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イセカイカクメイ  作者: 凪と玄
第二章 双月
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第二章21 『フュテュール・ウル』


 いつもと変わらぬ日々を淡々と繰り返していれば、いずれ何かしらの変化は訪れる。


「――セレネ様! セレネ様!」


 慌ただしく廊下を走るエリシアが、主であるセレネの名を呼びながらその姿を探す。

 イツキたちが村へ向かってしばらくのこと、一つの変化は起きた。


「な、何かあったんですか? エリシアさん」


 邸の一室、執務室から、エリシアの様子に動揺しながら顔を覗かせたセレネ。そのセレネに気付き、エリシアの足が止まる。


「やっと……!」


 セレネの目に映ったのは焦るエリシア、ではなく、歓喜の色に染まった、興奮を隠しきれていないエリシアだ。

 その様子から、言葉から感じられる意味は一つしか考えられない。


「すっ、すぐ向かいます」


 半開きの扉を押し開け、身を乗り出す。エリシアに導かれ、またある一室へ。

 解放の時を共に迎えようと――――。



 同時刻、鳥車に揺られ邸へ戻る道中のイツキたち。操縦者のルシールに連絡が入る。

 光の魔石を利用した携帯電話のようなもので、そこからは対になるその魔道具に入った音が聞こえる仕組みとなっている。

 そんな魔道具を持ったルシールに入った情報は、


「少し、速度をあげます」


 その場で彼女からイツキたちへ告げられることはなかった。


 到着してすぐ、ルシールは急かすようにイツキたちを鳥車から降ろし、車を収める。そのまま急ぎ足で邸内に入り、まるでまだ残った仕事が山のようにあるかのような印象をイツキたちに与えた。

 まぁそんな時もあるだろうと、イツキはさらりと流したが、事実、そういう話ではない。


 セレネ、エリシアが揃う部屋。そこへルシールも足を運んだ。理由は一つ。

 解放の時を共に――。



 開いた窓から流れ込む風に長いカーテンが揺れる。その風景を呆然と眺める橙髪の少女。三人の集合に気付いた彼女は、


「あんたたちも……」


 とだけ。

 セレネにもルシールにもエリシアにも、その意味はわかった。大抵の人はそういった反応をする。だが、その反応は無意味である。


「わっ、わたしはエリシアですっ! セレネ様のメイドです!」


「ルシールよ。同じくセレネ様に仕えるメイドをしているわ。よろしく」


 この日までずっと少女の世話をしていたエリシアが、これまで何度もかけてきたはずの声を裏返らせながら自己紹介をし、続いてルシールも同様にする。

 二人の言葉に出てきたセレネも、


「初めまして、セレネです。お体の方はもう大丈夫でしょうか?」


 そう心配しながら小さく一歩近づく。が――、


「――」


 少女は警戒した視線をセレネに強く向け、彼女の足を止めさせる。これまでの経験が、貴族であるセレネを敵視する。

 その様子を横から見るエリシアはどうするべきかと中途半端に上げた手を胸元で留めたままにする。そしてその二人の間に入ることも、言葉を挟むこともできないで――。


「あっ、あのっ……!」


 ――いや、それは違うだろう。そうではないだろう。このままで何か変わるわけがないだろう。いや、それも違う。何かは変わる。きっと少女の誤解も解け、自分同様新たな人生を歩めるようになるだろう。

