第二章3 『王様候補は……』
「お待ちしておりました。シル・ガーネット様。ガイル・トルマリン様」
そう言って五人を迎え入れたのは二人の少女だった。
どちらも気品に溢れた姿。服装も、顔立ちも、今まで見たことのないほど美しい、否、優しい存在だ。
「――」
ただ、見つめるしかない。声が発せない。緊張などではなく、その場にはふさわしくないと、そう感じて。
まるでビー玉のような青い瞳が一対、こちらを捉え、イツキもそれに合わせてしまう。自らその行動に気付いても、やめることができないのは何故なのだろうか。
「遅れてしまい、本当にすみません」
イツキの中では永遠に続くかと思われていた、刹那の沈黙が、シルによって破られる。
その声によって我に返ったイツキも、自分たちが遅れてきたことを思い出す。それから、頭を下げるシルの横で、同じように頭を下げるのだが、
「お気になさらないでください。わざわざ来ていただいたのですから」
そう言うのは二人の少女のうち、イツキと目を合わせた方、身長が低い方だ。
彼女は先ほども述べたように、青い瞳を持っており、それだけでなく、きれいな長い銀髪を持っている。部屋に入って早々感じた優しさは、この少女から強く発せられている。
恐らくこの少女が、ルクス家の領主なのだと、そう思わせる立ち振る舞いだ。
が、明らかに、まだ子供だ。
大人びた口調でも、その声は幼さの残る音で、優しさを感じる顔立ちでも、まだ童顔っぽさが抜けていない。推定、中学生と同じくらいだろうか。
「どうぞ、こちらにおかけになってください」
もう一人の少女が着席を促す。
それに従い、「失礼します」とシルが一礼し、横長の机を挟んで、少女たちの対面に着席した。
着席の順番は、シルを中心とし、ガイル、カイン。反対側にイツキ、パルムの順で並んでいる。
「お初にお目にかかります、セレネ・セルヘイト・ルクスです。よろしくお願いします」
「セレネ様が侍女、ルシールと申します。以後、お見知りおきを」
銀髪の小さな少女が領主を名乗り、もう一人の薄紫色の髪が肩のあたりできれいに切りそろえられている少女が侍女を名乗る。よく見たらどちらも青い瞳だ。妙な感覚はそこからか。
と、二人の容姿はさておき、気になることが。
イツキはその疑問をシルのすぐ横で小さく呟く。
「一回会ったんじゃないの?」
「以前は違う方でした」
「この人たちがほんとに領主さんたちだって確証はあるのか?」
「ええ、あの服装はルクス家の当主のみが代々継いできたもので間違いありません」
そうシルが言うのだから間違いではないのだろう。
確かに、銀髪の、セレネと名乗った少女の服装は、普通の服装とは思えないものだ。それもそのはず、その服装は日本の平安装束、水干を模した形となっている。どこかははっきりとわからないが、イツキも明らかに見たことのある服装だ。
さらに、彼女の横のルシールと名乗った少女は、巫女装束のよう。イツキのイメージとしては、女神に使える神官という形だが、それは勝手なイメージに過ぎない。
だが、日本語に続いて和服が現れ、元の世界との明らかな共通点の発見に、イツキは密かに希望を抱く。
「先日は当家の使用人がお世話になりました」
ひそひそと話すイツキとシルに、セレネの声がかけられる。
イツキは慌てて姿勢を正し、セレネに向き直るが、再び彼女と目が合い、思考が停止してしまう。
それでも、イツキとは違い、シルは平然と返事を返せる。
「それで……その方々は一体?」
と、疑問を口にしたのは、セレネではなく、ルシールと名乗った侍女だ。
「その方々」とは恐らく、シル、ガイル以外の三人のことなのだろうが、これと言ったことではない。説明も簡単。
のはずだが、
「――」
言葉が出ない。ずっと、セレネと目を合わせたまま、耳だけが働いている気がする。
黙り込むイツキの袖を、パルムが引くが、それにも反応できない。
「おいっ、兄ちゃんっ。どうしたよっ?」
「イツキさん? イツキさん!」
異変に気付いたカインが、シルがイツキに呼びかけるが、それでも反応ができない。
呼びかけていることは知っているが、どうしても反応ができないのだ。
