第二章2 『四十分間』
町の中をきょろきょろと見回しながら徘徊する。周りから見てなるべく不自然でないようにしなければならないので、大げさにはできないが、見たこともないものへ次々に目を遣ってしまう。
それはイツキだけでなく、パルムも同じで、大きなフードの奥で瞳をキラキラと輝かせている。さらに、つないだ手をぶんぶんと振って興奮を隠しきれていない。
「そいで、俺らはどこ向かってんの?」
「特にどこへというわけでもありません。パルムに新しいものを見せられればなと」
イツキがつなぐ手とは反対側の手を握るシルは、パルムの顔を覗き込み、その笑顔を堪能している。
イツキ、シル、パルムの三人は、一番店が多く並んでいる通りを進む。そこはイツキが飛ばされたときの通りとは違うのだが、やはり人間味のある賑わいは存在しない。会話はされているし、笑顔も垣間見える。しかし、その取り繕った表情には本心が一切見られないのだ。
パルムはともかく、イツキは周りの物珍しさよりもそういった雰囲気の方が気になる。何より、これが普通なのだと、パルムに思わせるのは嫌だ。それでも、楽しそうなパルムには言えないままでいるのだが。
「どこか寄ってみたい店はありますか?」
「いいんですか……?」
「はい」
シルの返答に反応し、嬉しさからか、パルムは手をぎゅっと強く握ってイツキとシル、二人を引っ張りながら一つの店の中へ入っていく。
その光景は端から見れば微笑ましい光景に見える。三人が纏うマントがなければの話だが。
イツキたちがマントを纏い、フードを被っているのは、この町ではおかしなことなどではなく、当たり前だ。目に見える店の店主や、行商人を除けば、町の人間は皆、イツキたちと同じような格好をしている。
それらは保身のためだと聞いたが、これではあまりにも空気が悪すぎる。そのおかげで精一杯にはしゃぐパルムが見られないのは本当に遺憾だ。
「そいやさ、王都はカンテントって名前だよな? 前に聞いたところとはまたずいぶん違うけどここもそのカンテント?」
「以前聞いたところがわからないので同じとは言い難いですが、ここもカンテントです。この町も広いですから」
「それなりに王都やってるわけだな」
「王都の周りにも町があるんですよ。さっき通ってきたコゼムやカプミの町はその主です」
「コゼムにカプミ……。妙に気になる名前」
「それより……」
少し、ほんの少しだけ声の調子を落とし、
「イツキさんたちが現れた場所はこの町だと聞きましたが、どこの辺かわかりますか?」
そう聞いたのは恐らく、シルもその場所へ寄ってみたいと思っているからだろう。そして、シルがそこへ訪れれば、元の世界に帰る何らかの手掛かりが見つかる可能性がある。ならばぜひとも教えよう。
「さっぱりわからん」
意気込み浅く、答えられることはなかった。
考えるまでもない。イツキ達は町に下りてわりとすぐに捕まってしまったのだから、そこからどう移動したのか、何があったのかなどはわからないのだ。
だが、景色を思い出せば、
「海が見えた。あと噴水があった……。くらいだ」
「海が見えて、噴水のある……ちょっとわかりませんね。この町は確かに海が見えるところはありますが、噴水なんて見たことがないです」
「んー、そうか。シルでも見たことないなら聞いてみる? 誰かに……あ」
「はい?」
「顔の濃いおばちゃんがいた」
「わかりませんよ」
「ですよーね」
とある人物の特徴を言ってみるも、いい資料にはならない。その人物こそがイツキたちを拉致させた張本人なのだが、情報が少なすぎた。
「ま、いいさ。今はまだやらなきゃならないことあるだろ?」
「……」
イツキは自分の優先順位は低いと考える。だが、シルはイツキのそんな考えに頷こうとはせず、沈黙するだけだった。
シルは表には見せないが優しい少女だ。イツキのことを考えてくれているのもわかっている。
それでも今はそういうことを気にしてはいられないはずだ。シルにはもっと大切な目的がある。それを成し遂げるまで、イツキのことは気にしないで欲しい。
だから、
「シルの目的が叶ったら、改めてお願いするよ。それまでは俺が手伝う側だ」
「――はい。お願いします」
にしし、と笑うイツキを見て、少しの決意が砕かれたことに吐息を漏らし、返事をするシル。その表情はいつものように静かだ。でも、そこから感じる感情は暗いものではなくなっていた。
その様子を見届け、イツキは今を楽しもうと、頭の中を切り替える。
「で、ここはなんの店なんだ?」
店に入って、しばらくした後、ようやくその店の内容に目を配る。その頃にはもうパルムは二人の手を離し、独自に店の中を回っていた。
