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イセカイカクメイ  作者: 凪と玄
第二章 双月
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第二章11 『血の惨劇』


 イツキの目の前に広がる、赤黒い空間。それは死んだ人間の血と肉で成った地獄。イツキの最後の不安が現実となった、最悪の状況だった。




 イツキがこの場を立ち去ってすぐ、事態は一転した。


「あと十五……割と減りましたね」


 シルは敵の状勢を確認しながら魔法を放ち続け、残り少しの人数を減らし始めていた。

 このときはまだ、相手を気絶に追い込む程度のことしかしていないため、死人はほとんど出ていなかった。だが、強力な力を持つシルとガイルにはある意味、難易度が高い技術なのだ。


 シルが本気で魔法を放てば、この蔵などという規模ではなく、この蔵の周り、半径一キロほど簡単に壊滅に追い込める。だから、殺さないように、敵を鎮めるには水流操作、弱い風波程度しか使えない。水の魔法でも、圧を高めれば圧倒的な貫通力を誇るし、風の魔法も同じくすれば、鋭利な刃と化す。

 シルはこうしてかなり力を抑えなければ容易に人を死に追いやれるほどの力を持っているのだ。


「パルムたちは大丈夫でしょうか……」


 そう心配するのは、パルム、カインと別行動をとることになってから、半数とは言わないがいなくなった敵数が、そのまま二人のところへ向かっていると悟ったからだ。

 いや、そう考えるのが自然だ。敵の目的はセレネの暗殺、またはガイルと何らかの接触を求めたか。

 どちらにせよ、セレネの存在を消そうと考えているのは確か。いなくなった者たちが、シルとガイルを相手に、余裕だと判断してそうしたとは考えられない。そう考えると、いなくなった敵はセレネたちの追手となったと決めてもいい。


 だが、シルもパルムたちとの付き合いは短くない。その実力も十分知っている。二人の前にただの人間が十数人集まろうが、箒と塵だ。負けるはずがない。塵も積もれば山となる、と言うが、あの二人の連携の前では、山は崩れ、足元に落ちるだけ。勝機はこちらにある。


「万が一がなければいいですが」




 魔導士は魔法を使うとき、光を集めて魔法を発現させる。だが、それはその魔法が安定した状態で扱えていない証拠である。

 光の魔法を扱う際は勿論何の例外もなく光を集めるのだが、属性を持つ魔法を使うときは己の体内だけでその工程を行える。しかし、得意でない属性を扱うとき、その工程を確実にこなすために、一度光を集めるのだ。

 シルは魔法の中では火の属性を扱うことが苦手で、バルト家でイツキに見せたときは光を放ちながら魔法を使用していた。何故苦手な火を使うのか、それは自らの鍛練のためだと、彼女は考えている。

 その他の、水、風、土においては熟練した魔導士にも真似ができないほど器用に扱える。水であれば高圧水流を、風であれば龍の如き竜巻を、土であれば大地を揺るがす地震を。その威力は岩を切り、山を崩し、地を裂くほど。

 どんな訓練を受けた人間も、それを食らえば確実に死に至る。


 だが、唯一、魔導士の、亜人の弱点となるものがある。それは――――。




「しまっ――!」


 抜かった。パルムたちのことを考えていたとき、一瞬だけ気を抜いてしまった。そのせいで背後に近づく敵に気付かず、腕を掴まれ、拘束された。

 魔法で敵を弾こうとするも、使えない。


「くっ!」


 背中に感じる熱が、痛みだとわかる。拘束された状態、連続で攻撃されればひとたまりもない。だがそれでも、魔法は使えないままだ。


 抵抗する腕が、掴まれた腕が、枯れた木の枝のように折れる。地面につけた足さえ、自分の体重を支えきれずに砕けていく。


「――っあぁぁぁ!!!」


「!? シル!!」


 シルの異変に気付いたガイルがその顔に焦りを表し、眉間に皺を寄せる。

 咄嗟の判断。ガイルは自分に飛びかかる敵すらも無視し、足元にある短剣を手に取った。それをシルを掴む敵目掛けて投げつける。鋭い閃光が敵の首を貫き、頭を消す。その痕からは血の噴水が吹き上がった。

