異心
「アグ、何してるの?」
岩山に生えている鉱石を採掘している彼を見て、キサティは言った。
「ここの鉱石はすごいよ! どれも見たことないやつだ! 一体どんな素材なんだろう…」
アグの目は輝いていた。
一見ただの岩のようなごつごつしたそれをなめるように見回すアグを、キサティはしらけた顔で見ていた。
「ねえ、この国には妖精以外には誰か住んでるの?」
「大人しい動物たちは住んでいるけれど、人間はいないわ。ここは妖精の国だから」
「そうなんだ。それにしても、誰もいないね…」
「皆あの女に捕まって、城に閉じ込められているのかもしれないわ」
ベーラは岩に背もたれて地面に座っていた。
「ねえ、隣に座ってもいい?」
ベーラからの返事はないが、キサティは彼女の隣に座った。
「ねえ、何で気持ちを伝えないの?」
「だから、何の話だと言っている」
「好きな人がいるんじゃないの?」
ベーラはキサティを一瞥すると、また前を向いた。
「そんな人、生まれて今まで一度もいない」
「嘘よ、そんなの。だって、あなたからは恋している香りがするんだもの」
「そんなことを言われても」
キサティは、全く表情を変えない彼女のことを、じっと見ていた。
「あなたの愛は、素敵よ。今までに出会ったことがないくらい、いい香り」
「だから、私は…」
ベーラは目を見開いた。
「どういう…ことだ……」
キサティはベーラにサーベルを向けていた。
すると、どこに潜んでいたのか、妖精たちの軍勢がベーラを囲んでいる。
「キサティ……」
キサティはベーラの方を落ち込むように見ていた。
「ごめんねベーラ。私のアドバイス、役に立てる機会がないのは残念よ」
ベーラは呪術を出そうと、地面を揺らすと、キサティは声を上げた。
「動かないで!」
妖精たちに捕らえられたアグが、ベーラのところまで運ばれてくる。アグは気絶して、背の高く大きな妖精に抱えられていた。
アグの喉元には、別の妖精がサーベルが突きつけている。
ベーラは歯を噛み締めて、キサティを睨んだ。
(油断した…。最初から怪しいと思っていた…。海を彷徨って、たまたまユリウス大陸にたどり着いたかのように言っていたのに、こいつは人間のことをよく知っていた…。この子が国には人間はいないといった時点で確信した。この子は元々人間の国にきたことがあったんだ…。この子が何か嘘をついているのは勘付いていた。しかし…)
「連れて行け!」
キサティが命令すると、妖精たちはアグを城に向かって歩かせた。
「あなたもよ、ベーラ」
アグを人質にされ、ベーラは手が出せなかった。
妖精たちに手足を縛られ、ベーラも城に連れて行かれた。
レインは妖精たちの軍勢に、その身一つで立ち向かった。
「驚いたわ! ウル、彼は人間ではないの?」
唇に手を当てながら、レニは高みの見物をしている。
その横には彼女の側近のように、茶髪のポニーテールの妖精が立っていた。名をウルと言った。
「獣人です。そんな実験をしていた人間たちがいると、聞いたことがあります」
「あらまぁ……恐ろしいわねぇ」
ヌゥは檻の中からレインを見守ることしかできない。
「レイン!」
レニはヌゥを見ると、にんまりと笑った。
「うふふ…貴方がそうなのね……あの方の器…」
「お前たちは……ゼクサスの…」
ヌゥは彼女を睨みつけた。
「彼を奥の聖堂へ連れていきなさい」
「御意」
ヌゥの立っている床は浮かび上がって、下りてきた檻の壁と合体した。
ウルとその他の妖精は、黒い手袋をはめて、その檻ごとヌゥを運んだ。
(あの手袋は…絶縁体か?)
「お前たちは、何であの女の命令をきくんだ?! この国の妖精じゃないのか?」
ウルはヌゥを睨みながら言う。
「私達はレニ様の下僕だ。この国はもう、レニ様のものだ」
くそ…。レニの歌の力なのか?
彼らはなんの迷いもなく、レニに従っている。
ヌゥは聖堂に運ばれていった。
(くそ! なんて数だ!)
レインは1人、妖精の軍勢と戦っていた。彼らはサーベルを手にし、取り囲むようにして彼に襲ってくる。
彼らをなるべく傷つけないように倒したかったが、そうも行かないほどに彼らは手強い。
(加減ができねんだよ…この身体はよ…!)
