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イセカイカクメイ  作者: 凪と玄
第二章 双月
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第二章13 『Rejection Of Phenomenon』


 シルを安静状態に落ち着かせてそろそろ一時間。イツキとアルベルト、そして何故かここに残っているストゥ。この三人はシルが寝る部屋の前でロープで縛られ、気を失っている敵、捕虜となっているのだが、その敵を見張っている。


「なぁ、イツキよぉ……」


 沈黙する三人、ふいに疑問符を浮かばせながらイツキに話しかけるストゥは、その巨体を小さく畳んでいる。


「自分で神って……痛すぎだろ」


「っ!? うるせぇ! 注目浴びやすい言葉を選んだだけだよ! てかお前、なんでここに残ってたんだよ!」


「ああ!? なんか騒がしいなって思って出てきたらこんな騒ぎになってたんだよ! おれにごちゃごちゃ聞くな! チビ!」


「あああああ!!? うっせぇ!! お前こそそんな小さく丸まってビビってんじゃねぇのか! ていうかそんなちっさくなってるからみんなに気付かれなかったんじゃねぇの!? だっせぇ!!」


「あああああああああ!!?」


「あああああああああ!!?」


「じゃかぁしいわい!!!」


「いってぇ!!?」

「なんでぇ!?」


 突然言い合いに発展した二人の会話を、老剣士アルベルトが剣の鞘で容赦なく殴る。さすが剣士、とでも言った方がいいのだろうか、この世界を基準としては圧倒的に脆いイツキの頭蓋を軽くへこませた。イツキの正体がわかっていないアルベルトは、まさかここまで脆いとは思っていなかったのだろう。イツキの回復能力がなければ死んでいた。

 そして、その変化もすぐに消えるので、何の違和感もないのだろう。


「娘さんが寝ておるのだ。状況を弁えい」


 もっともな意見。反対の余地も、その理由さえない。だが、これにイツキが答える。


「いやいや、俺はだな、この捕虜を早く目覚めさせて情報を聞き出そうって作戦を立ててだな……」


「おれも……」


 当然嘘だ。そしてイツキに同調したストゥも嘘である。そんな簡単な嘘は重ねられた年齢という名の経験の前では意味をなさず、アルベルトはため息で二人に呆れを示した。


「しかしイツキ殿。滑稽な挑発はともかく、何故、傷が治った?」


「――」


 少し間を置き、アルベルトが話題を掘り返す。

 イツキもいずれ、シルやガイル、パルムにカイン、あの亜人の集落の人物以外の誰かに説明するときが来る、とは思っていたので、その質問には備えていた。勿論、セレネたちには話すつもりだった。


 どう説明すればいいのだろうか。亜人にとってイツキの力は不気味であれど、似たものでもある。だから、その力を見たときの反応は薄く、と言っても驚いてはいたが、気味悪がってイツキを避けたりはしなかった。

 だが、今イツキが説明しようとしているのは人間だ。人間と言う動物の生態上あり得ない力を、ただ説明して理解してもらえるだろうか。また、受け入れてもらえるだろうか。

 今更、「本当は刺されていなかった」などと言っても、敵の剣がイツキの体を貫いたのを二人ともはっきりと目にしている。誤魔化しは効かない。

 それにだ。もしも、イツキの説明が伝わったとして、何故その力を持っているのか、イツキは何者なのか、そういったことを聞かれるのは困る。

 イツキが異世界人であることはシルとの約束で、誰にも言えないし、力の理由など、イツキにもわからない。説はあるが説は説に過ぎない。


「ま、言葉にすると難しいんだけど……」


 そう口を開くことで、次にくる言葉の意味をぼやかす準備をする。

 紡ぐ言葉は正確ではない。それはただ推測した結果の話だ。


「シル曰くだけどな、突然変異的なもので……怪我だったり疲労だったりがすぐに回復する体質なんだわ、俺」


 ここまでは二人が見たものの説明、補足だ。


「で、なんでそんな力があるかっていうと……だな……えっと……」


「セレネ様の話を聞かれたか?」


「……お?」


 先回りし、その起源までを説明しようといったところ、イツキは言葉を詰まらせる。そして、そこにできた間に、アルベルトが静かに入った。

 彼はイツキの話の先が気になるストゥとは逆に、イツキの言わんとしていることを読み取っているかのような表情をしている。


「セレネの話って? 王様になるとしか聞いてないような気がするんだけど……?」


 イツキはアルベルトの言葉を聞いて、首を傾げる。傾いた頭の中で記憶が転がり、様々な言葉を思い出す。

 そして、


「あ……」


 一つ、見つけた。


「未来視の力……」


「――」


 蘇った記憶の一つを呟くと、アルベルトは無言で首肯し、ニューワードに困惑するストゥをそっちのけで話を続ける。


「セレネ様のその力はある日突然現れた。初めのうちはほんの少し先のことだけだったが、月日を重ねるにつれ、より遠くの未来が見えるようになっていったのだ。セレネ様を保護する者として、さすがにこのままにはしておけなかった故、一人の叡智あるエルフのもとを訪ねてみた次第」


