第二章7 『すれ違いの始まりは気付かれず』
――夕食の時間までかなり暇だ。
ルシールの安否を確認してきたセレネと合流し、パルムと三人でぼうっとしているのにも限界が来る。こんなときに限ってカインはお昼寝中だ。
――ガキんちょめ。
「飯まで二時間くらいあるし、どっか出かけてみるか?」
「お出かけですか!?」
「おでかけ?」
これといった予定もないので、出かけること自体は悪い案ではない。問題はその許可を得るには、だ。
イツキとパルムはシルかガイルに許可を得なければならないし、セレネもルシールの付き添いがなければ出かけられない。だが、今はそんなことを言えるような状態にないことは三人ともわかっている。
わかってはいるのだ。わかってはいるのだが、イツキの一言で今すぐでも飛び出したくなってしまう。
「誰だってときには冒険が必要なんだぜ?」
「――お出かけしましょう!」
「セレネってちょっとバカだよな」
「んなはっ!!?」
「ぷ……」
「パルムちゃんまで!?」
イツキの言葉にかっこよさを見出して流れに乗ってしまったセレネをストレートに評価するイツキとパルム。二人はぷんすか怒るセレネを笑顔で眺め、新鮮なキャラを堪能し、その後でセレネを宥めながらこの蔵から誰にも見つからずに抜け出す算段を画策した。
それからマントを纏って用意万端怠りない三人は、ひっそりこの蔵を抜け出して町の中を冒険し始めるのだ。
てくてくてくてく辿り着いたのは『サイカンの蔵』に来る前に一度立ち寄った洋服店だ。というのも、どこに行くかが決められず、とりあえず歩こう、となったからだ。
セレネがある程度この町のことを把握してくれているため、ここ、と言えばそこへ案内してくれる。だが、この町に何があるのかわからない上に、イツキはどこかに行きたいというわけでもない。さらにパルムはどこに行きたいか、と聞かれれば色々とありすぎて決められない。
こうしてなんとなく歩いてこの店に辿り着いたのだが――
「またここに来てもな……」
この店でやることと言えば、勿論、洋服を買うことだが、そんな金は持ち合わせていないし、持っていたとしても買ったところでシルたちに外出がばれてしまうのでダメだ。
パルムはもう十分に観察しきっているため、ここで新たに感じることはない。セレネもそれなりに物を持っているのでこれといった物欲はない。
暇だ。
「どこか行きたい場所……近くに公園とかってあるか?」
「公園ですか……?」
別に行きたいというわけでもないが、ここよりマシだ。
セレネはイツキの質問に一瞬考えを巡らせ、手を打ってかっと目を見開く。
「あります! 公園!」
「じゃ、そこ」
パルムの賛成を得たセレネは、「ではっ」と張り切って先導する。
もしものために、パルムを中心に三人で手を繋ぐ形となっているのだが、普通はセレネ中心じゃないか、と感じるのはイツキだけだろうか。
イツキは年上、男として後ろから二人を守る役割を。パルムはもしものときの戦闘要員として先頭に。そういった形がベストだと、イツキは思うのだが――
「パルムちゃんはしっかりセレネの手を握っててくださいね」
すっかりお姉さん気取りのセレネにはなかなか言い出せないのでしかたがない。イツキに言わせれば危なっかしいのはセレネの方だが、その雰囲気が微笑ましすぎて気にしていない。
セレネは少し歩けば、これはあれで、あれはこれで、と町の案内をする。その都度自慢げな顔を見せる彼女に、パルムは小さく拍手を送ったりして、より一層セレネの機嫌を高めてしまっていた。
と、それはそれとして、再び歩き始めてかなり時間が経った。いや、かなりと言っても十分程度。だが、イツキの提案した「近くの公園」の距離ではない。それほどセレネが張り切っているのだとしたら、それはありがたいことだ。そしてきっと、セレネはそういう思いでやってくれているのだろう。だからイツキは何も言うつもりはない。ただ、早く着け。
そして――
「ここですっ!」
――そして。
「え……」
手をばっと広げ、立ち止まった場所で自慢げな顔をしているセレネ。が、イツキもパルムも唖然とすることしかできなかった。
だって、
「なんもねぇし、誰もいねぇし、せめぇし……」
正面に見える風景。石畳の地面に数本の枯れた木。それは公園ではなく、ほぼ庭だ。それも何もないただの庭。廃墟の庭。殺風景。
公園とは程遠い。
「公園ってさ、もっとこう……楽しーい感じの?」
「楽しい……?」
「……」
イツキのイメージしたものとは、というより、世間一般の公園とはまったく違うそれを、当然といった顔で見るセレネは、イツキの言葉に首を傾げた。