レインはやむを得ず、妖精に牙を向いた。
殺しはしないが妖精たちは怪我を負って皆倒れた。
「まあ、役に立たない妖精ね」
レニは自分の足元に倒れ込んだ妖精を蹴り飛ばした。
レインはそんな彼女を睨みつけ、吠え声をはいて威嚇する。
「あとはてめえだけだな」
「うふふ…私に勝てるとでも思っているの、可愛い子猫ちゃん」
「誰が子猫ちゃんだ!」
レインが牙をむいて彼女に襲いかかると、彼女は顔の前で手を組んで歌い始めた。
(しまった! 歌か!)
レインは人間に戻って速やかに耳栓をはめた。
すると、天井から針の雨が降ってきて、彼を襲った。
レインは獣化して、それを避けようとするが、あまりの広範囲に逃げ場がない。針は身体に突き刺さるが、耐えられる痛みだ。レインはそのままレニに向かって突進する。
「なめんじゃねえぞ! 俺を!」
レニは笑いながら、別の歌を歌い始めた。
すると、目も開けられぬような突風が彼を襲った。
(くっそ! この、チート野郎共が!)
レインは吹き飛ばされた。
「無駄よ子猫ちゃん。そんなもので耳を塞ごうと、私の攻撃は止められないわ」
「あぁん?! 何言ってっか聞こえねーんだよクソ女!」
「ちっ! 口の悪い子猫ちゃんね!」
レニは舌打ちすると、更に攻撃を続けた。
地面が割れ、ダイヤモンドのように硬い巨大なトゲが次々に下から生えてきてレインを襲った。そこに倒れていた妖精たちも、そのトゲの餌食となり、身体を突き刺された者も大勢いた。
(くそ…妖精たちまで…。それに、あの女に近づくことすらできねえ…!)
女はニヤリと笑って、歌を歌うと、上からもトゲが生えてきた。
トゲはレインをはさむように上下から襲ってきて、レインは串刺しにされた。
(強ええ……)
レインはガバっと血を吐いて、身体を突き抜かれたまま気を失った。
レニは彼に近づいて耳栓を外した。
「バカねえ、こんなものがあればこの私を倒せると思ったの」
すると、手足を拘束されたベーラとアグが妖精たちに運ばれてきた。ベーラの後ろにはキサティが立っていた。
「ご苦労さま、キサティ」
キサティは、倒れ込んだりトゲに刺されて死んでいる妖精たちを見て、目を見開いた。
「ど、どうして私の仲間まで……」
「仕方ないわ〜役に立たないんですもの」
キサティはレニを睨みつけた。
「話が違うわレニ! 私達妖精も人間のように…恋ができるように、してくれるって…そう言って…」
「うふふ、あは、あはははは!」
「れ、レニ…?!」
レニは声を上げて、彼女をあざけ笑った。
「本当にバカな妖精さんね。あなた達みんなをシャドウの器にはしてあげるわ! でもね、恋なんて……うふふ…虫唾がはしるわ!」
レニは声を荒げて、怒った様な顔つきでキサティを怒鳴りつけた。
「キサティ…あなたはもう用済みよ。約束通りヌゥ・アルバートをこの地に呼び寄せてくれた…。だから安心して。この国の妖精、みーんな、シャドウとして生まれ変わらせてあげる! シャドウとして、私たちの命令に従い、あなたたちは人間の奴隷として暮らし続けるのよ!」
レニは両手を大きく広げて、そう叫んだ。
「そんな……レニ…嘘よ…」
キサティは絶望の表情を浮かべ、その場に膝をついて落胆した。
(私は…この国を……もっと素敵な香りで……)
「あはははははは!!! あなたたちはここで死になさい!」
レニは、これまでとは違う悲壮な歌を歌い始めた。
その歌を聞き始めたベーラもキサティも、妖精たちも、気絶している皆も、耳から血を流し始めた。
「ああああああああ!!!!」
意識のある妖精たち、皆は耳を抑えて倒れ込んだ。
ベーラも手足を拘束されたまま、身体をよじって痛みに耐えた。
レニに向かって土の柱をさしむけたが、軽々と避けられてしまう。やがて攻撃する力も余裕もなくなってきた。
(くそ……駄目だ…レインも…アグも…皆もう動けない……私が……私が皆を守らないと……)
「やめてよレニ! あなたは…あなたはそんな人じゃ…!」
「何を言ってるの? 私はこういう人間よ。いえ、もうシャドウね…。私は生まれ変わった。私を救ったあの方と一緒に、この世界をシャドウのものにするっ! 聴きなさい、私の歌を…破滅の歌を…最後まで!」
レニはその歌を、また歌い始めた。
キサティは耳を塞ぐが、血が止まらない。
(なんて…なんて…悲しい歌なの! 耳が、張り裂けそう!)
それは、レニの一番の大技、破滅の歌。
レニの苦しい過去を歌ったその歌は、悲しみと憎悪に溢れ、彼らを襲った。




