第二章4 『なんとなく』
「……なるほど、そういうことでしたか」
場所は『サイカンの蔵』の二階、隅の大部屋である。セレネたちとの会談が無事終え、その後のイツキのみでの話合いの後だ。
その話合いが終わると、すぐ外で控えていたシルにその内容をしつこく聞かれたが、本当に大したことない内容だったため、この部屋で話していたわけだ。
さて、セレネとの会話の内容、つまり、セレネがイツキに未来視の力を行使した理由だが、その未来視の力で、今回の会談を見たらしいが、そこにイツキがいなかったからだと。その力を使ったのはいつかを問い詰めていくとイツキたちがこの世界に来る前だと知った。それが原因だと、セレネたちには言っていないがイツキは考えている。
だが、シルの見立ては違った。
「魔剣の話をしたでしょう? あれと同じだと思うんです」
「……つまり?」
「恐らくルクス氏の――」
「セレネ、な」
「……セレネさんの未来を見る力にはマナの干渉が関係しています。そのマナの干渉が魔剣の暴走のときのようになったのでは、と」
確かにそれも一理ある。だが、断定はできない。むしろ、可能性はイツキの考えの方が高い。
というのも、シルの考えは魔剣の話でさえはっきりとしていないことで、さらに言えば、イツキはもともとこの世界にはいなかったはずの人間だからだ。
そんないないはずの人間を見ることはできないと言える。が、
「まぁ、悪気はなかったみたいだし、いいんじゃないかな」
「もし原因を聞かれたのなら、暴走、としておいてください」
「ふぁい」
実際は大したことある話かもしれないが、イツキはこれだけで気にする必要はないと思っている。
「それにしても、イツキさん……」
「ん……?」
イツキの判断は間違っていないはずだ。だが、シルはどこか不安げな声を出す。なぜか。
「年下がお好みなんですね」
「違うから! 違うから! なんでそうなんの!?」
イツキたち一行はこの日はひとまずこの『サイカンの蔵』に一泊し、翌日、セレネたちと一緒にルクス領内へ向かうことになっている。
「んー、なんか忘れてねぇかっ?」
「……? いや、なんも?」
「だよなっ」
「大き、い人……忘れてる」
「大きい……ああっ!」
パルムの言葉に手を鳴らすイツキ。このままこの寒い国で夜を過ごせば死人が出る。
名前は知らないが、顔も声も知っている。そんな人物を見殺し、ではなく見ず殺ししては寝覚めが悪い。というより、一人の人間としてよくない。いや、それをあの男のために言っていいものかはわからないが。
「とりあえず死ぬ前に回収するぞ! おおー!」
「……」
「おお……」
誰も反応しないので、静まる。そんなイツキを横目に、シルは一人部屋を去ろうとした。それについて行くガイルも、イツキの視界には入っていた。
「ま、いっか……。それより、パルム、カイン! 集合!」
「うっせっ」
「アァウチ!」
やってきたのは鳥車が停めてある蔵の横、そこには当然、鳥車があるのだが、問題はその中の人物だ。
がたがたと音を立てて、恐らく暴れていると思われるその人物は町で捕まえた男だ。
「やっと帰ってきたか……」
イツキたちが来たことに気付いた男は暴れることを止め、きつく締めつけられた体から力を抜いた。
「カイン。こいつ拘束しながら運べる?」
「よゆーだっ」
ぐったりとした男をカインが担ぎ、それを眺めながらイツキとパルムが後ろを行く。運ばれる男と運ぶカインの姿は、後ろから見れば熊を運ぶ猟師だ。
男は先ほどまでいた大部屋へ運ばれる。疲労困憊の男を見れば、ほぼ死にそうなのでどうすべきか。
「シルがいねぇと誰が決めるか……な? パルム?」
「――!?」
司令塔を任せるつもりではないがぶんぶんと首を振る、その可愛い反応を楽しむ。が、実際どうしたものか。
とりあえず体力回復が必要か。
「ご、はん、あげる?」
「お前は優しいなー! よーしよしよし」