そして、イツキの様子に気付いたセレネがぱっと視線を逸らす。すると、
「――っっは! なんだ!?」
急に回復した自分の体の制御機能が、突発的に声を出させた。
「なんだ、じゃないですよ。どうかしたんですか?」
「……いや、何でもない。ちょっと疲れてるっぽい」
明らかに変だったのは自覚がある。それがセレネの仕業だということも、彼女の行動のタイミングから推測できる。だが、何をされたのかまではわからない。
いや、あるいはイツキの体質が絡んでいるのかもしれない。
少なくとも、この現象は彼女と目を合わせることで何かが起きるのだろうが。
「すみません。私から説明します」
イツキが落ち着いたのを見届け、シルが口を開く。彼女はパルムとカインの説明をし、それから、
「――それからこの方がカヤ・イツキさん。人間です」
「……? 人間の方ですか?」
「そうは見えないのか……」
ルシールの反応に、軽く絶望を呟くイツキ。先ほどの異常は治ったようだ。
「失礼ですが、そちらの、イツキ様は男性で?」
「そうだよ!? 失礼だな!」
「イツキさん、公用の場では控えてください」
「な!?」
続くルシールの無礼に憤慨するも、シルの止められる。しかも、シルの言葉ではまるでイツキが騒がしい人間のように聞こえるので、どこか納得がいかない。
無意識なのかはわからないが、イツキに対する関わり方がこの二人は少し似ている。
「聞いていた報告では、人間の女性の方だと伺っておりましたが……?」
「ええ、以前そちらのエリシアさんとお会いした際には、別の方でしたので」
「なるほど、そうでしたか。失礼いたしました」
イツキに謝罪し、小さく頭を下げる。ルシールの謝罪をひとまず受け止め、と言うより放置。
そんなことより会話の展開を催促したいが、イツキは容易にセレネと目を合わせられない。そして、さらにそのセレネが、
「では、とりあえず食事を済ませてしまいましょう」
重要な会話はまだ始まりそうにない。
早く始まって欲しいお話だが、空腹なのも事実だ。
そんなことを考えていると、部屋の扉が開き、料理が運ばれてきた。銀の蓋で覆われた皿からは、美味たる匂いが漂ってくる。
この異世界の料理はまだ、あの集落でしか口にしていないため、かなり楽しみだ。
「お、おー! これはなかなか……」
机に並べられ、その蓋が開いた瞬間、輝かしい料理が姿を現した。
見た目はフランス料理だ。と思う。イツキは何がフランス料理か、なんてわからない。だが、なんとなくそれっぽく見えた。
「いただきます……と」
食事の作法とかは知らないが、それも気にしなくて良さそうだ。というのも、対面するセレネとルシールはごく普通に食事を始めたからである。
「……」
静かだ。
シルとパルムはともかく、ガイルやカインが静かなのは違和感がある。特に奇妙なのは、ガイルだ。彼はこの町についてから、口数が少ない。
大男との遭遇の際、原因が大体わかった気がするが、どうも違うらしい。何かを警戒しているのだろうが。
何より、イツキ自身も、この世界に来てからはずっと何人かでワイワイと食事をしていたため、この雰囲気に慣れない。
そしてその感覚は、相手側にもあったようで、
「えと……。あなた方は今までどんなところに住んでいたのですか?」
空気に耐えられなかったセレネが質問する。だが、よりによってセレネだ。イツキは目を合わせられないため、顔を上げない。かと言って、そのまま話すのは失礼にあたる。だから、この返事は誰かに任せることにする。が、この質問に答えた人物は、言葉を選ぶのを疎かにしがちなシルだからまずい。
「私たちにも仲間がいますので、言いません」
「っ! す、すみません!」
と、一言で会話を終わらせてしまう。
セレネはシルの対応に、焦り、ルシールの方を見るが、ルシールはその視線を気にもせず、静かに食事を進めている。
イツキと目が合っているときとはまた違った顔になるセレネを見ると、こういった場に慣れていないのではないかと思える。
そういう人物が相手なら、お互いに気を使いすぎるのはよくないし、もっと知りあう必要がある。
――だけど俺には無理そうですっっっ!
