第二章20 『穏やかな生活の中で』
「――」
「な、なんだ……?」
イツキたちがルクス領に到着して、はや一週間が経とうとしていた、そんなある日の昼上がり。
イツキはその目をじっと見つめるパルムに焦りすら感じていた。
場所はカムスラフスの中心にある井戸。
実際、邸に残って何か役割を果たせるのはシルとガイルくらいなもので、イツキ、カイン、パルムはの三人はすることがない。つまりは暇なのであって、その暇を潰す一週間を送ってきたわけである。
パルムの感情を単純に表しても、
「ひま」
なのである。
「わからんでもない」
というのがイツキの答え。かと言って何ができるのか。
一週間というのは案外長いもので、この村の何人かとは近づくことができた。よって情報も集めることができた、はずだったが。
「聞かされたのはセレネ愛だったな……」
ルシールやエリシア同様、村民も皆、セレネに対する尊敬やらのプラスの感情が大きい。まるでルクス領がセレネを中心とする一国であるかのようで、独立したほうがいいのではないかと思ってしまうほどに。
そして、セレネ愛以外に得た情報もあるにはある。フラットのことだ。
フラットの性はシュース。祖父の名はアルベルト。そう、彼は『サイカンの蔵』の管理人であるアルベルトの孫であるのだ。しかし、フラットとアルベルトの仲には確執があるという。
そのことを教えてくれたのは一人の老婆、テスラという人物だ。彼女はこの村で一番長く生活しているらしく、ルシールの次に救われた人物である。
テスラ曰く、この村、いや、このルクス領の成立時にルシ・エルが連れていた騎士がアルベルトだったという。彼は国王のいなくなったのと同時期に王国騎士団を辞職した。そしてルシ・エルとともにサンティア家を攻め、たった二人で制圧した。
そう、ルクス領の全ての民にとって、アルベルトは英雄と言っても過言ではないほどの活躍をしているのだ。しかし、その孫であるフラットは、決してアルベルトを尊敬などしていない。
「これはあの方のお父上様に関わる話にございます。私に話せることはございませぬ。……しかし、これだけは」
口を噤みながら、それでも何かを願って告げられた言葉は、おそらくイツキが知る中で最も解決し難い、確執の本質であった。
「あんなことを聞かされて俺にどうにかできるとは思えねぇんだが……。あいつと親しいわけでもないし」
そんなことになっているのは最初のフラットからイツキへの印象もあるだろうが、普段フラットが領内にいないのが大きい。何故、彼が領内にいないのか、これも聞いた話だが、彼の仕事は奴隷を買い取ることと、諜報員であるそうだ。その名の通り、彼は他の貴族の領内に忍び込み、情報収集をしているらしい。
その連絡方法として光の魔石が使われているのだが、これはまた別の話だ。
ともかく、本人と話ができない限りは何も解決できない。そもそも、イツキがそれをする理由もないのだが。
「ね……イツキ?」
「ああ、そうだった。なんか暇潰し考えるか」
深く考え込みそうになったイツキをパルムが呼び戻す。
それに気付いたイツキは周りを見渡し、何か、を探す。
イツキたちはこの一週間で一日も欠かさず村を訪れているのだが、それで全く暇潰しが見つからないわけではない。しかし、「さぁ、やろう」と足を踏み出すことも難しいのである。
先程も述べた通り、イツキたちは一週間村へ通っている。そして村民との関係も築けてきた。だから、多少の遠慮はあれど遠慮しすぎるということはないのだ。
だが、三人のうち、カインだけは他と関わろうとしない。その理由も明確で、単純に異形だからである。初めてこの村を訪れた時、カインは否定したがイツキが指摘したように、その異形を忌み嫌われることを恐れているのだ。そのためマントを片時も離さず、頭と尾を常に隠している。
「ここの人はそんなの気にしないと思うけどな」
「オレにとっちゃ気になんだよっ……」
「でもな、このままでいいとも思っちゃいないだろ?」
「……っ」
カインはきっとわかっている。この村の人間は、これから自分が守っていかなければいけない、そんな関係であるべきなのだと。だが、そこに生まれた恐怖はしつこくカインの頭の中にこびり付いている。彼の使命感が勝ることはなく、イツキの背中で隠れてばかりになってしまう。
それはそう簡単には克服することができない難題なのである。
「じゃあパルム。今あそこで遊んでる子供たちに声かけられるか?」
「……んむ……むり」
カインを一人にしておくのも気が引ける、そう感じたイツキは暇を潰したいパルムに声掛け、村の子供たちと一緒に遊ぶよう推めてみるのだが、本人はそれを良しとしない。
「一緒、がい……」
「そんな可愛いこと言ってくれるな。惚れるぞ」
子供たちがしている遊びはあの布球を使った遊びで、暇潰しにはもってこいの楽しさがあると見える。できればイツキもちょっと参戦したいくらいに。
「別にっ、オレのことはほっといていいからよっ。遊びたいんだろっ?」
「カインも、しよ?」
「俺とパルムはナニをしようとしているんだ?」
意味深な表現になったパルムの言葉に食いつくが、パルム自身が理解していない。もちろんしてほしくない。
そんなパルムは身を引き続けるカインに目で訴え、しかしそれでもカインは参加しようとしなかった。
「あなたのお名前はなぁに?」
そんな静かな問答に気付いた一人の少女が、彼女はゲームに失敗し、次のゲーム開始を待っていた子供が、俯くパルムの背に話しかけた。
それに肩を跳ねさせたパルムはゆっくり振り返り、少女と目を合わせる。
