外の世界へ
「聞きましたよ! ジーマさん! 私たちの隊に囚人を率いれるって、本当ですか?!」
どこかの大広間で、少女の声が響いた。
声を荒げる少女の金髪の長い髪は、派手やかにウェーブがかって腰まで伸びていた。ぱっちりと開いたエメラルド色の瞳がチャームポイント。お人形顔負けの可愛らしさだ。黄色のドレスワンピースを着た彼女は、まるで小さなお姫様みたいだ。彼女は自分の倍くらいの背のジーマに、噛み付くように問い詰めた。
「そうなんだよシエナ! しかも2人もだ! 今日うちに入ることに決めたと、カルトさんから連絡があってね! これだけの戦力があれば、ウォールベルトにも太刀打ちできる!」
「ふざけないでください! そんなの私たちだけで充分ですよ!」
シエナと呼ばれた金髪の美少女は、すこぶる興奮していた。
それを横目で見ていた灰色のショートボブの女が、口を開いた。整った顔で虚ろな青い目。その顔も喋り方も、人間味がなく素っ気ない。怒っているわけではない。その女はそれが通常運転だ。
「あいつら、着々と戦力を増やしてるらしいぞ。他の国にも乗り込んでいる。こちらも頭数は多いにこしたことはない」
「必要ないわよ! そんなの全員、この私がとっ捕まえてやるんだから!」
シエナはばしゅばしゅっと鉄拳を繰り出すと、空を切った。
ジーマはそんなシエナの肩に両手を置いて、にこやかに笑って言った。
「シエナ、君はこの部隊のエースだ。十分期待しているよ! 囚人たちには、君が手を下す必要もないような下っ端を片付けてもらえばいいじゃあないか! ねえ、ベーラ」
シエナはジーマに触れられると、ぴたっと動きを止めた。彼の笑顔を見上げながら、ぽわ〜んと顔を赤らめた。
そして、ベーラと呼ばれた灰色の髪の虚ろ目の女は頷いた。
「そいつらは私が服従する」
「ああ、うん! 頼むよ、ベーラ」
ベーラは、自分より遥かに幼く背の低いシエナを見下ろすと、無愛想な表情のまま言った。
「お前の邪魔はさせない。安心しろ、シエナ」
「そ、そんなの当然よ!」
シエナは腕を組んで、口を尖らせた。まだ怒っている様子だったが、囚人を率いれることに反対するのは諦めたようだった。
(こうなったら、さっさと敵を片付けて、ジーマさんに私の強さを認めてもらうわよ! でも、ふふ…エースですって! もっともっとジーマさんに褒めてもらわなくっちゃ。そしていつか、ジーマさんと結婚…!!)
「きゃはっ」
シエナは頬に手を当てて、1人で照れながら浮ついていた。
「ジーマさんと結婚したら〜子供は男と女、1人ずつよ〜! 私とジーマさんの名前をとって〜、男の子はマーシェ、女の子はジーナ! うんうん! 素晴らしい響きだわ〜!!」
その様子を、ジーマはいつものにこやかな笑顔で、ベーラはまたやってるよという呆れた顔で、そっと静かに見守るのであった。
ヌゥとアグが働き先を決めてから、半年が経った。12月の終わりがやってきて、授業は終わった。これから2人は、永久就職先につくことになる。
「本当に行くんだな。特別国家精鋭部隊に」
カンちゃんが聞くと、アグとヌゥは力強く頷いた。
「まあ俺もあいつらの仕事の詳細は知らないから何とも言えないけど……簡単に死ぬんじゃねえぞ」
「まさかカンちゃんから激励の言葉がもらえるなんてね〜!」
「何言ってんの。死んだら罪を償えないだろ。うんと長生きして自分の罪を償い続けなさい」
「そうだよねぇ。うんうん。わかってましたよ。カンちゃんは俺らに情なんてないからね」
ヌゥはヘラヘラとそう言って笑っていたが、アグには少しグサッと刺さった。
俺の罪が許されることはない。俺が死ぬまで、ね。もしかしたら死んだあとも、地獄に行って苦しむかもしれないけど。
「じゃ、独房を出たら迎えがきてるから。隊長さんと呪術師さんも準備して待ってるよ」
「服従の紋か…」
「それまでは手錠をつけさせてもらうけど、いいな」
「りょーかい!」
まさか、独房を出る日が来ようとは。
アグの心臓は高鳴った。夢に見た、いや、夢に見ることも諦めた、外の世界。もう一度拝める日が来るなんて、信じられない…!