「な、なあ、シル。確認するって話だったけど、何を確認すんのさ?」
「契約内容の確認です」
要のシルも話を急ぐ気はないらしい。確かに必要ないかもしれないが空気が悪いのは困る。
「だからってここまで静かにならなくてもなぁ……」
そう口の中で呟き、食事を続ける。
沈黙が様々な音を際立たせ、ついには自分の咀嚼音まで部屋に響いてる気さえした。そんなとき、
「――ときに、そちらのパルム様のご年齢をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
口を開いたのは薄紫髪のルシールだ。彼女はすでに食事を済ませ、静かに目を閉じていたのだが、何やらセレネと小声で話して、そんな質問を投げかけたのだ。
もう少し早くそういう話をしてほしかったのだが、遅すぎたわけではないので、心の中でグッジョブサインを渡した。
そしてその質問にはパルムが答えることはなく、シルが答えた。シルはパルムの性格を知っているため、質問にパルム自らが答えるとは思っていない。だから、シルが答えた。
その様子に若干の戸惑いがあったが、ルシールはそれをスルー。そして、すぐにセレネに報告する。
「……! はああ……!」
何故か嬉しそうなセレネ。
「どうかしたんですか?」
「いえ、セレネ様はまだお若いので、パルム様のご年齢が下であるとお聞きして喜んでいるのです」
「っ!? ルシールさん! 言わないでいいですよぅ!」
暴露するルシールにセレネが慌てて遮る。赤面するセレネはイツキたちにその顔を見られないように手で覆いながら、さらに視線を逸らそうとする。
そんな姿に普通の少女を見てしまうが、彼女と目を合わせることができないので油断はならない。
「まぁ、あっちはあっちで仲良さそうで何よりだが……」
と二人のやり取りを見て、それからこちら側の面子を見るのだが、
「お互いが打ち解けあった方がいいと思うな……」
イツキはともかく、こちらの人員も仲はいいと思う。だが、それが外に出ず、その中だけで納まっているのはもったいない。
少なくとも、これから協力関係になるセレネたちとは、もっと距離を縮めるべきだと、イツキは感じた。
「――では、まず契約の確認を始めましょう」
皆が食事を済ませ、その食器が下げられた後、ようやく本題に入ろうとする。
食事中、ほとんど会話がなかったせいで、結局、固い空気のまま話が始まるのだ。
「ルクス氏の要求はこちらのガイルの協力、でよろしかったでしょうか?」
「……はい」
始まりはシルの言葉からだ。シルはいつもと変わらない静けさで、隣のガイルを示しながら問う。
それにセレネが応答し、追願のお辞儀をする。それからルシールが、
「そして、セレネ様が国王となった暁には、亜人と人間との共生を目指すことを誓います」
こちら側の要求を確認。
今度はシルがそれに追願のお辞儀。
「では、次に――」
「――ちょっと待てや」
続けようとするルシールの言葉を、ガイルの声がかき消す。
彼は立ち上がり、納得いかない顔で二人を見つめる。
何事かと、そんな顔をするのは、こちら側ではイツキだけだ。
シルは予想通りといった顔で、カインもガイル同様に何か言いたげ。
パルムに関しては、可愛らしいパニックフェイスに移行しただけだった。
「もしも、だが、お前らが裏切った場合、どうなるかはわかってるだろぉな? 言っとくがそこら辺の人間じゃ束になっても俺の相手にゃならねぇぞ?」
ガイルの意見は以前、フィリセの部屋で言ったことと同じだ。
自分たちが使われるだけ使われて、最終的に裏切られた場合の、自分の対応を教える。
それに対し、セレネはどう返せばいいか、あたふたしている感じが溢れ出ている。だから、この問答に応じるのはルシールだ。
彼女はセレネのサポート的なもの、だと、イツキはそう思っていたのに、これでは彼女の方が当主に見える。
「心得ております。しかしながら、当家はそれを証明する手段を持ち合わせておりません」