 だが、違うのだ。それを、彼女に開放を与えるのは自分であるべきではないのか。いや、自分がそうしてやりたい。かつてこの場所で自分がされたように、真の幸せを、解放を。


 留め置いた手と詰まりかけた言葉を上げて身を乗り出す。


「お風呂に……! 入りましょう!!」


「――」


 ――。


「え?」


 眼前にエリシアの張り切った声を聞いた二人は全く同様の反応をした。が、その反応の理由は違う。

 その声を聞いたのは二度目。先程の自己紹介と、今の奇言。少女にとってその言葉自体に大した意味はない。


 ――――何かが、心に引っかかった。


「あっでも、お腹も空いていますよねっ? なのでルシール姉様っ。お昼ご飯の支度を進めておいてください。セレネ様もご一緒にご入浴なされますか?」


 忙しなく言の葉を進めるエリシアにルシールが頷く。彼女はエリシアの考えを理解しているようだ。その証拠に、エリシアの提案に驚きを見せなかった。


「ではセレネも……」


「セレネ様はやることがございますが?」


「むぅ……。ルシールさんはたまに意地悪ですよね」


「すぐ先に王選が控えています。お許しを」


 そういった二人のやり取りに少し考え納得したエリシアは、まだ完全に回復したわけではない少女を抱き上げ、せかせかと浴室へ連れて行く。


「まったく……あの子も成長しましたね。セレネ様」


「そうでしょうか? エリシアさんは最初から優しい方だと思いますよ?」


「――確かに、間違いありません」


 エリシアと少女が去ったその部屋で、そんな会話を展開したセレネとルシールは、ほんのり温かい微笑みを零した。




 半ば強引とも言えるやり方でここまで連れてこられてしまったが、無意識に抵抗はしなかった。力が入らなくてできなかった、というのは理由に含まれない。心に引っかかった。その何かが自分を抱きかかえる彼女、エリシアに心を許させる原因となったのだ。


 エリシアが少女を連れて来たのはただの浴場ではない。邸の個室それぞれに備わった浴室とは異なる大浴場。そこは、


「昔、わたしが初めてこのお邸に来た時もこのお風呂にみんなで入ったんですよ。大切な思い出の場所の一つですっ」


 かつて、奴隷であったエリシアも、この邸の庭で名を与えられ、この浴場で解放された。


「どういう……?」


「ええ、何も隠すことはありませんし、というより誰にも隠してなんていませんが……ここの人たち、セレネ様や姉様もわたしも、みんな元々奴隷で、みんなこの村で救われたんです」


 ――やはり、不思議な感覚がする。

 普通ならとんでもない告白だが、その過去の苦痛さえ感じさせないほど、エリシアから――これは何というものだろうか。彼女が放つ感情は。どこか温かく、優しく、嬉しいような、そんな感情。

 自分もそれが欲しい。


 少女の身体を洗いながら話を続けるエリシアは、自由に動けない少女を優しく抱きしめる。


 ――。


「最初はもちろん、わたしも不安でした。疑いもしましたし。――でも違うんですよ。経験してきたから、なんてそんな理由だけじゃありませんよ? 言葉にはしきれませんが、とにかく優しいんです。凄いんですよ、セレネ様も姉様も」


 楽しそうに話を延々と続けるエリシア。だが、それでもわからないその感情。感じれば感じるほど胸が引き締まる。


「それで、わたしは決めたんです。セレネ様に頂いたこの名前、エリシアの名の元に、神に誓って尽くそうって」


 先ほどと同じようにエリシアに抱えられ、湯船に浸かってからも、彼女の話は続いた。抉られるような胸の痛みも続いた。

 自分の知らないその感情が欲しくて、その感情が自分にないのが苦しくて、悔しくて、もどかしくて、辛くて、嫌で、嫌で、嫌で、嫌だ。


「――あたしには、そんなこと言われてもわかんない。あんたには名前があってもあたしにはない。あんたには信頼できる人がいてもあたしにはいない。あんたにはいっぱいあるのに――あたしにはなんにもないのに……」


 ああ、そうだ。自分には何もない。


「騙されない。あたしは騙されないから。少し優しくされたからって信じられない。今まで何回裏切られたかわかる? どれだけ苦しい思いをしたかわかる!? どうせ今回もそう! それならいっそ、死んでしまった方がいい!」


 入らない力を全身に注ぎ、昂った感情が爆発する。自分でも理解ができない苛立ちがエリシアたちに向ける疑いになっていく。


「もう二度とあたしは――っ!?」


「おバカさんですね」


 強まった口調が不意に途切れた。途切れた代わりにエリシアの甘い声が耳元で聞こえた。気が付けば自分の体が湯船ではない温かい感覚に包まれている。そしてその感覚に優しく、しかし強く抱きしめられる。


 ――これは何というものだろうか。この胸の奥が熱くなるこの感情は。


「だってあたしはなんにもない……。なんにもない……のに、どうして?」


 苦しい、辛い、痛い。それ以上何も感じないはずだ。感じることはできないはずだ。なのに、どうして。一切合切を奪われて何年か。道具のように使われ、雑巾のようにしまわれる。いっそ感情なんて全て失ってしまうくらい。

