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イセカイカクメイ  作者: 凪と玄
第二章 双月
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第二章8 『摩擦』


 休憩を取り始めて小一時間。イツキはそわそわしながら二人が目覚めるのを待つ。別に疚しい考えがあるわけではなく、ただ単に不安感だ。それと尿意だ。

 一応この場所も町の一部だ。何が起こるかわからないため油断はならない。トイレの場所もわからないため迂闊には動けない。本当はさっさと帰ってしまいたいのだが、眠る二人を見ているともう少しだけ持とうと考えてしまうのだ。

 そのループの限界がそろそろ来る。


「よし、起こそう」


 そう言ってセレネを揺すり、パルムを揺すり、むう、と欠伸をする二人に帰還の提案をしてみるが反応が鈍い。


「では、ルシールさんに伝えてきましゅね……」


 ――さっきの寝言と変わらねぇ。ルシール大好きか。てか今いねぇ。


「おーい、セレネー。おーい……。あっ、ちょっ、パルムどこ行ってんだ!?」


 体を起こしながらも寝ぼけているセレネを揺すっていると、パルムがふらふらとどこへともなく歩き出すのが見える。慌てて呼び戻し、頬を両手で挟んでぷにると、パルムはゆっくりと目を開けてぼうっとイツキの顔を眺め始めた。


「よし、起きたな。そろそろ帰ろうぜ」


 パルムはそれに対してこくんと頷いて、しかし、何故か指をさす。まだ寝ぼけているのかと思いながらその方向を見ると、セレネがベンチに横たわって二度寝に入ろうとしていた。


「何故に!?」


 もう一度セレネを起こそうとするが、繰り返すと面倒なので、パルムも一緒に手伝わせ、そうしてようやくセレネも目を覚ました。

 彼女の世話をしているルシールを偉大に思う。


「ルシールさんマジパねぇっす」




 来たときと同じルートを通って蔵に着いた頃には、そこから美味しそうな匂いが漂っていた。昼のときのような贅沢な料理の匂いだ。

 そんな匂いは空腹を感じさせる。


「お帰りなさいませ。セレネ様」


「はい。ただいま帰りまし……た!」


「何? どうしたよ?」


 帰ってきたイツキたちを蔵の入り口で迎えた薄紫髪の侍女、ルシールに、セレネが何かに気付いたような声を上げる。ルシールがほぼ全快だったことは出発前のセレネも確認しており、イツキたちも伝えられていた。では何事かと聞けば、