店の中はやはり暗く、人も少ない。商品らしきものはそれらしくきちんと飾られてあり、見るところによると、それは洋服のようだ。
「見たところ洋服店のようですが、何のためにあるんでしょうね」
「と言うと?」
「少なくともこの王都の町ではこういった服を持っていても誰かに見せるということはないでしょう」
「なるほど、確かにね。でも売ってるってことはどこかでは使われてるんだろ?」
「使うのは貴族などの人前に出ている人間。あとは自分の家で着るくらいなのでやはり用途は少ないですね」
「高価なものだったりするの?」
「それなりに、ですね。このご時世ですから」
「ふぅん」
などと雑談しながら、近くにあった服を手に取ろうとすると、その手をシルが止める。
「な、なんですたい?」
「買う気がないなら触らない方がいいです。難癖付けられて損をしますよ」
「……どういうこと?」
首を傾げてその意味を聞く。大体想像はできてはいたが確認として。
「手に触れたものを無理やり買わされたり、汚れただとか言われて弁償させられることがあるんです。そうなったら面倒くさいですよ。お金もかかりますし」
「それ実体験?」
「っ!? ち、違います!」
「お、おう……」
それっぽく語るので言ってみただけだが、思わぬ動揺にイツキも口を噤む。シルが動揺することなど滅多にないので、ある意味貴重な体験をした気分だ。
そんなことを考えるイツキだが、そういった経験はイツキにもある。この世界に飛ばされてすぐのことだ。
とある中年女性に情報をもらったとき、その情報料を請求されたのだ。それが払えずに奴隷として拉致され、そしてシルに助けられた。
あの出来事がなければ今頃、何も知らないイツキたちだけで途方もない旅に出ていたかもしれない。
そう考えると経験というものは本当に大切だと考えられる。シルもその経験があったからこそ、この場でイツキに注意できたのだから。
「それで、パルムもおとなしく見ているだけなんだな」
「おとなしいかは置いておくとして……。触っていないのは私が注意したからだと思います」
そう言ってパルムに目を遣ると、パルムは商品に触ることなく見つめている。だが、どうもその全容が気になるらしく、じろじろと、全方位から覗き込んでいる。
これがイツキなら、変態にしか見えないだろうが、パルムのように幼い少女だからとても癒される。愛おしいものだ。
そんなこんなで、様々な店を回り、その中をじっくり見まわし、何も買わずに出ていくといった動作を繰り返していると、
「そろそろ戻りましょうか」
とシルの一言。彼女の体内時計は予定時間の経過を知らせたらしい。その精度がどれほどのものなのか、見ものである。
シルとイツキは、パルムの手を握り、再び元来た道を歩き出した。
「で、あと何分後?」
「あと五分です」
「ギリギリじゃん!」
色々な店に寄りながらだったので正確な数字はわからないが、少なくとも片道五分はかかる道のりだった。走れば間に合うだろうが、自由に走れるほど人通りが少なくないため、下手すれば逸れてしまいかねない。
「間に合う?」
「大丈夫です。……たぶん」
自信なさげなシルに、申し訳なさそうにするパルムは責任を感じてしまっていて、顔を上げようとしない。だからか、握る手も力が弱い。
「……」
「気にすんなー! パルムは笑ってた方が可愛いぞ。――あ、でも落ち込んでても可愛いな!」
下げられたパルムの顔を包み込むように触れ、優しく撫でてやる。効果があったのかはわからないが、柔らかくて温かいパルムの頬を堪能できたのでよしとする。
「とにかく急ぎましょう」
「んあ、そだな」
といっても走るのは難しいので、できるだけ早歩きで。
三人はパルムを中心につながりながら元来た道を足早に通り抜けていく。入ってみた店が次々と流れていき、最初に入った洋服店の近くまで来たとき、とある人物が姿を現した。
はじめその人物が誰なのか、イツキはわからなかったが、ふと目があった瞬間、お互いにお互いの顔を見て驚く。
「て、てめぇは!?」
「あっ!? 拉致犯!」
「言い方!」
出会った人物は言葉通りの拉致犯。中年女性の後ろから出てきた三人の大男の中で、一人指示を出していた人物だ。
彼は一度捕まえたはずのイツキを見て、あり得ないようなものを見た顔をしている。それもそのはず、彼はイツキを捕まえたのだから。でも、目の前にいるイツキも明らかにイツキなのだ。
だが、男の反応はそれだけではなく、以前会ったときとは別人のように細く見えた。
「な、なんでてめぇがここに!?」
「よくわからんがあの日お前が捕まえた人はみんな助けられてるぜ!」