 かろうじて残った精神を、途切れそうな自我の線を、優しく包まれ――これは何というものだろうか。


「だからです」


「――」


 考える少女にエリシアの声が触れる。


「だから、わたしがいるんです。セレネ様がいるんです。姉様がいるんです。村の人がいるんです。シル様やガイル様、カイン様もパルム様も、ついでにタヌキさんも。みんながいるんです」


 彼女は人差し指を立て、教えを説くように続ける。


「誰も最初は何もありません。そこから色んなものを見つけていくんです。苦しいことも楽しいことも、辛いことも嬉しいことも、少し苦手な人も大切な人も。あなたも見つけられます。そのお手伝いをわたしもします。苦しかったら、辛かったら共有しましょう。疲れたら少し止まって休みましょう。その時はわたしも止まります。不安なら手を繋ぎましょう。わたしの手は二つしかありませんが、みんなで繋げばその輪は無限に広がります。その輪に一緒に入りましょう。泣きたい時はわたしの胸が空いてます。服の替えはいくらでもあるのでどれだけ濡らしてしまっても構いませんよ。それであなたの悲しみがなくなるのならむしろ大歓迎です。わたしもあなたが辛いのは嫌ですから」


 再び体が包まれる。癒し、だろうか。心というものが癒しの中に入っていく、そんな感覚が微かに刻まれる。


「あたしにはわからない」


「わたしが教えます」


「あたしにはなんにもない」


「わたしがあげます」


「あたしには……」


「わたしがいます」


 目の奥が熱い。


「何が知りたいですか? 何が欲しいですか?」


「あたしは……」


 本当に、信じてもいいのだろうか。この人に求めてもいいのだろうか。差し伸ばされる手を握ってもいいのだろうか。横に並んで歩いてもいいのだろうか。親しげに言葉を交わしてもいいのだろうか。同じ食事をとってもいいのだろうか。――一緒に、未来を描いていってもいいのだろうか。


「わたしはですね、あなたのことをあまり知れていませんから、もっと知りたいです。どんなお洋服が似合うのかとか、どんなお料理が好きなのかとか、色々といっぱい知りたいです。そしてあなたの笑顔を見てみたいです。みんなで楽しいお話をして、みんなで笑いあって、そうやって生きていきましょう」


「あたし……も」


「当然あなたも一緒ですよ。わたしのことはお姉さんだと思っていいんですからね。ほら、どんどん甘えてください」


 両手を広げ、少女を待つエリシア。自然、吸い込まれるようにその腕の中に体を寄せる。


「――温かい」


 ふと、肌に触れる感覚が改めて脳内で再生される。逆上せるような湯船。そこからは上がる湯気。全身に触れるエリシアの肌。鼓膜に優しく響く彼女の声。零れる吐息。頭を撫でる手。拍動。全てが、温かい。


「そうですね」


「あたしも、あんたのことを知りたい……のかもしれない」


「なんでも教えましょう。あっ、でもきっと時間がかかります。教えている間にも沢山増えていきます。だから一生かけて教えていきます。その代わり、等価交換としてあなたのことも教えてもらいますよ?」


 甘い声が耳元で続く。自分の心がとろけていくのがわかる。目の奥にあった熱さが頬を伝い、湯船に波を作る。

 嫌ではなかった。辛くて涙を流した訳じゃない。それでも涙は流れる。止められなくて、止めたくなくて。それが嬉しくて。


「苦しかった」


「もう大丈夫です」


「辛かった」


「もう大丈夫です」


「怖かった」


「もう大丈夫です」


 ――これは何というものだろうか。


「もう……」


「大丈夫です」


 これは――。


「大丈夫、大丈夫。もう大丈夫です」


 何度も、何度も、同じ言葉を繰り返すエリシア。そこには恐らくこの世界の誰も感じたことのない、そんな安心感があった。



「――あなたにあげたいものがあります。かつてわたしもこのお邸でもらったものです」


 エリシアは自分の胸に手を当て、何かを包み込むようにそっと握る。それを少女の胸に宛てがい、


「――フュテュール」


「――――」


 その言葉を聞いた瞬間、心に引っかかった何かの正体がわかった。

 自分の意識がはっきりしていない時、微かに感じていた温かさは確かにエリシアのものだった。毎日すぐ傍にあって、ずっと離れないでいてくれた、その温かさは。


「あなたにこの名前を授けます。これからはずっと一緒にいましょう。フュテュールさん」


「――」


 止まらない。涙が止まらない。この感情が、きっと欲しかったのだろう。ずっと求めていたのだろう。手に入らないと知っていても、それでも本当に欲しかった。その感情は――。