「こっちだ」
手錠をはめられた2人は、カンちゃんではない別の看守たちに先導され、1列に並んで独房を出た。何人もの看守が2人の周りを歩き、何か異変があろうものならいつでも捕えるというように、2人に向かって剣を突き立てていた。
アグは、自分の前を歩くヌゥの背中をじっと見ていた。するとヌゥがふっと振り返って、アグに笑いかけた。アグはこっち見んなという風に、しかめっ面で顎を前に出した。
独房はセントラガイト城の地下にある。
独房から出た2人は階段を上がり、ついに外へ出た。快晴だ。
そこはまだ城庭だ。そこには騎士団たちの訓練場や、美しく手入れされた庭園が広がっている。後ろを振り返ると、巨大な白壁のセントラガイト城がそびえ立っていた。
知らなかった。外の空気って、おいしかったんだな。
10年越しに見る青空に、本気で目が眩みそうだった。
「すごいね、アグ! あぁ〜空ってこんなに青かったのかあ〜!」
「こら、喋るな! 黙って歩け! 囚人の分際で!」
ヌゥが口を開くと、看守は彼に向かって怒鳴りつけた。
「え? 俺に言ってる? 看守さん。今この場の全員を殺して逃げたっていいんだよ〜?」
「な、何をふざけたことを!」
ヌゥは腕に力を入れた。彼の手錠の鎖は簡単に切れてしまった。
「こ、こいつ!」
「ひぃ!」
ヌゥはドヤ顔で看守たちを一瞥した。看守たちは一同に退いた。
「おい。おちょくるのはやめろ」
アグは呆れ顔で、手錠のついた両手を持ち上げ、ヌゥの頭を軽くこづいた。
「はは! 冗談だよ。黙ってる黙ってる!」
「ったく…殺人を犯したら今度は死刑になるぞ」
「わかってるよ。冗談だって! じゃ、看守さんたち、行きましょうか!」
こいつの力は本当に人間離れしてるんだな…。てか本当に逃げれたよな、今。今までだって逃げるチャンスではいくらでもあったんじゃねえの。全く何考えてんだか…。
城の入り口には、1台の馬車が停まっていた。何の変哲もない小さな馬車だ。茶色い馬を携えて、乗り手の男が立っている。こちらに気づくと、乗り手はきちっとした態度で礼をした。
ヌゥとアグは、馬車の前までやってきた。乗り手は馬車の扉を開けた。中には誰もいない。2人がけの茶色ベンチのような椅子が、向かい合わせになっているだけの簡素な造りだ。
「乗れ」
看守に命令され2人が乗り込むと、外から鍵をかけられた。
「この馬車は、特別国家精鋭部隊のアジトに向かう。到着するまで大人しくしているように」
ガタイのいい看守がそう言うと、部下であろう看守が口を挟んだ。
「こいつら…手錠も壊せる狂人ですよ…この馬車も壊されて脱走されたりしないですかね…」
すると、馬車の乗り手が答えた。
「その心配はございません。馬車は呪術により、一度鍵をかければ、それをかけた主人にしか開けることはできません」
「そ、そうだぞ! 何も心配ない!」
ガタイのいい看守は両手を腰に当て、威厳のある様子で部下に言った。
「それでは、看守の皆様、お2人は無事お預り致しました。お努めご苦労さまです」
乗り手が挨拶すると、看守たちは敬礼し、2人を乗せた馬車は走り出した。
「何で看守たちをビビらすようなことすんだよ」
馬車の中、アグは言った。
「俺の呪いがなくなってるか、確かめようと思って!」
「あの看守が、お前を怒らせたか?」
「いや、全く。なんだろうね、そもそも怒るってなんだったかな〜」
「なんなんだよ。別に俺がいなくても、もう誰にも手出したりしないんじゃねえの」
「あはは。俺たちもさ、もういい大人じゃない。そうそう怒ったりしないよぉ。でもさ、俺に力が残ってるかも、確かめたくってね」
「その怪力は、キレなくても使えるってことね」
「うん。やったことなかったけど、そうみたい」
そいつは心強い限りだよ、相棒。
「そういやさ、この馬車も呪術らしいな」