「――ですから、私たちはこれから国王決定まで、ルクス領内に留まる。こういう話になっているんですよね?」
「そうさせていただきます。もしも、こちらに不手際が見られた際は、いつでもおっしゃてください」
説明をシルが補足し、それにルシールが首肯。
シルはガイルの袖を摘み、着席を促す。
恐らくだが、この話は予めされる予定だったと思う。それは、ガイルが立ち上がったときのシルの反応から、説明を受け、大人しく座ったガイルの様子から読み取れる。
ガイルとしてはちょっとした脅しによる確認程度のことだったのだろう。
「いつでも殺せるからな」
少し上を行くのがガイルの悪いところであるのだが。
それから話は順調に進み、確認すべきことは全て確認できた。らしい。もともとイツキはどこまで確認するつもりだったのかを知らないので、それっぽい雰囲気を認識しただけだ。
そしてその雰囲気はイツキの予想通りで、その場で公式に確認すべきことは済んだ。が、それで終了とはいかなかった。
「イツキ様、少しお話しませんか?」
「……は?」
ルシールが席を立とうとするイツキを呼び止めた。特別イツキを呼び止める理由など、普通はない。だから、その思わぬ呼びかけについ間抜け面で振り向いてしまった。
「話って……?」
「少しお一人だけ残っていただきたいのですが、かまいませんか?」
「それはお断りさせていただきます」
「シル……」
ルシールの言葉にシルが割って入る。即座にシルが割り込ませたのは言葉だけでなく、体もだ。彼女はイツキの前に手を伸ばし、心理的にルシールから遠ざけようとする。
シルに続いてパルムも立ち上がり、二人に守られる形となったイツキ。
「予定にはないことです。最低もう一人はつけさせていただきます」
ルシールは断固として意見を曲げないといったシルの表情を見て、セレネに目で合図。それに応じたセレネは静かに頷き、
「では、シル様もご同席ください」
そう言って、お互いに同意したわけだが、こうして人数が少なくなると、セレネと視線が合う確率は高くなる。と言うより、イツキがメインなわけだから、目を逸らすことはしてはならない。
ここでどうするか、イツキはあることを思い出す。
高校入試の面接のとき、緊張しないように手に入れた技、話し相手の首元を見る、という手だ。
ある程度距離のある相手との会話で首元を見ていれば、相手としては目が合っているときとほとんど大差なく感じるのだ。
結局、高校入試では面接の必要ない第一志望の公立高校に一発合格してしまい、使わなかったのだが、まさかこんなところで使うとは思わなかった。
だが、
「目を合わせてくれませんか」
「え……?」
――あれ、目見てないのバレてる?
「先ほどからまったく目を合わせてくれないので、少し不安です」
セレネの言葉に冷や汗をかく。セレネはイツキが目を合わせていないことに完全に気付いているのだ。
イツキのとった手段はこの世界では通用しないのか。
「その前に――」
同席しているシルが口を開き、またしてもイツキの前に割って入る。
「先ほど、イツキさんの様子が気持ち悪くなったのですが、それはルクス氏と目を合わせたことが関係してるのではないのですか?」
「――!?」
気付いていた。シルはセレネと目が合ったことでイツキが気持ち悪く、
「気持ち悪いって何だよ!?」
「失敬」
「確かに変な態度にはなったかもだけどさ、気持ち悪いって……」
シルの言葉に傷付きながらぶつぶつと呟くイツキを余所に、シルは話を続ける。
「イツキさんに何かを仕掛けようとしていたのなら、考えものですよ」
「えっ……いえ、そんなつもりではっ……」
じっと見つめるシルに、おどおどしながら否定しようとするセレネだが、対応ができていない。
そこでやはり、ルシールが対応する。
「セレネ様はある力を持っておられます」
「力……?」
シルが顔を訝しめる。
「未来を見る力です」
「――」
一瞬、何を言っているのかわからない顔を見せた。それはイツキではなくシルだ。
異世界に来て自分の知らないことばかりのイツキは「未来を見る力」と聞いても、そこまで驚かない。