「わたしはカレン。あなたは?」
「……パル、ム」
「パルムちゃん。可愛いお名前だね」
名前を褒められ、頷いてから少し顔を赤くするパルム。照れているらしい。その様子をイツキは黙って見守る。いつまでもシルの後ろにいるわけにもいかない。そういった時期が来る前に「自分で」ということを身につけてほしい。
「ねぇパルムちゃんも一緒に遊ばない?」
「……っ?」
「――」
その声がけに、パルムはこちらを見つめて悩んだ顔を見せる。が、イツキは無言で首肯し、その困り顔を解消するのみだ。その無言の許可を得たパルムは「んむ」と頷き、少女、カレンとともに遊ぶ子供たちの輪に交ざる。
「――で、お前はどうするよ? カイン」
イツキはパルムとカレンのやり取りを横目で見ていたカインに、そう質問する。
この質問には二つの意味が存在していて、その一つはこのまま子供たちとは遊ばないのか。それは、今は変わらない答えが返ってくることは知っているうえでの意味だ。
二つ目は、彼が今持っている悩みについてだった。
厳密に言えば、イツキはカインの悩みを知っているわけではない。しかし、イツキもこれで様々な悩みを持ってきた。言わば経験者である。そして、カインが今、その悩みを持っていることに感づいていたのだ。
「別にっ、悩みなんかっ……ねぇしっ?」
「わかりやしぃな」
もちろん先ほど話題に出た異形のこともあるのだろうが、またそれとは違った悩みも覗える。そしてその見当もつかないことはない。
以前、このルクス領に到着した、その昨晩だ。カインは自ら宣言し、より強くなることを、そして皆を守ると誓いを立てた。まさにその宣言した姿こそが強さなのだと、イツキはそう感じていたが、実際問題どう強くなればいいのか。それが今のカインの悩みだろう。
彼は今でも強い。イツキの視点からではそうとしか言いようがない。だが、それ以上がほしいのだろう。皆を守れる確実な力がほしいのだろう。それをイツキは与えることはできない。物理的な強さという点ではなおさら、それ以上強くはなれない気さえする。かといって精神面なんて話をしてもそれで何か変わるわけでもないだろう。
これはカイン自身が解決するしかない問題だ。より強くというのなら、ガイルという師匠に頼るのもありだろう。いや、それが一番の近道だと言える。
だが、カインが悩んでいる理由は――
「ガイルと話ができてねぇんだっ……」
今まで通りガイルと鍛錬が続けられているのなら、カインはそんな悩みを抱えてはいない。だが、ルクス領に来てからというもの、ガイルは力を行使しようとせず、カインの頼みも悉く往なしていた。その理由こそイツキはわかっているのだが、それを他言することは禁じられている。誰にというわけでもなく、道徳的な理由で、自らが、である。
シルがセレネとともに王選へ挑んでいる間はガイルの姿勢は変わらないだろう。そも、せれねは ガイルを戦力として迎え入れるためにシルとの協力を願い出たのだから。
「でもこのままじゃ駄目だって思ってるんだろ?」
「そうだっけどよっ……」
それ以上、カインは言葉を続けようとしない。悩みは相当深いものだとは考えられるが、イツキもどうしてやることもできないでいる。やはり、精神面でしか刺激はできないのだろうか。
「でもまぁ、今すぐって必要はないんだ。今はこうして落ち着いた生活をしていくってのもありなんだろうぜ」
「それはっ……そうかもしんねぇけっどさっ……」
焦燥か、そんな感情がカインの瞳に浮かぶ。だが、イツキの言葉も一理ある。渋々言葉を引いたカインに念を押したのは彼自身の納得と、また一つの不安であった。
昼食の準備ができたと、ルシールが鳥車で迎えに来る。パルムが子供たちに交ざってから小一時間が経った頃だ。
エリシアは相変わらず忙しくしているらしく、『サイカンの蔵』の従業員が邸をあとにして以来、邸の仕事はルシールが全てこなしているという。
「毎日大変なのに悪いな、ルシールさん」
「いえ、セレネ様と二人でいた頃もこのようでしたので、寧ろ健康的な忙しさだと思います」
イツキの感謝をそれとなく受け取り、柔らかい風に髪を揺らすルシール。そのルシールが御者台から身を降ろし、周りに集まった村民に軽い会釈で挨拶をする。そう言えば村民から聞いたのはセレネ愛だけではなく、ルシール愛もあった。
こうした様子を見ると、やはり誰もが幸せそうで、そこに苦しみなど欠片もないように思える。
「じゃあパルムちゃん! また遊ぼうね!」
「んむ。明日」
カレンと、それに続く子供たちに出送りされたパルムも合流し、どことなく満足げな笑顔で鳥車に乗り込んだところで、邸に帰る準備が整い、再び鳥車が走り出した。
「どうだった? 楽しかったか? パルム」
対面に座るパルムに、イツキからの質問があった時、彼女は嬉しそうに頷いた。
「いっぱいけった」
布球のことだろう。それ以外にもパルムは子供たちとやったことや話したことをイツキに教えてくれた。
「あと、まどうしのこと、話しても誰も、怒らなかった」
「まぁ怒りはしないだろうよ。でも良かったな。いい友達ができて」
「ん。いつか、ハープも連れて、来たい」
「――そうだな」
満面の笑みでそう言ったパルムにイツキは少し間を空け同意を示した。――――――一つの考えが、イツキの脳内に強く現れたから。
どうも、凪と玄です。
最近キーボードの変換機能が仕事をしなくて困ってます。できるだけミスを探したつもりなのですが、もしここ違う、という場所があったらご指摘ください。