ぽつり呟くパルムを撫でまわし、頬をうりうりする。そんなイツキを「うげぇ」と吐き気を催したかのような顔で見るカインは部屋の隅に座り込んで目を逸らす。
パルムの提案を考えると体力回復には適当な案ではあるが、やはりそれもシルの許可なくしては実行できない。よって、
「判決を言いわたぁす!」
「わたす」
「被告をシルが帰ってくるまで懲役の刑に処す!」
「しょす」
もう意識のない男の前でパルムの合いの手を交えながら裁判ごっこを繰り広げ、シルの帰りを待つ。
シルが帰ってきたのはそれから約五分後のことだった。
「まぁ、死なれても困るので何か準備しましょうか。でも、食料は私たちのもので補います」
そう言って丸く収まったのだから男も助かったというもの。シルはこの男を始末しよう、なんて言っていたのだから。
目覚めた男に長旅用の携帯食料を与え、カインの監視をつけたまま、次なる問題を考える。
「で! マジでこいつのこれからをどうするよ!」
一番の壁だ。
この男を開放すればガイルがいたことがたちまち噂になり、セレネの目的の弊害になるかもしれない。かと言って、連れて行くことはそれはそれで。なにせ奴隷商人で拉致犯だ。
「とりあえずセレネさんには話した方がいいのでしょうか」
「それこそ契約破棄に繋がるんじゃね? 俺の考えの中ならどうしてもあっちに迷惑かけるんだけど」
前述の二択ではこちらとしてもこの男は邪魔となる。だからこそ、シルが帰ってくるまで待っていたのだが、シルはそのことを考えていなかったらしい。
「出発は明日の朝早くです。そのときにどこかへ放り出しましょう」
「こわっ! シルこわっ! もうちょい考えよ!?」
「ではまず、この男と話してみましょうか」
「ま、そうだな……」
と提案された当の本人は食事に夢中で聞こえていない。そしてその横ではカインが見張りについているが、カインも男には興味を示さずにただ妙な行動をとらないか、見つめるだけだった。
「おれの名前はストゥ。家名はねぇ。まぁ、お前らの言うとおり、拉致って売り飛ばしてる奴隷商人の端くれだ。まともなことをやってねぇのはわかってる。でも、おれたちみたいな人間はそうでもしねぇと生きていけねぇんだ」
「んなこと言われても、しらねーよ」
「問題はこれからあなたがどうするか、ということです」
男、ストゥの処遇より、彼自身の意志を確認すべきだと、そう判断したのだが、
「おれは、あれ以来仕事がなくなった。仲間が帰って来なくてな。それがあんたらのせいだって聞いたときゃ驚いたぜ。で、これからおれの自由が許されるんなら――」
「自由は許されませんけどね」
「あ、はい……」
「話止まっちゃったよ!?」
シルが確認したストゥの意志を無視する。彼女が一言出せば、基本誰もが逆らえない。あのガイルでさえそうなのだから。結局、無意味な酸素消費が行われただけだ。
と、そんな進まない話をしていると、タイミングがいいのか悪いのか、ノックが聞こえる。
「ルシールです。失礼します」
「どーするよ!?」
「この際ですし」
慌てるイツキの問いかけに、シルは落ち着いて覚悟を決めた、と言うより、むしろ何も考えていなかった。抵抗することなくルシールの入室を認め、扉が開くのをただ待つ。
そして当然、
「この方は……?」
まぁ、この質問が来るのはわかっていた。さっきまでいなかった男が急に出てきたら疑問に思うのは当たり前だ。そしてルシールはストゥの、その整っていない姿を見て、若干蔑みの目線を送る。
そんな彼女に、イツキが初めて会ったときからのことを事細かに、否、ある部分は隠しながら説明した。すると、
「では、こちらの方で処刑しておきますので、お気になさらず」
なんて。
「まてまてまて!」
「冗談です。セレネ様にご判断を仰がせていただきます」
ふっと薄く笑い、ストゥを揶揄する。その巨体を持て余すようなストゥの怯えは、その場の誰から見ても一歩身を引くものだった。