だが、シルは違った。恐らくシルの知識の中にはそういった超常たる力はなかったのだろう。
イツキにとっては魔法でさえ超常現象なのだが。
「それは目を合わせることでできると……?」
「厳密には違います」
話は進む。だが、肝心のセレネとイツキではなく、ルシールとシルで、だ。
もちろんそれは、こちらとしてはイツキに危険がないようにというシルの配慮であるが、シルが未来視の力に興味を持ち、自らが聞きたいということもある。
「セレネ様はある程度自分の周りの未来が見えるのです。その条件ははっきりとわかりませんが」
「ではなぜ、イツキさんはルクス氏と目を合わせることで異常な反応を見せるのでしょうか? 目を合わせることが条件でないのであれば、あのようなことは普通、起きるはずがないです」
「確かにイツキ様が不明な行動をとったのは存じております。ですが、それは恐らくセレネ様と目を合わせることに関係はないでしょう」
「それはどういう……?」
「セレネ様は他者と目を合わせることで、その人の未来を見るのです。そのとき、対象に影響はありません」
「……なるほど」
難しそうな話で、呆然とするイツキだが、シルは何かを納得した様子だ。
そしてイツキの目を見て、
「この際ですし、あなたの力の話をしてもよいと思います」
「……?」
イツキのあの妙な回復力と何か関係があるのだろうか。そんな疑問を頭に過ぎらせ、シルが言うのなら、ととりあえず頷く。
「端的に話しますと、イツキさんは普通の人間とは違います。ルクス氏のような特別な力を持っているんです」
「力、ですか……?」
「詳しくはわかりませんし、イツキさんも理解していないようなのですが、その力はマナに関係すると私は見ています」
イツキの力の発現の原因は、マナに対する抵抗のようなもの。それが亜人種と同じように自らの力として取り込んだ形となったのではないか、というのがシルの見立てだ。
「そして、その力が現れてから、魔剣を握る機会があったのですが、悉皆破壊してしまったのです」
「全部俺がやったわけじゃねぇけどな……」
「そしてその原因は恐らくマナとの過剰な干渉によるものだと」
確かにイツキの触れた魔剣は全て粉々に散ってしまったが、そこにあった魔剣をすべて壊したわけではない。
それもわざとやったわけなんかじゃない。意図せずに起きたことだ。
「そこで確認したいんですが、ルクス氏」
一度、話を止め、セレネの顔を見て、
「その力はイツキさんの前だけでも止められないのですか?」
その発言の意味を知ってか、セレネは表情を固める。イツキにはどういう意味かわからないが、セレネの力と関係があるのは間違いないのだろう。
言葉を受け、固まるセレネは助けを求めるようにルシールの裾を摘まむが、ルシールは自分で解決すべきこととして反応しない。まるで上下関係のある二人とは思えないが、それが二人の仲なのだろう。
そしてようやく、セレネが覚悟を決めて口を開く。
「え、えと……せれっ……わたしはっそんなつもりでやっていたわけではないんですがっ……」
言葉を発してもしどろもどろで、いつかのイツキのようだ。だから、そんな様子の彼女に急かすような視線は送らない。
「力を抑えることはできます……はい。す、すみませんでしたっ」
「いや、気にしなくてもいい……ですよ?」
「――ちょっと待ってください」
慌てて謝罪するセレネに気にしていない旨を知らせるが、シルがそこで口を挟む。
「今先ほど、そのつもりでやっていたのではない、とおっしゃられましたが、その力を行使したのは確かなのですか?」
「どゆこと?」
「力を使ったとしたら、それはなぜなんですか?」
「えと……それはそのっ……」
強く迫るシルにセレネは引き気味だ。そのセレネをサポートすることなく、ただ瞑目するルシールは、完全にセレネに任せている。本来はそれで普通なのだろうが、セレネの様子を見ると可哀想に感じる。
「あの、なんといいますか……あのっ……イツキ様が……」