 動作の後、隙なくシルのもとへ駆けつけ、倒れそうになる彼女の体を支えようとした。だが、


「チィ! 最悪だ!!」


 ガイルの腕に支えられたシルの肩が、骨が砕ける音とともに変形する。

 ゆっくり床に寝かせるが、長時間この状態でも彼女の体への負担は増える一方。そして、


「消え失せろ! ガイル・トルマリン!!!」


 ガイルが無視した敵が、シルのもとへ駆け寄ったその背中に槍を突き立て貫こうとする。シルの状態に気をとられていたガイルは、それでも敵の攻撃に気付かない。

 当然、ガイルが避けることはなく、鉄の槍が彼の体を貫いて――


「な!!?」


 確かにガイルは気付かなかった。だから、突きを躱すことはなく、刃は彼の体に触れた。だが、貫くことはなかった。否、その刃は彼の体に傷一つ負わせることがなかった。

 突きの衝撃で鉄刃は砕け、鉄柄は拉げて裂ける。ガイルの筋骨は鉄をも凌ぐ頑丈さなのだ。


「――もういい」


 ガイルは小さく呟き、反転と同時に撓らせた腕で相手の顔面を捉える。明らかな怒りを以て振るった腕は凶器と化し、五指が鉤爪の如く敵の顔に深くめり込む。もう一方の手で頭を掴み、頭部から引き千切った。

 死した肉を壁へ投げ捨て、それが水風船のように血飛沫を上げ、爆散する。


 血と肉の雨が降る中、ガイルの豹変に他の敵は動揺し動きを止める。が、彼はそんなことにかまわない。止まる敵を掴んで、千切り、潰し、弾く。その度に赤黒い血と熱を放つ肉が、部屋の装飾を塗り替えていく。

 今のガイルの頭の中には加減という言葉など欠片ほども存在しない。



「――――シル! ガイル!」


 戻ってきたイツキが目にした地獄は、死んだ敵の血肉によって生まれたものだった。



「何があったんだ……?」


「こ、これは……」


 イツキとともに戻ってきたアルベルトも、状況の変化に驚きを隠せない。足元に転がる死体が剣撃によって殺されたものでないことがわかるとすぐにそれをイツキに伝え、聞いたイツキも推測を進める。


「これをやったのはガイルしかいない……でもなんで急にここまで……?」


 イツキが離れるまではシルとガイルは敵を死に追いやることをせず、戦闘不能に陥らせるだけだったはず。だがしかし、この有様。シルがここまでするとは考えられず、ならばガイルしかないと言える。

 死肉はまるでいつかのイツキの腕のようになっている。あのときはパルムに守られたが、もしあの場に和がいなかったらイツキもこうなっていただろうか。


「イツキ殿、あれは!?」


「――! シル!」


 何かに気付いたアルベルトが指す方向、そこに一つの塊。敵の死体かと思えば白い肌に白い髪。それは間違いなくシルの姿だった。


「おいシル! どうした!? 何が――!」


 駆け寄ったイツキはシルの体を起こそうと手を伸ばすが、彼女の背中に黒い物体が突き刺さっているのに気付き、その動きを止める。彼女はまだ息をしているが瀕死と言える状態。それをもたらしたであろうものがこの黒い物体。


「なんだこれ……?」


「む……」


 イツキと同じくシルのもとへ来ていたアルベルトがそれを知っているかのような反応。


「知ってるのか?」


「闇の魔石で造られた剣。通称、亜人斬。その名の通り、これを亜人に突き立てれば彼らはたちまち力を失うと言う。まさか傭兵如きがこのようなものを……」


「闇の魔石……」


 イツキの最後の不安。それこそがこの闇の魔石だ。

 初めてガイルと対峙したとき、彼はイツキが闇の魔石を持っているのではないかと懸念した。それを使えば亜人の力を封じることができ、さらにその所持は誰にも察知することはできないと言う。

 敵の武器にこれがあるということは、セレネたちを追った敵も持っている可能性があるということ。あちらで守りに入るカインとパルムがこれに気付かず応戦すれば、最悪の事態になりかねない。


