答えのない問い
私は生まれてこの方一度も、恋なんてしたことがない。
誰かが誰かを好きだというのは、まあなんとなくわかる。
だけど自分にとっては無縁のものだと、そう思っている。
アイラを除けば、それ以外の人間には、正直あまり関心がなかった。
アイラは家族だったから、大切に思うのは当たり前だった。
だけど、他の奴らは、言ってみれば、赤の他人。
部隊の皆は確かに仲間で、皆を守りたいという強い気持ちはある。
ただそれは、皆のいってる恋だの愛だのとは違う。
恋とはなんだ。
愛とはなんだ。
どうして皆、誰かを好きになったりするんだろう。
誰かと将来一緒になりたいと願うんだろう。
それって、一体どんな気持ちなんだ。
私は知らない。
そしてこれからも、知ることはない。
別にそのことが、嫌だとも辛いとも悲しいとも、思いはしない。
「ねぇ、さっきの占い、なんだったの?」
ここはアンジェリーナに乗った上空。
ヌゥはキサティに尋ねた。
「占いじゃあないわよ。恋の香りをかがせてもらっただぁけ!」
キサティはにっこり笑って、楽しそうに答える。
「恋ってさ、そもそも何なの?」
ベーラはその言葉にぴくっと反応して、話に耳を傾けた。
「うーん。はっきりとした言葉で定めることは難しいわね。でも、特定の誰かのことを好きだと感じたり、大切に思ったり、一緒にいたいと思ったりする素敵な感情のことよ!」
「ふぅ〜ん。じゃあ俺はアグに、恋してる?」
アグはヌゥのことを見た。
レインも腕を組んで首を傾げながら彼を見ている。
「うーん…あなたからは恋の香りがしないのよね。アグって誰?」
「俺ですけど……」
アグは少し気まずそうに手を上げる。キサティはアグを見た。
「あなたがアグ。うーん。で、君の名前はなんだっけ?」
「ヌゥだよ」
「ヌゥはアグのことが好きなの?」
「うん! 好きだよ!」
「そう。でもそれは、恋とは違うと思う」
「えー? じゃあ何?」
「恋は基本的には、男女の間に生まれるものだから」
「そうなんだ」
「もちろん、男同士や女同士に生まれる恋もあると思うわ。それだって同じくらい尊いものよ。でもヌゥのは、それとも違う」
「まあたしかにな。恋の定義なんてあるようでないようなもんだしな。お前のは好きはまあ、友達として大切だって意味で、それでいいんじゃねえの」
レインも答えた。キサティは赤髪の彼をまじまじと見た。
「あなたの名前は?」
「俺? 俺はレイン。あとそっちにいるのがベーラね」
「レインにベーラ…うん、覚えたわ! で、レイン、あなたは……」
「な、なんだよ…」
「とっても深い、愛の香りね…。相手の方はもうこの世にいないのかしら…。それなのに全く色褪せていない……誰よりも愛しさに満ちた香りね」
「……すげえ占いだな」
「占いじゃないわよ。でも、ホント素敵ね! 人間って…」
キサティはうーんと足を伸ばして、楽な姿勢をとった。
「妖精は恋しないの?」
「うーん。する子もいるんだろうけど、人間ほどいい香りはしないのよね」
「そうなんだ。あーあ、俺も1回くらい恋してみたいなぁ〜」
ヌゥは大の字になって寝転んだ。
「で、アグはメリのことが好きだって?」
レインが聞いた。
「え?」
「そう言われてたじゃねーかよ。こいつに」
「キサティよ!」
「キサティに!」
アグはうつむいた。
レインにそのことを言うのは、なんだか気まずいからだ。
「アグとあの桃色の髪の子はとっても愛し合ってる! 結婚したいと願っているわ」
「ちょ…、キサティ、余計なことを……」
アグはレインを見た。
彼は怪訝な顔をしている。
「アグ、もしかして俺に気つかってんのか?」
「いや、その……」
「別に気にしねえぜ俺は。結婚したいならすればいい」
「いやぁ…でも……」
「え? 結婚? アグが? メリと?」
ヌゥはガバっと起き上がって、目を輝かせてアグを見た。
「いや……本当にするわけじゃ…」
「いいなぁー! アグは恋してるんだ! いいないいな! ねぇ、それってどんな気持ち?」
「どんなって……説明すんのムズイ! てか何だよ! この恋愛哲学トークは! キサティ、お前のせいだぞ」
「ええー? いいじゃない! 楽しくない?」
「俺たち今から敵と戰いに行くんだぞ。そっちの話し合いしたほうがいいだろ絶対」
「アグってそういうとこ真面目だよね」
「黙れ、不真面目代表」
ベーラは彼らを見ながらため息をついた。
(結局、よくわからないままだったな)
「ほら、ベーラさんがさっきからすごいつまんなそうにしてるし…」
「え? そんなことねーだろ? なぁ、ベーラ」
「…いや、つまらん」
ヌゥはベーラに近づいて、彼女の首に手を回すと言った。