と自分の手柄ではないのに無駄に威張る。体格だけなら、とは言わず、恐らくほとんどの能力がイツキを上回っているだろう相手だが、イツキは怯むことなく、食ってかかる。前回とは違って、イツキには負ける要素がない。そも、戦う必要がないのだから、負けることなどあり得ない。
「イツキさん、この人は?」
イツキの自身の源、シルがパルムを背中に隠し、大男を見つめる。そのシルの視線に少し引き気味になったのを見届け、心の中でガッツポーズを決めながら、シルに事の敬意を説明する。
大男はどうやらシルに他の二人があっさり倒されたのを知らなかったらしく、その上、バルト家に奇襲をかけたことを聞いて大いに驚いていた。
「――とまぁこんな感じで、この人が俺たちを捕まえた拉致犯。その主犯だ」
「言い方!」
「間違ってねぇだろ」
「なるほど。で、どうするんですか?」
「ん? 何が?」
「この人、始末しますか?」
「さらっと怖いこと言うな!」
血も涙もないシルの提案が出され、これにはイツキもときを同じくして大男とともに激しく反応する。
だが、イツキは、シルがここまで冷血になる理由をすぐに察した。彼女の後ろで震えるパルムが一番の理由だ。
パルムを脅かすものは存在を許さないといった雰囲気を出している。それにはイツキも賛成だが、
「なんで俺に聞くよ?」
やるのがシルなら、それを決めるのもシルなのが妥当だ。それなのに、イツキに指示を仰ぐ姿を見せるのだ。
もし、イツキが指示を出したのなら、きっとシルのことだから、従うだろう。でもイツキはシルに指示を出したくはない。
人に使われるのは嫌いだが、人を使うような真似をすることはもっと嫌いだ。
「いえ、この人には借りがあるのでしょう?」
「あるにはあるが、ないといいたい」
「……?」
「ってのは、正直もう助かってるし、どうでもいいっていうか……」
「どうでもいい……?」
「それに、こいつらも人生懸かってるって考えたら、問題はこいつらじゃなくて今の世の中だろ?」
拉致された原因は不景気の王都だ。勿論、だからと言って、実行犯が許されるわけではない。
だが、イツキは許す許さないなど、気にしていない。それは善意からなどではなく、ただ「どうでもいい」からだ。
だから、そんなことは余所に置き、問題点の精査ができる。
「許されたもんじゃねぇけど、どうこうしようとかは考えない。ただ……」
あの出来事を気にしていない旨を伝え、それから改めて男に向き直り、
「俺の天使を脅かすな、バカ」
「――は?」
その一言を聞いた男は、意味を理解できず、表情が揺らぐ。慌てて周りを見渡すが、わからない。
それもそのはず、イツキの言う「天使」はシルの背中に隠れているパルムなのだから。
だが、イツキの言葉に反応したのは男だけではなく、シルもだった。
「『俺の』って何ですか」
「ん、じゃあ、『俺たちの』」
「『私の』です」
「っ!? 裏切ったな!」
我が物扱いされるパルムからはどちらにせよ、たまったものではない。
「……くっ」
「私の」と言い切ったシルもイツキと同様に、男に冷たい視線を送る。その視線で少し身を引いた男はそのまま後退りし、歯を噛み締めながら振り向いて、その場を立ち去ろうとした。が、
「――おいシル。何やってんだ。おせぇぞ」
男にとっては運悪く、ガイルとカインが合流したのだ。
一声でガイルとわかるインパクトのある声は男を挟んでイツキたちの反対側から聞こえた。
「ったくよっ、さっき時間がわかるって言ってのにっ、そのざまってどういうこったっ」
続いて悪態をつくカインは、男を見向きもしないでこちらへ歩いてくる。そのままシルの前に立つと腕を組んで弁明を待つ形になった。
はたから見ると、ほとんど同じ身長なので、雰囲気から、若干カインが上からの視線を送っているように見える。だが、シルの視線はカインを捉えておらず、男に向けられたままだ。
「さっさと行かねぇと向こうがキレんだろぉが……」
ガイルがそう言ってカインと同じように男の横を通り抜けたとき、彼らが現れてからずっと硬直していた男が口を開く。
「が、ガイル・トルマリン……!」
「っ! チィ! シル!」
「ええ」
「へっ!?」
ガイルの名前を言葉にした男に、ガイルとシルが反応。瞬間、ガイルは男とイツキを掴み、その通りを全速力で走り抜ける。
「っづでぇ! どぅあ!?」
男でさえ宙に浮くほどのスピードで走り抜け、人通りのない路地裏まで来たところで、ガイルがその手を離した。
その勢いで飛ばされたイツキに対し、大男はすでに立ち上がろうとしている。
「大っぴらで名前呼ぶたぁいい度胸してんな。あぁ?」
「……っ」
「なんで俺までこんな目に!?」