「運転手さんが言ってたね!」
「お前の怪力と呪術とさ、どっちが強いか試してみたら?」
「ええ? いいよ。脱走を試みてまた独房に戻されるの、嫌だもん」
「なんでそこは真面目に良い子ちゃんなんだよ。いいからよ、そこのドア壊せるかだけ、やってみろって」
アグはふざけ半分でそう言った。10年ぶりに外に出たせいか、珍しくちょっと浮かれていた。
「はぁ…仕方ないなあ」
ヌゥがドアをどんと叩いたが、びくともしない。
「あれ。馬車をぶっ壊すくらいの力だったんだけどな」
「それ、俺ケガしてた可能性ない?」
ヌゥはテヘっと笑って誤魔化した。
まあでも、すげえな、呪術ってのは。明らかにこの馬車は普通の、木の板で出来ている簡易的なものなのに。
「じゃあ、次はもっと本気でやってみる!」
ヌゥが大きく右腕を振りかぶってドアを殴った。
その風圧でアグは目が眩んだ。
しかし彼の渾身のパンチも、その変哲のないドアに衝撃を吸収され、まるで効果がない。
「アグ、お手上げだ!」
「そうみたいだな」
「ふふ、ベーラ様の呪術は別格ですからね」
すると、馬車の乗り手が外から口を挟んだ。ヌゥとアグは声の方を振り向いた。
「とはいえ、呪術士ももう、ベーラ様を除いて2人だけ」
「呪術師ってそんなに少ないの?」
「どういうことだ?」
(一族に村で暮らしてるんじゃなかったっけ?)
「3年前の事件ですからね、あなたたちの耳には入っていませんか」
「何かあったのか?」
アグは乗り手の話に耳を傾ける。
「はい。呪術はある一族に受け継がれる特異な術で、一族の中でも一部の選ばれた人間だけが使うことができました。しかし、3年前に一族が拉致され、皆殺されるという事件が起こったのです」
「それは大きな事件だな…」
「呪術の力が欲しかったのでしょう。実験体に何人も使われたんだと思います」
「呪術ってこんなにすごい力なのに、それで犯人を倒せなかったの?」
「呪術は本来すぐにかけられるものではないんです。準備が必要なものもありますしね」
「へえ〜」
「そうこう話しているうちに、ほら、着きましたよ」
乗り手が言うと同時に、馬車が停まった。
「お連れしました、ベーラ様」
「ご苦労だった」
少し低めの女の声が聞こえた。そのあと鍵を開ける音が聞こえた。
「さあ、お降りください」
乗り手に声をかけられ、アグとヌゥは馬車から降りた。
外かと思ったが、どうやら建物の中のようだ。窓もなく、薄暗い。小さな灯りがその狭い部屋を照らす。そこには自分たち以外、何もない。造りは何となく城の牢獄を彷彿とさせる。
目の前には灰色の髪の女が立っていた。暗がりだけれど顔はよく見える。虚ろな目をした女だ。年齢は見た目からは予想し難いが、自分たちより明らかに歳上だろう。背はヌゥとアグの中間くらいだ。
名前はベーラ。乗り手がそう呼んでいた。
化粧気はあまりないが、顔立ちはとても整っている。ただ随分無表情で、その口調もやたら無愛想だ。
ふとヌゥが振り返ると、馬車とその乗り手がまるごと消えていた。
「あれ? 馬車は? あの人も…」
アグもそれに気づくと、すぐに察した。
(なるほどな、あの馬車一体が呪術によってつくられていたのか。全く、何でもありだな…)
「早速だが、服従の紋をはめさせてもらう」
ベーラはヌゥの手錠が外れていることに気づいたが、そのまま無視し、2人を誘導してその場所に立たせた。すると床が眩しく光りだした。
「動くなよ」
暗くてさっきまで見えていなかったが、光り輝いたその床を見ると、何やら魔法陣のような模様がかいてある。ヌゥとアグはその光の真ん中にいた。光は3秒ほどですぐに消えた。
「終わりだ」
ベーラは2人をそれぞれ一瞥した。そして毅然とした態度で言った。
「お前たちは、今日から私に服従する。私の命令は絶対だ。守らなければ、命の保証はない」