「セレネたちはひっそり抜け出してきたはずでは……?」


 セレネがイツキの耳元で放った言葉の意味を悟る。

 確か出発するとき、イツキたちは誰の目にも止まらぬよう言葉どおりひっそりと抜け出してきた。そう、誰にも気付かれないようにだ。

 だがどうだろう。今の状況は。


「何故ルシールさんがお迎えに出られたんでしょう?」


 それはつまり、イツキたちが抜け出したことを知っていたということだ。


「おお……なんで?」


「カイン様から聞かせていただきました。……セレネ様」


 理解に達したイツキにその理由を告げたルシールは、続けてセレネの名を呼ぶ。

 勝手に出かけたことは悪いことであるし、ルシールがそれに何らかの感情を持っていることはわかった。セレネも彼女の様子に申し訳なさそうな顔をする。


「次からはちゃんと誘ってくださいね」


「はい……」


「っそこ!? あ、いや……俺のせいだけど」


 突っ込みを入れたイツキにルシールの鋭い視線が刺さる。萎縮したイツキは謝罪しながら一歩引いた。

 それにしても、


「カインは寝てたはずなんだが……」


「まあっ、寝てたんだけどよっ」


「だよな? ……ん!?」


「何だよっ?」


 素朴な疑問に答えた声に驚く。だってその声の持ち主がカイン自身だったから。突然姿を見せた彼は、さも最初からそこにいたかのように振る舞っている。


「兄ちゃんたちがっ、どっか出かけようって話してんの聞いたっからよっ、一応鼻で追ってたってだけだっつのっ」


「鼻で……?」


「ああ、セレネは知らないのか。こいつ一応ワンちゃんだから鼻が利くんだよ。異常に」


「ワンちゃんて何だよっ?」


 へぇ、と納得するセレネは頬に汗を伝わせながらぎこちない笑みを浮かばせる。そうしてすっとルシールとカインの間を素通りしようとすると、


「あのぉ……」


 セレネの腕を掴み、移動を阻止するルシール。彼女の表情は大して変化を見せない。が、しっかりとセレネを拘束し、自らの体に密着させている。


「ああ……そういえば俺漏れそうだったわぁ」


 セレネは関係ない話を広げ、現状をなかったものにしようとしたらしく、この場から立ち去ろうとしたのだが下手すぎだ。ルシールに見抜かれ失敗。なんとなく状況を理解したイツキはセレネと同じように正面の二人の間をすり抜けようとするが、案の定、


「お待ちください。イツキ様」


「いや、漏れるから! ホースが暴れるから!」


「すぐ済みますので」


「人生もすぐ終わりそうだが!?」


 呼び止められるイツキは必死に抵抗、言い逃れしようとするが、ルシールはそれを聞かない。でも尿意限界なのも確か。お説教は命取り。


「パルムはっ、シルが呼んでんぞっ」


「ん」


「ちょい待て! パルムも共犯だ!」


「いや、イ、ツキが言い、出し、た……」


「パぁルムぅぅぅ!!!」


 騒ぐイツキに小さな微笑みを送るパルムはその表情をすぐに隠し、滑るようにその場から立ち去る。


「天使め……」


「兄ちゃんよっ。迂闊すぎだぜっ」


「何が?」


 パルムの背中に悪態らしくない悪態をつくイツキに、カインが呆れた表情でため息交じりに言う。その表情には呆れの他に若干の怒りすら見える。


「俺、何か悪いことした? あ、いや、悪いことはしたかもだけど」


「兄ちゃんたちがいなくなってからっ、こっちの空気は最悪だったんだっつのっ」


 カインは歯を噛み鳴らし、表に出した怒りを強く見せ始める。眉間に皺を寄せ、鋭い眼光をイツキに向け、


「ガイルに目ぇ付けられてる兄ちゃんがっ、こっからいなくなったらよっ、そりゃ、ガイルが黙って待つ訳ねぇじゃんっ。兄ちゃんもだけど、こっちの紫の姉ちゃんも疑われっだろっ。それに紫の姉ちゃんも焦ってこっち疑うしよっ。まっ、オレっ様がいたから大丈夫だったんだけっどなっ。ハッ!」


「お、おお……。なんかすまねぇ……」


 カインのおかげかどうかは置いとくとして、確かにその考えはなかった。

 イツキはガイルに疑いをかけられたまま、そしてセレネはシルと同盟関係になる間柄。しかも出会ってから数時間の仲。信頼が深いとは言えない。そんなときにいなくなれば、それを知らされていない者は何かしらの疑いや不安を感じるだろう。

 その一滴の不安が波紋を起こし、疑いがお互いに向けられ始める。

 疑いをもったガイルはそう簡単には止まらない。イツキのときもそうであったように、容赦などという言葉など存在しない。まして今はシルがいつもとは違う様子だ。彼を止める者は誰もいなくなるところだった。

 恐らく、カインがイツキたちのことを説明し、説得してくれたおかげで何とかとなってくれたというところだろう。

 そう考えればカインにありがたみを感じざるを得ない。


「いや、マジすまねぇ……」


「いんやっ、オレは何回か殴られただけっだからよっ、別にかまやしねぇよっっ」


「かまうだろ……」


 口元を緩ませて微笑を見せ、カインは、手を左右に振ってイツキの謝罪を否定しながらその場から去っていく。が、イツキは自分の浅はかさをそれでなかったことにはできない、と心底反省した。



