恋を司る妖精
「初めまして。サイレントアーフ・キサティです」
彼女は淡く美しい黄緑色の髪をしていた。肩の辺りまで伸びていて、毛先は外側にカールしていた。
レースのような柔らかい薄緑色の服をまとっていて、それもこの大陸では見たことのないものだった。
キサティは、礼儀正しくお辞儀をする。
「初めまして。僕は特別国家精鋭部隊の隊長をしているジーマ・クリータスです」
ジーマもニコッと笑って、彼女に会釈をした。
するとキサティは、その背中から透明な羽を生やし、軽く飛び上がると、ジーマに顔を近づけた。ジーマがその至近距離にたじろぐと、彼女は言った。
「あなたは、本当に幸せそうな香りがする。葛藤を乗り越えて心が晴れやかになって、優しさと愛しさの詰まった穏やかな香りでいっぱい」
「…はい?」
ジーマは困ったように彼女を見る。
するとキサティは、隣にいたベーラのところに飛んでいくと、顔を近づけた。
「なんだ。相手はあなたじゃないの」
「何の話だ」
「あなたは一途で誇り高くて、でもそれでいて切ない香り! 相手のことを思う優しさが、あなたの心を殺している」
「……近づくな」
ベーラは土の壁を作りだして彼女と自分を引き離した。
「えっと……君の国が、襲われているって話だよね?」
「ああ! そう! そうなんです! 突然謎の女が私達の国にやってきて、妖精たちを襲っているの」
「その女って、どんなやつなのかな?」
「姿は人間だったわ…不思議な歌をうたって、妖精たちを取り込んでいる。その歌を近くで聞くと、その女に心を奪われて、彼女のところに行ってしまうの。彼女は私達の城を支配し、たくさんの妖精たちが城に捕らえられているわ」
「歌……か…。ベーラ、どう思う?」
「人外的な能力だ。レアのシャドウの可能性が大いに高いな」
「そうだよね…。ねえキサティさん、僕たちの仲間のところに、一度来てもらえますか? 僕の仲間が君の国を救います」
「ええ! もちろん!」
3人はアジトに向かった。ジーマは先を歩き、後ろを歩くベーラに、キサティは飛びながら近寄ってくる。
「ねえ、どうして気持ちを伝えないの?」
「さっきから、何の話だ」
「恋の話よ。私はね、恋を司る妖精なの。人間は恋をたくさんする生き物でね、あなたたちからはひとりひとり色々な香りがするの。私はその香りを嗅ぐだけで、あなたたちの秘められた恋心を感じとることができるのよ」
「…私は恋など、していないが」
「何を言っているの。まさか気づいていないとでも言うのかしら」
「……その話はつまらない」
ベーラはキサティを無視して、早足で歩いた。
「ああ! ちょっと待ってよ〜!」
キサティはその虹色がかった透明な羽を虫のようにすばやくはばたかせながら、ベーラを追いかけていった。
3人はアジトに戻り、生まれて初めて妖精に会う皆は、彼女に注目していた。
キサティは目を輝かせた。
「すごい! ここにいる皆からは、たくさんのいい香りがする! やっぱり人間ってすごいわぁ!」
「何言うてんのやこの子」
キサティは興奮して、1人1人に顔を近づけた。
「なるほど! 相手はあなたね! あの人と同じ香りがするわ! 温かい春の日差しのような柔らかい香り!」
キサティはシエナに向かって言った。
「なっ、なんなの?」
「あの子が思いを伝えられないのも無理ないわ。あなたと彼が心から愛し合っていると、香りが言っている」
シエナはその妖精とじっと目を合わせながら、顔を真っ赤にしていた。
「あら、あなたとその子も同じ香りね。空白の時間を早く埋めたくて、互いの愛しさを確かめあってはその絆を大切に握りしめている、そんな甘く濃厚な香り」
キサティは、アグとメリを見ながらそう言った。
2人は顔を見合わせて、首を傾げながらもちょっと頬を赤らめた。
「あの、キサティさん…君の国の話をしてもいいかな…」
ジーマが困った顔で彼女に声をかけるが、キサティは聞いていない。
「何なに? 占い? 俺もやってよ妖精さん!」
ヌゥがキサティに近づいた。
キサティはヌゥの顔をじーっと見る。
「あなたは………」
「なになに?」
「香りがしない」
ヌゥはつまらなそうな表情で彼女を見る。
「いや…しないと思ったけど、すごく遠くに、何か香る……。うーん……でも遠すぎて、わからない…」
「なにそれ! つまんないなぁ!」
ヌゥは頭の後ろに手をやって、席に座った。
「な、何なんですかね…占いなんですか?」
「わからへん…」
ベルがヒズミに小声で話しかけていると、2人の前にも彼女はやってきた。
