悲しみの歌姫
レニは、歌うことが好きだった。
ある田舎の村に生まれたレニは、両親と3人で、穏やかに暮らしていた。容姿の美しいレニは、村の中で一番の美人としてもてはやされていたが、そのことを鼻にかけることもない、優しい女性だった。
レニは森で遊ぶのが好きだった。
ここには、たくさんの観客がいるから。
レニが歌い出すと、動物たちが寄ってきた。
鳥やうさぎに鹿、りすやアライグマ、彼らはレニの歌が大好きだった。
「素敵な歌だね」
レニは声をかけられ、驚いて振り返った。
そこには見知らぬ男が立っていた。優しい顔のその黒髪の男は、レニに微笑みかけた。
「だ、だれですか?」
「僕はシャノン。君は?」
「私は、レニです…」
「レニ…いい名前だね。ねえ、もう少し、聞いていたい。だめかな?」
「いえ…」
彼がそう言うので、レニはまた、歌を歌った。
幸せな心地だった。
頭から突き出るように、脳裏に響く私の歌。
風に吹かれながら、彼は目を閉じて、それを黙って聞いている。
それは安らかな時間で、穏やかな気持ちだった。
「とっても素敵だった。ありがとう。ここにはよくくるの?」
「は、はい…」
「そうなんだ。また、来てもいいかな?」
「はい…」
レニはドキドキしていた。
初めて人前で歌ったりしたからだろうか。
その日レニはなかなか眠れなかった。
次の日もまた次の日も森に行ったが、彼は現れなかった。
レニは口には出さなかったが少し残念がっていた。
しかし次の日、また彼が、シャノンがレニの前に、現れたのだ。
「やあ、レニ。また会えたね」
「シャノンさん!」
「あはは、シャノンでいいよ」
シャノンはレニの歌を聞いては、すごく感動したと、褒めてくれた。
シャノンはたびたびレニの前に現れて、森でレニの歌を聞き、そのあと話をしたらどこかへ帰っていく。
レニはいつかわからない彼と会える日を楽しみに、毎日を過ごした。
レニは彼のことが好きだった。
彼に恋していた。
そう気づいたとき、彼からこんな話をされた。
「君の歌は、素晴らしい。どうだろう、僕と一緒に、歌い手の道を進まないか?」
私は嬉しくて、彼についていくことを決めた。
シャノンは私の両親も説得した。
シャノンは、歌い手や踊り子たちを育て、表に出す機会を与えるような仕事をしていた。
私は彼に夢中になりすぎて、彼の言うことはなんでも正しいと思い込み、どんなことも従った。
「…これ、レニに似合うと思うんだけど」
シャノンはやたら露出の多い服をレニに着せたがった。
私は抵抗もあったが、彼のためならと恥を惜しんでそれを着た。
「うん! すごく似合ってるよ! これならもっと人気が出ると思うな」
「そ、そうでしょうか……」
シャノンはレニの姿をじろじろと見ては、頷いた。レニは恥ずかしそうに、手で身体を隠した。
もっと早く、気づくべきだった。
私の歌い手としての仕事はどんどん減っていった。
そして彼の行動はだんだんエスカレートしていった。
「いっそ、脱いじゃった方がいいんじゃない?」
「え?」
「うん。君に歌い手としての才能がないってことは、もうわかっているんだろう? だったら君はその美しさを仕事にした方が絶対にいい。そう思わないか?」
レニはその時、彼のことを怖いと思った。
どうして気が付かなかったんだ。彼は最初から、私を歌い手にするつもりなんてなかった。
「いい仕事があるんだよ。今からそこに行ってみない?」
「い、行きません!」
私は必死で逃げ出そうとしたが、彼に腕を掴まれた。
そして、彼に無理矢理謎の薬を飲まされた。
「んんんん!!!!」
喉が焼けるような痛みが彼女を襲った。
そして彼女は、声を失った。
「君にその声はいらないよ…。君がどれだけ歌っても意味ないから……。君にはその身体だけあればいい」
そしてそのまま、彼に襲われた。
叫んでも声は出ない。
涙も出し尽くして、枯れ果てた。
大好きだと……思っていたのに………。
「また明日ね、レニ…」
レニは喪失とした表情で、帰路に立った。
橋の上を、歩いていた。
「…ぁ、ァァ…」
何度試しても、声は出ない。
私はもう、歌うことができない。
絶望して、その橋から飛び降りようとした時、誰かに手を掴まれた。
私は、あの方に出会った。
あの方は私に声を取り戻させてあげると言ってくれた。
その代わり、あの方に一生付き従うことを、命じられた。
私はその条件をのんで、声を取り戻した。
シャドウとなって絶大な力を得た私は、シャノンを殺した。
そして、もう二度と恋などしないと、心に誓った。
しばらくしてあの方は、私を妖精の国リオネピアに送り込んだ。妖精たちをすべて捕まえ、新しいシャドウを作ろうというのだ。
そして、あの方の器となる人間、ヌゥ・アルバートの捕獲を命じられた。
あの方がそうしたいというなら、私はそれに従うだけ。
ただ、この国にはあまりにも妖精が多すぎる。
私は城に侵入し、妖精女王をシャドウにして、妖精共を従えようと考えた。
その女王は、思ったよりも幼くて、私を見ても恐れなかった。
「あなた! 人間ね! すごく、いい香りがするわ!」
彼女は私に顔を近づけながらそう言った。
「でも可哀想…すっごく愛した方に裏切られてしまったのね…」
「なんなの…あなた」
「私? 私は恋を司る妖精、サイレントアーフ・キサティよ」
私はそれを聞いて、笑いをこらえるのに必死だった。
恋…ですって?