「エルフ……」


 イツキはその単語を繰り返した。そしてふと頭に過ぎる。

 シルが推測した話では、セレネの未来視はイツキの治癒と同じ起源、マナによる突然変異の可能性がある、という。


「そのエルフが言うにはだが、セレネ様の力はマナに耐性を持たない人間が起こした突然変異だと」


 もしも、シルの考えがイツキの知る唯一のエルフ、フィリセの考えの影響を受けているのだとしたら、この偶然の一致は偶然ではなくなる。

 アルベルトの言うエルフはフィリセのことであり、そのフィリセが同じように特殊能力に目覚めた人間と関わっているのだ。

 正直、臭くて仕方ない。


「まぁ、俺も似たようなもんだって……知り合いのエルフに言われたよ」


 実際はシルに言われたのだが、彼女の考えがフィリセに影響されていることは恐らく、間違いないだろう。


「イツキ殿のそれがセレネ様のそれと同じく、人智を超えたものであることは、人目見たときに感じておった。だがやはり、なかなか信じがたいことではあるものだ」


「セレネの未来視も人智を超えてるっちゃ超えてるしな。俺からしたらそんなもんばっかだけど……この世界では」


 この世界で出会った亜人は存在自体が常識外れだ。が、今ではそれも慣れてきたことか。

 何はともあれ、イツキのこの力がどういったものか、なんとなくでも伝わってよかった。


「でも心臓刺されて生きてんのは自分でも気持ち悪いって思う……んだよな」


 これまでも、死ぬかと思った経験は幾度かある。だが、今回のような死が確定した状態からの回復は、今までにないパターンだ。

 火傷を負っても、体中の骨が折れても、切り傷で肌が埋まっても、心臓が動いていれば死にはしない。だが、今回、その心臓が突き刺されたのだ。それが回復したというのは、もはや回復力と言うのも難しくなってくる。

 まるでその事象自体がなかったかのような、拒絶されたような、そんな感覚だ。


「他にもこんな感じの力を持ってる人とかいんの?」


「む。聞いたことはある」


 イツキの素朴な疑問にアルベルトが頷く。イツキの疑問はセレネの存在により発生したものだ。

 誰がその説を考えたかは置いておくとして、イツキやセレネの突然変異がマナへの順応なのだとしたら、イツキのように完全に耐性のない人間がおり、そういった変化が起こり得るということだ。

 となると、他にもそんな人間がいるのではないか、というのがイツキの考えだ。


「一人、聞いたことがあるかもしれんが、死神と呼ばれる者がおる。ここ数年で名がこの国中に広がった者だ」


 聞いたことはある。なるべく思い出したくないことだが、あの殺気は忘れることもできない。

 イツキがこの王都へ飛ばされてすぐ、その気だけで人を殺しそうな人物を見た。いや、見たというのも違う。その顔は見ることはできなかったが、感じることはできていた。

 寒気に似たあの感覚は、確かに死神と呼ぶにふさわしいものだった。


「その死神ってのはどんな力があるんだ?」


「正確にはわからぬ。だが、亜人とは違うことは確か」


 アルベルトは続ける。


「少なくとも人間ではあり得ぬ、セレネ様やイツキ殿のような力であるらしい。魔法に近い技を使うが、また異質。扱う武器もまた異形のもので、二本の奇妙な剣と大鎌」


「それで死神、ね……。で、その力ってどんなよ?」


「人間ではあり得ない速度と力、だが、それらは亜人にもあり得ること。ならば魔法は何だ? 魔導士と言われれば納得できんでもないが、それでは速度と力に説明がつかん」


「具体的にはどれくらい速くてどれくらい強いとかは?」


「実際に戦ったわけでもない故、わからぬ」


 皺だらけの顎を撫でながら、頭を捻る。雰囲気からして記憶には問題がなさそうなのでイツキも真面目に受ける。


「聞いただけ、って感じか」


「む」


「その点はガイルに聞いた方がいいですよ」


「確かにあいつなら何か知ってそうだな」


 二人が出した結論に、シルが意見を投げ込む。

 彼女の言ったとおり、ガイルなら何か知っているはず。というのも、ガイルは、調べて知識を増やすシルとは異なり、行動に出ることで自分の知識に追加するタイプだからだ。実際にこれまでも似たようなことが何度かあったらしい。