「――ときにイツキ様」


 しばしの静寂の後、ルシールがイツキの腕を引き、強引に振り向かせる。その傍らではあわあわとするセレネの姿が。

 きつくなったルシールの表情を見て、イツキも顔を強張らせる。


「えっと、この度は誠に申し訳なく存じております故……」


「いいえ、私が聞きたいのはそこではありません」


 イツキの謝罪を遮り、その心の中を測るようにルシールが見つめる。


「セレネ様に不要な接触はしてませんよね?」


「……え?」


 放たれた質問の意図が読み取れないイツキは、頭の中で何度かその言葉を繰り返した。

 不要な接触。階段を登るとき、また、眠っていたセレネを起こすとき、そのときに触れたのは確かだ。それが不要な接触だとは思わない。

 だが、カインの話から、ルシールもこちら側に疑いをかけているかもしれない。そうした懸念からの言葉なら、不要という言葉の意味範囲が大きく広がる。

 ルシールが倒れた理由。パルムとセレネがガイルから聞いたのは、シルの病気の話だった。そしてそのシルに触れたルシールが倒れたと。

 もしそれが本当なら、イツキに触れたことで、同じようにセレネに害があると考えられてもおかしくはない。まして、実体験のあるルシールが疑うのは至極当然のことだ。


「触れはしたけど……」


「どれくらい?」


「どれくらい? ってはっきりとはわかんねぇけど、長い階段上がるときと寝てたセレネを起こすとき……でも、これは不要ってわけじゃなくて、目的地に向かうために、ちゃんと帰ってくるために、むしろ必要だったというか、なんというか……」


 あたふたと説明を繰り出すイツキは、ルシールの鋭い視線に押されながらも懸命に続ける。だが、イツキが話せることはこれ以上なく、こちらに悪意がないことを証明する手段も持ち合わせていない。言葉で説明、とはいきそうにない。というより、フィリセとの一件のせいでその自信がなくなっている。

 よって、イツキはルシールに何も話すことはなくなってしまったわけだ。


「どのように?」


「えっと……割とがっちりと……?」


 さらに問い詰めたルシールに何も隠さずに返事をすると、鋭かった彼女の顔がさらに鋭く、そして明らかになった怒りがその口元に表れる。


「いや、別に何もしてないから……って言っても信じられないよな」


 そう、イツキが何かを証明しようにも、できることは限られている。その上、状況が状況だ。ルシールとしても簡単に信じられるものではないだろう。

 だが、


「あのぉ……ルシールさん?」


 イツキとルシールの一方的な問答に、水滴が落ちるような声で口を挟むのは、ルシールの傍らでずっと彼女の体に押し付けられていたセレネだ。

 彼女は力を緩めたルシールの腕から抜け出し、イツキを背にルシールと向き合う。


「ごめんなさい。セレネも黙って出ていくことに賛成したんです。ちょっと冒険したいなぁ、なんて思ってしまいまして……。結局大した冒険にはなりませんでしたけど……。でもでもっ、イツキさんとパルムちゃんと一緒に出かけられたのはすごく楽しかったんですよぅ!」


「……?」

「……?」


 暗い顔から明るい顔に変わり、イツキを庇うのかと思いきや、何故か感想を述べ始めたセレネ。イツキとルシールは突然のその内容に呆然としてしまう。

 その二人の様子に気付いたセレネは、はっと我に返り、


「つ、つまりですねっ……えっと、イツキさんたちは何もしたりしていませんよってことです。――少なくともセレネは皆さんを信じます」


 目的を思い出したセレネが真剣な眼差しでルシールを見つめて、その意思を真摯に訴える。が――ルシールはそのセレネの言葉に小さく吐息を漏らしたのだ。それはセレネの意志を嘲笑うものではなく、その意思を否定するものでもない。


「セレネ様。私が聞きたいのはそういうことではないんですけど」


「えっ……? と言いますと?」


「私はイツキ様がいやらしい視線をセレネ様に向けていないかを案じているだけです」


「ちょっとそんなこと!?」


「そんなこと?」


「あ、いや……」


 ルシールの言葉に、それまで無駄に考え込んでしまったことを後悔する。

 つまり、ルシールが言いたいのは、「セレネ様大好き!」てことだ。相思相愛、素晴らしいではないか。


「えっと、じゃあ、ルシールさんのお怒りの理由は嫉妬、と……」


 イツキがセレネに触れたことを妬ましく思っている、そんなルシールの心が妙にリアルな怒りだったため、おかげでイツキの考えがマイナスに走りそうになっていた。

 最近はよくマイナス思考になりやすくなってきている。そんなことを考えながら、現状がプラスに向かったことに安心している。


「マジ紛らわしいわ……色々と……。トイレ行こ」




 トイレに行こう。


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