「あいつは……ガイルはどこに行った? 他の敵はどうなった?」


 周りを見渡すがガイルも敵の姿も見えない。この状況だ。敵は既に殲滅し、カインとパルムのところへ向かった可能性もある。いや、彼はこの状態のシルを置いて立ち去るような男ではない。


「あいつまでやられた、訳ねぇよな……」


 それこそ最悪の事態。ガイルが無事なだけでまだ希望を持てる。彼の脚力ならセレネたちに追いつくことは容易だ。だが、そのガイルが見当たらない。


「じーさんは外を回ってくれ。あ、いや待て。その前にこれはどうしたらいい?」


 シルの背中に刺さる闇の魔石。これがシルの力を封じているのならこれをとるに越したことはない。と普通は考える。が、イツキはこんな状態を見るのは初めてだ。間違った処理で取り返しのつかないことになっては元も子もない。


「マナを吸収し続ける魔石に触れれば人間であろうと命はない。魔石の効果を打ち消すには破壊するしかないのだが、その魔石は並みの武器では破壊できぬ。闇の魔石を破壊するには最高純度の光の魔石。それをいくつか重ね合わせ、マナを相殺させて破壊する以外の手段はないのだが……そんなものこの蔵には……」


「壊せばいいんだな?」


「しかし如何にして……! 触れてはならぬ! 命を落とすぞ!」


 魔石に触れようとしたイツキにアルベルトが激しく声を立てる。だが、


「大丈夫だ……俺は簡単には死なねぇから……それに」


 イツキには考えがある。

 以前、ドワーフ親子に魔剣を使わせてもらう機会があった。本来ならこの場でそれを駆使し、イツキも参戦しているはずだったが、そうはいかなかった。その理由がこれだ。


「俺は魔石を破壊できる」


 しかも魔剣限定でだ。魔剣が使えないことに運がないと感じていたが、ここまで都合のいい不運は存在しないだろう。

 これが本当に闇の魔石で鍛えられた魔剣なら、イツキが触れただけで破壊できるはず。

 だが、シルに刺さったまま破壊すれば危険極まりない。触れた瞬間に一息で抜いてしまわなければならない。

 口を噤み、佇むアルベルトの前で深呼吸し、頭の中でそのイメージをする。

 大丈夫だ。腕を振り抜くスペースもある。中途半端なところで止まることはない。

 ゆっくりと魔剣の柄に手を近づけ、


「よし……ふっ!」


 掴んだ瞬間、素早く引き抜き、暴発に巻き込まれるのを防ぐため、勢いそのままで後方遠くへ投げ捨てる。刹那、魔剣が黒い光を放ち、その場で粉塵となって渦を巻く。暴風が巻き起こり、椅子や机が暴れだす。

 危険を感じたイツキは、自然、シルを庇うように覆い被さり、飛んでくる家具から彼女を守る。アルベルトはそのイツキの前に立ち、飛んでくる家具を岩が水を裂くように逸らし、イツキのサポートに入った。

 時間はさほど長くなかった。一分程度。他の魔石に比べれば長かったが、状況が悪化するほどの時間ではなかった。


「……シル! 大丈夫か! ――!」


 砂塵の渦が止むと同時にシルの安全を確認し、体を揺すろうとするがここでもイツキの手を止めるものがあった。


「骨折か……。脚、腕……肩もやばいな。変形しきってる……。出血も止めねぇと……」


 イツキの手を止めたもの、それはシルの状態だ。彼女は両腕が、両脚が、肩が折れており、魔剣の刺さっていた傷口からは出血が著しい。少しでも無駄な動きをさせれば悪化しかねない。

 この状況で息があるのが奇跡であるとしか言いようがない。だが、このままでいて安全なはずがない。この状況を打破できるのはやはりガイルだけだ。


「じーさん! やっぱりここで見ていてくれ! 俺はガイルを捜してくる! それとシルが何か指示したら絶対に従え!」


「む、む……。承った!」


 アルベルトに有無を言わせぬ早口で命令し、外へ向かって走り出す。

 扉を開くとそこには三人の死体。蔵の中の倒れていた敵の数は形をはっきりとわかる者だけで二十近くもいた。この三人を入れると二十三。セレネ追跡に行った人数を差し引くと残りは十人程度か。