 そしてシルが言うのだから、それは間違いなく、


「ってシル!?」


「なんです?」


「なんです? じゃなくて!」


 あまりにも自然過ぎて思わずスルーしそうだったが、二人の間に顔を出したのは寝ていたはずのシルなのだ。

 遅れて驚くイツキはシルをくるくると回し、


「もう大丈夫なのか?」


「回さないでください。大丈夫ですから」


「怪我も治ってんだな」


 ガイルが言ったとおり、シルを寝かせておくだけで完全に回復している。驚きといえばこちらの方が大きい。


「イツキさんに気持ち悪いとか言われたくないです」


「言ってねぇよ!? てかそれ、俺の方が傷ついてるんだけど!」


 いつもどおりの棘を発しながら、肩を掴むイツキの手を軽く掃う。相変わらず、といえば辛いものだが、イツキがよく言う「オブラートに包め」はできているので良しとする。一応はイツキの方が年上なのでその点は覚えておいて欲しい。


「まぁ、無事復活してくれて何よりだ」


 見たところ大事はない、そんなシルにほっと一息。


「それで、ガイルはどこへ? 今はどういう状況ですか?」


「えっと、カインとパルムの応援に」


「何故です?」


「何故って、敵が闇の魔剣を持ってるかもしれなかったからだよ」


「闇の魔剣?」


「そうだ。シルもそれにやられただろ?」


「なんのことですか?」


「――」


「――」


「――」


「――」


 間が生まれた。その間の意味がイツキにはわからず、シルにもわからなかった。当然、アルベルトもストゥもだ。だが、誰もその間を埋めようとしない。


「なんのことって……こいつらにシルは背中を刺されてたんだよ。だから、セレネの部屋で回復するために寝てたんだぞ?」


「本当に何を言ってるんですか。というかこの男は誰ですか」


 どうにか沈黙を破ったイツキはストゥの前で縛られている男を指し示し、シルに現状を確認する。が、彼女も同じように男を指さし、ふーあーゆーを行動と音に示す。


「いやいや、こいつらがこの蔵に侵入して、色々あったじゃん?」


「侵入? 私が寝ている間にですか?」


「ちゃう。ちゃうちゃう。シルも戦ってたよ。どうなってんの?」


「夢ですか?」


「っ! だからっ……!」


 耳に入った「夢」という単語に一瞬怒りを覚えた。それが何故なのか、イツキにもわからなかったが、厳しい時間をなかったことにされたのがむかついたのかもしれない。

 安眠を邪魔した敵の奇襲による切羽詰まった状況からなんとか抜け出し、ぼろぼろになった蔵に残って魔剣で傷ついたシルの目覚めを待った。今現在も続くカインとパルム、セレネたちの安否の心配。

 その苦しみを「夢」の一言で片づけることは許せない。

 だが、


「どういうことだ……?」


 怒りのすぐ後に、異常なほど大きな疑問が浮かぶ。明らかにおかしい。

 記憶違いとかそういったレベルではなく、シルの頭の中に、敵の奇襲という事件が存在していないかのようだ。記憶を失ったというのか、そもそもなかったのか。少なくとも、今彼女の記憶には残っていないのだ。

 それはこの場にいるアルベルト、ストゥも感じたらしく、だが、それでも意味を飲み込めずに黙ってしまっている。よって、会話は身内同士で行われる。


「とりあえずどういうことか説明してもらえますか? 私にも何が起きているのかわからないので」


「あ、ああ、そうだな……」


 そう。今、最優先にするべきことは、何故シルに記憶がないのかを考えることではなく、お互いが知らないことを話し合うことだ。知識の共有というのは少し違うが、似たようなもの。状況の整理だ。


 イツキは自分たちが眠りについてから、深夜に奇襲があったこと、セレネたちが先に領内へ逃げたこと、そこにカインとパルムが加わって、残ったガイルとシルで蔵の敵に対応したこと、そして敵が持っていた闇の魔剣でシルが力を失い、倒れてしまったこと。全てを話した。

 シルは黙ってそれを聞き、頷く。

 次にイツキがシルの話を聞く。

 彼女は睡眠をとる前、最後の記憶がガイルに治療を受けていたことで、それ以降は記憶にないらしい。やはり、奇襲がなかったことになっているようだ。


「じゃあセレネの部屋で寝てたことに疑問はなかったのか?」


「――そうですね。よく考えれば何故、いくらガイルでもそこまでしないはずです」


「やっぱシルの記憶が抜け落ちているのか……。俺たちに違った記憶を埋め込んだとは考えにくいし、実際に」


 シルの記憶が正しいのであればイツキたちの記憶が間違っている。そう言えるが、現状、ここに捕まっている敵の存在と、複数人の記憶の一致がそれを認めない。


 シルとイツキ、アルベルトの三人は、ストゥを敵の見張りに残し、カウンターの方へ向かう。そこに広がる無惨な光景に、シルは「なるほど」と一言。どうやらここで戦いがあったこと自体は理解したらしい。