――それが普通なのだ。
セレネにとって、否、この国にとって、それが普通。
奴隷。戦争。そんな国なのだ。
町の人間は皆、顔を隠し、表情を隠し、心を隠し。――死んだ町。死んだ国。そんな国で――
「セレネはなんで王様になりたいんだ?」
「え……?」
「あ、いや、王様になるなって言いたいんじゃなくてな。この国の王様になって何がしたいのかなって」
自然、そんな疑問が浮かんだ。
この国の政治などイツキの及ぶところではないが、こんな国の王になって、何をしたいのか。
「まぁ? こんな国どうなろうと知ったこたぁない、ってのが俺の個人的な意見なんだけど、それはセレネでも考えられるんじゃねぇかなって思うわけよ」
国民一人の声が政界に響くことはなく、政治に進歩はない。それがこの国の現状だと、イツキは測る。そんな国だからこそ、こんな町ができ、こんな景気になっている。均衡の解かれた状態に。
そんな国を変えようとしてもうまくいくなんて保障は一切ない。そも、そんなことができるのなら、今頃はもっといい国になっているはずだ。
それなのに何故、何故こんな国の王になろうとするのか。これ以上を作り出せないこの国を、どうしたいのか。
「セレネがやらなくても他の奴がやればいい。って言うのは最低かもしれねぇけど、それが普通の考えだとも思う。いや別にセレネの目標を否定したいわけじゃないし、やめろとかも言わねぇよ。でもなんで――」
イツキが再び質問を投げかけようとしたとき、正面のセレネから表情が消えた。シルやルシールの無表情とは違い、それはまるで世界の絶望を表現したかのような、そんな顔が突如としてセレネに浮かぶ。
怒りでも哀しみでもなく、そこにあるのはただの虚無だった。
「それは」
その虚無を表したセレネが口を開き、続くはずだったイツキの質問に答えようとする。
「――です」
――――――何。
「イツキさん?」
「え……?」
呆然としていたイツキにセレネが声をかける。
「公園に到着しましたよ」
「あ、ああ……」
何を考えていたのか思い出せないが、どうやらその考え事をしている間に目的地に着いたらしい。と、
「これ公園か? なんか寂しすぎじゃね?」
目の前には、見渡す必要もないほど狭く、石畳が敷かれ、数本の枯れた木。腰を下ろすためのベンチ的なものもない。そんな空間とイツキの言葉に首を傾げるセレネ。
世界が違うことを考えれば、この世界での公園がこれだと言われれば否定はできない。が、用途的に、一般はこれを公園とは言わず、強いてプラスな表現をするのなら、最大評価でも庭だ。
ベンチがあったり遊具があったりして、子供たちがわいわいきゃっきゃして遊んでいる、と言うのがイツキの知る公園なのだが、この人一人いない空間がセレネの知る公園らしい。
「まぁ、なんと言うか……これが差で、これが現状なんだよな」
初めてこの町へ訪れたときはまだ混乱状態だったが、それでもこの町の異常性は感じられた。誰もが己の心情を見せないようにしている気がした。
心を通わせない町だった。
セレネはこの国の王となり、改革をしようと考えているのだろう。
「ん? どうした、パルム?」
思い耽っていると、イツキの袖をパルムが引くのに気付く。
パルムはどこか悲しそうな顔でイツキに何かを訴えるように見ていた。イツキは察する。
「セレネ」
「はい?」
「――上の方行ってみようぜ」
パルムはこの公園の暗さに寂しさを覚えたのだ。イツキなら無理やりにでもその場で楽しんで見せようと考えることはできないでもない。
でも、そんなことをすれば目立つのは目に見えている。目立てばどうなるのか。似た経験はある。最悪、また誰かに捕まってしまうこともあるかもしれない。
そこで、人も少なく、景色もいい。かなり高いので町の暗さも伝わってこない。そんな場所があるのを思い出した。そこなら不快感も生まれない。
それがこの町の上にあるはずだ。
「上ですか……?」
「そ、上。この町って山みたいになってるだろ? ってことは上の方にも何かあるんじゃないかって思ったわけ」
実際にイツキはその何かを見たのだ。マーおじさんだったりを。
「ですが上には誰もいませんよ?」
「それがいいんだよ」
「はあ……?」
「ま、いいから行こうぜ」
「はあ……」
わけのわからないような顔をするセレネを急かし、再びパルムと手を繋ぎなおす。
先頭を行くセレネは疑問符を浮かべながらも、どんどん狭い道へと入っていき、妙に長い階段まで案内してくれた。
妙に長い。それはつまり、それまでの道のりをカットして、上に行くことだけが目的の道だ。