「……!」


「? 声?」


 小さいが声が聞こえる。話とは違う。罵声。ガイルのものだ。


「こっちか!」


 その方向へ足を向ける。シルの状態はかなり危ない。何をするにも急がなければならない。そして――


「いた……。まだ二人残ってるな」


 とある建物の陰、イツキは敵の背後からその現場を見つけた。そしてそのイツキに背を向けた状態の敵の奥にはガイルの姿がある。彼の足元には崩れた肉塊が転がっている。


「見たところ無傷っぽいな……血はめっちゃ浴びてるけど」


 返り血でその身を真紅に染めたガイルはさながら地獄の業火のような姿で、たちまち一人を叩き伏せ、踏み潰す。

 最後の一人となった敵は叫びながらこちらへ逃げようとする。


「逃がすかよっ!!」


「っ!?」


 逃げ出す敵の前に姿を現し、その勢いを殺させる。


「てめぇはここで終わり――!!? びっくりした!」


 立ち止まった敵に一言を言い終える既のところで、その敵の腹部が破け、鷲掴みにされた心の臓物が突き出る。痙攣する敵の体、そこから離れても未だ拍動を続ける心臓が、貫いた手に潰される。

 眼前でそれを見たイツキは激しい嘔吐感に見舞われ、一瞬我を忘れかけた。


「こうして間近で見るとえげつなさすぎるわ……ってそれより」


 引き抜かれる腕の持ち主、ガイルの顔を確認し、ここまで来た理由を思い出す。


「ガイル。敵は?」


「……全員殺した」


 思った以上に静かな声で答える。


「……じゃあすぐ来てくれ。シルはあのままじゃまずい」


「無理だ……」


「っ! なんでだよ!」


「魔石がねぇ……」


 イツキの言葉に即答したガイルには意志の強さが見えない。それに苛立ちを覚えたが、そのすぐ後の彼の言葉で理解する。

 彼は魔石が破壊できていないと思っているのだ。当然、イツキが破壊するときにはいなかったので、仕方がない。


「俺がこのままシルに刺さった魔石に触ったら、シルは即――」


「魔石は俺が壊した」


「――! は? でもどうやったってんだ?」


 ガイルの顔には変わらず希望の光はない。だが、彼の言葉を遮断したイツキの台詞に驚きと疑問を口にする。


「あれが魔剣だったから俺の力で壊れた。ボーンって。――それより今はシルの怪我を治さなきゃならねぇ。腕と脚と肩と、それから傷口」


「マジで魔石を壊したんだな!? ふざけてっとブチ殺すぞ!!?」


「あ、ああ、そうだ。嘘でもふざけてもねぇ。壊した」


 驚きを怒りに変え、声を荒げるガイルに再度伝える。その表情には少しの希望が蘇ったのか、いつものギラつきが見えた。


「なら誰もいねぇ場所で静かに寝かせろ。一時間だ。その間絶対にシルに近づくな。姿も見るな。それだけしてたらすぐよくなる。……理由は後で話す」


「――? ああ、わかった。ガイルは――」


「俺はガキ共んとこに行く」


「……お前は魔石は大丈夫なのか?」


「俺には効かねぇ。心配すんな」


「わかった。じゃあ頼む」


「お前も……シルを頼む」


「ああ」


 ガイルがいつもの調子に戻ったところでお互いの行動を確認する。

 現在、カインとパルムの状態はわからないが、敵が闇の魔石を使う可能性も十分にある。どういうことだか、ガイルはその力を受け付けないらしい。

 そこで、ガイルは二人の救援に向かい、イツキは彼の指示どおりシルを安静な状態にしておくこととなった。


 イツキが蔵に戻る途中、そこかしこに敵の死体が転がっており、どれも無惨な姿で殺されていた。

 ガイルがとった急な攻撃の仕方の変更。それはやはりシルの怪我が関係するのだろう。ルシールが倒れたとき、シルに付き添っていたのはガイルだった。ガイルはシルのことに関わると豹変するのは集落での生活でもよくあった。