「イツキさんが?」
「シルさん厳しすぎっす……」
涙目のセレネを見て、もうさすがにまずいと感じたイツキはシルに呟く。それに応じて一息置いて、
「責めるつもりはないんです。なぜ力を使ったのか、それを教えていただきたいだけです」
「はうぅ……」
「ダメだ……。あんま変わってねぇ」
言葉を変えたがニュアンスはそのままだ。結局セレネは腰が引けてしまって言葉が出ないままだ。
だから、
「ちょっと、二人で話しよう……しません?」
「えっ……?」
と提案。当然その案にはセレネもシルも驚きを見せた。最初にイツキが一人になるのを渋っていたのはイツキ自身であった。だからシルはその中に入り、せめて二人で会話に臨むと、そう言ってくれた。
セレネもそれに納得していたはずだ。
だが、そのイツキが、自ら二人きりで話そうと言ったのだから、二人はそれはそれは愕然としていた。
そして残りの一人がここで入るのだ。
「それは許されません」
「ですよね」
イツキの案に反対するのはルシールだ。まぁ、当然だ。自分の主を、それもまだ年端のいかない少女を、どこの馬の骨とも知らない男の前に置き去りにはしないだろう。
「じゃあルシールさんもいてくれていい……です」
「じゃあ私も残ります」
「いや、シルがいたら意味ねぇからさ……」
ルシールの存留宣言にシルも乗る。が、それでは状況が変わらない。
「えっとシルさん。何と言うか、大丈夫だから。多分向こうは何もしてこないだろうし。……な?」
「ですが、私は……」
「それに俺ほら、簡単には死なねぇから」
心配するシルに、何とか説得しする。
それを受け、数秒考えた後、ようやく納得してくれたのだが、部屋のすぐ外で待機することだけは決して曲げなかった。
「それで、イツキ様。お話とは……?」
「んあ、そうだな……ですね」
残ったルシールに話を催促される。
だが、恥ずかしいことに、自分で言っておきながらイツキ自身何を話すかなんて決めてはいない。ただ、シルのあたりがちょっときついかな、と感じての提案だったわけだ。
「とりあえず、俺のこと、様付けするのはやめてくんさい。これから協力関係になるってことなのにそれじゃやりにくいし、俺なんかシルたちのおまけのおまけみたいなもんなんで」
「じゃあ、契約は続くんですね!?」
「え? そ、そうじゃないの?」
イツキの言葉を聞いて、急に立ち上がるセレネ。その嬉しそうな表情に戸惑っていると、セレネは一気に脱力し、緊張が解けたかのように、椅子にもたれる。すぐに状況を思い出して、姿勢を正し、
「すみませんっ。もう契約してもらえないのかと思ってまして……」
「いや、そんな感じではないと思ってたけど……です」
セレネの喜びはそこからか、とイツキは納得。正直、多少のことがあっても契約破棄なんてシルが簡単に言うとは思えない。それがイツキに関することならなおさらだ。
「イツキ様」
「様やめて」
「先ほどあなたがおっしゃったとおり、我々は協力関係になるのです。多少の言葉遣いは気にしなくてもいいですよ」
「ああ、そう……?」
ルシールはイツキの言葉を利用して、イツキの言動を咎める。「協力関係」とイツキは言ったが、それはつまり仲間だ。少しくさい言い方かもしれないが。
だが、イツキが言ったとおりに、イツキが貴族の領主にタメ口、もとい、砕けた言葉を使ってもいいのだろうか。
などと、考えてはいるものの、そのセレネが、こう言うのだから仕方がない。
「せれっ……わたしのことも、どうかセレネとお呼びください」
「せれ? あ、はい。……じゃなくて……、わかった、だよな?」
「はいっ!」
なんてなぜか距離が無駄に近づいたのだが、元の目的は果たせていない。
元の目的というのは、セレネがなぜ未来視の力を行使したのかということだが、イツキ自身特にこれといって気にはなっていない。ただ、それを聞かないと後でシルに何を言われるかわからないので、とりあえず。
「で、まぁ、本題に入るんだけど……うん」
「あの実は……」