「こういう感じがファンタジー感あってわくわくするんだよな」
イツキがこう呟くのは、狭い階段の横が建物の壁で覆われており、その先からの小さな光で階段の上の景色がわからなくなっているため、そこに想像を絶する光景が待っているのだと、そう感じたからだ。
アニメなどでよく見かけるシーンだが、実際には目にすることはほぼない。イツキの住んでいた田舎町など、基本、田んぼか畑だ。狭い空間から見える世界など無に等しく、ほとんどその場からなんでも見渡せるほどに、何もないのだ。
都会でもそんなことがあるのかも知れないが、都会経験のないイツキにはわからない話である。
「――長いけど」
階段を上っているつもりがいつの間にか登山になっている。ちょくちょく案内を続けていたセレネも、この階段を上り始めてから一切の言の葉を口にしなくなっている。というか、もう壁に寄りかかりながら歩いている。
イツキは例の謎の回復力で元気ピンピン。というわけでもなく、それなりに疲れ始めていた。
これは彼自身の推測だが、その治癒能力は連続して与えられた負荷をその度に治すことはできず、一連の負荷がかかり終わってから効果が発動するようなのだ。
例えば、筋トレをしても疲労が溜まらなかったのは一種ごとに休憩が入るため、その間に回復してしまい、その疲労を感じなかったからで、今こうして階段を上り続けているときに疲労が回復しないのは常に負荷がかかっている状態だからだ。
というのがイツキの推測だ。あっているかは誰もわからないことだが。
そして、そんな感じで自らの限界と戦い始めた二人とは異なり、余裕の表情で上へと昇っていく顔がいる。
その顔、パルムがそのような表情をしていられるのは魔法を使っているからではない。聞くところによると、パルムはまだ自分の体を宙に浮かせたりはできないようで、疲労も普通の人間並みに感じるらしい。
では何故、彼女は余裕なのか。
それは、
「別に下りて欲しいとかそういう風に思ってるわけじゃないし、むしろこのままの方が俺的には嬉しいと言うか、まあ、軽いからこのままでもいいよとは思うけど……」
ええい、何言ってんのかわからん。一言で言え。
「なんでパルムは俺の上に乗っているのかな?」
「楽だか、ら」
「だろうね!」
パルムの表情の理由。それは彼女がイツキの肩の上に乗って、つまり、俗に言う肩車的な状態になっているからだ。
どういう構造か知らないが、パルムの衣装は太腿の内側が露出している。だから、肩車状態だとイツキの頬にその柔肌が直接触れて温かさが伝わってくる。独特な蒸れがあることはこの際黙っておこう。
その天国のような空間に入り浸っている自分が変態でロリコンであることを完全に認めてしまっているイツキは、その状態を拒めずにいるのだ。
が、しかし、あと四半分ほどの距離を、疲労困憊のセレネが昇り切るのは難しいだろう。元運動部のイツキならセレネも担いで登れないこともなさそうだが――
「ああっ、セレネのことはっ……はぁっ……お気になさらずぅっう……はぁっ」
「いや、死にそうじゃねぇか……」
気に掛けられたセレネは途切れ途切れにそれを打ち払う。だが、その言葉から、振る力もなくなった腕から、彼女が瀕死状態だとわかったイツキは、パルムを肩に乗せたまま、セレネを脇に抱え一気に階段を上っていく。
気にするなと言っていたセレネも、イツキに抱えられた瞬間、それを拒むこともせずに簡単に受け入れた。
「ぬああっ! 着いた!」
そうしてようやく登りきった頃には、セレネは疲れで、パルムは程よい揺れで、二人ともイツキの体に身を任せて眠ってしまっていた。
疲労の連続から解放されたイツキは、その蓄積した疲労を例の能力で癒し、人一人いない道端にあるベンチに二人を寝かせ、自らも別のベンチにゆっくりと腰掛けた。
かなり高い位置なのだろう。誰もいない広い道に爽やかな風が戦ぎ、イツキたちの頬を優しく撫でる。相変わらずの石畳に赤く古びた建物が並んでいるが、それでも下の町の数千倍心地よい場所だ。
イツキとヒナタが出てきたところとはまた別の場所だが、憩いの場としては申し分ない。
だが、不思議だ。
こんなにもいい場所なのに誰もいない。こんな場所があるのに誰も登ってこない。
細い道だから気付かない、なんてことはないだろう。まさか、この世界でよく聞く貴族だけの特権、なんてこともなさそうだ。現にイツキたち以外、誰一人いないのだから。
登ることを禁止されているのなら、それを貴族トップファイブに入るセレネが知らないわけがない。