うふふ…私の一番、嫌いな言葉ね……
彼女が私に敵対しないのをいいことに、私は彼女を利用しようと考えた。
「私、人間の国に行ったことがあるんだけど、人間たちって本当にたくさんの恋にあふれているのよ! みんな、それぞれとっても素敵な香りがするの!」
「そう…」
「でもね、妖精たちはほとんど恋をしないの。恋が素晴らしいものだって、みんな知らないのよ。好き同士になる妖精もいるけれど、人間たちの恋には比べ物にならないほど小さな愛よ。恋する喜びを知ってくれれば、もっと素敵な世界になるはずなのに」
なんて…戯言なのかしら!
私は反吐がでそうだった。
私はこの子を利用するだけ利用して、最後はボロボロに傷つけてやろうと思った。
私はキサティに、妖精たちをシャドウにすることで、恋をさせてあげると適当な嘘をついて、彼女を率いれた。
彼女から妖精たちの住処や、能力なんかの全ての情報を聞き出した。
そしてキサティには、人間の国に行き、特別国家精鋭部隊に所属しているヌゥ・アルバートをこちらにおびき寄せるようにと作戦を伝えた。
信用を得るために、自分の技は歌であることもキサティに教えた。そのことを奴らに教えても構わないとも。それほどレニは自分の強さに自信があった。
私の歌で、妖精たちを城に呼び込んだ後、彼らをシャドウにすると約束をして。
キサティはレニの恋する気持ちに絶対の自信を感じていたので、すんなりと彼女を信じた。
そして彼女は、国中の妖精をその歌で従え始めた。
ヌゥは聖堂に檻のまま置かれ、ウルともう1匹の妖精リネットに見張られていた。
「おそらくはじまったわね…レニ様の破滅の歌が」
ウルはリネットに話しかけた。
(破滅の歌…?)
「あれを最後まで聞いたら死んでしまうのよね」
「そういえば、こいつの残りの仲間も2人、捕らえたらしい」
(な…なんだって…?!)
ヌゥはその檻をにらみつけると、思い切って手で掴んだ。
非常なまでの電気が身体中に流れる。
その手はあっという間に焦げて、感覚がなくなってきた。
(こんなところで捕まってる場合じゃない…!)
バチバチバチと、激しい音がしたのでウルとリネットは振り返った。ヌゥが檻を両手で掴んで、開けようとしている。
「馬鹿な! 高圧電流だぞ?!」
「知……る………かぁぁああああ!!!!!!」
ヌゥは手で檻を、こじ開け、檻から脱出した。
「な、なんだって?!」
ウルとリネットは目を見開いた。
すぐにウルは戦闘体制をとる。腰のサーベルを引き抜いた。
「絶対にレニ様のところに行かせはしない!」
ウルがサーベルを突き刺すが、軽々と避けられ、後ろに回り込まれた。
(……速いっ!!)
ウルは回し蹴りをくらい、床に倒れ込んだ。
「ウル!」
リネットは彼女に駆け寄った。
「私に宿りし癒やしの力よ…彼女を救いたまえ……」
リネットはウルのキズを治していく。
ヌゥはそれを横目で見ながら、急いでレニの元へ向かった。
(この歌……すごい力っ……)
(なんて…おぞましい……!)
キサティはその悲痛な歌が響く中、何とかベーラの手足の拘束を解いた。
「キサティ…」
「ベーラ! 本当にごめんなさい! レニが悪いやつだなんて、私…思わなくて…それで…」
「もうすんだことだ…それより、この歌…」
ベーラとキサティは耳栓をつけたが、それでも威力が少し弱まるだけであった。
耳を抑えて、身動きが取れない。
(無駄よ…この歌が終わったとき、あなたたちは死ぬのよ!)
この歌をきくと、彼女の昔の痛みや憎しみが、ひしひしと伝わってくる。
愛する人に裏切られた苦しみ、怒り、悲しみ、それらが一体となって頭の中を覆った。
「レニ…お前の苦しみはわかった…恋したことに後悔しているんだな…」
【そうよ! 恋なんてしても仕方ない。恋なんて、この世に必要ないのよ】
「私もそう…思っていたよ…なぜ人は恋をするのか…不思議だった…」
【うふふ…あなたとは話が合いそうね…彼らの仲間でなかったら、殺さずにすんだかもしれないわね! でも残念…この歌が終わったとき、あなたたちは死ぬのよ】
歌っている彼女の心の声は、歌を聞いている2人の頭の中に直接響いてきた。
【終わりよ…これが最後のサビよ!】
「やぁめろぉおおおおお!!!!」
レニはその頭を、ヌゥに思い切り蹴り飛ばされ、地面に倒れた。