「ベーラぁ! 俺たち仲間だよ! 恋って何かわからない同盟組も?」
「いいぞ」
「いいのかよ! そんなくだらない同盟結ぶのか?!」
「くだらなくない! 俺たちだって悩んでるの!」
「あはははっ! 人間ってほんっと〜に面白いわね!」
キサティは大笑いした。
(てか呑気かよこの妖精…。お前の国今大変なことになってんじゃねえのかよ……なんか身がしまらねえな…本当に大丈夫なんだろうな……)
アグは頬杖をついて、ふざける彼らを見ていた。
アジトに残ったメリは、アシードのカトリーナを見せてもらっていた。
「どうだ? 直りそうかのう…」
「大丈夫です! ただ、鉄を打つための道具を揃えたりしないといけません。3日ください! それで完全に…いえ、それ以上の強度に直します!」
「おお! なんと頼もしい! 鍛冶屋に頼むと、この大剣はかなり値がはってのう…。恩にきるぞメリ!」
「任せてください!」
ベーラが不在のため、道具の買い出しに行きたいメリは、ジーマに相談しに彼の部屋に向かった。メリはドアをノックする。
「どうぞ〜」
「失礼します。あれ、ジーマさんそれ…」
「ああ、眼鏡? ベーラに呪術で出してもらったんだ。これがないと全然見えなくってさ」
右目は眼帯をつけたまま、唯一生きていた左目の視力はゼロに近く、ベーラの特注の眼鏡で何とか生活に事情のないくらいの視力を取り戻した。
メリはダハムの強さを知っていた。
正直、この人が彼を倒したなんて、信じられない。
「何か用?」
「えっと、アシードさんの剣を直したくて、道具を揃えに外に行きたいんですけど…」
「ああ。そうだった。一緒に来てくれる?」
「え…? あ、はい」
ジーマは研究所の隣に造った建物にメリを案内した。
中に入ると、最新設備の鍛冶場が用意されていた。鉄などの必要素材もそこにはたくさん積まれている。
「こ、これは…」
「メリのためにベーラに作ってもらったんだけど、どうかな?」
「す、すごすぎます! 私のためにこんな…こんな…」
メリは感動して、目を潤ませた。両手を口に当てて、感極まる思いだった。ジーマはメリのその左手に目がいった。
「ありがとうございます! ジーマさん!」
「いやいや。お礼ならベーラが帰ったら、言ってあげて。何か足りないものはある?」
「いえ! これだけあれば当面は! 早速カトリーナの修復に取り掛からないと!」
メリは鍛冶場にこもった。
ジーマは部屋に帰ろうと、エントランスから階段を降りていく。
(指輪かぁ…)
顎に手をあててそんなことを考えた。
そう言えば、キサティがシエナに言っていたな。
「あの子が思いを伝えられないのも無理ないわ。あなたと彼が心から愛し合っていると、香りが言っている」
あの子って…誰のことなんだろ…。
ジーマはふとその言葉を思い出して、頭をひねった。
すると、浴場から上がってきたベルと鉢合わせた。
「あれ、ジーマさん」
「ああ、ベルか…」
(そういえば、ベルも誰かに恋してるみたいなようなことキサティが言っていたっけ? まさか、ベルが?!)
「眼鏡…ベーラさんに作ってもらったんですね」
「ああ、うん」
「調子、よさそうですか?」
「ああ、うん」
ベルは不思議そうに彼を見ていた。
「ジーマさん、どうかしました?」
「え、いや…その…」
「何か気になることがあるなら、はっきり言ってください!」
ベルが迫ってきたので、ジーマは折れた。
「その…大広間で話そ…?」
2人は大広間に移動した。
ジーマが単刀直入に聞いたので、ベルは声を出して笑った。
「そんなに笑わないでよ…」
「あはははは…す、すみません……」
「完全に自意識過剰だった……恥ずかし……」
ジーマは机にうつ伏せた。
「シエナさんを悲しませるようなことしませんよ」
「じゃあ、ベルは誰が好きなの?」
「へ?」
「誰かのことが、本当は好きなんじゃないの?」
「わ、私はそんなことは…」
ベルはうつむいた。
「まあ、わざわざ僕に話そうなんて思わないか…」
「……誰にも言わないでくださいね」
「え?」
ベルはジーマの耳元で、アグの名前を呟いた。
「そ、そうなの?」
「でも、彼にはメリさんがいるので…諦めます」
「…諦めちゃうの?」
「だって、2人の邪魔はしたくないですもの」
「そっか……」
なんだか、昔の僕を見ているみたいだな…。
もしも昔、セシリア様に気持ちを伝えていたら、何か変わっていたんだろうか。
まあでも、今更そんなこと、考えても仕方ない。
僕にはシエナがいる。
こんなことを考えるなんて、彼女を裏切っているみたい。
もうやめよう。昔のことを思い出すのは。
「何か、食べますか?」
「ああ、うん。食べよっか」
そして2人は静かに、食堂で少しの時を過ごした。
 