二人を投げ飛ばしたガイルは、膝立ちの状態の男の胸倉を掴み、己の眼前まで持ち上げる。その圧に押され、男の抵抗する力も弱くなった。
「何が起こってんのかわかんねぇや」
「まぁ、あれですよ……」
「……」
「――」
「……あれって何!?」
状況理解力が足りないわけではないが、まったく理解できていないイツキは、ガイルがただならぬ危機を発しているのを感じながら、ゆっくりと立ち上がる。
そこにやってきたのはパルムとカインを脇に抱えたシルだ。彼女は「あれ」と言ってなんとなく説明を省こうとする。イツキはそれによってより困惑を深めるのだった。
「なぁ、シル。こいつは何もんだ?」
「拉致犯です」
「言い方!」
質問を繰り返すガイルにシルが説明し、ようやく納得したガイルは男を掴む手を雑に解き、自分の確認したいことは確認できたと言わんばかりに男を投げ捨てる。
石ころのように転がる男はその大柄な体も今は萎み切っている。
「で、なんでここまで来たかを説明してもらえるかな?」
とイツキ。未だ状況を理解できていないイツキはシルを見て、ガイルを見て、またシルを見て、質問の答えを待つ。
ここまで来た理由はこの二人が一番わかっていると踏んだからだ。
「この国での有名人、それも悪名ですからね、ガイルの名前は」
「あ、なるほど」
つまりは、悪名高きガイルの名を呼ぶことによって周りの人間が少なからず反応する。そうなれば何らかの騒ぎになる。それを避けるために、全員がその場を離れ、人目のないところまで行かなければならなかったというわけだ。
「え、じゃ、この人は結局どうなんの?」
「人から避けるために騒ぎを起こしたくなかったんですが、こうなってしまっては仕方ないですね。始末――」
「しませんよ?」
シルが言葉を続けるのを遮り、イツキがその先を否定。実際、この男のことなど、何度も言っている通り「どうでもいい」のだが、始末することは許可できない。
「まぁこのままってわけにはいかねぇんだろうけど、さすがに殺すのはねぇ」
「連れて行くってのはっ、どうよっ?」
「相手が相手ですので難しいですね」
「なんでこのままじゃ、いけないんですか?」
「ばっちり顔を見られてますからね」
「み、見てない!」
「うそつけ!」
必死に死を逃れようとする男は明らかな嘘を口にする。それほど状況が悪いのだろう。気持ちだけ察しておこう。
「じゃっ、とりあえずどこかに縛っとけばいいんじゃねっ?」
「お、ああ……おお!」
多少強引だが、ある意味一番の対策だ。少し考え、カインの発案に感嘆するイツキ。そんな彼に汚い虫を見るような目を送るカインは、「よしよし」と撫でてくるイツキをひょいと躱して蹴りつける。
「ま、何より、今はこんなことしてる場合じゃないからな」
そう言って自分の手首辺りを人差指と中指で叩き、時間の確認を促す。時計のないこの世界では意味がないことだが、シルだけは意味を理解してくれたようで、
「急ぎましょうか」
と。走って戻り、『サイカンの蔵』の横に止めてある鳥車まで辿り着いた。それから、男を鳥車の中に入れ、有無を言わさず柱に縛り付けた。これだけ見れば、やっていることは拉致と同じだが、今は已むなし。
イツキだけ息が荒いまま、『サイカンの蔵』の前に揃い立つ。
時間は過ぎているはずだ。かなりまずい状況だ。その状況に対する焦りの表情はイツキだけでなく、シルからも少し感じられる。
「こりゃ土下座もんかな……」
こんな言葉では空気を和ませることはできないのはわかってはいるが、せめて自分の気休め程度になればと、そう思って音にしてみた。
「行きます」
そのシルの言葉で、イツキとパルムが唾を飲み、カインがため息を零し、ガイルが静かに頷いた。
扉を開け、中に入ってみると、外見とは裏腹に中は明るい装飾が施されていた。初めて入った王都の町の建物は、どうやら当たりのようだ。
などと考えていると、イツキを除く四人はすでに奥の部屋の前まで進んでいた。それを見たイツキは現実を思い出し、慌ててそこに合流する。
シルが、丸めた拳を部屋の扉に宛てがい、こんこんと二回、ノックをすると、しばらくして声が聞こえる。
「――どうぞ、お入りください」
女性の声だ。静かで柔らかいその声は、扉越しでもはっきりと聞こえた。
シルは返事が返ってきたことにほっと息を零し、零した以上の空気を肺いっぱいに吸い込んで、また、零す。
「失礼します」
そう言ってゆっくりと扉を開き、足を踏み入れる。
その部屋の中は先ほどよりも多くの装飾品があり、絵が飾られてあり、一段と華やかな造りになっている。
そしてその部屋の中心で、
「お待ちしておりました。シル・ガーネット様。ガイル・トルマリン様」
二人の少女が声を揃えてイツキたちを迎え入れた。