「それで、何か御用があったのでは?」
「そうでした。イツキ様。さん。セレネ様がお呼びです」
「清々しい……。あい、今行く。あ、一人で大丈夫だから」
ついて来ようとするシルを止め、ルシールとともに下の階へ。
シルがイツキに気を遣う理由はわからない。でも、それに甘えて受けるだけのイツキではいられない。彼女だけでなく、他にもイツキに気を遣っている、心配してくれている人がいる。その人のためにも、もっと強さを見せなければならないのだ。
「セレネはどこにいんの?」
「蔵の奥に部屋がありますので」
「ふぅん……」
一階の食事場スペース。そこの中心にあるバーカウンターのような机。ルシールは堂々とその中に入り、奥へ。その様子にイツキは動揺しながらついて行くのだが、
「なんかルシール、みんなに頭下げさせてる……」
歩き抜けるルシールに、中の従業員らしき人物たちは頭を下げている。それはなぜか。そんなことは考えなくてもすぐにわかる。
セレネは貴族だ。聞けば貴族の中でも有力貴族トップファイブに入ってるとか。とにかく、その貴族様の使用人様に対し、敬意を示しているのだろう。
それがイツキにも向けられていると感じるのは、自意識過剰なのだろうか。
「中でお待ちです」
「俺だけでいいの?」
「残念ながらセレネ様がそうお望みなので」
ルシールはついた扉の前で頭を下げ、中へ入るように指示する。時折、言葉遣いに若干の感情が入っているが、こうして見れば、彼女はしっかりとした従者だ。セレネの意志を尊重し、従う。二人の関係はきっと長く、イツキには想像できないほど、強いのだろう。
イツキはなぜ一人で呼ばれたのか、色々考えながら、扉を押すが、
「二重扉かよ!」
その先にはもう一つの扉。
もう一度開く。ここまでならわかる。だが、
「三重か!!」
三度目。少し面倒臭ささえ感じたとき、
「いや、待てよ……。このパターンは何か仕掛けがあるかも……」
いったん止まって次の扉を開くのを渋る。ここまでくると何かの仕掛けが、なんて考える。
若干の空間があるため、さっき開いた扉はすでに閉まっている。その空間に明かりはないため、真っ暗だ。暗い空間では思考は鈍る。だから、ヒントを掴むため、とりあえず次の扉の取っ手を握る。
無駄に止まったことを後悔しながら、扉を押すと、そこにはもう一つの後悔が待っていた。
「なんの仕掛けもねぇ! ただの三重扉か!!!」
「――! すっ、すみませんっ!」
扉を押し開いたところには、光が差す。部屋だ。
声を上げればそれに反応する声がある。状況からしてセレネだろう。だが、暗いところからの回帰は刹那、光を受け取る機能を鈍らせた。
そのせいで声の主が誰かを視覚的には確認できなかった。
ゆっくり戻ってくる視力が部屋の内装を捉え始める。見れば、誰もが目を遣ってしまうほど大きなベッドが置いてある。次に見えてくるのはイツキとベッドの間にある勉強机風の台。部屋の隅の洋服タンス。
そして、
「なんともまぁ、深々と……」
「あのっ、何度も扉を開かせてしまいっ」
「いや、いいけど……」
イツキの正面で文字どおり深々と頭を下げているセレネの姿が見える。深すぎて一瞬、どこにいるかわからなくなるくらいに。
無駄な思考をしたわけだが、別にセレネのせいではない。
「でも、なんであんなに扉が?」
「それは警備……だと思います」
「警備?」
「はい。えっとですね……」
セレネの話によれば、この『サイカンの蔵』はルクス家の専用宿泊施設らしい。だから、蔵の一番奥にはセレネの部屋が。従業員らしき人たちは先代ルクス家当主の従者たちで、代替わりする二年ほど前からここで働いているらしい。それでイツキへの視線も納得がいく。
「で、話ってのは?」
呼ばれた理由、それもイツキ一人でなければいけなかった理由を。