「あなた達2人も、すっごく強い香りね!」
「何やねんあんた!」
キサティはヒズミの顔をじっと見る。
ヒズミは彼女を睨みつけた。
「あなた、すごく素敵な香り。強くて一途で…素敵な恋の香り。迷わなくていいのよ…なかなかこんな素敵な香りには出会えないわ!」
「うっとおしいな! 近づかんといて!」
ヒズミは虫を払うように彼女を払った。キサティは軽々と空を飛んで、それを避けながら、ベルにも近づいた。
「あなたはまだ、心の中に隠したまま…だけど滲み出てくるような、優しいけど儚い香り。自分の気持ちに素直になって…恋をするのは悪いことじゃない、素敵なことなのよ」
ベルは困ったような顔をしていた。
「ああ〜! 本当に人間って素晴らしいわ! こんなにたくさんの素敵な香りで充満してる! なんて幸せな空間なの!」
1人興奮し、両手を広げてぐるぐる飛び回るキサティに、皆は言葉もなかった。
「君はさっきから、何の話をしているのかね?」
アシードはキサティに向かって言った。キサティは回るのをやめて、アシードの方を見ると、怪訝な顔をして言った。
「あなたは全然香りがない。ていうか、汗臭い」
「なんじゃとー?!?!」
キレるアシードをレインが抑えた。
「落ち着けよおっさん…ぷぷっ」
「何を笑っておるんだ若僧!」
キサティは飛んで机の上に座って、足を組むと、彼らを見回して言った。
「で、誰が私の国を助けに来てくれるの?」
「何か偉そうな妖精やな…」
「全く! 失礼な子供である!」
「まあまあ…落ち着いて…。えっと…それじゃあレイン、リーダー頼めるかい?」
「ああ。任せろよ」
「ベーラも行けるね?」
「無論だ」
「それにヌゥ君」
「やった! 海外旅行だ!!」
ヌゥは嬉しそうにバンザイした。
「アシードは行かないんでしょ?」
「うむ! カトリーナを直すのには時間がかかりそうだからな!」
「だよね…ベルはこっちの治療に残ってもらいたいし…行けそうなのは3人か…」
「あの…」
アグが手を上げた。
「俺も、行ってもいいですか?」
「え? いいけど、研究は?」
アグはハルクを見た。
「私1人で進めますよ。当面は禁術解呪の薬の複製と基盤の素材集めに時間がかかりそうですから」
「ありがとうハルクさん」
(外の大陸には未知の素材もあるかもしれないし、もしかしたらより強力な武器や薬を開発できるかも…。ヌゥじゃないけど、俺も外の世界が気になる…!)
「ちょお待って! それやったらわいが行く!」
ヒズミは机を叩いて立ち上がった。
「何言ってんの。一番のケガ人が」
「いや! 行ける! いっっ」
大声をあげて、キズ口が開いたのかヒズミは腹を抱えてうずくまった。
「……じゃあアグ君、よろしくね」
「ありがとうございます!」
(くっそぉ……またあの2人を一緒にして〜……)
キサティはヒズミを見てにんまりと笑っていた。
(あの妖精も……変なこと言いよって……皆に気づかれたらどないするんやって…)
「それじゃあ4人は準備して。キサティさん、国まで案内してくれるかな?」
「もちろん! 皆さん本当にどうもありがとう!」
キサティはにっこりと笑った。
4人はそれぞれ準備をした。
出発前にベーラはメリに服従の紋をかけた。
内容はヌゥたちと同じものに加えて、必要に応じてジーマの指示をすべて聞くようにと命じた。
「メリ、1人で大丈夫か?」とアグ。
「うん。大丈夫!」
「心配しなくていいわよ! 私がついてるから!」
シエナはメリの隣まで杖で歩いてくると、そう言った。
それを見てメリも微笑んだ。
「外の大陸じゃ、流石に無線は届かないよね?」
「そうですね…」
「ププを置いていく。何かあったらこの子に知らせてくれ。私のところまで駆けつける」
ベーラはププという呪鳥を出した。黄色い鳥で、ププっと鳴いて、ジーマの肩にとまった。
「プ、ププっ…」
「なんかバカにされてる感があるんだけど…」
「こちらから何かあればピピを送る。その代わりしばらく馬車は出せないぞ」
ベーラはピンクの呪鳥を出してみせた。
「ピッピィぃ〜! ピ……」
鳥をジーマに確認させると、ピピは速やかに消された。
「…わかったよ。それじゃあ、気をつけて」
「ああ。任せとけって」
「みんな! 行ってくるね〜!」
レイン、ベーラ、ヌゥ、アグは、アンジェリーナに乗り込んだ。キサティも、空を飛んでアンジェリーナの上に乗ると、腰掛けた。
残った皆に見送られ、4人と妖精は外の大陸リオネピアを目指し、飛び立った。




