヌゥも気絶してしまった…。本当にまずいな。仕事が始まる前に、早々に死ぬじゃねえかよ、これじゃあ。


「今日はやめましょう、ジーマさん。レインの気持ちもわかるでしょう。また明日、落ち着いてから、話をしましょう」


眼鏡の男が初めて口を開いた。見かけ通りの落ち着いた口調だった。


「そうしようか。うん、しょうがないよね。ヌゥ君も気絶しちゃったし。今日のところは新人2人共、僕の部屋に連れていくよ。レイン、くれぐれもアグ君に手を出してはいけないよ。アグ君を殺したりなんかしたら、君も囚人の仲間入りをすることになるよ」

「……わかってるよ」


レインは最後までアグに殺意をむき出しにしたまま、乱暴にドアを開けると、部屋の外へ出ていった。


「もう! 一体何なのよ! アグって言ったわね! あんた、ジーマさんに何かしたら、ただじゃおかないわよ!」


シエナもそう言い残すと、部屋を去った。眼鏡の男もそのまま何も言わずに出ていった。

ベーラはジーマに話しかける。


「私も一緒についていようか?」

「大丈夫だよ、ベーラ。ありがとう」

「服従者アグ、ジーマを攻撃するなよ。命令だぞ」

「…しませんよ。俺にはそんな力ないし」

「そう。それじゃあ、また明日の会議で」


ベーラも去り、ジーマ、アグ、そして気絶したヌゥが部屋に残された。


「ごめんね。いきなり酷い目に合わせちゃって」

「いや…あのレインて人…俺の事件であの人の大切な誰かが…」

「うん。ああ見えてもね、レインはガルサイア国の王族だったんだ」


アグはそれを聞いて、大きく目を見開いた。言葉にも表せないような罪悪感が、ふつふつと湧きあがって、アグの心を握りつぶすような心地だった。


「…生きていたんですね」

「うん」


アグはうなだれて顔を下げた。心臓が高鳴る。いくら反省しても消せない自分の罪が、鮮明に蘇ってはアグを襲う。


「僕の部屋で、話そうか」


ジーマはヌゥを抱えたまま、部屋を出た。アグもジーマについて、彼の部屋に向かった。






















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