 二人の関係はカインやパルム、またその他の誰とも違うものだと感じた。


「……? 誰かが戦ってる! じーさんか!」


 蔵に近づくと、鉄と鉄がぶつかる鋭い音、踏み込み、荒くなった呼吸音。様々な音が重なって聞こえる。どれも鬼気迫るもので、中で起こっていることはただごとではないと悟った。

 中を覗くとそこには、剣を振るい、敵を切り伏せるアルベルト。そして、


「ストゥ……なんでここに?」


 アルベルトの横で壊れた剣を構え、応戦するストゥの姿があった。巨体を持つ彼は鋭い剣撃を繰り出すアルベルトとは異なり、一振り一振りに重みをかけた攻撃を放つ。が、敵の数は五人。イツキが出て行ったところで多勢に無勢。


 しかしまさかこうなっているとはイツキも予想していなかった。

 五人の敵。何故まだ生きているのか。そんなこと考えるまでもない。ガイルが攻撃方法を変更するまでに倒れた敵は気を失っていただけだ。時間が経ち、目が覚めただけのこと。

 イツキはそんな単純なことすらも予想できなかった自分の無能を呪う。


「どうする? 二人じゃシルは守り切れねぇし、相手が五人じゃ厳しすぎるぞ……。いや、できることはまだあるじゃねぇか」


 決心したイツキは扉を開き、


「俺こそが、神だ!!!」


「はぁっ!?」


 何を隠そう、この場でイツキにできることなど一つ。囮しかない。

 緊迫した中で突然現れる異常者。それに気をとられないはずがない。ただ一人を除いては。

 振り向いた敵の反対側にいるアルベルトとアイコンタクト。彼はイツキに気をとられた敵を一人、無防備な背中に剣を突き立て、切り伏せる。

 次は前に出て一人を倒したアルベルトに注意が向き、ストゥへの意識が疎かになる。たちまち二人を倒され、こちらと同数になった敵を囲み、追い詰める。


「よぉし作戦成功だけどこっからどうしよう丸腰の俺!」



 マンツーマンで戦うのがこの場合の定石だろうが、戦う手段のないイツキには厳しい条件である。

 既に他の二人は戦闘に入っており、金属音が鳴り響く中、イツキは敵の攻撃を避ける一方で、反撃できないでいる。床に落ちている武器を拾おうにも、相手の方が動きが早く、イツキの動作を許さない。


「避けれるなら隙があるはず……。いや、手段がねぇな」


 イツキがある程度武術を習っていたなら相手の隙を突いて押し倒すことぐらいはできそうだが、彼はサッカー部。判断力と体力、忍耐力、瞬発力には自信があるが判断力以外、この世界では普通以下だ。何かしらの武道をやっておけばよかったと、経験のなさを悔やむ。


「なんて言ってられねぇ……。マジどうする?」


 机の下に潜り、敵の攻撃を避けるが、すぐに取り払われ、また逃げる。この繰り返しでは体力が持たな――。


「あ……あるじゃん」


 一つだけ、イツキに戦う方法が見つかる。いや、この方法がうまくいくかは確証がない。だが、アルベルト、ストゥが苦戦している今、これしか状況を改変する方法がない。

 ならば、


「――ふぅっ……カモーンヌ!」


 立ち止まり、両腕を広げる。沸き上がる恐怖を払拭するため、ふざけた言葉と嘲笑。突然の行動に敵は何かを疑うが、それでもイツキは、


「ほら、ここだよ。ここに心臓って言って人間が生きるのに必要なもんがあるんだよ。ここをブッ刺せば俺は死ぬだろ? さぁ、やれよ」


 挑発。自らが抵抗をしないことを示しながら、その場で腰を左右に振って踊って見せる。戦いの場では不適にもほどがあるが、これがイツキの戦法だ。

 警戒しながらじりじりと歩み寄る敵は、剣を構えたまま、イツキを見つめ続ける。


「ねぇ早くぅ。腕が疲れてきたんですけどぉ。あ、もしかして怖いの? え? マジで? ウケる! それで兵隊さん気取ってんのかよ? なっさけねぇもんだな! えぇ!?」


「だっ、だまれぇ!!!」


「っ!?」


 絶えず挑発を繰り返すイツキに、ついに敵が動き出す。イツキの不気味さに手を出せない恐怖からか、それとも単純な怒りからか、振るえた手を固め、剣を構え直し、イツキの心臓辺りを突き刺す。