「ありがとう……!」


「どういたしまして、です」


 エリシアはそう言って、しばらくの間抱きしめてくれていた。



「そろそろお昼ご飯の時間ですっ。行きましょう!」


「――」


 エリシアが力の入らないフュテュールの体を抱え、脱衣所で服を着ながらそう言う。柔らかい質感の服で、これまで着ていたボロボロの布切れとは全く違った感触だ。


「あっ、期待しておいてください。ルシール姉様のお料理は絶品中の絶品! わたしと比べれば天と地獄の差ですからっ!」


 ――ああ、この台詞も何度か聞いたことがある。ことあるごとにセレネやルシールの自慢をしていた。その度に「早く元気になってくださいね」と声をかけてくれていたことも、今となれば思い出せる。


 エリシアはフュテュールに服を着せ終えると自分も服を着る。変わった形の服装で、エリシア曰く、メイド服というらしい。それを不思議そうな目で見る。


「さっ、行きましょう」


 決して力があるとは思えない細い腕でまたフュテュールを抱える。若干の上下が心地よい。柔らかい胸の中。いい匂いがする。


「――! ほらっ、いい匂いがしてきましたよ!」


「うん、いい匂い……本当」


 長い廊下の先にある部屋から、料理の匂い。ルシールの料理が絶品というエリシアの言葉が真実味を帯びる。

 エリシアが来ると同時に開かれる扉。まるで自分たちを待っていたかのような、そんなタイミング。

 迎え入れられたその部屋には、にっこりと笑顔を咲かすセレネ。その横に並ぶルシール。あとは、知らない顔が五人並んでいる。


「お待たせいたしましたっ! ご紹介します! この子はフュテュールさん。わたしたちの新しい家族ですっ!」


 フュテュールを座らせ、その隣に座ったエリシアは揃った面々に紹介を述べる。その面々も次々に自己紹介をしていく。淡い水色の髪のシルという人物を中心に動いているらしい五人。その最後に、


「んん。俺はカヤ・イツキ。亜人じゃないが奇人ではある。ってよく言われるが、まあなんてことはないただの人間だ。よろしくな」


 人懐っこい笑顔でぐんと距離を詰める男。カヤ・イツキと名乗った彼は隣に座ったパルムという幼い少女の頬をぷにぷにしている。その見た目適当な態度に青髪のカインという少年が指摘し、その首根っこをガイルというシルに紹介された人物が掴んで小さな乱闘を鎮める。

 どうやらそれは日常茶飯事のようで、セレネやルシールもその風景に笑顔を零す。エリシアも同様に楽しそうな笑顔を見せる。その笑顔が嬉しい。


「あ……、おいしい……」


「っ! そうでしょう!? そうですとも!! ルシール姉様のお料理は絶品中の絶品! わたしと比べれば天と地獄の差ですからっ!」


「そう……だけど」


 何より、ここで食べる料理は、きっと何を食べても美味しいのだろう。だってそれはきっと――。


「エリシア……姉さん」


 わいわいと会話が交わされる中、エリシアを小さく呼ぶ。


「はい、なんでしょう?」


「この……なんというか……温かいような……甘いような……、大切な……。これは……なんて言うものなの?」


 これは――


「それは、『しあわせ』って言うんですよ」



 ――。


 ――――。


 ――――――。


 ――――――――。


 ――ああ、そうか。これが、この暖かく優しく甘く、失いたくない、この感情が――『しあわせ』というものなのか。



「あなたに『幸せな未来』が訪れんことを」


 エリシアは指を絡ませ、祈るようにそう言った。


「――ありがとう」



 自分を受け入れてくれる人がいる。


 自分のために祈ってくれる人がいる。


 自分の名前を呼んでくれる人がいる。


 自分と一緒に笑ってくれる人がいる。


 自分と一緒に食事をとってくれる人がいる。


 自分が嬉しい時に一緒に喜んでくれる人がいる。


 自分が悲しい時に一緒に悲しんでくれる人がいる。


 自分を愛してくれている人がいる。


 ここで、自分は『しあわせ』になってもいいのだ。





 フュテュール・ウル。





 どうも、凪と玄です。

 後書きに後書きって書くことをつい最近やってみたくなりました。ということで、


 後書き



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