では何故だ。
「なんでだ……?」
前のベンチで寄り添って眠るセレネとパルムを見ながら、この国の異常性の原因を鑑みる。
そも、この国の現状というのはどうなっているのか。セレネが国王選抜なんちゃらに出るということは、今現在、国王は存在していないか、それとも何年かに一度、そういった場を設けることで、新たな国王を決めるということだ。
では次に何故国王は代わるのか。これは大統領制や総理大臣制に近いかもしれない。
社会学に疎いイツキは政治のことなどほとんど知らない。知らないが、国の代表者が代わるのはそういうことだろう。
そして、この世界でのトップが自分勝手な政治を行っている場合、こういった景気になるのもわかる。――いや、考えるのならむしろ逆だ。こういった景気になっているのは今の政治が問題だからだ。
じゃあ何故こんな景気を作る政治が行われているのか。
国王を決める選抜戦があるのなら、その決定を下す者がいるはず。それはその委員会的な存在だったり、国民の賛成だったりだ。それらが立候補者を国王として良しとしたならば、そのものがこの国の王となる。
おそらくこの国はそういった制度で間違いない。
国の現状がこうである以上、国王に問題があるか、その決定者に問題がある。つまり、この国の問題点はやはり国王選抜戦にあるのだ。
例えば、国王が奴隷制度を廃止し、戦争を止め、国民に自由をもたらすのであれば、今頃きっと明るく楽しい平和な国になっているだろう。しかしそうはなっていない。
少なくともこの国の現状を今の国王は知っているはず。それでも改革が進んでいないのはそれが難しいからとかではなく、単純に改革自体行われていないからだ。
国王が一言発すれば、何かしらが変わるだろうにそれがないということは、今の国王はこの国のままでいいと考えているということ。つまり国王自身がこの国の現状を作っているということになる。
次に考えるべきは国王選抜のその決定者についてだ。
今考えたとおり、この国の現状は国王が作っている可能性が高い。ではその国王を国王として認めた決定者は、その者の欠点を見抜けなかったのだろうか。
否、それは違う。決定者にそれが見抜けなかったとしても、この国の誰かは気付くはず。そしてそれを指摘していてもおかしくはない。
見抜けなかったのでなければ、考えられるのは一つ。それはその決定者が何らかの形で関与していること。
その者が国王になることで自身に多大な利益があるとすれば、決定方針を大きく歪めて今に至ることもあるだろう。賄賂のようなものだ。
恐らく、決定者は一人ではない。数人、または複数の団体。それらの総意によって決定は下される。つまり、決定者と立候補者の間に癒着的なものがあり、選抜の意味をなくし、独占的な政治を作り出しているのだ。
それならば、国王の欠点に指摘したとしても、また、決定者の中で反対意見があったとしても、それを強引になかったことにされたとも考えられる。
「陰謀が丸見えだな……」
そう、丸見えだ。だがその明らかな政略さえ、誰も止められないのが現状。そしてそれがこの国の現状に繋がっているのだ。
「正直デモとか起きても良さそうだけど……圧迫かな」
元の世界でも、悪辣な政治に対し、デモ行為で反発することは歴史的にもよくあった。それがこの国にはないのだろうか。
あるいはセレネはこの国でそういった――
「ルシールさん、くすぐったいですよぅ……ふふ……」
「――!? ……あ、寝言か」
ふいに聞こえたセレネの声に驚かされるも、すぐに理解、落ち着く。再び深い寝息を立てるセレネを見て、
「この子が王様になればいい国になるだろうな」
と考える。
どうだろう。
そうなれば彼女はきっと国民を思い、明るい国づくりを目指すだろう。だが、問題はそこに辿り着くまで。
彼女が立候補したところで、なんらかの策略が仕込まれ、結局、選抜戦の意味をなくしてしまうのではないだろうか。
公正に判断されない状況で国王になることは不可能なのではないか。
「マジで面倒な国だ」
考えるだけで嫌になる、と頭の中で一旦振り払う。
「中学一年、国王を目指す……の巻」
国王を目指す以上、その役割は理解しているだろう。その仕事量も。
それは恐らく、これまでに体験したことがないほど辛いことかもしれない。でも、セレネがそうまでして目指しているのには理由があるはず。
それがなんなのか、イツキには大雑把にしか推測できないが、きっと他の誰よりも平和で優しい理由だろう。
誤字があったと報告されましたので修正しました。また見かけたら報告お願いします。