立って話すのもなんだからと、机にイツキが、ベッドにセレネが腰を添え、話を始める。見ればベッドの上にはセレネの年相応の洋服が丁寧に並べてある。次期国王を目指す身ながらそれなりに女の子をしている。
「失礼を承知でお願いします。セレネが未来を見る力を持っていることを他言しないでいただきたいんです」
「ああ、いいよ」
「えっ、いいんですか!?」
「ん、いい」
「あ、あ……はい」
「え、終わり?」
呆然とするセレネ。イツキもだ。セレネはイツキが想像以上に早く認証してくれたことに。イツキは話の内容の薄さに。しばし間があり、ため息でその間を消す。
「あのな、なんて言うか、色々気にしすぎだ」
セレネはきっと、怖いのだろう。
まだ幼い年だ。恐らくシルよりも年下だ。そんな年で、一国の王を目指そうと言うのだ。
そのための戦力として、シルに接触し、ガイルを呼んだ。それだけで王になれるとはイツキにも思えないが、セレネにとってはそれが切り札になってくるのだろう。それを失わないように。だから、こちら側に無礼のないに、気を張って気を張って、まだ、気を張って。
「俺らはあれだ……。仲間だ。気をかけるくらいなら信用してからにしろ」
「だからっ、セレネはあなた方から信頼を得ようと――」
「それがいらないって言ってんの。信頼を得ようってのは信頼してから、だ。なんでそんなに気にすんのかわからねぇけど、俺らは味方なんだから、心配するなって」
イツキは以前自分が犯した間違いを教訓として、セレネに伝える。
「信頼しようとしてない奴に、信頼を求める権利はない、ってちょっと厳しすぎかもだけど……」
理由は清かにならないが、もしセレネが、イツキたちが味方でなくなることを恐れているのなら、イツキのとるべき行動は大体決まっている。
だが、こう言ってもセレネの態度が変わる様子は見受けられない。困ったものだ。
「みんな悪い奴じゃないから。いや、見た目はやばいの二人いるけど……。まぁ、いい奴なのよ。ガイルもあんなだけど、困ってる人とか見捨てたりしねぇから……たぶん」
続けるほどに自信がなくなる。何と言ってもイツキも被害者だ。だが、ガイルが敵意を示すのは明らかな邪魔者だけだ。シルの味方になり得るセレネたちに敵意を持つことは、一つの可能性を除いてないだろう。
それになんと言っても、こちらがセレネたちを突き放すようなことをしないのは、イツキが一番、いや、二番、いや、三番、いや、四、五番目くらいにわかっている。少なくともカインよりはわかっているつもりだ。
「じゃあ一つお願いしてもよろしいですか?」
「ん……?」
一呼吸おいて、顔を上げる。若干の不思議な感覚を覚えながら、続く言葉を聞けば、
「今夜みなさんでお食事しません?」
なんてことない提案。もちろんオーケーだ。
「ああ、いいよ」
正直、イツキ個人には、セレネの力になる理由はない。もっと言えばシルの力になる理由もない。この国の運命がどうなろうと、イツキ個人にはどうでもいい話だ。
でも、何かが、動かすのだ。彼女らのために行動することを強く推し進めてくるのだ。動くことを嫌がる自分がいても、それより強い何かが。それが何なのか、わからない。無意識のうちにことが動き、いつの間にか巻き込まれている。そんな感じも否めない。イツキにはどうしようもないほど大きな力が働いて、その力の上で転がされているだけなのかもしれない。
だが、もしも、自分がここにいることに、セレネやシルに力を貸すことに、理由があるのだとしたら、それは決して難しいものではない。全部、なんとなく、だ。
シルを手伝うことだって、なんとなく。セレネと協力することだって、なんとなく。
――なんとなく、イツキはその場にいたいだけだ。
第一章、改稿し終わりました。一応以前よりは改善されていると思いますが、また自分で納得いかない部分が見つかれば、その都度改稿していきます。
どうぞ、よろしくお願いします。