「うっっっ!」


「イツキ殿!! くっ……のけぇい! 貴様ら!!」


「あいつ……マジかよ……」


 当然、突き刺されたイツキの腹と背中からは大量の血が流れ、次第にイツキは立つ力すら失い、その場に膝から崩れて倒れ込む。

 それに気付いたアルベルトとストゥは目の前の相手を弾こうとするが、一歩足りない。


「なんだよ……はったりか」


 イツキを突き刺した敵は一息つき、動かなくなったイツキに背を向ける。止まることなく流れ続ける血液。それが床を赤く染め、覆されない死がイツキを迎えようとする。

 イツキの作戦は失敗に終わった。


「――んなわけあるかよ、こんのっっっハゲがぁぁぁ!!」


「んぐんんっ!!?」


 味方の応援に足を向けた敵の背後から椅子が頭部へ叩きつけられる。脳震盪を起こしてしまいそうなほどの衝撃に、敵は一瞬で気を失い、ふらふらとよろけながら壁にぶつかり、豪快に倒れる。


「イツキ殿!?」


「ああ、大丈夫マジ痛い平気死にそうなほど痛いもう治る吐きそう全然……いってぇぇぇ!!!」


 そう、イツキの特異体質。これをうまく利用し、相手を油断させるだけの単純な戦法。攻撃手段がないイツキなりの戦い方だ。

 イツキは壊れた椅子を投げ捨て、刺された部分を押さえて苦痛を噛み締める。徐々に治っていく傷口を気にしながら俯せになってサムズアップ。

 が、こうもしていられない。なんとか一人を戦闘不能にはしたが、残り二人いる。気を抜くことはできない。脳に残る痛みに耐えながら、落ちている剣を拾う。


「よし、これで三対二。今度こそ追い詰めた」


 イツキはより苦戦しているストゥの援護に回り、彼への敵の攻撃回数を減らさせ、うまく隙を作り、その隙を逃すことなくストゥの剣が入る。


「ラスト一人! さっさと潰して万々歳だ!」


 アルベルト、ストゥ、イツキで残った最後の敵を挟み、と言ってもイツキは特に何もしなかったが、何とか最後の一人も切り伏せた。


「っっしゃあ! 終わったぁ! なんかめっちゃむずいゲームクリアした感じがする! ――って言ってる場合じゃねぇ!」


 緊張が解け、座り込んで叫んですぐに、ここまで戻ってきた本当の理由を思い出す。


「シルを……セレネの部屋だな」


「イツキ殿。怪我は?」


「ん? ないない。大丈夫」


「お前……何したんだよ?」


「イリュージョンだよ」


「……?」


 怪我が酷いシルを優しく、なるべく動かさないように抱え、セレネの部屋に体を向ける。


「あ、そうだ。ストゥ。奥で気絶してる奴いるから殺さずに拘束しといて。……めっちゃきつく」


「りょ、了解……」


 イツキが気絶させた敵だ。敵の素性を明かすのに必要だと感じたのだ。命じられたストゥは倒れている男を掴み、ロープで柱に括り付ける。それこそ、彼がされていたよりきつくだ。

 そしてその間、イツキはアルベルトとともに、セレネの寝室へ向かい、そのベッドでシルを寝かせる。

 今頃だが、何もせず、この状態でどう回復するのか気になる。イツキのような力があるのなら、シルがイツキのそれを見たときに説明ができていただろう。隠していた可能性もあるが。


「よし、これで一時間は安静にしておけばいい……はず」


 ガイルがシルのことで嘘をつくはずがない。彼を疑うつもりもない。でも、ここからこの傷が治ることが想像できない。


「ま、信じるしかないか……」


 そうぼそりと言い残し、退室する。

 何はともあれ、こちらの危機は去った。恐ろしく、激しく、厳しい状況だったが、なんとか抜け出せた。あとはシルが回復すること、ガイルがセレネたちを守り切ることを信じて待つのみ。


「なんか長かったな……」


 壊れた屋根から零れる月光が、疲れた心を癒してくれている気がした。




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