 だが、それに参戦していたことが記憶にないため、いくらそう説明されても実感などない。


「自分に記憶がないことも……だよな」


「すみませんが、そうです」


「――」


 それはそうだ。記憶がないことを実感できる場合など限られている。だが、シルは最後の記憶がガイルに託された状態で終わったのだから、それ以降どうなっていようが状況が似つかわしければ、記憶がない実感は湧かない。

 しかし、それでもシルは記憶がないことを認め、申し訳なく思っている。


「――」


「――思うのだが」


 再び沈黙へ突入しようとする二人にアルベルトが待ったをかける。彼は皺だらけの顎を撫で、思考しながらこう続ける。


「闇の魔石の力は他人のマナを扱う。こう言われてはおるがしかし、実際はそうではない。否、厳密にはそれだけではない」


「どゆこと?」


「実際にその効果は未知数。元、魔法とは扱う者の思念より生まれると聞く。ならば闇の魔剣に刺された娘さんはそのせいで記憶を失ったのではなかろうか」


「……? つまり?」


「闇の魔剣は亜人の力を封じるとともに、他の魔剣と同様にその効果ももたらす。そも、闇に定まった形はない故、効果も多様。そこで考えられるのが記憶を消す作用」


「ってことは、敵がシルの記憶を消す想像をしながら攻撃したから記憶がなくなったってわけか?」


 アルベルトと問答を続けたイツキは言葉をまとめ、シルの記憶喪失の理由を述べる。アルベルトはそれに頷くが、まだ続ける。


「しかし、それでは矛盾も生まれる」


「というと?」


「全ての魔剣の効果は、そのものが破壊されたときに効力を失う。それならば娘さんの記憶も戻っておるはずと考えた次第」


 それが本当なら、確かに矛盾だ。だが、違う。


「魔剣は破壊しても効果は切れねぇ。俺が今まで壊したやつは全部そのまま効果を残したまま壊れた。ホルンさんマジごめん」


 イツキは自分の経験から、アルベルトの説の不立証を押す。それと同時にそれまで壊した魔剣の持ち主にさりげなく謝った。

 だが、イツキがその否定を出したことで、さらなる可能性が生まれる。それは決していいものではない。


「消えた記憶はどうなる……?」


 アルベルトの説以外で消えた記憶が戻ることはあり得るのか。最悪、これからずっとそのままなのかもしれない。


「気にしなくても大丈夫です」


「――」


 イツキの心配を読み取ったかのようにシルがそう言う。イツキも彼女の顔を見て心情を読み取ろうとするが、いつもどおりの表情の彼女からは何もわからない。ただ、


「こう言っては不快に思われるかもしれませんが、私個人としては、嫌な記憶がなくなってよかったと思ってます。ですが、私だけ苦しい思いをしなかったことは申し訳なく思っているので、せめて私の記憶のことは気にしないでください」


「――」


 そう告げる彼女は記憶が戻らないことよりも、その場に自分がいなかったことを悔いている。勿論、その記憶はシルだけのものなのだが、それが逆に危険なのだ。

 物事の経験は聞いたり、見たりするよりも、体験する方がよほど記憶に残りやすい。

 シルはイツキから闇の魔剣に刺されたことを聞いたが、体験した記憶を失っている。つまり、次にそういった場合が生じたとき、うまく対処できない可能性がある、ということだ。

 それならば、どれだけ辛い記憶でも残っておけばよかったのではないかと、イツキはそう感じざるを得なかった。



 重い扉を開く音。そしてその後にストゥの少し慌てた声。声の調子から新手ではないと思った三人は、歩いて彼のもとへ向かう。

 すると、


「カイン! パルム!」


 重い扉はセレネの部屋への三重扉。そこから現れたのはガイルにセレネたちを任せ、蔵へ戻ってきたカインとパルムだった。



 久しぶりの投稿。すみません。


 最近積んでいたネタを誤って途中なのに投稿してしまっていて、そのおかげでその続きも書きたい、と思いまして。ですが、それが何個もあるもんで……。

 自分があと四人いればなぁ、なんてあり得ない願いを持っています。

 ああ、来ないでしょうかサンタさん……。サンタさんはクリスマス以外は暇でしょう? 


 

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